第1章の15 決闘
飯田橋から国鉄で1駅を下り、市ヶ谷で降りる。
市ヶ谷駅の西側、外堀を渡るとその目と鼻の先に見える陸軍士官学校。
そこが次の授業の集合場所だった。
「よし全員揃っているな。」
担任の椿が全員が集合していることを確かめる。
「諸君、移動ご苦労だった。
1駅しか離れていないとは言え、存外、距離があっただろう。」
そしてその距離が実に絶妙だった。
電車に乗るまでも無いが、徒歩では中々の道のり。その上、業間もそれほど時間の余裕がある訳では無いので、急いで移動を行わなければならない。
「だが模擬戦を行うには、我が校の校庭では些か手狭に過ぎる。
だから、こうして士官学校の敷地を借りている、と言う訳だ。
これからもここへ移動する機会は何度もあるが、今日のように誰も遅刻することなく集まることを心掛けるように。」
その為、こうして椿先生の話を聞いている生徒の殆どが額に汗を滲ませ、肩で息を切らせていた。
「思ったより大変だったね。」
「その割には随分と余裕そうだな。」
隣に立つ若葉は、汗はおろか息の一つも切れていない。
「別に私だけじゃないよ。ほら、あの二人も。」
その視線の先にいたのは、アーデルハイトとレオンハルトだった。
この2人も若葉と同様に、まるで息が乱れていない。
だがソレに比べ、
「うう、ふたりとも、ありがとう・・・、げほッ、げほッ・・・、」
俺達のすぐ横にいるストレルガは膝に手を置き、背中で息をしている。
息も絶え絶えに、大きく上下する背中を俺と若葉がさすっている。
どうやらコイツだけは体力に自信はなかったらしい。
「体力がねえのに、無茶するからだ。」
それ程体力も無い癖に、無理してあの二人と同じ歩調に合わせようとした結果がこれだ。
「げほ・・・、ごめんなざい。」
だが、こうも苦しげな息遣いをされると、放置しておくのも気分が悪いので、取り敢えずはこうして2人で介抱していた。
とは言え、そろそろ俺も他人のこと気にしている場合ではなくなってきた。
「それじゃあ、早速だが模擬戦を始めるとするか。
柊、楸、グリンデルヴァルト、ペトロ―タ、各々《おのおの》用意はいいな?」
明らかに1人、ダメそうな奴がすぐ横にいたが関係無いらしい。
こうして無情にも、模擬戦の刻限は迫って来る。
※
「先生、何故俺がやらなきゃいけないのでしょうか。」
前の授業の終わり際。
士官学校へ移動する前の教室でのことだった。
「そりゃ柊、お前が入学試験での学科と実技の総合得点で一番優秀だったからだ。」
椿要は、さも当然のように答える。
「それだけの理由で、ですか。」
「それだけってことはないだろう。誰にでも得られる称号ではないぞ。
まあ、実技に関しては楸やグリンデルヴァルトと言ったお前より優秀な生徒が数人いたがな。」
「ならその2人に模擬戦をさせればいいでしょう。」
「勿論、その2人にもやってもらうぞ。」
その言葉に若葉とアーデルハイトが、ぴくりと反応する。
「柊とグリンデルヴァルト、楸、そしてペトロ―タの成績上位者の4人に模擬戦を行ってもらう。
これは他の生徒への模範演習も兼ねているから、お前達にしてもらうんだ。」
尤もらしい理由ではあるが、それでも釈然としなかった。と言うのも、
「そして模擬戦の形式だが、授業時間の兼ね合いもあるので、2つの組に別れて二対二の形で闘ってもらう。」
この時点で余り良い予感がしなかったからだ。
だが悲しいかな。こうした虫の知らせと言うものは往々にして、何故か形となって現れてしまうことが多い。
「と言うことで、その組み分けだが・・・、」
そして今回もズバリ俺の予感が的中してしまう訳だった。
「柊とグリンデルヴァルトに組んでもらおうと・・・、」
「先生、そればかりは流石にムリってもんですよ。」
瞬間、俺は勢いよく立ち上がり、その言葉を遮った。
当然だ。よりによって何であの女と手を組んで闘わなければならない。
「まだ1週間かそこらで互いの勝手すらも分からないのに、まして連携なんて取れるはずがないでしょう。」
流石に真向から嫌だとは言えず、結果、角の絶たぬようなるべく理詰めで拒絶の意思を示す。
とは言え、突然の反論に教師を含め、教室にいた全員が呆気に取られている。
だがしかし、
「シンヤの言う通りだな。」
1人。
例外のヤツがいた。
「いくら先生が仰った成績上位者であっても、流石に見も知らんヤツと組むのは些か以上に支障が出兼ねん。」
それは他でもない、アーデルハイト自身だった。
「2人以上の者が組んで闘う上においては個人の力量も重要だが、ソレと等しく組む人間同士の互いの相性も重要となるのは言うまでもないだろう。
