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第36話 耳まであったかい

 セイジズカットの扉が鳴ると、ベリーが振り返った。


「来た!」


 まめこは、まだ片足を外に残していた。


 白い耳が、店の奥でぴんと立っている。


「ベリー、今日もおったん?」


「アバンさんに、今日の午後に渡すって教えてもらったの」


 ベリーが近づいてきた。


 淡い色の厚手の上着を着て、首元には柔らかそうな布を巻いている。けれど、顔だけは寒そうではなかった。


「最初に着るところ、見なくちゃ!」


 その後ろに、チェリーがいた。


 革の上着の襟を立て、腕を組んでいる。


「今日は上から羽織るだけだろうな」


「フードも合わせるの」


 ベリーが答えた。


「……ああ、そうかよ」


 チェリーは店の椅子を見た。


 今日は、先に座った。


     *


 作業台の上には、白い服が畳んであった。


 アバンが持ち上げると、長い裾がゆっくり広がった。


 厚みのある白い布だった。


 真っ白というより、少し乳色を含んでいる。端には落ち着いた赤の縁取りがあり、そのそばには小さな葉と丸い木の実が刺繍されていた。


 まめこは作業台へ近づいた。


「これ、わたしの?」


「うん。寒くなってきたから、間に合ってよかった」


 アバンが答えた。


 ベリーが反対側を持った。


「この上のところ、見て」


 フードが開いた。


 上に、三角の膨らみが二つあった。


 まめこは自分の耳を触った。


 それから、フードの耳を見た。


「おんなじや!」


「中も広くしてあるんだ。耳が押されないように」


 アバンがフードを広げ、ベリーがローブの前を開いた。


     *


 マリーが、まめこの上着の皺を直した。


 今日は普段着で来ていた。


 その上へ、アバンとベリーがローブを掛ける。


 肩に重さが乗った。


 けれど、思っていたほど重くはなかった。前を合わせると、脇から入っていた店の冷気がなくなった。


「腕、どこ?」


「ここ。袖に入れてみて」


 アバンが袖口を開いた。


 まめこが片手を通す。


 もう片方も通した。


 手のひらを開いて、閉じる。


 袖は指を隠さないところで止まっていた。


「動くで」


「中の服が、きつくない?」


「うん」


 まめこは両腕を上げた。


 白い袖が広がる。


「もう可愛い……」


 ベリーが言うと、チェリーも椅子から顔を向けた。


 まめこは白い袖を左右に振った。


     *


 胸元には、小さな葉の形をした留め具があった。


 アバンが片側を掛け、外し方を見せてくれる。


「ここを少し持ち上げて、横へずらすんだ」


 まめこもやってみた。


 一度目は、布を一緒に引っ張った。


 マリーが胸元を支えると、二度目には外れた。


「できた」


「じゃあ、戻してみようか」


 小さな金具を合わせた。


 かちり、と収まる。


 まめこは両手を離し、胸を張った。


「閉まった!」


「こちらの金具も、丁寧ですわね」


 メグが覗いた。


「みっきーさんに、形を相談したんです。引っかかるところが少ない方がいいって」


 アバンが答えた。


「あの方も、お忙しいですわね」


「釣りの道具も作ってたよ」


 まめこの顔が上がった。


「くるくる!」


「そう。それも、少しずつ直してるって」


 メグまで、目が明るくなった。


 マリーはその顔を見て、静かにローブの裾を整えた。


     *


 最後に、フードをかぶった。


 アバンが後ろから持ち上げ、まめこは少しだけ頭を下げた。


 額の上へ、白い縁が来た。


 耳の先が布に触れる。


 まめこは中で耳を動かした。


 右。


 左。


 押されなかった。


「入った!」


 ベリーがフードの縁をそっと整えた。


「耳、痛くない?」


「うん。動かせるで」


「鏡、見てええ?」


 ふたりが同時に道を開けた。


