第1章の14 理
この辺りの話は、間が空くと書いている自分でもこんがらがって来るので、一気に投稿しました。
この続きも、なるべく早く上げるようにします。
それと今更ながら気付きましたが、私の拙い作品を評価してくださりありがとうございます。是非ともこれからの執筆のモチベーションにさせて戴きたくあります。
「物質的な証拠が残らない魔術が、何故殺人に適さないのでしょうか。」
何気なく先生に尋ねてみた。
僕と先生、そして江戸川の三人で、この部屋に残された手掛かりがまだないかを探っていた。
「確かに魔術を使えば、物的な証拠や科学的な証拠が残ることはない。だが逆に、魔術的な証拠はまず間違いなく残ってしまうんだ。
そしてソレが致命的な証拠となる。」
「指紋のようなものだと考えてもられば、分かり易いのではないかな?」
江戸川は先生の言葉に補足を加える。
「魔術で対象に呪いを掛ける、己が魔力で生み出した剣で対象を刺す。或いは人殺しでなくとも、とある場所で何らかの儀式を行う。
そうするとその儀式を行った場の土や空気には術者の魔力が残滓となって残される。
同様に、魔力の剣で刺した箇所、呪いを掛けた人間の身体の内外からは、術者の魔力の残滓がこびり付いて残ってしまう。」
「そしてその魔力の残滓が、人間の指紋の様に個々人で異なる、ということなのでしょうか。」
「ああ、その通りだとも。
流石は小林君、理解が早くて助かるよ。君のような聡明な弟子がいて明智君もさぞ鼻が高いだろうね。」
相変わらずの常に芝居めいた調子で、江戸川は僕を寿ぐが、まるで慣れることが出来ない。
その賛辞も、まるで両生類の粘質めいた手で心臓を撫でられているかのような不快な感覚でしかない。
「君は生まれてこの方、己と全く同じ容貌、全く同じ体格、全く同じ声質の他人に会ったことはあるかね?そう勿論ないはずだ。ああ確かに、一卵性の双子ならばもしかしたら、顔、上背、声が同じになることがあるかもしれない。
だが、その内面はどうだ?」
そして、その僕の感情を見透かした上で楽しんでいるかのような、薄ら寒い笑顔を貼り付けたまま江戸川は続ける。
「全く同じ思考、全く同じ性格、全く同じ精神を持つ双子が存在するのかな。そう答えは否だ。例え双子であろうとも、自己と他者を同一視することなど出来ないのだから。
そして魔力とは、己の精神から生み出し精製する力であるならば、自他の間で性質の差異が生じるのもまた自然の流れというもの。何もおかしなことはない、当然の理屈だ。」
◇
「柊の言ったことは概ね正解だ。
よく判っているな、ご苦労だった。もう座っていいぞ。」
そして教師は、座れ、と手で合図を送る。
特に御咎めは無しのようだ。
「魔力と言うのは個人個人によってその性質は異なる。とは言えそれで魔術の公使に不都合が生じることはまずない。一足す一が、お前たちの誰にでも出来るのと同じことだ。」
『良かったね、怒られなくて。』
まるで他人事か何かのように若葉は思ってやがる。
『次当てられたら、今度はお前が答えろよ。』
『はいはい、分かりました。』
「とは言え、魔術に於いても個々人で限界は違うし、勿論得手不得手も存在する。
100メートルを10秒で走れる奴もいれば、13秒で走る奴もいる。計算の早い奴もいれば、遅い奴もいる。背の高い奴もいれば、低い奴もいる。理屈は同じだ。
しかし差異と言っても、結局はその程度のもので、根本から異なる性質を持つ人間など皆無と言っていい。」
まあ当然の話だろうとは思う。
誰もが性別も身体も性格も違うのに、その中に流れる魔力だけが全く同一など言う方が変な話だ。
とは言え、そのことを普段意識して考えて事のある奴は少なかったらしく、驚いている奴が案外多かった。
「それで最初の質問に戻る訳だが・・・、今度は楸、お前が答えて見ろ。」
「は、はいッ!」
不意打ちの指名に若葉は慌てて立ち上がる。
どうやら俺たち二人を見逃す気などさらさら無かったようだ。
「ええと・・・、先生の例をお借りしますと、相手を殺すことだけを目的とするならば、魔術には多様な方法が存在し、また準備の手間をかければ一度に多くの者を死に至らしめることも可能だからです。
そして魔術が殺人や暗殺に不向きな理由は、術者の呪紋がその場、或いは術を掛けた相手の身体に残留してしまい、そこから容易に術者を特定することが可能だから、です。」
◇
「そうやって残された術者の魔力の残滓を、”呪紋”とこの手の専門家は呼んでいる。
呪紋による人物特定の正確さは絶大だ。それこそDNA鑑定など話にならない程にね。」
「DNAかんてい・・・ですか?」
まるで聞き覚えの無い言葉だ。
「ああ、失敬。この時代にはまだ無い言葉だったね。
まあ要するに犯人を究明する為の手段の一つだよ。
そして呪紋による検証は、先ず何より分母の絶対数が少ない。魔術を使える人間など限られているからだ。」