その観点から言わせてもらうと、彼と組むことが私にとっては最悪の悪手でしかない。」
張り詰めたような空気が教室内に満ちる。
黙してその様子を不安げに見守る生徒たちの内心では、困惑と焦燥が色濃く渦巻いている。
「忌憚無く言わせてもらえば、私と彼との間に相性や信頼関係と言った類のモノは皆無と言って良い。
残念ではあるが、これは誇張でも謙遜でもない純然たる事実だ。」
だが当のアーデルハイト本人は、そんな周囲の空気をまるで意に介することなく、淡々と話し続ける。
「これでは勝てるものも勝てる訳が無い。
碌に足並みを揃えることすら出来ない味方など、下手な敵よりも厄介極まりない存在でしかないからな。」
この野郎。
黙って聞いてりゃ、好き勝手に言いたい放題ぬかしやがる。
「貴族の箱入りお嬢様にしては、随分と物の道理ってもんを知ってんな。
まあ俺としても、見え透いている腹背を態々《わざわざ》選びたかねぇよ。
味方に背後から刺されることほど、下らねえことは無えからな。」
この時、今日初めて俺とアーデルハイトが面と向かって目を合わせた。
それと同時に教室の中の空気が急激に冷え込んでいくのがわかる。
「てな訳だ、先生。
コイツの我儘で大変恐縮なんだが、別の奴に替えてはくんねえかな。
その方が先生にとっても都合が良いとおもうんですが、どうでしょうかね?」
「ああ・・・、そう、だな。」
何とかその言葉だけを捻り出した後、再び教室を覆い尽くす沈黙。
この時には既に誰もが、俺とアイツの関係を嫌と言う程、察してくれたようだ。
同時に、一刻も早くこの場から逃げ出したい、という切実な心の叫びが教室の中に溢れ返る。
だが最早、知ったことでは無かった。
「納得して戴けたようで、何よりです。」
久方ぶりに、それも真っ正面から売られた明確な喧嘩。
逃げるなど最初から論外。
それに、ここまでハッキリと叩き付けられたのであれば、断るのは寧ろ相手に対する礼を欠くことに外ならない。
故に俺は、アイツからの申し出を快く買い取ってやることにした。
◇
「ステラ、流石にもう復調はしたな。」
「うん、心配かけてごめんね。
シンヤとワカバのおかげで、バッチリ回復したから。」
そう言ってステラは小さく拳を握る。
どうやらその言葉通り、体力は戻ったらしい。
「ということだ。
ステラの受けた恩はあるが、ソレとこの試合とは別の話だ。」
改めて私は、対面に立つ二人を見据える。
「うん、もちろん分かっているよ。」
美しくも、一切無駄の無い姿勢で正対するワカバ。
「別にその程度のことで恩着せようなんざ、微塵も考えちゃいねえよ。」
そしてそれとは真逆。如何にも気だるげな様子で待機するシンヤ。
何とも分かり易い態度の違い。
2人の言葉と性根が、そのまま当人の姿勢となって現れている。
「そうかよ、なら安心した。
ワカバには悪いが、一切手加減はせん。
特にシンヤ・・・。貴様と、貴様のそのねじ曲がった性根を諸共に粉と砕いてやろう。」
構えた木剣の切っ先をシンヤへ番えると共に、剣気を叩き込む。
「おお、コエー、コエー。
貴族のお嬢様は随分と威勢がイイことで。」
だがシンヤは、それを芝居がかった仕草で飄々と受け流す。
「とは言えだ。大口叩くのは結構だが、果たしてソレに見合う実力があんのかねえ。
大言壮語ほど、無様を晒す真似はねェぞ。」
更には、大袈裟に竦める肩、わざとらしく吐く溜め息。
その所作、その言動の端々からヤツの底意地の悪さが滲み出、。
「それともアレか、真っ昼間から夢想や寝言を垂れ流すのが、お前の国では当たり前のことなのか。
だとしたら、さぞ毎日が楽しく見える国なんだろうな。」
相変わらずベラベラと良く舌の回る男だ。
「すぐ目に物を見せてやるから心配するなよ。
お前と違って、私は嘘と出来ぬことは言わん主義だ。」
「ソイツは傑作だ。
なら今日がその初めての日になるなァ。」
そしてまるで減ることの無い軽口。
ヤツの一々が私の癪に障る。
「おいッ!」
と、
「やる気を出すのは良いが、熱くなる方向を間違えるな。
特に深夜、その見苦しい私語は控えなさい。」
そこに先生からの忠告が入った。
「了解ですよ、センセー。」
その忠告を受け、シンヤは大人しく引き下がる。
その姿も、監視の目を気にしたのか、先の気だるげなものから幾分かマシに見える体勢へと変化する。
「では、これより模擬戦を始める。
時間は20分。」
正々堂々と闘うようにだの、互いに精一杯取り組むようにだの、と言ったお決まりの言葉を先生がいくつか添える。
こういうところは何処の国でも同じだ。
とは言え特に、その言葉に感慨も湧く訳でも無く、そのまま聞き流していた。
そして漸く、その瞬間が来る。
「双方共に準備は良いな?
