第1章の11 放課後
「へー、それじゃあ3人はドイツから来たんだ。
でもなんで、わざわざ日本に?」
「こと魔術に於いては、日本は欧州のどの国家よりも進んでいると聞いたのでな。」
「そうなの深夜?」
「さあ? ただ無駄に歴史だけは重ねて来た、てのは間違いねえな。」
放課後、俺と若葉、それにドイツから来たという留学生3人を加えた5人連れは、適当な会話を交えながら街中を歩いていた。
とは言ってもまだ正午を少し過ぎたくらいだ。
今日は、俺達の入学式とその後の各教室での簡単な説明会や互いの自己紹介ですぐに放課となり、俺達を含めた新入生は午後の暇を持て余すこととなった。そこに、
『じゃあ、これから遊びに行こうよ。』
と、若葉が提案してきた。
俺としても特に断る理由も無く、その提案に乗ったわけだが、
『せっかくの縁だし、あの3人も誘っちゃうね。』
と言って駆け抜けていったのが事の次第だった。
そんなこんなで、ぶらぶらと歩いてる訳なんだが、
「おい若葉。俺達はいったいどこに向かって歩いてんだ。」
「さあ? でも取り敢えず南の方に進めば赤坂とか麻布に行けるはずだよ。後は行き当たりばったりでも何とかなるでしょ。」
甚だ適当な先導だ。
別に明確な目的地を決めている訳では無いが、はなからコレでは先が思いやられる。
「悪かったな。案内人がこんなんで。」
取り敢えず、何かが起こる前に謝っておくことにした。
「構わんよ。こういう趣向も別に嫌いではない。」
「私も私もー。散歩みたいでなんだか楽しいし。」
「僕も気にしてはいないよ。それにこういうのは冒険みたいで心が躍るからね。」
随分と前向きな人間だ。或いは気を遣ってくれているのか。
「そう言ってくれるなら、多少は気が楽になる。」
アーデルハイト。
レオンハルト。
ストレルガ。
学級活動の自己紹介で、そう名乗っていた。
そして気になることはいくつかある。
「まさか3人を1つの組にまとめるとはな。
そういうのは大抵、各組に均等に配置するもんだと思ってたんだがな。」
とは言え、1学年には2つの組しかないのだが。
「私も初めはシンヤのように考えていたから、全員が同じ教室に集められたのは意外だったよ。」
「そこは学校側が僕達に配慮してくれたんじゃないかな?
1人あぶれてしまうよりは1つにまとめる方が良いと判断してくれたか、或いは、1箇所に集めた方が僕らの監視がし易かったか・・・、」
「その両方ともか、だな。」
とは言え、今更それについて考えた所で大して意味は無い。
考えて答えが出るようなものでもないし、ましてそのことを教師が教えてくれるとも思えない。
結局は最もらしい推論で納得するしかない。
「そんで、何となく気にはなってたんだが・・・、」
取り敢えず、組み分けの話はここで終わらせ、
「3人は、貴族の家柄とか何かなのか?」
別の疑問から聴いていくことにした。
「何故そう思う。」
「何となく、三人の苗字からそう思っただけだ。」
アーデルハイトはすう、と目を細める。
驚き、と言うよりかは感心する、といった感じか。
「ああ、君の想像の通りだ。
私とレオンは確かにそれなりに古い貴族の家の生まれだ。とは言え、私の家は国境付近に居を置く、田舎の弱小貴族と言ったところがせいぜいのものではあるがな。」
「僕も同じく。落ち目も良いところの田舎貴族さ。」
などと2人は自嘲ぎみに話すが、実際のところは特に何とも思ってはいないようだ。
「別にいいじゃん2人とも。私なんて平々凡々の平民だよ。
それも周りをアルプスに囲まれた正真正銘のド田舎の生まれ。」
「ステラちゃんはスイス出身なの?」
「ううん、イタリアのトレンティーノ。アルプス山脈の南側の山裾。」
「へえー・・・、まさにアルプスの少女、って感じで素敵だね。」
「えへへー、そうかなー。」
似たような性格をしているからなのだろうか、若葉とストレルガの仲が何時の間にかやたらと良くなっていた。
まあ、それはともかくイタリアか。
「魔女ストレガ。」
「え?」
「ストレルガの名前のことだよ。
ラミア、エンプーサ、ストレガ・・・。昨今では怪物としての印象が強くなっているが、元々は太古の強大な魔女達の名だ。
それから捩ってんじゃねえかと思ってな。」
俺の言葉にストレルガは、息を飲んで驚いていた。
「博識だね、シンヤ君は。ズバリその通りだよ。
私のおばあちゃんが名付けてくれたんだ。私が偉大な魔女になれるようにってね。」
「つーことは、魔術師の家系ってわけだ。」
「うん。家柄自体は先祖代々平民だけど、魔術師の家系としてはそれなりの代を重ねているよ。それはハイジやレオンも同じだね。」
なるほどな。この3人にとって大事なのは、家柄よりも魔術師の血筋であることってな訳だ。
