第1章の18 明暗
ワカバと剣を交えた回数は、両の手の指で数えられる数をとうに超えている。
だが未だに、その決着の行方が見えない。
先の戦闘に比べ、明らかにワカバの速度と膂力が上がっている。
身体能力を強化する魔術と言ったところだろう。
「一騎打ちの最中に余所見なんて、随分と余裕があるね、ハイジちゃん。」
「そうでも無いさ。」
瞬時に間合いを詰めたワカバが木刀を振るうと、再び互いの剣が交差する。
身体能力の強化は脅威だが、それでもまだ私に及ぶ程のものではない。しかしそれ以上に厄介な問題が立ちはだかっている。
そしてワカバも決して己の身体能力を過信などしていない。
攻撃が防がれたとみるや、即座に間合いを取り、鍔迫り合いに持ち込ませぬよう立ち回っている。
「”Die Sieben Raben.”(七羽の鴉)」
相手が距離を取るならば、当然、飛び道具を使わない理由は無い。
鳥の姿を模った七つの炎が宙を羽ばたき、ワカバへと殺到していく。
しかし当然と言うべきか、ワカバもその迫り来る炎の鳥全てを切り払い、撃退していく。
「ふむ、ならば次はどうかな。」
間髪入れずに、新たな炎を生み出す。
「”Die Dreizehn Jäger und Die Sechs Strixe.”(十三匹の狩人と六羽の大梟)」
出現した炎狼と火梟の群れは、再びワカバへ一斉に強襲を掛ける。
ワカバも先と同様に襲い掛かる群れを切り伏せていくが、手数が足りていない。
討ち漏らした数体の攻撃をワカバは回避するも、躱された炎狼、火梟は即座に踵を戻し、再び背後から襲い掛かる。
当然私も、相手の体制が崩れた好機を黙って見逃すほどお人よしでは無い。
即座に間合いを詰め、挟み撃ちを仕掛ける。
またしてもその時だった。
この刹那の瞬間に、またしてもヤツの銃声が鳴り響く。
敵味方の区別無く飛来する十数発の銃撃に、炎狼、火梟が次々と撃ち抜かれてゆく。
ともすれば、私の炎諸共に被弾しかねない状況で、ワカバは背後から迫る弾幕をものともせずに私へ肉薄する。
まるで弾丸の通過射線が分かっているかのような動き。或いは、ワカバに生じる僅かな隙間を弾丸自身が知っているかのような弾道。
その両者の反撃に、たまらず私は距離を取る。
ここぞという瞬間で妨害を受けて機を逸するのは、これが数度目だった。
「とまあ・・・、私もこうして決め手を欠く結果、まんまとお前達の術中に陥ってしまってる訳だ。」
傍から見れば、私とワカバが互角の戦いを繰り広げているように見えるのだろうが、実際は違っていた。
ワカバはこちらの隙を突いては来るが、むこうからは仕掛けてくることは無い。
その目的が時間稼ぎにあることは明々白々。
そして目の前のワカバ以上に厄介なのが、その後ろにいるシンヤだった。
当のシンヤは、今もまさにステラと交戦中だ。
片手間で相手が出来る程、ステラは甘くないことは私自身が良く知っている。
だがヤツは、その上でワカバの援護と私の妨害を同時にこなしている。
そしてシンヤとワカバの余りに噛み合い過ぎる動きも、読心術の応用なのだろう。互いの思考を共有していると見て間違い無い。
「大したヤツだよ。」
皮肉ではない、本心からの称賛だった。
「私とステラ、それにワカバも含めれば3人か。
私達3人を同時に相手をし、その上で猶、事態はシンヤの思惑通りに運ばれている、と。
ハハ・・・、全く、堪ったものではないな。」
気を抜くと、思わず頬が緩んでしまいそうになる。
刻限が迫る状況に対する焦りはある。だが不思議と苛立ちは全く無かった。
沸き上がって来るのは相手への敬意と、心地の良い悔しさだった。
「世界は広いと、改めて感じたよ。
この短時間で、しかも同年代の人間に対して二度も尊敬の念を懐いたのは生まれて初めてだ。」
ああ・・・、実に楽しくて、実に悔しい。
内から込み上げる声を上げて笑いたい衝動。
あの2人の術中に囚われているこの状況にすら、私は愉悦を感じてしまっている。
「だが、それとこの試合の勝ち負けは話が別だ。
むざむざ勝ちを譲る気など、一切ない。」
完璧と言っても過言ではない、シンヤとワカバの連携。だが、それでも付け入る隙が無い訳ではない。
故に先ずは、目の前に立ちはだかるワカバだ。
「悪いなワカバ、次の攻撃でお前を突破させてもらう。」
