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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
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第1章の17 筮竹籤

 薬品、或いは安置室の温度調節により、死体の腐敗の進行は相当抑えられてはいる。

 だが完全にソレを止めることは出来ない。

 死体から微かに漏れ出す腐敗臭。だがそれは、たとえ微かでも僕達が顔をしかめる程度には存在感のある臭気だった。

 その為か、部屋の片隅では抹香まっこういてある。

 普通ならば、死者に対する供養の意味を込めて焚くものだが、どうやらこの空間では作業をする人達の為に抹香の香気で誤魔化す、という目的でもあるらしい。


「とは言っても・・・、」


 だが悲しいかな。

 嗅覚が抹香の薫りに慣れてくると、どうしても死臭の方が鼻についてしまうのだ。


「先生、どうでしたか?」


 遺体の状態確認のあらかた終わった頃を見計らって声を掛ける。


「そうだな、僕の感じた印象としては、至って普通だ、ということかな。」


 バラバラに切断された死体を前にして懐いた印象が普通だと言われてしまうと、普通とは一体何なのかという哲学的な疑問を抱かずにはいられなくなる。


「頭部の殴打痕だが、これが直接の死因ということでしょうか。」


「ええ・・・、私も他の鑑識の者達も、それでまず間違い無いと結論付けております。」


「であれば、その後に遺体を切断したのだろう。

 その方法だが、切断面を見るにおそらくはのこぎりのようなものを使ったと思われますが。」


「ご明察の通り、遺体の切断面の損傷の具合から判断するに、鋸や糸鋸いとのこ、或いはソレに準ずるものを使用したのは間違いありません。」


「そうですか・・・。」


 そう言うと明智先生は、考え込むように黙り込む。

 確かに先生と鑑識の遣り取りを聞いてる限りでは、普通・・・、と言う言葉が相応ふさわしいかどうかは分からないが、正攻法ではある、と僕も感じた。

 そして先生は顔を上げると、


「本日はお時間を戴き、ありがとうございました。」


 鑑識の者に謝辞を述べた。


「いえいえ、こちらこそ態々《わざわざ》おこし戴き、ありがとうございました。

 また何かございましたら、遠慮なくおこし下さい。」


「ではその時は是非とも宜しくお願いします。

 ・・・それでは、そろそろおいとまをしようか。」


 そうして僕達は安置室を後にした。


「先生、あの遺体に呪紋はあったのでしょうか?」


 廊下を元来た方へ戻る途中、先生に尋ねた。


「いや、その痕跡も無かったよ。」


「では、この件の犯人は魔術師ではないと言うことなのでしょうか。」


「そうとも限らないよ、小林君。」


 僕の疑問に応じたのは明智先生では無く、江戸川だった。


「呪紋を理解している者であれば、そもそも殺人に魔術を用いることはまずない。

 それは勿論分かるよね?」


 僕は無言で首肯する。

 それもそうだ。自らがやったという証拠をわざわざ遺体やその周辺にべったりと擦り付けるなど愚の骨頂と言うのも生温い、完全な自滅行為だ。


「だから殺人をすときは、魔術師も正攻法を用いるのが殆どだ。

 例外があるとすれば、己の魔力を体外に放出するのではく、己の内側で循環させ、完結させる類の魔術かな。」


「自らの身体能力を強化する魔術ですか?

 それならば、確かに周囲に呪紋を残すこともありませんね。」


「とは言え、それも絶対とは言えない。

 体内を意図的に魔力で満たすというのは、コップのふちまでなみなみと水に満たすことに等しい。 そしてその上で、体外に一切放出せずに事を為すとは、つまりは一滴の雫すらも落とさずにコップを運ぶのと同義だなのだから。

