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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
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第1章の19 墜想

 かなり間が空いてしまい、申し訳ありません。

 なるべく間隔を空けないようにしたいと思っているのですが、リアルが中々に忙しく時間が余り取れないのが現状です。

 それでも何とか頑張っていきますので、気長にお付き合いをお願い致します。

 深く、深く。

 底へ、底へ。

 何も見えない暗黒。

 何も存在しない虚空。

 前も後ろも、上も下も、右も左も分からない深淵の中。

 ただそれでも、己が沈み落ちていることだけは何故か理解できる。

 暗闇の世界を落下して行く最中さなか


『お父さま、お母さま。』


 何者かの声がこの世界に木霊こだまする。


『私、将来は立派な魔女になってみせるから。』


 無知で、無邪気なあどけない子供の声。


『お父さまにも、お母さまにも負けない、すっごい魔女になるんだから。

 だから見ててね。』


 聞き間違えるはずもない、幼い頃の私自身の言葉。

 だが、どうして今ここで。

 そしてここは一体何処なのか。

 それこそ、ほんの少し前まで私は闘っていた筈だ。


「何となくの察しは付いてんだろ?」


 不意に聞こえる全く別人の声。


「ここはお前の中だ。」


 そしてこ声の主こそ、ほんの直前まで私が闘っていた相手。


「ああ、安心しろよ。

 この暗い空間もそろそろ終わる。

 何も見えないまま、ってのもシラケるからな。」


 その直後、暗闇の世界が一瞬で白い光に包まれる。

 その強烈な光の嵐に思わず目を閉じる。

 やがてその光が、次第に弱まっていくのを瞼の裏から見て取れる。

 そして再び目を開くと、周囲のの景色は一変していた。


「ここは・・・。」


 良く晴れた青い空。

 足下に広がる緑の芝生。

 そして少し遠くに見える古びた、だが良く見慣れた小さな館。

 見紛う筈も無い。

 私の生まれ育った家であり、私が生まれ育ったホーエンベルクの風景だった。

 家の庭先で戯れる2人子供と1人の女性。

 幼い頃のレオンと母リーザ、


『ねー、お母さま。 この後はどうするの?』


『そうねえ・・・、丁度良い時間だし、みんなで一緒に村まで買い物に行こうかしら。』


『やったあッ!』


 そして、昔日の私自身がそこにいた。

連れ添い、並んで歩く3人。

なんてことは無い、どこにでもあるような家族と友人、母と子供が成す日常のささやかな一風景だった。

 取り立てて愛でるようなものでは無い、有触れた光景。

 にも拘らず、何故、私は彼女らの姿にひどく寂寥感せきりょうかんを懐くのかが分からなかった。


「随分と可愛らしいお嬢様だなァ、オイ。

 素直で無邪気で、おまけに愛嬌まである。

 どっかの誰かさんとはエラい違いようだ。」


そこに何の前触れも無く、シンヤは私の前に現れた。


「貴様・・・ッ!」


 咄嗟に距離を取り、身構える。

 そして即座に違和感に気付く。

 魔術を使おうにも、使うことが出来ない。

 身体は何ら問題無く動くのに、魔力だけが体内で凍り付いてしまったかのような感覚だった。


「それが今じゃこんなになっちまうんだから、時の流れってのは何とも残酷なもんだ。」


 見下す様に、嘲る様に、この男は大袈裟に肩を竦める。


「で・・・? コレが貴様の自慢の読心術とやらか?

 あれだけ手間暇をけてようやく私をからめ取った挙句の結果が、私の過去の記憶を穿ほじくり返して盗み見るだけか?」


 大山たいざん鳴動めいどうして鼠一匹。

 これ程この言葉が相応しいモノも他にあるまい。


「ハッ、言ってくれるねェ。

 だがそれで良いぜ、お嬢様・・・、 その粋だ。

 そう来なくちゃ、俺としても面白くねえからな。」


 底意地の悪いみを浮かべるシンヤ。

 その身体は、サラサラと風に吹かれる砂のように、サラサラと崩れ溶けていくと、


「なーに、気を置く必要は無えよ。

 これから見せんのはたかが過去の記憶、つー程度のもんだ。

 明晰夢でも見てるつもりで、楽しんで行ってくれ。」


やがてその場から跡形も無、くき消えてしまった。

そうしてシンヤが去ったその後ろ。

リーザに連れ添って歩くレオンとハイジ

 懐かしくも、朧気おぼろげで曖昧な記憶だった。そう言えば、かつてこんな何気ない日常があったなと思い出す程度のそんな記憶。

 だからこそ私は、締め付けられるような寂寥感を、酷く懐かしいという思いを感じたのだろうか。


 すると並んで歩く彼らの中でただ1人。

 ハイジだけが、何を思ったのか足を止めた。

 立ち止まった少女ハイジは、ゆっくりと後ろへ振り返る。

 そして私と少女わたしの目が合った。

 あり得無えないことだった。

 私が見ているこの少女は、私の記憶でしかない。そして私自身も、過去に現在いまの私と出会った記憶も皆無だ。

 だが現に、こうして互いが互いを認識している。

 哀しげで・・・、寂しげな目。

 少女ハイジの向ける目に、寒気が走る。

 ほんの少し前まで無垢に笑っていた幼い少女が見せるものとは思えない、酷く大人びた目だった。


”何故、そんな哀れむような目で私を見るのか。”


その小さく暗い瞳に吸い込まれるかのように、少女からめを離すことが出来ない。


”何故、そんな悲しげな顔を私に向けるのか。”


 本当に?

 本当に分からないの?


