第31話 はじめての夕ご飯
玄関の戸が閉まってから、マリーはもう一度、階段を見上げた。
忘れ物を取りに戻ってくる足音はしなかった。
お墓参りから数日後の午後だった。メグとまめこは、買い物へ出かけている。
まめこは出がけに、帰ったら絵の続きを描くと言っていた。机には鉛筆と、まだ何も描かれていない紙が一枚、揃えて置かれている。
「さて。今のうちに済ませてしまいましょうか」
足元のトロが顔を上げた。
「ニャ」
「あなたは、お留守番ですよ」
マリーが台所へ向かうと、黒い猫もついてきた。
窓を少し開ける。庭の木から、乾いた葉が一枚落ちた。遠くで荷車が通る音がして、それが消えると、柱時計の音がよく聞こえた。
いつもなら、この時間には何かしら声がする。
鉛筆が見つからないとか、尻尾に葉っぱがついたとか。菜園から呼ばれることもあれば、二階から歌が降りてくることもあった。
今日は、トロの爪が床へ触れる小さな音だけだった。
*
夕飯に使う魚を、マリーは水から上げた。
昨日、メグが釣ってきたものだった。腹の辺りへ手を添えると、指に冷たさが移った。
まな板へ置き、鱗を引く。
銀色の欠片が跳ねた。
トロが椅子の下から首を伸ばす。
「そちらへ飛びましたか?」
黒い鼻が床へ近づいた。
「食べるものではありませんよ」
マリーは落ちた鱗を拾い、魚へ手を戻した。
包丁を持つ。刃先の位置を決めると、手は迷わず動いた。
最初の日も、魚だった。
ただ、あの時は、こんなに冷たい水に触れた覚えはない。
覚えているのは、空腹と、腕へ渡された魚の重さだった。
*
家を失ってから、マリーは持ち物を一つずつ手放していた。
初めは、なくても困らないものからだった。
飾りの櫛。外出用の手袋。替えの靴。
最後の方になると、何を売ればいいのか、袋の中を何度見ても答えが出なくなった。
着ている服は、袖を繕ってあった。
縫い目は揃えた。汚れも、洗えるところで洗った。それでも、通りで店の戸を押すと、相手の目が先に袖口へ向かうようになっていた。
働けることを説明する前に、手を振られることもあった。
日が暮れれば、雨の当たらない場所を探す。
朝になれば、食べ物を探す。
人に頭を下げる時、何を言えば足を止めてもらえるのかも、いつしか分かるようになった。
「どうか、パンを少し。端のところで構いません」
そう言っても、必ずもらえるわけではなかった。
食べ物だけでなく、売れるものも探した。
冒険者が捨てていった傷んだ道具。留め具の残った革袋。魔物を倒したあと、誰も持っていかなかった戦利品。
錆びた物でも、使えるところが残っていれば、少しの銅貨になった。
もっとも、その仕事には、手強い相手がいた。
*
オーブで暮らしていた頃のことだった。
町の外で冒険者たちが荷物を整理していた。不要なものを片側へ寄せ、持ち主が「残りは、欲しい人が持っていってくれ」と言った。
マリーは、その中に小さな腕輪を見つけた。
金具は曲がっていたが、石は残っている。
あれなら直せる。
足を速め、屈もうとした。
「にょっほい!」
明るい声が、すぐ横で聞こえた。
別の手が、腕輪を拾った。
「もぐもぐ。」
マリーの指が届いた時には、そこには土しかなかった。
「……今、わたくしが拾おうとしていたのですが」
「いいの残ってましたねえ」
ショーは腕輪を光へかざした。その間にも、空いている手で革袋を拾っている。
マリーは隣の短剣へ目を移した。
柄が傷んでいる。だが、刃を研げば売れそうだった。
今度は何も言わずに手を伸ばした。
ショーの手も伸びた。
短剣が消えた。
「もぐもぐ。」
「こちらも、お目に留まりましたか」
マリーの声が低くなった。
ショーはにこにこしていた。