「へえ・・・。」
どれもこれもが初めて聞くことばかりだった。
もしかしたら、これまでもごく稀にあった不可解な依頼も、同じような手段を用いて先生は解決してきたのだろうか。
だとすれば、疑問が出て来る。
「なぜそこまで魔術について詳細に解き明かされているのに、魔術による犯罪の存在が公には認められていないのでしょうか。」
物質的な証拠であれ、魔術的な証拠であれ、ソレが間違いなく存在し、且つソレを確実に検証して犯人を見つけ出す手段があるならば、その存在を認めても問題ない筈なのに。
「そうだな・・・、」
と先生は珍しく少し悩んだ様な顔を見せる。
「先にも言ったように魔術を使える人間の数が圧倒的に少ないってもの理由の一つとしてあるだろう。」
とは言え、それが絶対の理由ではない筈だ。
魔術は手段の一つでしかない。
人を害するのに毒を使うか、刀を使うか、はたまた魔術を使うか程度の違いでしかない。
「まあ最も大きな理由は、現行の法制度に合っていないから、だろうね。」
そう言った江戸川の口調は、珍しく呆れた風な様子だった。
「明治維新、文明開化は当然知っているだろう。」
「ええ、勿論です。」
まだ僕が生まれてはいないとはいえ、まだ50年か60年前程度のことだ。
ましてや初等教育でも習うことだ。
「西洋列強に追い付け、追い越せ。
そうして当時では最先端だった欧米の科学や制度を日本は取り入れると同時に、古きものは次々と切り捨て廃止していったのだが、フフッ・・・。」
またあの嗤いだ。
彼には何が見えているのか、彼の眼には何が映っているのか、まるで読めない。
只々、周囲のモノを嘲るあの笑み。
「何とも愚かしいことだが、切り捨てる対象の中には当然の如くに魔術も含まれてた。
こと魔術に於いて、日本は欧米よりも先を進んでいたというのに。
目に見えなければ無いも同じ、フフ・・・、欧米人らしい実に高慢な哲学だ。
目に見えず、また触れなくとも、そこに確かに存在するというのに。
まあ、とは言え、華族様方のお陰か、神祇省のお陰か、はたまた帝陛下本人のお陰か。何とか完全には葬り去られることなく、その後も細々とではあるが魔術は生き残った。
そうして変動を乗り越え、幾何か過ぎた頃だった。
その頃から、次第に齟齬が現れ始めた。」
僅かの間、江戸川は考える仕草を見せ、
「例えばそうだな、君に身近なところで言えば刑法かな。」
そうして再び説明を始めた。
「ある時、一人の人間が逮捕された。彼は現行犯の逮捕だった。
だが彼はこう言った。私はあの男に魔法で操られていたのだ、と。
またある時、一人の人間が死んだ。
その直後に私がこの人間を呪い殺したのだと、声高に宣言する女が出現した。
さて小林君、そうしてその後この者達はどうなったと思うね?」
唐突に質問を投げ掛けられた。
多少戸惑いはしたが、彼が何を言わんとしているかが、何となく見えている。
「最初の人はそのまま現行犯逮捕されたまま、刑が確定。
次の女の人は不能犯。それでその事件は只の自然死で処理された、でしょうか。」
「ああその通りだ。
その後、当時の神祇省の検証の結果、先の二件では確かに魔術を使って操っていた形跡が存在し、また確かに件の女性が呪殺した魔術的証拠が出て来たにも関わらずね。」
僕の答えに江戸川は満足したように笑っていた。
「現行の刑法制度上で魔術の存在を認めてしまったら、構成要件がまるで意味を成さなくなってしまう。
だから政府は魔術の存在を認知していても、公認することが出来なかった。」
「そうその通り。
もし仮に、国家が魔術の存在を認めようものなら、各国からどう思われるか。少なくとも魔術を迷信だと言って切り捨ててきた欧米諸国の心証が悪くなることは目に見えていた。
ならばどうするか。
そんなモノは存在しない、と。
臭い物を扱うかのように蓋をしたと言う訳だ。」
「だからこそ、少なくとも一般世間の間では魔術と言った類の怪し気なモノは存在しない、迷信である、と言うことになっている、とことですか。」
「だがしかし、認めようが認めまいが関係なく魔術はソコに存在し続けているのだから、対策しなくてはならない。その為の神祇省・・・、まあ今では宮内省だがね。ソレが作られたのだよ。」
随分と手前勝手な話だ。
散々自分たちの都合で良いようにしてきたモノなのに、その対応は結局人任せと来たのだから。
「それは仕方ない、大人の都合というものなのだから。」
だからそれがッ、と喉まで出かかった言葉押し留める。
この言葉をこの男にぶつけても意味が無いのだから。
◇
「正解だ、楸。
柊と比べると大分丁寧で分かり易い説明だったぞ。」
「ありがとうございます。」
「ご苦労だった、着席していいぞ。」
随分と嬉しそうな顔で若葉は席に着く。
「と言うことだお前たち。分かったと思うが、魔術を使った悪戯なんかは直ぐにバレるものと心しておけよ。先生の中にはソレの発見に特化した人もいる。