”そんな筈は無えよなァ?”


 突如、何者かの声が頭の中に流れ込む。

 そして少女の口が僅かに動き、語り掛ける。


『・・・。』


 消え入るような微かな声。

 だが私の耳は、その言葉がハッキリと捉えていた。

 ”どうして・・・”、と。


『ハイジ、どうしたの?』


『ううん・・・、何でも無いわ、お母さま。』


 少女は踵を返し、2人の元へ駆け出す。

 もう二度とこちらへ振り返ることは無かった。

 独りこの場に残された私。

 そして私の中に残留する寒気と焦燥。

 分からない。

 少女わたしが何を考えていたのか。

 分からない。

 私が何に寒気を、焦りを感じていたのか。

 

 直後、目眩にも似た感覚に襲われる。

 視界がチカチカと明滅めいめつを繰り返し、眼球の中にモノクロの砂嵐が立ち込めたかのように何も見えなくなる。

 暫くの後、次第に明滅が弱まると共に視力も徐々に回復していく。

 そうして視力を取り戻した目が捉えたものは、全てが一変した後の世界だった。


    ※


 視界を埋め尽くす木々。

 先ほどの庭先ではない、鬱蒼と樹木が生い茂る森の中。

 そして変化は、場所だけでは無い。

 天を覆う木の葉の隙間から僅かに射し込む、蒼白い月光。

 昼から夜へ、時間までもが入れ替わっていた。

 だがここもまた、知らない世界では無かった。


『レオン、早くッ!』


 少女ハイジ少年レオンが、私の横を走り抜ける。

 それで確信を得ると共に、先を行く2人の跡を追う。

 

”であれば、この先あるものは・・・。”


 たどり着いた私の前に広がるのは、またの日、あの夜の光景。

 これは私が初めて吸血鬼ヴァンピールと遭遇した夜だった。

 羽虫や小妖怪の大群で覆い尽くされた空に鳴り響く、教会の鐘楼しょうろう

 そして、初めて母の姿(ナハツェーラ-)を見た夜だった。


”そう・・・、初めて遭遇した吸血鬼に私は、心の底から沸き上がる恐怖を覚えたの。”


 あの夜の光景は今でも忘れられない。

 あの夜の恐怖も。


そう(ああ)・・・(・・・、)本当に怖(手前ェは)かったの(恐怖した。)。”


 墓場から蘇り、猛威を振るったソイツらよりも、


ソレを(本物の)赤子の手を(化け物、)捻るがの(ってヤツ)ように一蹴した者に(がいることにな。)・・・。”


    ※


 そして再び場面が変わる。


『出て行ってッ!

 貴方達あなたたちに頼ることなんて何も無いわッ!』


 怒号どごうを上げるお母様(リーザ)

 それは私が初めて見る母の顔だった。

 私やレオンの悪戯いたずら間違まちがいを叱責しっせきする時ですら、お母様(リーザ)がこれ程までに声を荒げることなど無かった。


『どうして・・・?

 どうしてお母さまは、そんなに怒っていらっしゃるの?』


 カーラ・マリアの側にたたず少女わたしが、心の底から思った疑問を口にする。


『どうしてそんなに怒るの。

 魔法使いの為の学校をカーラさん達は、作ろうとしているんだよ。

 もし、その学校ができれば、私やレオンももっとたくさん魔術の勉強ができるんだよ。』


 ああ、そうだった。

 私があの日に懐いた感情は疑問と落胆だった。

 何故、お母様(リーザ)はここまで強い怒りをこの者達に向けているのか。


『私、その学校に行きたいよッ!

 一人前の・・・、お父さまにも、お母さまにも負けない立派な魔女になるのが、私の夢なんだよッ!』


 そして何故、お母様(リーザ)は私の夢をはばむ様なことをするのか、と。


『だけどハイジ・・・、』


『それなのに、どうしてそんなことをいうの。

 2人とも今まで私を応援してくれてたのに・・・。

 私が立派な魔女になれるように色々教えてくれて、私も必死で勉強して・・・。

 勉強して・・・、頑張って・・・。』


 少女わたしの訴える声に、すすり泣く嗚咽おえつが混じる。


『・・・。』


 幼い愛娘まなむすめの懸命の訴えに、母親リーザは閉口することしか出来ない。


『お願いします、お父さま。お母さま。

 私、その学校に行ってみたいの。』


そうよ・・・(そうだな・・・)わたしは正しい(お前は間違って)判断をしたの(いないだろうさ。)。”


 そう囁き掛けるのは、私の中の私。

 そう・・・、私の思いは(正しくも)間違っていないんだ(無えけどなァ)

 間違っていない筈なんだ。

 もうあんな恐ろしい思いはしたくないから。

 置いて行かれたくなかったから。

 それなのに・・・。

 どうして母様かあさまは、そんな目を私に向けるのか。


『まあまあ・・・、落ち着いてください、リーザさん。

 我々も早急に答えを求めている訳ではございませんので、ゆっくりとご家族で話し合われた後に、改めてご回答をうかがいたいと思います。』


 それまでの遣りを取りを、黙して聞いていたヒムラーが場を取りなす。


『失礼致しました。

 私としたとしたことが、少々事をいてしまいました。』


 そう言ったカーラ・マリアは、少女わたし少年レオンの頭に優しく手を置いて撫でる。


『・・・ッ!』


『また日を改めてお伺いすることに致します。

お互いに落ち着いた気持ちでお話しが出来れば、或いは違った答えが戴けるかもしれません。』


 そう言葉を残し、カーラとヒムラーは立ち去って行った。

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