「・・・、ハッタリって訳じゃないみたいだね。」
ワカバも何かを感じたらしく、警戒心を強めて木刀を構える。
とは言え、それは攻めに転じる為の構えではなく、受けの為のものだ。
あくまで時間稼ぎが目的ということらしい。
ならば、こちらも遠慮なく準備をさせてもらおう。
「”Ach, wach meine schönen Mädchen auf! Es ist Zeit zu gehen.”(さあ、蘇れ、私のかわいい子たち。狩りの時間だ。)」
再び出現する数十体の炎の鳥獣たち。
「行け。」
私の合図と共に私の炎たちは地を蹴り、空を駆け抜ける。
迫り来る炎の群れを木剣で切り伏せ、爪や牙を身体を翻して躱し、その猛攻に一歩も怯むことなく凌ぎ続けるワカバ。
そして生じたワカバの一瞬の隙を狙い、私も攻撃を仕掛ける。
先と寸分違わぬ展開。
その刹那、再び鳴り響く銃声。
まるで先の展開をなぞる様に、次の瞬間には次々と私の炎が撃ち抜かれて消滅していく。
既にワカバへ肉薄していた私には、その弾道はワカバの身体が影となって隠れてしまい、把握することは出来ない。
ワカバの僅かな隙間を縫って飛来する銃撃。
そしてそれだけではない。
居合抜きの如く、ワカバが素早く体勢を低くして構えを取ると同時に、その頭上間近を通過する銃弾。
居合を抜き放ち、半身となったワカバの背を掠め、通過する銃弾。
ワカバが木刀を振るい動くたびに、その背後から出現する銃弾。
その弾幕の軌跡は、明らかにワカバの身体と重なっている。
下手をしなくとも友軍射撃を受けかねない綱渡りめいた芸当。
だがそれにも関わらず、まるで弾丸がその身体の中をすり抜けていくかの如く、ただの一発たりともワカバに直撃することは無かった。
かと言って、ワカバの攻めの手が緩まることなど一切無く、寧ろこの弾幕の嵐の中で、更に苛烈さを増していた。
剣戟と銃撃。両者の波状攻撃が一気に襲い掛かってくる。そして、
「ぐゥッ!」
遂に均衡が崩れる。
躱し切れなかった数発の弾丸が私に被弾する。
空気銃故か、貫通こそしなかったものの、鋭く激しい痛みが身体の中を瞬時に駆け巡る。
激痛が身体機能を麻痺させ、思考が掻き乱す。
「コレで、終わりだよッ!」
この決定的な隙をワカバは見逃すはずも無い。
止めを差すべく、更なる追撃を仕掛ける。
咄嗟に木剣を差し出し、寸でのところでその一撃を防ぐも、薙ぎ払われた私は弾き飛ばされ、地面を転がる。
だが、
「きゃあッ!」
同時にワカバからも悲鳴が漏れる。
その場に片膝を付いて崩れ落ちるワカバ。
そしてその足に絡み付く私の影。
「ッ・・・、私も同じ言葉を返そう。
これで終わりだ。」
即座に起き上がり、再びワカバへと接近した私は足元に蹲るワカバへ剣を振るう。
寸前でワカバも私の一撃を木刀で防いだが、もはや意味は無かった。
盾となった木刀は真っ二つにへし折れ、防御の上から薙ぎ払われたワカバは大きく吹き飛ばされると、そのまま動かなくなった。
「残りはお前だけだな。」
この瞬間に、私とワカバの勝負は決した。
後は、一人を残すのみ。
「何だ、若葉は負けちまったのか。」
そして向こうも、勝負が決したようだ。
立っていたのはあの男。その足元に倒れ伏すステラ。
薄々分かってはいたが、やはり勝ったのはシンヤだった。
「ああ、中々に際どい闘いだったが・・・、シンヤ、お前のお陰で勝ちをモノに出来たよ。」
「そうかい、そりゃ良かったな。」
皮肉ではあるが、嘘でもない。
事実、ワカバに決定打を与えたのは私では無く、シンヤの放った銃弾だ。
「お前達の連携は、実に見事だったよ。
あまりこの言葉は好きではないのだが、完璧と言っても良いくらいだ。」
寸分のズレすら存在しない、完璧に噛み合った歯車。
シンヤとワカバの連携を形容するなら、まさにこの言葉だろう。
そしてその美しく精巧に噛み合った歯車の成した仕事が、その精密さとはかけ離れたあの大胆な連携技だった。
精密さと大胆さ。一見相反するかのように思われる二つの概念が、この2人の中では全くの矛盾無く存在し、調和し合っていた。
「とは言え、些か曲芸に過ぎたな。」
「ならばその歯車を狂わせれば良い。精密であればある程、たとえ僅かな疵でも命取りになるから、と。