それでは、試合・・・開始ッ!」
先生の合図と共に、闘いの火蓋が切って落とされた。
同時に私は地面を強く蹴り、一気に駆け出す。
まず真っ先に狙うは、勿論あの男。
散々、人を虚仮にした態度を取り続けたヤツを、叩き潰すべく更に加速し翔け抜ける。
だがその瞬間、
「グッ!?」
「・・・ッ!?」
強烈な気配が私に圧し掛かって来た。
そして後方にいるステラも同じ気配を感じ取ったようだ。
それは視線だった。
見たモノを貫かんばかりの深く、鋭い、強力な視線。
まるで無数の眼球が私の背後に貼り付き、ソレらが一斉に視線を注いでいるかのような錯覚すら覚える。
「あの野郎ッ!」
あまりの不快さに思わず、その元凶を睨みつける。
予想通り、ソイツはあの底意地の悪そうな笑みを浮かべ、私達を睥睨していた。
この視線は間違いなく、シンヤの読心術だった。
だがコレは、今までの気付かれまいと外側から覗き込む、か細く、狡辛い空き巣のような気配とはまるで違う。最初から隠す気など一切無い、力技で抉じ開け、乗り込んでくる強盗のような、濃密でより一層不愉快な気配。
「ステラッ、閉心しろ!
このままだと、あの男に手の内が霞め取られるぞ。」
「うんッ!」
共にヤツの読心を弾き返す為、閉心を試みる。
「へえ、やるねェ。
キッチリと閉心してやがる。」
あの口ぶりから、どうやら内側へは入り込まれてはいないらしい。
とは言え、状況はあまり良くない。普段の読心術ならいざ知らず、あの強引に抉じ開けて押し入ろうとする読心術を相手に、閉心がいつまでもつかは不明だ。
何より、常にコレに気を裂き続けなければならないのは、思った以上に精神力が削られていく。
「ならばッ。」
ならば、その大元を叩くまでだった。
そう判断し、即座にシンヤへ接近すると、ヤツ目掛けて木剣を振り下ろす。
「出番だ、若葉。」
しかしその間に割って入って来たワカバによって私の一撃はその阻まれた。
「怪我をしたくなければ、そこを退くことだな。」
更に一閃、二閃、三閃と畳み掛ける。
「ううん、そうはかないよ。」
縦に、横に、逆薙ぎに、刺突と、防がれては、即座に別の技、角度から縦横無尽に連続で攻撃を繰り出していく。
既に数十を超える剣戟が交わされる。
だがワカバは、その全てを凌ぎ切った。
「・・・成る程、大した腕だ。」
称賛と同時に驚愕する。
いくら防御に徹していたとは言え、簡単に対応できるような、温い剣速では決してなかった筈だ。
その証拠にワカバのには、捌き切れずにできた痣や服の解れが幾つも存在する。
だがそれでも、只の一撃たりとも、まともに受けたものはなかったのだ。
力も速さも私が、ワカバの上をいっている。これは先の攻防で互いに悟った純然たる事実だった。
だが同時に、その差をワカバは己の剣の技量のみで補っていたのも、また、確固たる事実だった。
「では、これはどうかな。」
ならばとる手段は一つ。
瞬時にワカバへ肉薄すると同時に、木剣を横薙ぎに振るう。
躱す時間は勿論、受け流す間すら与えない。
「クッ・・・。」
結果、ワカバは真向から私の攻撃を受けざるを得ない。
そしてそのまま即座に、鍔迫り合いへと持ち込む。
「これほどまでの技量・・・。今日までにどれほどまでのの鍛錬と努力を重ねてきたのか、私には想像も付かんよ。
多少なりとも剣には覚えがあった私だが、これでは些か自信を無くしてしまう。」
それは偽りの無い本心。
同年代でありながら、これほどの域に達している目の前の少女への惜しみない賛辞だった。
「とは言え、この状況においてはソレもあまり関係は無いがな。」
剣を握る腕に徐々に力を加えていく。
「くゥ・・・ッ!」
それと同時に、ワカバの表情は苦痛に歪んでいく。
