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帝国激動 ~Tales of the Crumbling Empire City~  作者: 十条クイナ
第1章 黎明
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第1章の4 遣り込め

「非常に・・・、非常に重大な発表をしよう。」


 そんな深夜の言葉から始まった。

 それぞれの荷物の整理が終わり、2人は深夜の部屋に集まっていた。


「身を切る覚悟で・・・。

 断腸の思いで・・・。

 苦汁を飲み干さんとする決心で、苦渋の決断を下した。」


「いや、そこまで思い詰めなくても。」


 そんな深夜の悲壮な決意に、若葉は隣のベッドの上に座っていた若葉が珍しく引いていた。


「1週間、親父の家に泊めてもらうことにした。」


「・・・ああ。」


 そういうことか、と。若葉は彼の心中を察した。


「だ、大丈夫だよ。私も一緒に深夜のお父さんに必死で頼み込んでみるから。

 だから、ね・・・、頑張ろうよ。」


 目の前で項垂うなだれる深夜を、何とか元気付けようと若葉は言葉を掛ける。

 しかしそんな若葉の健気な励ましの声も、何処か震え気味だった。


「・・・ありがとよ。」


 深夜にしては珍しく、若葉の気持ちに素直に感謝を述べた。或いはそれだけ、余裕が無かったのかもしれない。


「まあ、ここで考え込んでいても仕方ねえ。取り敢えずは下に行って寮母さんから電話を借りるぞ。

 あのクソ親父が相手じゃ、どのみち後はもう成る様にしかならねえからな。」


 そうして彼らは、部屋から出ると階段を駆け下り、寮母の部屋へと向かった。


    ※


 部屋の前に着いた2人は中へ呼び掛ける。


「すみません、寮母さん。少し電話を貸して戴けないでしょうか。」


 今度は直ぐに返答が戻ってきた。


「ええ、どうぞ中へ入ってください。」


 そう言って寮母は扉を開き、中へと招き入れる。

 2人を卓袱台ちゃぶだいの側に座らせると、彼女は部屋の隅に置いてあった黒電話を卓袱台の上に置き、差し出した。


「ありがとうございます。」


 礼を告げると、深夜は早速ダイヤルを回す。

 数コールの後、


『こちら日本電信電話公社、東京電話交換局です。』


 と、交換手が応答した。

 深夜は、彼に目的の電話番号を伝えると、


『暫くお待ちください。』


 という定型句の後に、再びコール音が鳴り始めた。

 1コール。

 2コール・。

 3コール・・。

 4コール・・・。

 そして5コール目の直前で、


『もしもし。』


 受話器が取られた。


「もしもし、俺だ、深夜だ。今時間はあるか。」


『なんじゃ深夜か、構わんよ。生憎、今日一日は非番じゃけんな。

 ソレに、そろそろ電話して来んだろうとは思っちょったけん・・・、いや、つーか寧ろ遅いぐらいじゃ。』


「・・・はッ?」


 思わずそんな間抜けな声が漏れた。


「どういうことだ?」


 怪訝な表情を浮かべながら、深夜は向こう側の電話の主に問いただした。


『どーもなんも、今おまんら2人は学生寮におるんじゃろうが?』


「ああ、その通りだが・・・。」


『そんで今夜の食うもんに困っちょる、ちゅうことなんじゃろう?』


「おいッ!」


 受話器がミシリと、音を上げた。


「何で親父がそこまで知ってんだ。」


 深夜の受話器を握る手に力が籠る。


『そりゃあアレじゃ、朔夜が今俺んるけんのう。』


 さも当たり前であるかのように、アッサリと彼は告げた。


「へえー・・・。てことはアレか、クソ親父。

 知ってて俺達に何も伝えなかったっつーことか。」


『おいおい、そんとに怒んなや。

 折角そがーな別嬪べっぴんさんな寮母さんが見れたんじゃけん、別にえーじゃないの。』


 その声にはまるで悪びれた様子も無い。


「んなことはどうでも良いんだよッ!