拾ったものは、そばに待たせているグレートビートルの荷袋へ、次々に収まっていく。選ぶのも、手を出すのも、しまうのも速かった。
マリーは膝をついたまま、残った品を見回した。
壊れた桶と、片方だけの靴。
靴へ手を伸ばしかけて、ショーを見た。
ショーも、靴を見ていた。
「これは、わたくしが」
マリーは先に掴んだ。
「お、取られた」
「取ったのです」
胸元へ寄せてから、靴底を確かめた。
穴が開いていた。
マリーは穴を見つめた。
ショーは、もう別の場所へ歩き始めていた。
「にょにょ〜ん」
その背中を見送り、マリーは靴を膝へ置いた。
「……危険な方でございます」
腹が立ったので、靴の金具だけは外して持って帰った。
*
包丁の背で魚の中をきれいにしながら、マリーは小さく息を漏らした。
足元で、トロの耳が動いた。
「昔、少しばかり、競争をいたしまして」
「ニャ?」
「ええ。何度も負けました」
魚を水で洗い、布で拭いた。
「一度、靴では勝ちましたけれど」
トロは流しの下を嗅いでいた。
マリーは黒い背中を見下ろした。
「あなたは、食べられるものの方がお好きですね」
返事の代わりに、尻尾の先が動いた。
*
ムーンベルへ渡ってきてからも、すぐに暮らしが変わったわけではなかった。
あの日は、昼になっても何も食べていなかった。
港の端に座っていると、釣り竿を持った少女が歩いてきた。
白い帽子の下で、桃色がかった髪が揺れていた。もう片方の手には、魚の入った籠がある。
マリーは立った。
「失礼いたします。何か、食べるものを少し分けていただけませんか」
少女は足を止めた。
籠を見て、マリーを見た。
「お魚でよろしければ」
「ありがとうございます」
返事をした時には、もう一匹持ち上げられていた。
大きかった。
受け取った両手の上で、尾が垂れた。腹は厚く、まだ鱗が光っている。
マリーは魚を見た。
少女を見た。
「……こちらを、生でいただくのでしょうか」
「料理なされば、よろしいのではなくて?」
「鍋も、包丁も持っておりません」
少女は少し黙った。
その目が、マリーの小さな袋へ向かう。
鍋の入る大きさではなかった。
「では、うちでお作りになれば?」
今度は、マリーが黙った。
魚の尾から、水が一滴落ちた。
「……よろしいのですか」
「台所なら、ございますわ」
少女は籠を持ち直した。
「こちらです」
マリーは魚を抱えたまま、その後を追った。
*
市街を離れても、道はまだ続いていた。
魚を抱え直しながら歩いていたマリーは、やがて見えてきた門の前で足を止めた。
門の向こうに、手入れの行き届いた庭が広がっている。その奥には、左右へ長く翼を伸ばした屋敷があった。
窓の数を目で追いかけて、途中でやめた。
「……こちらが、お住まいで?」
「ええ。どうぞ」
少女が通ると、門番が姿勢を正した。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
マリーは自分の袖口を見た。それから、腕の中の魚を見た。
食べ物を少し分けてもらうつもりだった。
この門をくぐるつもりは、なかった。
「お魚、重いでしょう? こちらへ」
少女は振り返って待っていた。
マリーは背筋を伸ばし、門番へ一礼してから、その後を追った。
*
屋敷では、まず使用人に水場へ案内された。
手を洗い、顔も洗った。借りた布で拭いている間も、廊下を通る足音に、つい背筋が伸びた。
少女が台所へ案内し、居合わせた料理人へ事情を話した。
「お魚を料理したいのです。少し、場所をお借りできるかしら」
料理人はマリーの抱えた魚を見て、空いている調理台へ頷いた。
「こちらをお使いください。道具も、そろっておりますので」
広い台所の一角に、二人分の場所が空けられた。
窓があった。
