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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
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第1章の7 暴露

 長らく間をあけ過ぎてしまい、本っ当に申し訳ございません。

 今年度から新生活に入り、仕事やら試験やら移動やらまた仕事やらでてんてこ舞いとなってしまい、中々執筆にまで手が回りませんでした。

 ですが漸く仕事にも慣れ始め、多少の余裕は出て来ましたので、これからはなるべく感覚を開けないように計画的に書いていくよう努力しますので、今後とも是非宜しくお願いします。

「グス・・・、グス・・・。」


 少女のすすり泣く声。

 1人の少女が部屋の真ん中で泣いていた。

 長く、しなやかに靡き、雪の如くに純白の髪。そしてその美しく神秘的な白髪にも引けを取らない程に、少女の顔立ちは無邪気で可愛らしく、西洋の童話に登場する妖精を彷彿させるものだった。


「ヒック・・・、ヒック・・・。」


 少女は今泣いていた。その大きな瞳から大粒の雫が浮かんでは、その柔らかい頬の上を滑り、床の上へと零れ落ちていく。だがその嘆き悲しむ姿ですら、この少女の可憐さを一切損なわせない、それどころか一層彼女の蠱惑的な引力を引き立てていた。


「何か悪いことしちゃったのかな・・・?」


 彼女は問い掛ける。


「ただ私は、貴女あなたとお友達になりたかっただけなのに・・・。」


 彼女の問い掛けに答える声は無い。


「それなのに、どうして貴女は私を拒絶するの? どうして貴女も私を苛めるの?」


 少女は再び、問い掛ける。


「私が、よごれているから・・・。けがれているから・・・。」


 やはり少女の前に座る者は黙して語らない。


「フフ・・・、アハハ・・・。」


 人だったモノ(・・・・・・)は、少女の悲壮な問い掛けに決して答えることはなかった。


「そうよねえッ! きたないから、臭いから、誰も近付きたくないのよねェッ!」

 

 薄暗い部屋の中で少女は嘆き哀しみ、狂い笑う。


「だったら、綺麗にしなくちゃッ!

 身体の外も中もアイツらの精液で汚され、まみれたというのなら・・・、ソレを洗い流してしまえば良いだけのことなんだから。」


 窓から差し込む月の光も、床の上に広がる大きな赤黒い液溜まりの中へと吸収されてしまい、室内を覆う闇を払うには至らない。


「だからねえ・・・、新鮮な血を、肉を、魂を、私にちょうだい。汚れた血も臭いのこびり付いた身体も精神も洗い流し、新しいモノに取り換える。そうすれば私は、またあの頃の綺麗な私に戻れるの。」


 鉄臭い漆黒の水の中で、少女は踊っていた。ともすれば、それは小川で水遊びを楽しんでいるように見えなくも無い。

 だが、少女がもてあそび、水飛沫を立て、浴びているのは人間の血だった。

 彼女の足元で物言わぬむくろと成り果てたモノから零れ出し、生まれた血の海の中で少女は歌い、そして踊る。

 少女の美しい歌声と可憐な踊りにまるでそぐわない、その足元に転がる最早原型をまるで留めていない醜悪な骨肉の破片と塊。その絶望的なまでのアンバランスさが、この光景の異常さをより一層際立たせていた。