 余程その魔術の行使に自信が無ければ、一滴の魔力も落とさずに完遂するのは、まず困難という訳だ。」


 要するに今回の検死では、犯人につながる有益な情報は得られなかったということだ。


「そう落ち込むものでは無いよ、小林君。」


 だがそこに江戸川は慰めの言葉を僕に掛ける。


「確かに死体からは、有力な証拠は得られなかったが、既に意味のある情報は得ている。

 ねえ、明智君?」


 そう言って江戸川は、並進する明智先生の方を向く。

 それに釣られ、僕も先生の顔を覗き込む。


「どういうことなのですか?」


「死体が現場に残されていた、と言う時点である程度のことは分かってくる。

 そうだな・・・、例えば、小林君が殺人を犯したとして、どうすれば自分が犯人だと特定されずに済むと思う?」


「ええと・・・、その死体を誰にも見つからないようにする、でしょうか。」


 突然の問い掛けだったが、何とか答えを返す。


「トリックだの、アリバイだの、スケープゴートだのを用意するですかねえ。」


 ついでとばかりに江戸川が横から茶々を入れる。


「そうだな。そもそもの死体が見つからなければ、殺人事件にはならない。精々が行方不明事件として騒がれる程度だ。

 それと江戸川・・・、お前、分かってて言ってるな。」


 その指摘に、さて、何のことかなとばかりに江戸川はそっぽを向く。


「江戸川が今言ったことだが、ハッキリ言えば時間の無駄でしかない。

 推理小説やミステリーのように、そんなものを用意する時間があるなら、初めから誰にも見つからないように死体を処分する方が遙かに安全だからな。」


 先の江戸川が挙げたモノは、あくまで捜査の目の分散ぶんさん撹乱かくらんを目的とするものでしかない。

 ならば最初から、捜査の目を生みださなければ良いだけのことだと、先生は断ずる。


「だが今回はこうして現に遺体が残されている。」


 では、何故遺体が残されているのか自体を考えてみるべきだと、先生は言外に訴えている。

 単純に考えれば、その時間が無かったからだ。

 では、何故その時間が無かったか。


「初めから殺人を計画していなかったから?」


 人間を殺そうと考えてなければ、そもそもとしてソレを処分しようという思考が生じる余地は無い。


「そう。」


 先生も僕の結論を肯定する。


「死体が残される事件というのは、大別すれば二種類の場合がある。」


 一つ、と、指を立てる。


「1つは通り魔的な犯行。最初からまるで隠す気が無い、或いは晒し上げる意図すら感じる殺し。

 そして、」


 明智先生は二本目の指を立てる。


「もう1つは小林君が挙げたように突発的な犯行だ。突然故に、犯人には殺人の隠蔽に回す時間も精神的余裕も無い場合が殆どだ。」


「中には周到に計画を練った上で、死体を残す例外もありますが・・・、まあ、結局それも根本は前者と変わりませんね。」


 自問自答となってしまったことに肩をすくめる江戸川。


「そうだ。

 殺人が手段ではなく、目的そのものとなっている点は通り魔のソレと同類だからな。」


「では先生は、今回の事件についてどちらの場合ケースであるとお考えですか。」


 この事件が二種類にいずれかに当てまるとするならば、生まれてくる当然の疑問だった。

 しかし、


「さあ・・・? 私にも判らん。」


 返って来たのは、何ともそっ気の無いりな回答。


「そう落胆するな、小林君。

 私とて全知でもなければ全能でもない、ただの人間だ。分からないことなど、それこそ無数に存在している。」


 それに、と付け加え、明智先生は僕の頭の上に手を置く。


「結論ありきで動こうとするのは、きみの良くない癖だな。

 常にあらゆる可能性を想定し、その上であらゆる証拠を精査し、最後の一つが残るまでふるいに掛け続けるのが探偵だ。

 それこそ、私が先に挙げたものもそうだ。

 これまで私は、たまたま二種類の場合ケースにしか出くわさなかったが、今回で新たな第三の場合ケースと遭遇するかもしれないのだ。

 結論ありきで動くと、掛ける篩が歪んでしまう。」


 そう言って、くしゃくしゃと優しく撫でる。


「はい・・・、以後、気を付けます。」


「直観と閃きで、無数の糸の中から、たった一本の真実の糸を手繰り寄せるやり方を否定するつもりはないが、少なくとも私のやり方は、最後の一本となるまで取捨選択を続ける方法だ。」


「ですが僕は、直感や閃きに頼った一本釣りの方が好きですけどね。」


 そこで江戸川はすかさず揚げ足をとる。

 とは言え、その言葉にも何ら気分を害した風は見せない。一々反応していては、身が持たないということなのだろう。


「お前はソレすら必要が無いだろう。

 その気になれば、過程を無視して即座に、只々(ただただ)完全無欠の正答を得られるはずだ。」


「まあ、否定はしませんよ。」


 もったいぶった様な、如何にも意味深げな微笑を浮かべる江戸川。

 その顔に慣れてしまったのか、或いはあきらめてしまったのか、やれやれと先生は溜め息を吐くだけだった。


「まったく・・・、これでは探偵も形無しだな。

 それで、この事件の結果は?」


「存じてはおりますが、ソレを僕が口にするとでも?」


「安心しろ。

 微塵もそんなことに期待はしていないさ。」


 それで終わりだとばかりに、先生はこの話を切り上げる。


「それでは、次は目撃者の元へ行くとしよう。

 とは言え、彼女の体調を考慮すると、また後日となってしまうのだがな。」


 そうして僕達は、帝大病院を後にする。

 次の目的地は青山にある精神病院。そこで療養を受けている、この連続殺人事件の被害者にして、唯一の生き証人である少女。

 未だに全容の大部分が闇に覆われているこの事件に、その少女が一体どのような可能性の光明こうみょうをもたらすのか。

 その期待にかすかな興奮が内側から沸き立つのを感じる僕がいた。

 だが、奥底から生じる一抹の不安を感じる僕も、また同時に存在していた。

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