「そしてそれに関しては、シンヤやワカバも同様だろう。」
そう告げたのはアーデルハイトだった。
「どういう意味だ。」
「先刻の教室内での自己紹介、2人が名乗った瞬間に教室内の空気が変わったぞ。」
「・・・。」
「あれは何というべきだろうな。驚愕か、或いは畏敬とでも言うのか。
とにかく、そのような感情があの瞬間に皆から沸き上がっていたな。」
「なんだそりゃ、他人の心でも覗けるってのかよ。」
「まさか、私にそんな真似は出来ないさ。
ただあのような周囲の変化を私も経験したことが有るというだけのことだ。
先にも言ったが、腐っても私は貴族の出自だ。それが例えどれ程弱小の貴族であろうとも、周囲の人間の私を見る目の色には、僅かではあるが変化を帯びる。その変化と先の状況が似ていたと言う訳だ。
まあ、ただその変化が、私の時とは比べるべくも無く大きくはあったがな・・・。」
「チッ・・・。」
思わず舌打ちをしてしまう。
だが否定の余地などない。
まさしくアーデルハイトが今言った通りなのだから。
「ご名答だ。俺の家も、若葉の家も歴史だけは無駄にある家だ。
世間一般ではそうでもないが、魔道に身を置く奴等にとってはそれなりに名が通ってる。」
ただまあ、敢えてアーデルハイトの答えに付け加えるなら・・・。
驚愕、畏敬。
只単にそれだけじゃねえ、てことだ。
あの時、俺が”柊”と名乗った瞬間。
頭の中に流れ込んでくるのは、驚愕と畏敬・・・、それに加えて羨望、嫉妬、憤り、その他諸々の感情や思い。寧ろ、畏敬や驚愕といったものの方が遙かに少ない。
そんで、その感情の波を浴びて俺が思うことはいつも同じだ。
『ああ、またか。』
内側を覗き込まれてるとも知らずに目出度い奴らだ。
だが幾度もソレを経験しているということと、ソレに慣れるということは全くの別の問題だ。
或いは、どれだけの経験を経ようとも、皆が向けるあの視線、あの感情に、一生慣れることは無いのだろう・・・。
「はッ、別に俺自身が何かを成し遂げたって訳でもねえのによ。」
「だがそれがある程度の社会的地位のある家に生まれた人間が背負う義務なのだろうよ。」
しかしこのアーデルハイトという女は、それがさも当然であるかのように言いいやがる。
その家に生まれた者には、もれなく与えられる強制力。
ここまで来れば、最早呪いの類だ。
「Noblesse oblige(”貴族の宿業”)ってやつか。
大したもんだな。生憎、俺はそこまで達観も実践もできちゃいねえが。」
「別に私自身もソレを完璧に実行できてるとは微塵も思っていないさ。
だがその業とやらを、頭の片隅に置いておくだけでも随分と違いは出るぞ。」
ああ、こいつは。
アーデルハイト・フォン・グリンデルヴァルトは・・・。
家柄の貴賤どうこうではない、徹頭徹尾、筋金入りの貴族なのだと、思い知らさせられた。
だから何だと言う訳では無い。
そんなもんは、まさに人それぞれだ。
アーデルハイトがどんな哲学を持っていようが俺には関係の無い事だ。
ただ何となく・・・、微かだが、ある考えが過る。
『ああ、多分この女とは馬が合わないんだろうな。』
と、そんな予感があった。
※
歩き出してからおよそ1時間と言うところだろうか。
5人連れで適当に話を交えて歩いていたら、いつの間にかそれだけの時間が経っていたらしい。
そして同様に、結構な道のりを歩いて来たのだが、
「おい、若葉。
なんで俺達は外苑の横を歩いてるんだ。」
「んー、何となくこっちに進んだ方が面白そうなものが多そうだから。」
「当初の目的は赤坂と麻布だろうが。」
「別に間違いではなかったでしょ。
赤坂離宮の横を通ったし、それにここからでも麻布はすぐ行けるし。」
当初の道を逸れ、青山通りを下っていた。
理由は単純。
若葉とストレルガの、『こっちの方が面白そう』、という鶴の一声があったからだ。
「まあいいじゃん。目的地が刻一刻と変化するのも、冒険の醍醐味だよ。」
ただ単に放浪しているだけだ、と言い返してやりたくなったが、寸でのところで留める。
「そうかよ。なら好きにしてくれ。」
俺の諦めも堂に入ったものだ。そこに、
「君も中々の苦労人だね。」
と、レオンハルトが慰めを掛けた。
「互いにな。」
ストレルガもまた、若葉と似たような性格をしている。
ならば、レオンハルトのこれまでの気苦労も手に取る様に思い浮かぶというものだ。
俺の言葉にレオンハルトは苦笑する。
「おーい2人とも、早く行くよー。」
「わかったから、もっとゆっくり歩け。」
再び俺達は歩き出す。
青山通りを道なりに南下し、そして次は表参道を進むべく、交差点で進路を右に切った。