まな板と、包丁があった。
壁際には、大きさの違う鍋がいくつも掛かっていた。
マリーはしばらく、それを見ていた。
「お使いになれるかしら」
「はい」
魚を置いた。
包丁を手に取る。
柄を握った時、久しぶりに、何から始めればいいのかがはっきり分かった。
鱗を引いて、腹を開く。
水で洗い、切り分ける。
夢中になって動かしていた手が、切り身の前で止まった。
一人で食べるには多すぎた。
マリーは戸口にいる少女を振り返った。
「あなたのお夕飯も、お作りしてよろしいでしょうか」
「ええ。いただきますわ」
「塩をお借りできますか。それから、そちらのお野菜も」
料理人が塩の壺を渡し、野菜の籠を調理台へ寄せてくれた。少女はその中から玉ねぎを取り、マリーへ差し出した。
マリーは受け取って、根のところを落とした。
皮をむくと、乾いた葉が指へ張りついた。久しぶりに、食べる前の野菜の匂いがした。
魚の切り身は塩をして焼いた。
玉ねぎと残っていた根菜は薄く切り、鍋で煮る。骨の周りにも身が残っていたので、それは別に火を通した。
鍋が温まる間に、使ったものを洗った。
使用人に案内され、台所に近い小さな食事室の卓へ皿を置いた。
少女は椅子に座って、開いた戸の向こうから支度を見ていた。
「いい匂いですわね」
「もう少々、お待ちください」
答えてから、マリーは自分の声に気づいた。
パンを分けてほしいと頼んでいた時とは、声の出方が違っていた。
*
少女は、焼いた魚を一口食べた。
マリーは立ったまま、その顔を見た。
もう一口、食べた。
次に、野菜の汁へ匙を入れた。
「おいしい」
それを聞いてから、マリーは肩を下ろした。
「お口に合って、何よりです」
「あなたも、お座りになって」
自分の皿は、台所へ置いたままだった。
マリーが取りに戻ろうとすると、少女は向かいの椅子を少し引いた。
「冷めてしまいますわ」
魚を恵んでもらい、台所まで借りた。
その家の人と同じ卓へ座ってよいものか、マリーは一度、椅子の背へ手を置いて迷った。
腹が鳴った。
少女が顔を上げた。
マリーは皿を運んできた。
「……では、失礼いたします」
焼きたての魚は、フォークの先で触れると、身がほろりと離れた。
口へ入れた。
塩が利いていた。
熱かった。
飲み込んで、汁を一口飲む。
その間、少女は何も尋ねなかった。
マリーが魚を半分ほど食べたところで、ようやく声がした。
「あなた、お名前は?」
「マリーと申します」
「わたくしは、メグです。ムーンヴェイル家の」
フォークが止まった。
マリーは顔を上げた。
ムーンヴェイル公爵家。
ただ、聞き覚えがあるというだけの名ではなかった。
マリーは開いた戸の向こうを見た。磨かれた廊下も、門番の礼も、今ならはっきり意味が分かった。
公爵家のお嬢様に魚をいただき、その台所を借りて、同じ卓についている。
「……ムーンヴェイル家の、お嬢様でいらっしゃいましたか」
声を整えたつもりが、最後だけ少し細くなった。
椅子を引いて立とうとすると、メグが手を上げた。
「お食事中ですわよ」
「ですが」
「汁が冷めます」
マリーは座り直した。
匙を持つ。
メグは、また魚を食べた。
「お料理は、どちらかで習われたの?」
「家で覚えました。掃除や洗濯も、一通りはいたします」
「お仕事を、お探しなのかしら」
マリーは頷いた。
「はい。働けるところがございましたら」
「屋敷でお手伝いが必要か、聞いてみますわ」
匙を持つ手に、少し力が入った。
「……ありがとうございます」
「まずは、お食事を済ませましょう。冷めてしまいます」
マリーは皿へ目を戻した。
食べ終えたあとに、仕事の話を聞いてもらえる。
残っていた魚を、もう一口食べた。
*
その晩、マリーは屋敷の家事を取り仕切る使用人に会った。