純粋な力勝負の場に引き摺り込まれては、流石のワカバにもどうしようないようだ。
「・・・ハイジちゃんこそ、私なんか足元にも及ばない程の身体能力を持ってて、すごいと思うよ。
一体、どれだけの鍛え方をすれば、こうなれるの・・・かな。」
懸命に耐えながら、何とか絞り出した言葉もまた、相手に対する称賛だった。
「光栄な言葉、痛み入るよ。
とは言え、その賛辞に水を差す様で心苦しいのだがね、私のコレは私の家系の特性みたいなものだ。
故に申し訳無いが、ワカバが思っているような何か特別なことをして手に入れた訳では無い。」
そして更に腕に力を込めていく。
もう既に、ワカバの腕や足が震え始め、悲鳴を上げているのがわかる。
最早、持って数十秒と言ったところか。
「それで、貴様はいつまでそうしているつもりだ。」
睨みつけるは、その奥。
ワカバの背後に立っているもの。
私とワカバの剣戟に特に干渉する訳でも無く、ただ眺めていただけの男。
「女の陰に隠れて口を動かしているか、覗き見をするだけとは、随分と格好が良いな。」
「そう褒めんなよ。
煽てた所で何も出て来やしねえぞ。」
「あくまでそのふざけた態度を取り続けるつもりならば、別に構わんさ。
であれば、ワカバはもう終わりだ。
そして残るは貴様、たった独りだけだ。」
「成る程ねぇ、確かに若葉の危機には俺も駆け付けてやりたいんだが、生憎、力不足でどうしようもない。
だから・・・、」
シンヤは懐に手を入れ、何かを取り出そうとしている。
「俺に出来るのは、精々これに頼るぐらいだ。」
そして取り出し、ソレを私の方へ向ける。
ソレが何であるのかに気付くのと同時に、乾いた破裂音が鳴る。
「貴様・・・。」
咄嗟に上体を逸らし、後方へ跳ぶことで間一髪、シンヤの攻撃を躱すことが出来た。
しかし、ワカバとの鍔迫り合いも解けてしまった。
「別に武器の制限はなかっただろ?
だから、ちょっとソコの学校から借りて来たんだ。」
そう言ってシンヤは士官学校の校舎を指す。
「安心しろよ。実銃じゃなくて、ただの空気銃だ。
当たり所が悪ければ、痛ェじゃ済まねえが・・・、まあ死にはしねえだろうからよ。」
手の中で銃を回しながら、シンヤはさも他人事であるかのように告げた。
「ごめん、深夜。
ハイジちゃんを抑え切れなかったよ。」
「別に気にすんな。
寧ろあのゴリラ相手によくあそこまで粘れたもんだ。」
「でも・・・。」
「それに、その力の差を埋めんのが、後衛の俺の仕事だ。」
「・・・うん、ありがとう。」
あれが、あの2人なりの信頼関係というヤツか。
流石に私独りでどうこうしようと思うのは、奢りに過ぎるということか。
ならば私も、私の仲間を頼らせてもらうとしよう。
「ステラ!」
「うん、こっちはもう準備万端だよ。
時間稼ぎありがとう、ハイジ。」
その言葉と同時に、私の背後から強烈な魔力の奔流が発せられる。
「”Io sono la voce, il canto dall'inferno.(私は奈落の底より、這い出づる賛歌の歌声。)”
”Il fuoco infernale.,(さあ、地獄の業火よ、)”」
ステラの奔流は熱を帯び、色を帯びる。
赤く、赤く、燃え上がらんばかりの真紅へと変化する。
「”La fiamme del purgatorio, in cui ogni cosa è bruciato in senere.(万物を灰燼へと化す、灼熱に燃え盛る煉獄の炎よ。)”
”Respondi alla mio invoca e Mostlami la tua forma!(我が賛歌の呼び声に応え、今こそここに顕現せよ。)”」
ステラの言葉に応じ、現れたのは、うねりを上げながら渦巻く巨大な炎の塊。
