第二十三話 小さな魔法使いの仕立て
収穫祭の飾りが外された通りには、赤や黄色の葉が残っていた。
メグは店の看板を見上げた。
セイジズカット。
窓の向こうには、襟に細かな刺繍を施した上着と、青いドレスが並んでいる。祭りの日に見たピンクと白の衣装とは違っていたが、袖口の縫い目は、どれも綺麗に揃っていた。
「こちらですわ」
マリーが、菓子の入った籠を片手に寄せた。
メグが扉を開けると、小さな鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ」
奥の台で布を広げていた女性が顔を上げた。
「まあ、メグさん。お久しぶりね」
「ご無沙汰しております。今日はアバンに、少しお話がありまして」
「あの子に?」
女性は笑って、奥を振り返った。
「アバン。お友達よ」
「今、ここの糸を――」
返事が途中で止まった。
布の積まれた棚の向こうから、アバンが顔を出した。
「メグさん!」
指には、まだ針を持っている。
慌てて戻り、針山へ刺してから、改めて出てきた。
今日は赤い兜も黄土色のローブも着ていなかった。袖をまくったシャツに、糸くずのついた前掛け。肩には、短い糸が一本乗っている。
「その……今日は、何かありましたか?」
「ええ。今日は、動物園のことですわ」
メグが言うと、アバンの背筋が伸びた。
*
店の奥に、小さな卓があった。
マリーはそこへ籠を置き、上に掛けた布を外した。
焼いた菓子が並んでいた。丸いものと、少し細長いもの。端の一つだけ、小さな葉の形をしている。
「お口に合えばよろしいのですが。皆様で召し上がってくださいませ」
「わあ……ありがとうございます」
アバンは籠を見てから、二人へ頭を下げた。
メグは、その顔が上がるのを待った。
「祭りの時には、人も多くて、ゆっくりお話しできませんでしたから。改めて、お礼に伺いましたの」
「まめこちゃんは、お元気ですか?」
「ええ。今日も学院へ行っていますわ」
アバンの肩が下がった。
「よかった」
「あの子、帰ってから何度も話してくれましたのよ。あばレッドに抱っこしてもらった、と」
メグの指が、膝の上で重なった。
「先生のお話も、マリーから聞いております。あなたが受け止めてくれなかったら、怪我をしていたかもしれません」
「いえ、ボクは……そこにいたので」
「そこにいて、手を伸ばしてくださったのでしょう?」
アバンは口を開き、また閉じた。
メグが頭を下げた。
「まめこを助けてくださって、ありがとうございました」
隣で、マリーも頭を下げた。
アバンは椅子から立ちかけた。
「そ、そんな。頭を上げてください!」
前掛けの紐が、卓の角へ引っかかった。
アバンは、もう一度座った。
マリーが紐を外してくれた。
「ありがとうございます……」
今度はアバンが、小さく頭を下げた。
*
母親がお茶を運んできた。
菓子の籠を見て喜び、奥にいる父親の分も残しておこうと言った。
アバンはカップを両手で包んだが、まだ飲まなかった。
メグの方を見る。
視線が合うと、すぐに卓へ戻した。
「何か、ありますの?」
「あの」
アバンの指が、カップから離れた。
「まめこちゃんの服を、ボクに作らせてもらえませんか」
マリーが顔を上げた。
「まめこ様の?」
「はい。普段の服とは別に、その……可愛い衣装を」
言いながら、アバンは奥の作業台を見た。
紙の端が、布の下から出ている。
「動物園で見た時から、似合いそうだなって思っていて。あの子が皆と歌っているのを見たら、もっと作りたくなって」
「もう、何か考えていらっしゃるんですの?」
「少しだけ」
アバンは立った。
今度は前掛けの紐を押さえてから、卓を離れた。
戻ってきた時には、何枚もの紙を抱えていた。
少しだけ、ではなかった。
*
一番上の紙には、裾の広がった服が描いてあった。
丸い袖。胸元の大きなリボン。腰から下は、花びらを重ねたように、布が二段になっている。