 今問題なのは、アンタの下らねえ悪戯のせいで俺達が困ってるってことなんだよッ!」


 深夜の口調は見る見るうちに熱を帯びていく。

 事情を知らない寮母さんはオロオロしながらその遣り取りを注視しており、それとは対照的に若葉は、やれやれ・・・、と呆れた風にその光景を見ていた。


「まあ良い。姉さんがそこにいるなら暫くの間、俺達もそっちで暮らしても良いだろう?」


『ああ、ええじゃろう。』


 やけにアッサリと応じた。と深夜が思った次の拍子に、


『但し、1つ条件がある。』


 電話の向こうの人物はそう言った。


「・・・本当はこれっぽっちも聞きたくないんだが、聞かねえと入れてくれないんだろうな、アンタは。」


『流石は俺の子、よう分かっちょるじゃないの。』


「それで、条件ってのは?」


 ニヤリと。

 姿が見えない筈なのに、受話器の向こうでほくそ笑んでいる父親の顔が、いとも容易に想像出来た。

 そして、


『俺んの前で土下座して、それから、”どうかお願いしますお父様・・・、』


 ガチャン。

 その言葉の途中で、無情にも受話器は叩き付けられた。

 狭い室内に数秒の沈黙が流れる。だがその静寂も、


 ジリリリリーン・・・。


 という電話の呼び鈴によって破られた。

 まるでその受話器を取りたくなかったが、何時まで経っても止む気配の無い呼び鈴に、深夜は観念したように再びソレを持ち上げた。


「・・・もしもし。」


『まったく、親父様が話しちょる時に切りよるとは、よいよおまんは非常識な奴じゃ。』


「切るぞ。」


『まあ待て、そんとにくな。あんなは冗談に決まっちょろうが。』


「アンタのは全く冗談に聞こえねえんだよ。」


『全く、ユーモワの分からんっちゃ。よいよ誰に似たんじゃ?』


 心底呆れたような溜め息が、受話器越しに伝わってきた。


「少なくともアンタに似なかったことに、俺は心の底から安堵してるよ。」


『ハッ、餓鬼が一丁いっちょ前にかばち垂れよるで。

 まあええわ。そもそもお前ら、俺ん家の場所知らんじゃろ。』


 深夜は、その意味が一瞬理解出来なかったが、


「・・・また引っ越したのか?」


 即座にその結論に至った。


『おうよ。』


 彼はしょっちゅう住居を替えていた。

 転居そのものが彼の趣味なのか、その大半が彼の気紛れによるモノだった。当人にとっては一応の意味があったようだが、傍からするとまるで理解できないような、或いはまるでどうでも良いような理由だった。


「何処に?」


『んー、小石川区の久堅ひさかた町じゃ。』


「何でまたそんな所に。」


 こんな父親の考えなど出来れば理解したくも無かったのだが、それでも深夜はソレを聞いた。


『漱石は知っとろうな?』


「夏目か。」


『”こころ”は?』


「一度サラッと読んだ程度だな。」


 中身は疎覚うろおぼえだったが、出て来る人物の誰も彼もが精神的に脆かった、という印象が残っていた。そして久堅町の周辺が物語の舞台だったということも。

 そこまで思い出すと、深夜は嫌な予感がした。


『そんで俺が今おる所は、そんなの”友人K”とやらがおっんだ下宿とおんなじ所よ。

 なんぞえろう面白そうなトコじゃと思って、ここへ移ったんよ。』


 そんなことを、彼は嬉々として語っていた。


「親父・・・、アンタって人は。」


 薄々はそうなのではないかという気がしていた。

 だが本人の口からこうまで嬉しそうに自慢されるとは、流石に深夜も予想外だった。


「本ッ当にイイ性格してんな、アンタ。」


『そう褒めるなや。俺をよいしょしてもなんも出て来んぞ。」


「・・・そうかよ。」


 最早何も言うまい、と心に誓った。


なんにせよ取り敢えず、これで俺ん家は分かったろうよ。

 後は都電なり、何なりを使こうてはっぱといや。』


「ああ・・・、そのことだけは礼を言っておくよ。」


 そう言った深夜の表情は、随分と苦々しげな顔だった。


『それと、そこな嬢ちゃんとこうてくれ。』


「若葉と?」


 何が何だか分からなかったが、取り敢えず深夜は受話器を渡した。

 若葉は戸惑いながらも受け取り、話し始めた。

 初めは頷いて返事を返していた若葉も次第に、反応が悪くなり、終いには受話器を耳に当てたまま何も言わなくなってしまった。

 そしてその顔は、言葉が無くなるのと反比例するように、赤くなっていった。


「・・・はい。」


 暫くして若葉は、受話器を深夜に返した。


「一体何を言われたんだ?」


「・・・何でもない。」

 