そして重大な問題を起こした生徒にはそれ相応の罰則が下る。特にも試験で不正を行おうものなら、退学は覚悟しておけ。」
えー、と教室から一斉に声が上がる。
あの教師は冗談めかして言ってはいるが、実際はかなりの本気のようだ。
『あんまり、迂闊なことは出来ねえな。』
『えー、つまんなーい。』
若葉が後ろで一人不貞腐れて机に突っ伏している。しかし即座に、
「おい楸、行儀が悪いぞ。ちゃんと座りなさい。」
と教師にソレを見咎められた。
◇
「先生、それらしいものはありませんね。」
室内の一通りの捜索が終わった。
壁や天井の血の染みや、部屋の角をくまなく見てみたがそれらしい痕跡は残っていない。
「まあ、普通はそうだろうな。
呪紋を知っている者であれば、態々《わざわざ》ソレが残るような殺し方はしない。」
結局は振り出しだ。
やはり目撃者の証言を聞くことが一番の近道なのかもしれない。
しかし先生は、
「江戸川。」
「さてどうしましたかな、明智君。」
「彼女の遺体が保管されている場所は分かるかい?」
「帝大の医学部棟ですね。」
「なら次はそこに行くとしようか。」
遺体の検死をするつもりだった。
「先生、目撃者への聞き込みは・・・、」
「それも後に行うが、今は先に死体を見ておきたい。
なるべく腐敗が進んでしまうと判るものも判らなくなってしまうからね。」
そうして次の目的地は帝大となった。
先生に頼まれ、近くの駐車場まで自動車を取りに行く。
そしてその途中、
「ねえ君、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
5人組の学生に、ここで起きた事件についていくつかの質問を受けた。
とは言え大して時間を取られることは無かったが、その最後、
「好きな奴はいんのか?」
と、これまでの流れを断ち切るような、、まるで関係の無い問いを受けた。
「か、仮に居たとして、別にそれを、あなたに教える必要はないでしょうッ!」
唐突な不意打ちに、僕は思わず叫ぶように言うと、逃げるように立ち去ってしまった。
この時、はたして頭の中に思い浮かんだのは誰だったか。
勿論、先生が思い浮かんだのは確かだ。
だが、それよりも先に浮かんだのは・・・。
「てッ・・・、僕は何お考えているんだろう。あんな変な言葉を真に受けて。」
僕は頭を振り、思い浮かんだ像を掻き消す。
そうこうしているといつの間にか駐車場へ付いていた。
「とにかく早く先生のところに戻らないと。」
気持ちを切り替えると同時にエンジンを回し、ギアを一速に入れる。
そして来た道を再び戻る。
あの五人組はもう既にそこにはいなかった。
「お待たせしました。」
先生達は入り口の前で待っていた。
「少し時間が掛かったみたいだけど、何かあったのかい?」
「いえ、大丈夫です。
少し道を尋ねられたので、案内をしていたら少し遅くなってしまっただけですから。」
咄嗟に適当な嘘でごまかした。
「そうかい?」
先生は不思議そうな表情を浮かべたが、特に追及することも無く後部座席へと乗った。
「江戸川さんもどうぞ。」
と同じく後部座席へと促す。
だがその瞬間。
いや、まるで初めからそうであったかのように。
いつの間にか僕の頭の上に手が置かれていた。
その手はまるで微動だにすることはなく、只々頭の上に在り続けた。
数秒か、数十秒か。それともほんの僅かばかりか。
そしてその男の手が頭から離れていく。
だがしかし、
「小林君。」
その男の横顔を見た瞬間、背筋を氷が滑り伝っていくような感覚が走った。
下弦の月を思わせる漆黒の亀裂が、江戸川の顔に刻まれていた。
「壁に耳あり、障子に目あり、だ。
用心したまえ。」
純真無垢な子供のような笑みがそこにはあった。
まるで何か楽しそうなモノを見つけたかのような。
しかしソレを無垢と言うには、余りにもドス黒い嗤い顔だった。
最早僕は、この男の貌を直視できなかった。
直前にこの男が言った言葉すらも、頭の中から消し飛んでいた。
◇
不意に寒気が走る。
直後に全身を身震いが駆け抜ける。
「どうかしたの、深夜?」
「何でもねえよ、少し寒気がしただけだ。」
「ふーん、そう。」
不思議そうな顔をしたが、それ以上は特に若葉も何も言わなかった。
俺自身にもその理由は分からない以上、何とも言いようがない。
唯一出来るとすれば、さっさと忘れることくらいだろう。
「それじゃあ、そろそろ授業も終わるが次の授業はいよいよ模擬試合を行う。
場所の移動となるので、くれぐれも遅刻することのないよう注意してくれ。」
ああ、これでやっと退屈な授業が終わる。
後は今日の日直が終礼を掛けるだけだ。
「それと言い忘れていたが、次の模擬試合初めに行うのは柊深夜、お前からだ。」
すっかり気が抜けていた所に突如、担任の教師からそう宣告された。




