第1章の5 埋火
試験が近く、中々にままならない状況です。何とか合間を縫って執筆をしてはいますが、どうしても投稿速度が落ちてしまいます。
「もう、すっかり暗くなっちゃったね。門限って、あったかしら。」
「それは大丈夫だろう。まだ学校が始まった訳では無いし、それに夕食も外で摂らなければならないのだから、そこに門限を設定するほど寮母さんも意地が悪くも無いはずだ。」
帝都の観光を終えたハイジ、レオン、ステラの3人は、学生寮に帰るべく暗い路地を歩いていた。
「今日はすっごく楽しかったね。それで、明日は何処に行こうか?」
ステラは心底満足げに笑っていた。
「そうだな・・・、今日は北の方へ行ったから今度は南の方面を中心に行ってみようか。」
ステラとレオンはそんな他愛も無い談笑に花を咲かせていた。
そうして夜道を歩き続けると、ようやく寮の入り口が見えて来た。
明かりが全く灯っていない真っ暗な学生寮。まだ他の者達は外に出ているのか、或いはそもそも己が実家に帰ってしまっているのか、それは彼らには判らない。
唯一明かりが零れ出しているのは、一階の玄関とそのすぐ隣の小窓。寮母が住み込んでいる管理人室だった。
「ただいま戻りましたッ。」
いの一番に中へ駆け込んだステラが、大きな声で挨拶をした。
その元気な声に反応して管理人室の扉が開き、寮母が姿を見せた。そしてステラは今度は寮母と楽し気な談笑に花を咲かせてた。
そんな2人の様子をレオンとハイジは遠巻きから眺めていた。
「あのお気楽さはある意味羨ましくあるな。」
「はは、ステラは相変わらずだね。」
レオンとハイジは苦笑する。
「まあでもいつも仏頂面のハイジが、今日は珍しく楽しんでいたようだったしね。」
「・・・まるで私が常に斜に構えているかのような言い方だな。」
「おや、違ったのかい?」
「ああ、間違っているな。
私は、”善いものは善い”、”悪いものは悪い”、楽しいものは楽しい”、”詰まらぬものは詰まらん”と、只単に感じたままにハッキリと言うだけだ。
レオンが私をそう見えるのは、世の中詰まらないモノの方が多いというだけのことだ。」
その言葉を聞いたレオンは、嬉しそうに悪戯っぽく笑う。
「へえ、それならば今日はそれだけ楽しかったってことなんだ。」
「・・・そうだ。」
若干ハイジが言い澱んだ様な気がしないでもない。
実際彼女は一瞬、内心では否定してやろうかとも思っていた。
「お前の通りだ。初めて訪れた極東の島国ということもあるだろうが、中々に楽しい観光だったよ。」
だが己が言葉を自らの手で反故にするのは筋が通らない。そんな考えがハイジの頭の中をよぎる。
まして舌の根も乾かぬうちにそんな真似をすることは、ハイジの自尊心が断じて許さなかった。
「ごめんごめんハイジ。揶揄ったことは謝るから、そんな怖い目をしないでくれ。」
レオンは慌ててハイジを窘める。そして、
「それと、もう一つ聞いても良いかい?」
そう付け加えた。そのレオンの顔からは既に直前までの笑みが消え去っていた。
「・・・何だ。」
彼の纏う空気が変わったことをハイジもまた察した。
「帝國大学の前で何があった。」
※
ある程度、そんな問い掛けが来るだろうという予感はあった。
ハイジはあの後2人に悟られぬよう、何事も無かったかのように取り繕ったつもりだった。
「正門の前で、誰かと話していたのは僕らも遠くから見ていた。」
「・・・へえ。」
「その後その人と別れて君が僕らと合流した時、若干の違和を感じたからね。」
だがしかし、流石に誤魔化し切れはしなかったようだ
「何故そう思う。」
「何となくだ。だがそれでも10年以上も君と一緒に居れば、流石に何となくが何となくじゃないことも分かってくる。」
「・・・。」
「それにおそらく、ステラも君の変化に気付いていると思うよ。
探りを入れるようなことを言ったりはしなかったと思うが、彼女はあれで人間の機微に聡いところがあるからね。」
「やれやれ・・・、同日に二度も、己の未熟さを痛感させられるとはな。」
ハイジは観念したように、しかし何処か嬉しそうな苦笑を漏らした。
そして彼女はあの時に起こったことを説明し始めた。
※
あの白髪の少女が立ち去った後、ハイジは2人と合流して大学の図書館へ入っていった。
レオンとステラが次なる観光地を探っている中、ハイジは新聞を読み漁っていた。