実行出来るかどうかは別として、理屈としてはそうだろうよ。」
だが当然、ソレは言うほど易いものではない。
猛攻の中から僅かの相手の隙を見つけ出し、尚且つその隙を寸分のズレも無く正確に突く。
相手が曲芸じみた動きであればある程、またこちらも曲芸じみた動きを要求される、正に針の穴に糸を通すかの如き所業だった。
「とは言え、本当でソレを実行し、しかも成功させるとはな。」
自嘲めいた溜息を吐くシンヤ。
だがその表情は、どこか嬉しそうでもあった。
「自慢していいぜ、アーデルハイト。
痛み分けの形にはなったが、俺と若葉の連携を突破したのは、これで4人目。 しかも同輩じゃ、お前が初めてだ。」
「お褒めに預かり至極恐悦、とでも言えば良いのか。」
言葉を返すと同時に間合いを詰め、剣を振るう。
「茶化すなよ、こっちは本心から称賛してんだぜ。」
しかしシンヤは、さも当然のように私の攻撃を躱しつつ受け流す。
受け流した力を投げの力に転じると、そのまま勢いを殺すことなく私を後方へ投げ飛ばす。
そしてついでと言わんばかりの、銃と魔術を絡めた追撃。
「けどな、あんまり舐めてくれるなよ。
俺の役割は後方支援だが、近接戦闘が出来ないと言った覚えはねえぞ。」
迫る寄せるシンヤの追撃を切り払いつつ、地面に着地する。
「・・・そうだろうな。」
でなければ、あんな真似は出来ないはずだ。
ステラとの一騎打ちに応じつつ、要所要所での若葉への支援。
魔術の行使が頭抜けている以前に、そもそものシンヤの基礎身体能力が高くなけば不可能な芸当だ。
故に、これは確認の作業。
「柔術といったところか。」
詳しい流派までは知らぬが、無手にて相手を制する、という根本は同じだろう。
先の正確無比な受け流しから見るに、これまでに相当の修練を積んできたことは容易に想像がつく。
「ならば次は、」
再びシンヤへと接近し、攻撃を畳みかける。
受け流しなどさせる暇も、銃や魔術を使う暇すら与えぬ連撃。
シンヤもまた、私の攻撃の悉くを避け、或いは軌道を逸らし躱してゆく。
だが次第にその回避行動にも遅れが見え始めた。
やはり、か・・・。
深夜に投げ飛ばされた瞬間から、何となく感じていた予感が確信へと変わった。
そしてその時は訪れる。
「ガアッ!」
攻撃をもろに受けたシンヤが、地面を転がっていく。
「ゲホッ、ゲホッ・・・。」
咳き込むシンヤの口からは、血反吐がこぼれ出す。
回避の遅れが無視出来なくなったシンヤは、その遅れを取り戻す為に態勢を立て直そうとした。
だがその一瞬が、この攻防に於いては致命的な隙となった。
「勝負あったな。」
態勢を立て直す、その瞬間に私はシンヤの腹部に蹴りを叩き込んだ。
「こと、魔術の行使に関しては、我々の中でお前がずば抜けていることに異論は無い。
だが身体能力に関して言えば、ワカバよりも一枚落ちることもまた事実だ。」
ワカバであれば防戦一方になりこそすれ、防御や回避に遅れが生じることは無かった。
しかしシンヤの場合は、そこに遅れまでもが生じてしまっていた。
「さあ、どうするよシンヤ。
このまま大人しく負けを認めれば、私もこれ以上の追い打ちは掛けん。」
こちらも決して無傷という訳ではない。
このまま続けても負ける気はしないが、無駄に時間と体力を消耗するだけなのは確かだ。
だが、
「ハア、ハア・・・。ククク、」
シンヤは呻き声を・・・、否、嗤い声を漏らした。
「クハ、カハハ・・・、アーッハハハハ・・・。」
漏れ出した嗤い声は、狂笑へと変化する。
「バカがッ。 余計な講釈をベラベラとぬかす暇があったら、さっさと止めを差しちまえば良かったものをよ。」
それと時を同じくして、シンヤの身体から怖気が走るような魔力が溢れ出す。
それが私の心をかすめ通った瞬間、私の中に激震が走った。
「お前・・・ッ!」
「おおっと、もう遅ェ。
気付いてんだろ? お前が張った閉心術はもう既に壊されたってことによ。」
眼が蠢く。
私の背後に張り付く無数の眼が、喜悦の籠った視線を一斉に注ぎ込む。
最後の防波堤が破られた心の中に、その群れは一切の遠慮も無く、土足で雪崩込んでくる。
「見し夢を 獏の餌食と 成すからに、
心も晴れし 曙の空。」
そして世界が暗転した。
主人公にあるまじき、下っ衆い笑い方をする深夜の図。