 そして、事態は唐突に動き出す。

 キイッ、と奥の扉が動いたのだ。

 千春はその音のした方へと目を向ける。するとそこには1人の人間が立っていた。

 それは小さな女の子だった。己よりも更に幾分か幼い子供だった。

 千春にとって自らの周囲を覆う闇など、まるで目晦ましにもならない。扉の元に佇む少女の姿が、表情が、その感情までもがハッキリと鮮明に見えていた。

 千春はゆっくりと、怯え恐怖している少女の方へと歩み寄る。

 そして、


「ごめんね、起こしちゃって。」


 一言。

 ポツリと呟いた千春は、その血塗られた小さな手をその少女へと伸ばしていった。


    ※


「・・・ん。」


 不意に目が覚めた。

 眠たげな眼を擦りながら、ゆっくりと億劫そうに周囲に見回す。

 だがまるで何も見えなかった。

 周囲を覆い尽くす暗闇が、視界を遮る。


「なんでこんな夜中に・・・?」


 なぜこんな遅い時間に目が覚めてしまったのか。

 普段、このような中途半端な時間に目覚めることなど無い。にも関わらず、何故今日はこうして真夜中に起きてしまったのか。


「・・・わかんない。」


 数秒考えた後、直ぐにその思考を放棄した。考えたところで答えなど出るはずがないだろうと結論付けたのだ。


「・・・おやすみなさい。」


 そして再び眠りに就こうと目を閉じ、意識を埋めていく。

 微睡の中に己の意識が沈んでいき、意識が無くなるその刹那、微かな声がその耳の中へと入って来た。

 か細い声は、再度その意識を現実世界へと引っ張り上げていく。

 目を開き、その声へと神経を集中させる。


 それは小さな小さな歌声だった。


 この部屋の扉の向こう側、別の部屋の方からその歌は聞こえてくる。

 幼い子供、おそらくは自分と同じ少女が発しているであろう、可愛らしくも綺麗な声だった。


「誰だろう・・・、もしかしてお母さんが歌ってるのかな?」


 そう言って立ち上がると、真っ暗な部屋の中を手で探りながらドアの方へと歩き出した。


「あれ?」


 普段の感覚で向かった先にはドアは無く、手には壁に触る感触があるだけだった。

 不思議に思いながらもその周りを手でまさぐると、すぐ横にドアノブがあった。

 ドアを開けると、その歌声はよりハッキリと聞こえた。


 そして気付く。

 その声の主は母ではなかった。


 それと同時に不安が心の中に沸き上がる。

 しかしそれでも、足を止めることは無かった。見知らぬ者がその向こう側にいるという不安と同じく、この美しい歌声の主を見てみたいという好奇心も確かにあったのだ。

 暗い廊下を壁伝いに手を這わせ、足音を殺して歩く。恐怖で感覚が鋭くなっているのか、指先から伝わる壁の感触にも微かな違和を感じ取った。。


 遂に扉の前に着く。

 ドアノブに手を掛け、静かに扉を押し開ける。だが、


 キィー・・・、と。


 蝶番ちょうつがいの軋む独特の甲高い音が鳴り響いた。

 その瞬間、心臓が一際強く鼓動し、全身から嫌な汗が噴き出す様な感覚が走った。

 まずいッ!と思った時には最早遅かった。

 歌声は既に止まり、扉も開き切ってしまっていた。


 窓から差し込む月光により、先よりかは幾分周囲の様子が窺える薄暗い室内。

 まず目に飛び込んだのは、その部屋の真ん中に佇む1人の少女の姿だった。そしてソレは同じくこちらに顔を向け、その視界に己の存在を捕らえていた。

 その少女の顔は逆光により影が掛かり、窺い知ることは出来ない。だがその身長から、己とそう変わらないであろう年齢であると推測出来た。

 彼女のしなやかで長い髪は、背後から照らされた月光により、淡い銀色に輝いていた。

 そしてソレは、ゆっくりとこちらに向かって1歩、踏み出した。


 ビチャッ・・・。


 踏み出された足が、そんな湿り気と粘性の混ざったような音を奏でた。

 その足元に目を遣ると、そこらの床一帯に黒い大きな水溜りが広がっていた。ふわりと靡き、月明かりを反射させるソレの銀の髪とはまるで正反対の、全ての光を飲み込むかのような漆黒の液体だった。

 否、厳密には僅かばかりに赤色を含んだ黒色だった。


 瞬間、全身を怖気が駆け抜け、身体が震え出した。口内で奥歯がガチガチとけたたましい音を鳴らす。

 

 ビチャッ・・・。


 頭の中に思い浮かぶのは、幾つもの疑問符だった。

 何故これ程までに自身の身体が震えているのか。

 赤黒色の液溜まりも、所々に散らばる赤い物体も、これまで一度も己は見たことなどない。当然ソレらが何なのかも、まるで知りもしない。

 だとしたらどうして、身体の自由が利かなくなる程、震えているのか。

 どうしてこれ程までに、『怖い』、と感じてしまっているのか、全く判らなかった。


 ビチャ・・・。


 或いは、本能的な直観か。遺伝子に刻まれた無意識下の記憶か。

 いずれにせよ知識は無くとも、己はソレの持つ本質を理解してしまっていた。

 只々、絶対的な恐怖に囚われた身体は、蛇に睨まれた蛙の如くにまるで微動だに出来なかった。


 ビチャ・・・。


 そしてとうとう自身の目の前にはその元凶が立ちはだかった。

 最早成す術も無かった。

 少女げんきょうは、赤黒い液体に染まった手を己の方に伸ばす。


「ごめんね、起こしちゃって。」


 酷く場違いなまでに優し気な言葉だった。

 意識がプツリと途切れる。まるでラジオの電源が切られたかのようにほんの一瞬のことだった。


    ※


「・・・おーい、開けてくれ。」


 男はドアを数度叩きながら、戸の向こう側にそう呼び掛けた。


「・・・クッソ何だよ、もう寝ちまったのかよ。」


 悪態をきながら、彼は懐から煙草と燐寸マッチを取り出した。

 何度か擦りつけるも、燐寸が湿気ているのか火が点かない。


「ああッ、ウザッてえッ!」


 火の点かない燐寸を投げ捨て、咥えていた煙草と箱に入れると乱暴に懐の中に戻した。


「つーか、アイツは何やってんだよッ!」


 男は苛立った様子で、反応の返って来ないドアを睨む。再びそのドアを先よりも強く何度も叩いた。しかし結果はまるで同じだった。何の返事も動きも無い。


「クソがッ。」


 益々苛立った彼は、今度はそのドアノブを強く握りしめ回そうとした。だが、


「あ・・・?」


 思わず気の抜けたような声が漏れた。

 何の抵抗もなくすんなりとドアノブは回り、そしてそのままソレを引くと、いとも容易く扉がその口を開く。


「・・・何だよ、鍵開いたままじゃねえか。」


 そのままドアを潜ると、暗い廊下を歩いて行く。


「おい、もう寝ちまったのか。」


 その呼び掛けに対する返答は無い。

 中の明かりを点けようと壁に付いたスイッチを入れるも、壊れているのか何の反応も無かった。


「やれやれ・・・。」


 彼は廊下の向こう側にあるリビングへ向かった。

 月明かりのお陰か、奥に見えるリビングは暗闇の中に淡くぼんやりとしたその輪郭を浮かび上がらせていた。


「・・・?」


 微かな違和だった。

 しかしそれは、足を一歩踏み入れる毎に大きくなっていく。

 そして彼が目的地にたどり着いた時、その違和の正体を悟った。


「なん・・・だよ、こりゃあ・・・。」


 床の上に広がった大きな血の海。

 その所々に散らばる肉や骨の残骸。

 そして、


「おいッ! キリエッ。」


 彼の前に横たわる己が娘の姿だった。

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