今日の朝刊。昨日の朝刊。一昨日の朝刊・・・。
何故己が新聞を読み漁っているのか、ハイジ自身も定かでは無かった。敢えて言葉にするならば、ただ何となくソレにヒントが在るかもしれないという思いからだった。
あれ程の血臭を纏った少女。
おそらくは、過去に起きた何らかの事件に関わっているではないのだろうかと当たりを付けた。
三日前、四日前、五日前、一週間前と、紙を捲る指は次第に早くなっていく。
そしてソレはあった。
ある意味予想通り。だがそれはハイジの想像を大きく超える深刻なモノだった。
およそ二週間前。
本所区の一角のとある風俗店。そこで店主を含めた店の従業員が惨殺されるという凄惨な事件が起こった。
被害者は皆が男性で、その身体は鋭利な刃物でバラバラに切り裂かれていた。
そしてその犯人の正体も全くの不明。
手掛かりも皆無。
警察の捜査は、早くも暗礁に乗り上げてしまった。
だがしかし。だがだからこそ、その余りにも足取りが掴めないその不可解さ、まるで霧を掴もうとしているかのような手応えの無さ故に、これまでの一連の猟奇事件の下手人と同一の人間。否、同一の存在であることをありありと物語っていた。
今日、帝国大学の正門前で出会ったあの銀髪の少女。
それがこの記事を読み終わった後、真っ先にハイジが思い浮かべたものだった。
証拠など何も無い。全くの勘でしかない。
だがそれは確信めいた予感だった。
あの少女は・・・、千春は、間違い無くこれらの猟奇殺人に大きく関わっている、と。或いは彼女自身が、下手人そのものではないのか、と。
そして更に過去の新聞へと遡り、その軌跡を辿った。やがてハイジはその一連の事件が、昨年の12月の初頭頃から起こっていることを突き止めるに至った。
※
「そうか・・・、そんなことがあったのか。」
ハイジから一通りの話を聞いたレオンは腕を組み、深く唸る。
「鬼柳千春、と言ったか、その少女は。」
「ああ・・・、私が遭遇した時アイツはそう名乗った。
新聞沙汰になった事件だけでも、30人近くを手に掛けているようだ。」
30人。その数にレオンは一瞬息が止まる。
「・・・、まるでジャックザリッパーみたいだな。」
「どの紙面も同じような感想を漏らしていたよ。”帝国に潜む切り裂くジャック”だの、”英国の殺人鬼、次の目標は日本か”だの、好き勝手言いたい放題だった。
まさかその正体が、あんな年端も行かない少女だろうとは誰も思うまいよ。」
そして呆れたようにハイジは苦笑を浮かべる。
「とは言え、アイツが犯人なのかどうかまだ判らんがな。こうして深刻そうに話してはいるが、実は只の私の勝手な思い込みと決め付けに過ぎないということもある。」
「ならソレを抜きにして、その少女と出会った時にハイジは何を感じた。」
レオンの問いに、ハイジは黙り込んで考えていた。数秒の沈黙の後、
「恐怖だ。」
ポツリとその一言を呟いた。
「あの程己の死を強く覚悟した瞬間は無い。
まるで赤子も同然に、文字通り手も足も出なかった。本当ならばあの時に私もあの場で殺されていた筈だったんだが、奴の情けか或いは気紛れか、いずれにせよそのお陰で今もこうして立っていられている。」
衝撃的な話とは裏腹に、ハイジの口調は淡々としていた。恐れといったものは特に感じられない。
しかしそれとは対照的に、レオンの表情には暗い影が落ちていく。
「ハイジにそこまで言わせるか・・・。
もしかしたら、リーザさんに匹敵する程の者なのかもしれないな、その千春という少女は。」
2人の脳裏に思い浮かんだのは数年前のあの夜の光景。
そして強大な力の片鱗を見せつけた操影の魔女の姿。
「さあな。そこまでは流石にわからん。だがいずれまた何処かで出くわすことがあるだろうよ。」
淡々とした何処か他人事であるかのような口調。
「私も、ヤツも、同じこの帝都にいるのだからな。」
だがハイジの言葉の奥底で静かに、しかし強く燃え盛るモノがあった。
それは屈辱感であり、悔しさであり、
「その時は、今日受けた借りも何もかも全てをヤツに叩き返してやる。
そして後悔させてやる。私に報復の時間と機会とを与えてしまったことをな。」
そして喜悦であり、野心でもあった。
己の糧と成り得る強い獲物に出会えた喜び。それを討ち斃すことで、己の心から尊敬し、己が目標とする大魔女へと追い付き、そしていずれは彼女を追い越さんとする少女の野望だった。