できる仕事を尋ねられ、料理や掃除、繕い物のことを話した。給金と仕事の内容を確かめ、まずは数日、使用人用の部屋を借りて働くことになった。
屋敷には屋敷の手順があった。
道具の場所を覚え、分からないことは尋ねた。仕事を終えれば報告し、預かったものは元の場所へ戻した。
数日後には、引き続き働いてほしいと告げられた。
メグと顔を合わせることも増えた。
釣りから帰った帽子に枯れ葉がついていれば、取ってやった。籠を受け取る前には、魚を入れる桶を用意した。
メグは台所の戸口で、その日に釣れた魚の話をした。マリーが繕った袖に気づいて、礼を言いに来ることもあった。
ある時、夕飯の支度を急ぐ使用人に、メグが釣り糸の相談を始めた。
「お嬢様。そのお話は、お食事のあとでもよろしいでしょうか」
マリーが声をかけると、メグは相手の手にある盆を見た。
「あら。ごめんなさい、引き止めてしまって」
そのやり取りを、廊下を通りかかったドーナが見ていた。
*
町の近くの家について相談されたのは、屋敷での仕事にも慣れた頃だった。
「そちらで暮らしたいのですけれど、一人では早いと、父と母に言われておりますの」
「お食事も、お洗濯も、ご自分でなさることになりますからね」
「ええ。それで、マリー。あなたさえよければ、あちらで家のことをお願いできないかと思って」
マリーは畳んでいた布を籠へ置いた。
「住み込みのお仕事、ということでしょうか」
「そうなりますわ。お給金やお部屋のことも、きちんと相談したいのです」
ようやく落ち着いた仕事だった。移る先も見ずに、返事はできなかった。
「一度、そのお家を拝見してもよろしいでしょうか」
「もちろんですわ」
後日、二人で家を訪ねた。
マリーは台所を見て、水を汲む場所を確かめ、寝泊まりに使える部屋にも入った。帰り道には、必要な道具や買い物の場所について、メグと話した。
屋敷へ戻ってから、引き受けたいと伝えた。
*
イオルドとドーナの前へ出る時、マリーは袖口を整えた。
礼をして、顔を上げる。メグは隣で、新しい家の家事をマリーに任せたいと話した。
イオルドは娘の話を聞き終え、マリーへ向き直った。
「屋敷での仕事には、慣れましたか」
「はい。皆様によくしていただいております」
「仕事ぶりは聞いています。今日は、あなたのことも少し聞かせてもらえますか」
マリーは膝の上で手を揃えた。
かつては、自分も貴族の家の娘だったこと。今はその家を失い、暮らしを立て直そうとしていることを話した。
家のことを口にすると、指が袖の縫い目へ触れそうになった。
手を揃え直し、尋ねられたことには答えた。
「お家で、家事もなさっていたのですね」
ドーナが尋ねた。
「はい。料理も、繕い物も。人にお願いする時にも、何をしていただくのか、自分で分かっているようにと教わりました」
ドーナはゆっくり頷いた。
「先日、メグに声をかけてくださったでしょう。夕飯の支度中に、お話を始めてしまった時に」
メグが隣で、少し身じろぎした。
「お母様、ご覧になっていらしたの」
「ええ」
ドーナはマリーへ目を戻した。
「この子には、そうして言ってくださる方が必要なのです」
イオルドが口を開いた。
「貴族の家の暮らしも、外で暮らす難しさも、あなたは知っている。メグには、まだ分かっていないことが多いでしょう」
マリーは背筋を伸ばした。
「家事をするだけでなく、無理をしている時には止めてやってほしい。困ったことがあれば、私たちにも知らせてください」
「……はい。お嬢様のお側で、お手伝いをさせていただきます」
ドーナがイオルドを見た。二人の間で、小さく頷きが交わされた。
「マリーさんが一緒なら、あの家での暮らしを認めましょう」
