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召喚

 アルテシア王国第一王女シュリア・ローゼス・アルテシアは儀式のため最後の祈りを捧げていた。

 アルテシア王国は今危機に瀕している。魔族国家であるダンデルト帝国と亞人連合国ラースフィア連合国が同盟関係を結びアルテシア王国に対して宣戦布告をしたのである。さらに人間国家である聖ミストア神国との苛烈な戦争は激化の一途を辿り、周辺全国家を敵とした大規模戦争が起こりつつあった。

 孤立無援のこの王国はもはや国を維持することさえままならない程衰え、残された道は古代魔術である勇者召喚に縋るしか手がないほどであった。


 「さあ姫様あとは王族の血が必要ですぞ。御手を魔法陣の前へと掲げるのです」


 王国筆頭魔術師マルベールはシュリアの人差し指を装飾されたナイフでそっと切り、滴る血が魔法陣に落ちるのを固唾を呑んで見守る。

 そして数滴の血が魔法陣を濡らした時、一気にまばゆい光がその場を包み込む。

 光とともに魔法陣から強い風が吹き抜け周囲の魔力を奪い尽くす。その場に居た魔力の少ない兵士や騎士達は耐えられず意識が薄れてゆく。

 マルベールはその魔法陣の中心に膨大な魔力を持つ存在を感知していた。

 (これは成功したのか? しかしこの気配は神聖なものというよりも…)

 唐突に光は消え失せ、その中心に確かに何かが存在するのが見える。

 最初に目についたのは、この国では見たことの無い漆黒の長髪。紫色の魔力残滓がその長い髪に纏わりつきさらにその異形さを際立たせている。

 その長い髪から見え隠れする顔はまだ年端のいかない様な少女のそれでありながら彫刻のように普遍的な美を思わせる。だが眼光はまさに闇、経験の浅い何人かの兵士は既にその瞳に惑わされているだろう。

 背丈は小さく、見たことのないような見事な詩集の施された服。そして病的なまでに白い肌。その手には少女には似合わないその瞳と同じような色をした細剣が握られており、その刃は血で濡れていた。

 この場にいた皆が疑問に思ったであろう。この少女は勇者なのかと。

 だが皆心では理解しているのだ。この少女は超越者であると。

 時が止まったかのようなこの場を動かしたのはシュリアの一言であった。


 「召喚に参上していただき誠にありがとうございます勇者様。私はアルテシア王国第一王女シュリア・ローゼス・アルテシアでございます」


 「勇者……?」


 その漆黒の髪の少女はまるで自分の体がそこに存在するか調べるかのように自らの腕や足を一瞥し、握っていた剣を掲げシュリアの瞳を覗きこむ様に問うた。


 「贄を欲するのです」


 「に…贄でございますか? それは何かの動物か魔物でしょうか?」


 漆黒の髪の少女は掲げた剣を降ろし、とても楽しそうに笑いながらまるでお菓子をねだる子供のような声で王女に囁く。


 「人間なのです。」


 「マルベール、奴隷をここに持って来なさい。」


 「姫様!この者はいったい何を言って…!」


 「早く!」


 マルベールの言葉を遮るようにシュリアは焦ったようにマルベールに告げる。シュリアはもう漆黒の少女の瞳に惑わされてしまったのだろうか? いやそうではないのだ。

 シュリアにとって最早この国を立て直すには勇者召喚以外考えつかないのである。だからこそ呼び出すことに成功したならばそれだけでいいのだ。

 たとえそれが悪魔であっても勇者に相違はない。初めからそう決意していた。


 二人の兵士たちに連れられて、齢15歳程度の少女の奴隷が漆黒の少女の前に引きづられてくる。


 「さあ勇者様、どうぞお使いくださいませ」


 それを聞くと同時に漆黒の少女はその奴隷の腹部に剣を突き刺す。

 だが突き刺した瞬間、漆黒の少女の顔はまるで大切な物を壊されたかのような悲しみの表情に変わる。


 「これは不味い人間なのです。皮しかないのです。バカにしているのですか?」


 「そっそんなこと…! マルベール! 急いで他の奴隷をっ!」


 シュリアは焦っていた。このままでは勇者様は我々を救うどころか、機嫌を損ねたとして我々の敵になってしまうのではないかと。


 「いえ、もう奴隷はいらないのです。そこの少し膨らんだ人間がいいのです。」


 漆黒の少女はそう告げ、剣でシュリアの後ろに控えている少し肥った少年を指し示す。

 その少年はアルテシア王国の第一王子カイラス・ローゼス・アルテシアであった。


 「何を言うかこの無礼者、私はこのアルテシア王国の王子であるぞ!」


 カイラスは激昂し、その醜い顔を更に醜く歪ませて唾をまき散らしながら吠える。


 「ガウス騎士団長、カイラスを押さえつけこちらに」


 「シュリア様!? なぜそのようなことを!?」


 「この場では私が王より全権を与えられています。ガウス、命令です。カイラスをこちらに連れて来なさい」


 「了解であります…」


 ガウスは命じられるままカイラスの腕と足が動かないように固定魔法をかけ、漆黒の少女の前まで連れて行く。


 「やめろガウス! 姉上! 私は王族ぞ!」


 カイラスは動かない手足の代わりに体をばたつかせ暴れるが、騎士としての力をもつガウスには何の抵抗にもならない。

 この異常な光景に誰もが口を噤んだまま動くことが出来ない。

 「さあ勇者様、どうぞ」

 漆黒の少女は再び笑顔に戻ると、カイラスの左腕を手に持つ剣で一気に切り落とす。


 「ぐがあああああ!! うっ腕が!! 姉上!!」


 カイラスはあまりの痛みに叫び倒れ、シュリアに残った右手を伸ばし助けを求める。

 その様子をシュリアは唇を噛み締めて見つめる。だが勇者様に不快な思いをさせないために決して言葉を発さず、必至に顔が歪むのを我慢する。

 漆黒の少女は切り取ったカイラスの左腕からまずは血を啜る。そしてそのまま切り取った腕の断面に歯を突き立てて肉を噛みちぎり、ゆっくりと楽しむように咀嚼し飲み込む。


 「ああ…これは凄いのです。美味いのです。力が湧き上がるのです!」


 漆黒の少女は狂気に取り付かれたかのようにその腕を貪り、そして血に塗れた口元を隠すこともなく王女を見据え、宣言する。


 「私はカナデ・サノガワ、不老不死であり人の外に或る者なのです! お前たちが勇者を求むのならば勇者になるのです! さあ皆でこの肉を食べるのです。さすればお前たちにも私の力の片鱗が与えられるのです!」


 その日、確かに勇者はこの世界に現れた。




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