     *


 鏡の中に、白いまめこがいた。


 首を傾けると、フードの耳も傾いた。


 もう一方へ傾ける。


 今度は反対へ動いた。


「耳、外にもある」


 まめこは両手でフードの上を触った。


 布越しに耳の先が指へ触れた。


「ここも、ぴんてなるな」


 ベリーが笑った。


「暖かい?」


「うん。ここ、風来えへん」


 まめこは頬の横の布を触った。


 鏡の前でゆっくり回る。


 白い裾がふわりと遅れてついてきた。


 尻尾は後ろの合わせ目から出ていた。布に持ち上げられず、いつものように動かせる。


「尻尾も出たで!」


「座る時も、引っ張られないようにしてあるよ」


 アバンが小さな椅子を寄せた。


 まめこは座った。


 尻尾を横へ出し、また立つ。


 裾は床につかなかった。


「走ってもええ?」


「店の中では、歩いてくださいね」


 マリーに言われ、まめこは鏡まで早足で戻った。


     *


「これ、学院にも着ていってええ?」


 まめこは鏡越しに、メグを見た。


 前にピンクの衣装を着た時は、すぐに制服だと言われた。


 今日は、メグが頷いた。


「ええ。制服の上から羽織ればよろしいですわ。教室では脱いで、掛けておきましょうね」


「ほんま?」


「登下校にも、ちょうどいいでしょう」


 まめこはアバンへ振り返った。


「明日も着る!」


 アバンの顔が、ぱっと明るくなった。


 ベリーの耳も、まっすぐ立った。


「お墓に行く時も着ていこ。お花、持って」


「ええ。暖かくして出かけましょうね」


 マリーが頷いた。


 メグが礼を言うと、アバンは首を振った。


「僕たちで、作りたくて作ったんです。着てもらえるだけで」


「ねえ」


 ベリーが頷いた。


 まめこは作業台へ寄り、ふたりを交互に見た。


「アバン、ベリー、ありがと」


 それから、袖の中で両腕を抱えた。


「あったかいの、作ってくれて」


 アバンは少し口を開き、閉じた。


「……うん。寒い日は、着てね」


「今日も着て帰る!」


 扉へ向かうと、トロが先に出ようとしていた。


 まめこはそのそばへしゃがんだ。


「見て。わたしも毛、増えた」


「ニャ」


 トロは袖へ鼻を近づけた。


 まめこは笑い、白い袖から手を出して黒い頭を撫でた。


     *


 外へ出ると、冷たい風が通りを抜けた。


 メグは上着の前を合わせ、マリーはショールを押さえた。


 まめこも肩をすくめかけた。


 けれど、耳は冷たくならなかった。


 頬には風が当たる。鼻の先も少し冷たい。


 でも、首と肩と耳は、布の中で温かかった。


「めぐ。これ、ええで」


「ええ。よく似合っていますわ」


 まめこは手を伸ばした。


 メグが、その手を握った。


 窓へ振り返ると、アバンとベリーが並んでいた。


 まめこは空いている手を振った。


 ふたりも振り返した。


 角を曲がる前にもう一度見ると、まだそこにいた。


「ずっと見てる」


「嬉しいのでしょうね」


 マリーが言った。


 まめこは少しだけ胸を張り、白い裾を揺らして歩いた。


     *


 店の中で、ベリーが息をついた。


「可愛かった……」


 アバンが頷いた。


「耳、ちゃんと入ったね」


「学院にも着ていくって」


「毎日、暖かいといいな」


 ふたりは、まめこの消えた角をもう一度見た。


 その背後で、チェリーが咳払いした。


「おい。次は自分の支度しろよ」


 ベリーが振り返った。


 首巻きは、椅子に残っていた。


 まめこを見送る時に暑くなって、外したものだった。


「あ。忘れてた」


「他人を暖かくして、自分が風邪引くな」


 ベリーは首巻きを取り、笑いながら巻き直した。


 アバンは作業台へ戻った。


 白い糸が一本、前掛けへ残っていた。


 それを指で取りながらも、まだ少し笑っていた。

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