メグが息を吸った。
「本当ですの?」
「ただし、二人だけで何でも抱え込まないこと。こちらへも顔を見せに来るのですよ」
ドーナの言葉に、メグは何度も頷いた。
給金や仕事、移り住む支度の話が続いた。
マリーは一つずつ確かめながら、時々、隣を見た。
メグの指は膝の上で揃っていた。けれど、口元だけは、どうしてもほころんでしまうらしかった。
*
現在の台所で、鍋の蓋が小さく鳴った。
マリーは火を弱めた。
鍋の中には、玉ねぎと根菜が入っている。あの日より、少し多い。
魚の切り身も、三人分に分けてあった。
トロの分は、味をつける前に取り分ける。
「お待たせしました」
小皿へ載せ、骨がないか指で確かめた。冷ましてから床へ置くと、トロがすぐに近づいた。
黒い頭が皿へ下がる。
マリーはそのそばへ屈んだ。
「最初にいただいたお仕事も、お魚を料理することでした」
トロは食べていた。
「お嬢様は、あの頃から、よく釣っていらっしゃいましたね」
皿が、かたりと動いた。
マリーは片手で縁を押さえてやった。
メグとこの家へ移ってから、はなこに米の炊き方を教わった。
水の量を見てもらい、おにぎりを握る手を見せてもらった。
握る時には、力を入れすぎないように。そう教わった手つきを、今も覚えている。
トロが顔を上げた。小皿は、もう空になっていた。
「きれいに召し上がりましたね」
マリーは皿を拾い、立ち上がった。
*
夕飯の支度が一段落すると、マリーは洗濯物を取り込んだ。
トロは窓際にいた。
横になっていたのに、門の方で何か音がするたび、頭だけを上げる。
「まだですよ」
前掛けを畳みながら言った。
「もう少し、お買い物がかかるのでしょう」
トロは窓から離れなかった。
マリーはまめこの小さな袖を広げた。
肘のところに、薄い鉛筆の跡があった。洗っても少し残っていたので、明るい方へ向けて確かめる。
「次は、こちらも見ておかなければ」
畳み直し、籠へ重ねた。
廊下へ出ると、トロも立った。
玄関の前を通り、そこで止まる。
マリーも耳を澄ませた。
外で、小さな声がした。
「トロ、起きてるかな」
黒い耳が、ぴんと立った。
「ニャ」
マリーは籠を廊下の端へ置いた。
戸を開けると、まめこが顔を上げた。メグの手を握り、もう片方の手には紙の包みを持っている。
「ただいま!」
「お帰りなさいませ」
トロが足元へ出た。
まめこは包みを持ち上げ、空いた指で黒い頭に触れた。
「お前、何してたん?」
「ニャ」
「ちゃんとお留守番してくれましたよ」
マリーが言うと、まめこはトロへ頷いた。
「えらいな」
メグが買い物の籠を渡した。
「遅くなってしまいましたわね」
「お夕飯は、もう用意できております」
まめこの鼻が動いた。
「お魚?」
「はい。お嬢様が釣ってくださったお魚です」
「焼くやつ?」
「ええ。それから、温かいお汁も」
まめこは靴を脱いだ。
片方だけ横を向いていたので、しゃがんで揃える。
立つと、今度は紙の包みをマリーへ差し出した。
「パンも買うてきた。マリーのもあるで」
包みは、まだ少し温かかった。
マリーは両手で受け取った。
「ありがとうございます」
「お魚のあと、食べよな」
「はい。まずは、お手を洗ってきてくださいね」
まめこが廊下を歩いていった。
トロもついていく。
すぐに水の音がして、その向こうから、買い物の途中で見た犬の話が始まった。
マリーは台所へ戻った。
魚を焼くため、火を整える。
卓へ皿を三枚置いたところで、廊下から声がした。
「マリー! あの犬な、めっちゃおっきかってん!」
「どのくらい、大きかったのですか?」
返事をしながら、買ってきたパンを籠に移し、卓の真ん中へ置いた。
今度は、誰がどこへ座るのか、迷うことはなかった。