煌々と赤色に輝く炎は、さながら触れたモノを一つ余さず燃やし、喰らい尽くす貪欲なる焔の咢。
「これでも、くらえぃッ!」
そして大口を開けた獰猛な獣の如き炎は、シンヤとワカバへ迫って行く。
「威力がデカそうなのは分かったが、随分と隙もデカいみてえだな。」
コレを前にして、未だアノ態度を保ち続けていられることには、感心しないでもない。
だが足下が留守だ。
「こんなもん、避けりゃ良いだけの・・・ッ!?」
ここに来てシンヤは己の身に起こった異変に気が付いたらしい。
「漸く気付いたか。」
シンヤとワカバは迫り来る焔を眼前にしても猶、その場から離れない。
否、その場から動くことが出来なくなっていた。
そして2人の足元に伸びる私の影。
「”Das Schwalze Versklaven, Nachtzehrer.(夜影鬼の影縫い)”」
先の戦闘において、確かに私はワカバを倒し損ねはした。
だが、その時には既に私の影は2人を捕らえる準備は完了していた。
後はあの2人を縛り付ける機会を窺うだけだったが、既にソレももう済んでいる。
「ついでだ、私の炎も貰っておけ。」
そして更なる追撃を2人へ加える。
「”Der liebe Narr, der einen eitlen Krieg mit dem Himmel verfolgt.(天界との虚しき戦争を追い求め、明け暮れる我が親愛なる愚か者よ。)”
”Das Feuer sollte dich verbrennen.(最愛の汝に、我が炎を送ろう。)”」
嘗ての幼き日の夜。
かの夜に母が見せた、眩いばかりに輝く炎。
それを今度は私が使う番だ。
「”Infiernoloh!(業火に焼かれろ!)”」
二対の巨大な火炎が混ざり合い、更に強大な焔の怪物へと変貌する。
最早止めるのは私達にすら不可能なまでの暴威を、灼熱の炎は振るう。
そしてソレは無慈悲に、一片の容赦も無く、無防備な状態の2人へと襲い掛かる。
「精々祈ることだな。
運が良ければ、万に一つに死なずに済むかもしれん。」
詰みも同然のこの状況。
さあシンヤ、お前はどうするよ。微々しい足掻きを見せるか、それとも、このまま終いとなるか。
だが、奴は全く動くことはなかった。
そして巨大な火炎の塊は大口を開け、眼前の得物を一飲みにする。
それと同時に自らの勝利を確信した。
だが、
「彼は誰の 夢幻の闇も やみなまし、
さらば憂き身よ 何処へ堕つるや。」
その刹那、聞こえてきたのは一筋の歌。
それも火炎を向こう側・・・、否、まさにその炎の中からだった。
そして、
「還拠落魂の法。」
手の中の感覚が消える。
「何・・・!?」
より正確には、炎を操っていた感覚が消えた。
まるで強く握り締めていた筈の手綱が、一瞬で手の中から消失するかのような不可解さ。
同時に、あれだけの猛威を振るっていた巨大な炎の塊は、要を失なった扇のように歪な自壊を起こす。
それも急激な速さで炎が大気の中へ四散すると共に、その存在感も瞬く間に希薄なものとなっていく。
そして遂には、ものの数秒も経たずに一片の跡形も無く霧散した。
「まあ、アレだ。
手のヒラヒラだの、呪文のぶつくさだのは、多少は印象的だったわけだが・・・。」
消えた炎の向こう側に立っているのは、軽症だがいまだ続行可能なワカバと、
「それだけか?」
全くの無傷、そして終始変わることない皮肉めいた嘲笑を浮かべるシンヤだった。
「だとしたら、随分とお粗末な呪文だ。」
アルファベットにもルビを振ることができるのを初めて知って、衝撃を受けた今日この頃。
それと、深夜が最後に使ったのは、わかる方にはわかると思いますが、ぶっちゃけ対抗呪文そのものです。大量のマナを投資してからの打ち消し、という様式美を再現してみました。