 訳の分からないまま、受話器をあてがう。


「おい親父。若葉に何を言ったんだ。」


『別に大したこたあ言っちょらんよ。』


「本当かよ?」


『ちったあ親父様を信用せい。そんとなことよりも、ちーと問題があっての。』


「問題?」


 その単語に眉をひそめる。


『俺ん家に来るんはえが、生憎(うち)はそんとに広うないんじゃ。』


「それで・・・?」


『じゃけん深夜、おまんは若葉お嬢とおんなじ部屋で寝てくれ。』


「また訳の分からん事を。別に姉さんと若葉が同じ部屋に入れば・・・、」


 と、そこまで言いかけた時、


『ハアーーーーッ・・・。』


 露骨に大きな溜め息を吐かれた。

 咄嗟に受話器を叩き切りたくなる衝動に駆られるも、何とか思い止まる。


『お前はまっこと残念な奴じゃのう。』


「・・・。」


『何の為に俺がお前ら2人を、同じ部屋にぶち込むと思ってんなら。』


「知らねえよ。」


『男が・・・、女が・・・、夜に、おんなじ部屋にるんじゃろうが。

 じゃけえ、そんとで男気ィ見せんで、何の為の男なんなら。』


「へえ・・・。」


 頭に血が上る。

 煮え滾った血が、脳へと駆け上がる。

 こめかみがヒクつくのをハッキリと自覚するのは、生まれて初めての経験だった。


『若葉お嬢ちゃんをリードしたれや。別にお前の股間にぶら下がっちょるモンは飾りじゃなかろうよ。』


「言いたい事はそれだけか。」


『急かすなや。まだ大事なことが残っちょる。』


(この後に及んでまだ何かあるのか。)


 沸騰しかけた脳内に、そんな言葉が流れた。

 そしてそれも、どうせ碌でもない事だとは目に見えていた。

 深夜もその覚悟を決めて次の言葉を待ち受ける。だが、


『ガキ同士、乳繰り合うんは良えが、避妊はしとけよ。』


 ヤツは易々と、想定の斜め上をぶっ込んできた。


『俺としちゃ別に如何どうでもえんじゃが、ガキをこさえると学校がえろうやかましいからの。』


「死ね。」


 一切の混じりっ気の無い純粋な殺意。まさか実の父親にそんな感情を懐くことになるとは、深夜もこの瞬間まで思ってもいなかった。

 しかしその言葉も何処吹く風といった具合に、彼にはまるで何の痛痒も及ぼさなかった。


『そげに照れんなや。別にお前も、お嬢ちゃんのことは悪う思っとらんのじゃろう。』


「ぐッ・・・。」


『素直で良え子じゃないの。』


「・・・ッ。」


『んで、お嬢ちゃんは今、ばり可愛くなっちょるんじゃろう。』


「・・・うるっせえ。」


『そんなの何処に抱かん理由があるんなら。』


「あーもう、うるっせえなッ!」


 深夜は思い切り机を叩き、叫ぶ。


「そういったことは、互いの気持ちが大事なんだろうが。若葉の考えを無視して、俺の手前勝手な都合でそんなことでき訳がねえだろッ!」


 深夜は受話器の向こう側の人間に向かって力の限りに叫んだ。

 当然その言葉を、この部屋にいた者全員が否応無しに聞いていた。

 しかしそれを気にする余裕など、叫んだ当人に在るはずも無かった。


『何ぞ、そがあなことか。別に何の問題も在りゃせんじゃろう。お嬢もお前のことしゅう思っちゃおらんようじゃしの。』


「何でテメエに、んなことが分かる。」


『そりゃ、ついぞ今お前がいがんだんとおんなじこと言っちょったけえな。』


 バッと勢い良く後ろを振り返る。

 背後では若葉が目を合わせないように、俯いていた。

 そしてここに至って漸く深夜は、先の叫びが聞かれていたのだと悟る。


「テメエ・・・、嵌めやがったな。」


『何の事やら?』


 あくまで恍け通すつもりらしい。


『まあ良え。取り敢えずは俺ん家まではっぱと来きや。

 しっかし何ぞ感慨深いのう。息子が大人に成るんを見るは、父親冥利に尽きるっちゅうか。お前もそうは思わんか。

  ああ、安心せい。母さんに頼んで風呂も布団もバッチリ用意しちゃるけん、お嬢にしかと男見しちゃれい。

 カーッカッカッカッ・・・。』


 奴が言うだけ言った後、電話は切られた。

 そして暫くの間、深夜は受話器を持ったまま固まっていた。

 すると、


『ぶふッ。』


 と、噴き出したような笑い声が受話器の向こうから聞こえて来た。


「・・・おい、ババア。一体何時から盗み聞きしてやがった。」


『オホ、オホホホホ・・・。

 こ、この度は日本電信電話公社をご利用いただき有難うございました。

 またのご利用をお持ちしております。』


 そして今度こそ、何も聞こえなくなった。


「・・・クソがッ!」


 壊れんばかりの勢いで、受話器を叩き付ける。 

 静寂に包まれた寮母の部屋。


「おい・・・、若葉。」


「・・・。」


 しかし彼女からの返答は無い。

 深夜も最早、若葉の方の見ることすらも出来なかった。

 死にたくなる程の気まずい沈黙が2人の上に覆い被さっていた。

 

 だがしかし。そしておそらく、この重苦しい空気に包まれた部屋の中で一番可哀想だったのは、まるで訳の分からぬままに巻き込まれてしまった寮母なのかもしれない。

 深夜の父親は典型的な”クソ親父”ですが、”クズ親父”でも”ダメ親父”でもないのであしからず。

 それにしても、前話との落差がすごいことになってしまった。

 

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