第1章の2 学舎
「ハイジ、さっきは何を話していたんだい?」
「別に大したことでは無い。
ちょっとした不注意で彼らとぶつかってしまったから、それの詫びと多少の世間話をしただけだ。」
「何だ、そうだったのか。」
「それにしても、随分と中の良さそうな2人だったね。腕を組んで歩いてたし。
日本人はもっと奥手で、手を繋ぐのも躊躇うものだと思ってたから、ちょっと意外だったかも。」
「いや、寧ろ案外あの2人が特殊なだけなのかもしれないね。」
東京駅の1番線歩廊の一角。
少年少女達は、そんな他愛も無い話に花を咲かせていた。
だが傍目から見れば、相当に目立つ3人だった。
東京が世界に名立たる大都市になったとはいえ、未だ多くの者にとって異邦人を目にするのは珍しいことだった。
しかし何より、その3人の外見が大きな理由だった。
3人が3人とも、非常に整った顔立ちをしており、そしてそんな彼らが歩廊の片隅で楽しそうに談笑している。
それはまるでフィルムのワンシーンから飛び出して来たかのような、なんとも絵になる光景だった。
故に誰もが、そんな彼らを二度見せずにはいられなかったのだ。
「なーんか通り過ぎる人達の皆が皆、私達のことを見てくるよね。
何かおかしなところでもあったのかな。」
「そう言う訳では無いと思うけどな。」
「只単に私達が珍しいからだろう。
私達だって東洋人の顔を見たのは、ほんのつい最近からだろう。それと同じことだ。
まあそんなことはどうでも良いが・・・、ほら、来たぞ。」
そう言った彼女の視線の先には、1番線入って来ようとする列車の姿があった。
歩廊に停車し、全ての乗客が下車した後、再び折り返し運転の為に乗務員は慌ただしく準備を進める。
そして3人が乗り込んでから数分後、漸くそれは発車した。
※
神田。
万世橋。
そして・・・。
「ねえ、ハイジ、レオン。
見てみてよ。都会の真ん中に森があるよ。
すっごく広い森だよ。」
その言葉に、ハイジとレオンは窓の外に目を向けた。
確かに彼女の言葉通り、建物が立ち並ぶ景色の中で木々が生い茂り、一際異彩を放つ箇所があった。
「ステラ。あれは森じゃなくて、キュウジョウだよ。」
「へえ、アレが宮城なんだ。
でもやっぱりすっごく広いね。」
「まあ、一国の皇帝が住まう居城だからね。
その威光を示す為にも、中途半端なモノにする訳にいかないんだろうさ。」
「流石は日本と言ったところかしら。
でも、何か移動が大変そうだね。」
「ハハ、それは確かに。
大き過ぎるというのも考えものだね。」
「おい、ステラ、レオン。
景色を楽しむのは構わんが、他の客の迷惑になるような声は出すなよ。」
「はーい。」
御茶ノ水。
水道橋。
彼らを乗せた列車は、帝都の中央を駆け抜ける。
そして、
「どうやら目的の駅に着いたようだな。
速く降りるぞ、レオン、ステラ。」
3人は飯田橋で列車を降りる。
線路沿いの道を北へ歩き、飯田町通に出ると、件の建物が見えて来た。
板垣の向こう側に見える白亜の西洋風建築。
そしてその同一の敷地内に、白亜の校舎とは対照的に彼女らにとって見慣れない、だが日本人にとっては馴染み深い趣の建物が併設されていた。
その佇まいのちぐはぐ感に、3人は不思議な印象を懐いた。
※
「遠路遥々ようこそ日本へ。」
そう言ってハイジらを出迎えたのは、1人の男性だった。
そこは皇典研究所の中。
その一角にある教室内に彼らはいた。
「僕は椿要。
来週から取り敢えずは1年間、君達の教室の担任を務めることになった。
まあ、見知らぬ異国の地において、初めのうちは戸惑うことも多いだろうが分からないことがあったなら、遠慮せずに僕に尋ねてくれ。」
そう言って要は朗らかに笑った。
その後椿要は、この学園について簡単に3人に説明した。そして、
「取り敢えず伝えるべきことは、このくらいだろうか。
何か聞きたい質問は有るだろうか。」
最後に彼はそう付け加えた。
「それでは一つ。」
それに真っ先に手を挙げたのは、レオンだった。
「私達の入るクラスは何人ぐらいの生徒がいるのでしょうか?」
「一組25人の生徒が在籍する。
それが2組だから、君達の同期は全部で50人だね。」
「1学年50人ですか。思っていたよりも少ないのですね。」
ステラは思わず、そんな感想を溢した。
「そうだね、まず神職になろうとする学生や、魔術の存在を知る者の数が少ないから、門戸を叩く生徒の絶対数が小さい。
だがそれ以上に、そもそもこの学園は君達が思っている以上に狭き門なんだ。
絶対数が小さいとは言え、魔術を志す学徒が全国各地から集い、篩いに掛けられ、最終的には50人にまで絞り込まれる。
