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第34話 くるくる回る釣り道具

 細工店の作業台に、釣り竿と糸巻きが並んだ。


 みっきーは二つを見比べてから、メグを見た。


「これ、何に使うん?」


「この竿につけられないかしら」


 メグは糸巻きを持ち上げた。芯には、白い縫い糸が少し残っている。


「昨日、港で船を見ていたら、長い釣り糸が欲しくなって」


「船から釣るん?」


「まだ船はございませんけれど」


「欲しいのは船やなくて、糸巻きの方?」


「今日は、そちらですわ」


 横から、まめこが糸巻きをつついた。


「これ、マリーに借りたんやで」


「お返しくださいね。まだ使いますから」


 マリーが買い物籠を椅子の脇へ置いた。


 みっきーは笑って、引き出しから細い金属の棒を出した。糸巻きの穴へ通し、メグに糸の端を渡す。


 メグが引くと、白い糸がするすると伸びた。


「そう、こういうものですわ」


「戻す時は……取っ手が要るな」


 みっきーは糸巻きを回した。数回巻いてから、指を止める。


「これやと、つまみにくいわ」


 奥で金槌の音が止まった。


「釣り糸を巻くのかい」


 ミックが眼鏡を押し上げて出てきた。


「昔、旅の釣り人が似たものを持っていたよ。竿の横についていてね」


「まあ。もうあるのですか?」


「ああ。ただ、ここには置いていないな」


 メグはみっきーへ向き直った。


「作っていただけます?」


「やってみよか。竿も預かってええ?」


「もちろんですわ」


 みっきーが竿を持ち上げると、メグはその先へ手を添えた。


「それで、大きなお魚が掛かっても使えるように……」


「どれくらい?」


「このくらいかしら」


 メグが両腕を広げた。


 まめこはその間に立ってみた。まだ、両側に隙間がある。


「わたしより大きいやん」


 みっきーは竿を作業台へ戻した。


「まず、作ってからな」


     *


 店を出る頃には、午後の通りに長い影が伸びていた。


 メグの手から竿がなくなったので、まめこはその手を握った。


「何日くらいかかるかな」


「さあ。急がずに待ちましょう」


 メグはそう言いながら、店の窓を振り返った。


     *


 三日後、細工店から知らせが届いた。


 今度はトロもついてきた。店へ入ると、まめこの足元をすり抜け、先に作業台の下へ向かった。


 台の上には、メグの竿があった。


 持ち手のそばに、木の円盤が二枚ついている。その間へ釣り糸が巻かれ、横には小さな取っ手が出ていた。


「持ってみて」


 みっきーに渡され、メグは竿を構えた。


 少し握り直してから、取っ手に手を掛ける。


「ここで回すのね」


「うん。裏へ行こか」


     *


 裏庭には、水を張った桶が置かれていた。


 糸の先についているのは、針ではなく小さな重りだった。


 メグが桶の上へ竿先を出す。みっきーが糸巻きに手を添えると、取っ手がゆっくり逆に回り始めた。


 ぽちゃん。


 重りが水へ入った。


「ほな、巻いてみて」


 メグは取っ手を回した。


 糸が張り、重りが水面に顔を出した。濡れた先から、雫が一つ落ちる。


「……まあ」


 メグはもう一度下ろし、巻き上げた。


「わたしもやりたい」


「待って。あと一度だけ」


 まめこは隣でしゃがみ、桶をのぞいた。


 三度目には、重りが上がる途中で止まった。


「あら?」


 糸巻きの片側に糸が重なり、円盤の縁へ掛かっていた。


「ちょっと貸して」


 みっきーは竿を受け取り、巻かれた糸を少し引き出した。指で巻き直してから、取っ手を回す。


 今度は重りが上がった。


「ここ、直さなあかんな」


 作業台代わりの木箱へ竿を置き、手帳を開く。


 メグは横から糸巻きをのぞいた。


「魚を掛けてみるのは、まだ先かしら」


「もうちょっと待ってて」


「ええ。楽しみにしておりますわ」


     *


 帰る前に、まめこも回させてもらった。


 竿はメグが支えた。まめこが取っ手を握ると、みっきーは桶の向こうへ回った。


「ええで」


 くるり、くるり。


 小さな握りを追って、まめこの腕も動いた。


「あ、出てきた」


 桶を見た拍子に手が止まり、重りが水面のすぐ上で揺れた。


「もう少しですわ」


 まめこは取っ手へ目を戻し、最後まで巻いた。


「釣れた!」


「練習のお魚やな」


 みっきーが竿先から重りを外そうとすると、まめこは手を伸ばした。


「触ってええ?」


「濡れてるで」


 指先へ載せてもらうと、冷たかった。


     *


 店へ戻り、メグが借りていた糸巻きをマリーへ返した。


 みっきーは竿を作業台に載せ、留め金を外し始めた。


「次は、岸で試せそう?」


 まめこが尋ねると、みっきーは顔を上げた。


「うん。その時は私も行くわ」


「お弁当、要るな」


「もう釣りに行く相談ですか」


 マリーが笑った。


 その足元を、黒い影が通った。


 作業台から垂れた重りの下で、トロが腰を落とす。


 ちょい。


 前足が触れて、重りが横へ揺れた。


 もう一度、ちょい。


「トロ、それお魚ちゃうで」


「ニャ!」


 重りを追って、トロがくるりと回った。


 みっきーは竿を押さえ、外しかけた留め金を台へ置いた。


 マリーが戸口から呼ぶ。


「帰りますよ」


 まめこはトロの隣にしゃがんだ。


「もうちょっと。今、トロが釣れてる」

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