だから君が言ったように数こそ少ないが、いずれの者も優秀な生徒ばかりだ。
故に君達にとっても、或いは周りの同級生にとっても、互いに良い刺激になることは間違いないよ。」
要の説明に、ハイジ、レオン、ステラの3人は俄かに目を輝かせた。
「外に質問はあるかな。」
「制服の指定はありますか。」
「いや、特には指定してない。
余りにも奇抜でなければ、君達の国のものでも良い。」
「さて、外には。」
そして3人は互いに顔を見合わせ、
「いえ、特にはございません。」
ハイジは首を横に振った。
「そうか、先ずは習うより慣れろ、だな。
これで僕の話は終わるが、この後は好きに校内を見て回ると良い。
それと君達がこれから暮らす寮は、裏門から出た交差点の向かい側にある。
寮長には話は通してあるから、彼に言えば部屋まで案内してくれる筈だ。
ではまた、入学式で会おう。」
そう言うと要は立ち上がり、教室から出て行こうとした。
そしてその直前に何かを思い出したかのように立ち止まり、3人の方に向き直った。
「ああそうだ、入学式まではまだ1週間ある。
その間は寮に籠って勉強するなり、外に出て東京を観光するなり、各々好きに過ごすと良いさ。こちらの生活に慣れるという意味でもね。
ただいずれにせよ、それなりの節度は守って行動してもらいたい。
”Mit den Wölfen heulen.(郷に入っては郷に従え。)”、てのは君達の国の言葉だろう。」
そう言うと、彼は再び扉の向こう側に消えていった。
※
「さて、これから何処に行こうか。」
そんなことを言い出したのはステラだった。
あの後、彼女らは要の提案通りに校舎の中を見て回った。
各教室、講堂、食堂、職員棟。
そしてあらかた見て回った後に、3人は学生寮へと向かった。そこで彼女らを出迎えたのは、一人の若い寮母だった。
ハイジらを見るなり、
『お待ちしてました。貴方達がドイツからの留学生ですね。
お話は既に椿先生から伺っております。』
彼女は嬉しそうに声を掛けた。
3人はそんな寮母に面を喰らいつつも、彼女の案内に従って自室へ行った。
当然のことながらハイジとステラが相室で、レオンは一人、彼女らの隣の部屋に入ることになった。
そして部屋と荷物の整理が済んだ3人は、レオンの部屋に集まっていた。
「もう大分お腹も空いてきちゃったし・・・。」
ステラはお腹をさすりながら溜め息を吐く。
時計を見ると、12時はとっくに過ぎていた。
校内の食堂も、開校前ということで閉まっていた。
「先ずはその辺の店で空腹を満たしてから、帝都に繰り出そうか。
ハイジもそれで良いかな。」
「ああ、構わんよ。それに私も一度見ておきたい所があるからな。」
「へえ、何処なの?」
「帝國大学。」
ハイジのその答えにステラは、
「うへえ・・・。」
と露骨に顔を顰めた。
「何故そんな顔をする?」
訳が分からない、といった風にハイジは首を傾げた。
「んもー、ハイジってば堅すぎるよ。
せっかく観光に行くんだから、なんていうか・・・、もっとこう、華やかな所に行こうよ。」
「別に歓楽街や観光名所に行くだけが、観光でもあるまい。
それに帝大も東京の立派な名所の一つなのだが。」
「それはそうなんだけど・・・。」
「まあ良いじゃないか。僕も今のところ行きたい宛が有る訳でも無いし、それに時間は明日以降もまだまだあることだし、帝国大学に行くのも有りだと思うよ。
その道中で次に行く目的地を定めたり、或いは大学で情報を集めてから行きたい所を決めれば良いじゃないか。」
そんなレオンの取り成しに、
「んー、それもそうね。」
あっさりとステラは納得した。
「そうと決まれば、早速行きましょう。
あーでも、先ずは何か美味しいご飯を食べるのが先だよ。
私もうお腹が空き過ぎて我慢出来ないよう。」
「はいはい、分かったよ。それじゃ行きますか。」
そして3人は部屋を後にした。
※
「行ってきますッ!」
「行ってらっしゃい。
それと門限は特に定めていませんが、あまり帰りが遅くならないようにしてくださいね。」
寮の庭の花壇をいじっていた寮母は手を止め、3人に向き直った。
「はーい、分かりました。」
彼女の忠言を聞きつつ、彼女らは門を出る。
「何処で昼食にしようか。」
「駅の前にいくつかの店があっただろう。その中から適当に選んで入ればいい。」
「ん、了解。それじゃあ案内宜しく。」
ハイジを先頭に彼らは元来た道を戻り、駅へと向かう。
そして駅前の通りにひっそりと佇む子洒落た喫茶店を見つけると、彼女らはその中へ入って行った。