その上には、小さな猫耳が二つあった。
マリーが紙を近くへ引いた。
「まあ……」
「白い布をここに使って、こっちは淡いピンクに。リボンは、もう少し濃い色で」
アバンが指を動かした。
話す声が、さっきよりはっきりした。
「腰の後ろにもリボンをつけたいんです。でも、尻尾があるから、真ん中を塞ぐと嫌かなって。左右に分けるか、少し上にするか……」
「尻尾の付け根に当たらないようにしていただけると、助かります」
マリーが言った。
「椅子へ座る時にも動かしますから、そこは少し余裕があるとよろしいですね」
アバンはすぐに鉛筆を取った。
紙の隅へ、短く書き込む。
メグは、描かれた襟元を見ていた。
「小さな魔法使い、という感じですわね」
「はい!」
アバンが頷いた。
「ローブも考えたんですけど、顔がよく見えて、歌う時に動ける方がいいと思って。可愛くて、魔法も使う女の子みたいな」
「あの子は、まだ魔法は練習中ですけれど」
「知っています。だから、これも」
もう一枚の紙が出てきた。
短い杖が描いてあった。
先には丸みのある星。その真ん中に小さな石があり、下から細いリボンが二本垂れている。
握るところにも、衣装と同じ色が塗ってある。
「魔法のステッキです」
アバンが言った。
マリーの口元が緩んだ。
「これは、きっと喜ばれますね」
「軽い木で作ってもらって、握るところは滑らないようにしたいです。星は、尖りすぎない形で」
メグは紙を持ち上げた。
小さな手がこれを握って、胸を張るところが、すぐに浮かんだ。
「持っただけで、得意になりそうですわ」
「なりますね」
マリーが答えた。
どちらも、同じ顔を思い浮かべていた。
*
アバンは別の紙も広げた。
大きな帽子の案があった。
メグは、それを見て首を傾げた。
「可愛いですけれど、耳が隠れません?」
「そうなんです。それで、こっちを」
次の紙では、帽子がなくなっていた。
代わりに、小さなリボンが髪の横についている。
「耳にはつけずに、髪につける飾りならどうでしょう」
「ええ。あの子、耳に何か触れると、すぐ動かしてしまいますから」
マリーが頷いた。
袖の形を見て、紙の上へ指を置く。
「腕は、このくらい上げられますか?」
自分の腕を肩より高く上げた。
「歌っている途中で、こうなさいますので」
「きらーん、ですわね」
メグが言った。
アバンの顔が赤くなった。
「そこは、ちゃんと上がるようにします」
「お願いします。お辞儀も、くるっと回るのも好きですから」
マリーの注文が増えた。
アバンは、嬉しそうに書き続けた。
「スカートの下は、柔らかい布を重ねます。歩く時には広がりすぎなくて、回ると、ふわっとするように」
「裾を踏まない長さで、お願いいたしますわ」
メグが言った。
鉛筆が止まった。
「……はい」
自分のローブの裾を思い出したらしかった。
*
「それで、お代の方は」
メグが尋ねると、アバンは首を振った。
「これは、ボクが作りたいんです。まめこちゃんに着てもらえたら、それだけで」
「けれど、布も飾りも必要でしょう?」
「家にあるものも使えますし……」
アバンは棚を見た。
白い布も、ピンクの布もある。
母親が、お茶のおかわりを持ってきた。
「自分の服の時より、ずっと悩んでいるのよ。この子」
「母さん」
「昨夜も、リボンを三つ並べてね」
「二つだよ」
「朝には三つだったでしょう」
アバンは、紙を一枚裏返した。
その裏にも、リボンが描いてあった。
メグは笑った。
「では、お気持ちはありがたく頂きますわ。ただ、材料の分はこちらで持たせてください。あの子のために、こんなに考えてくださったんですもの」
アバンは少し迷ってから、頷いた。
「……ありがとうございます」
アバンはステッキの絵を手元へ引き寄せ、星の真ん中をもう一度見た。
「ここ、光ったら綺麗だろうなあ」
メグも、その小さな丸を見た。
「魔法のステッキの星は、みっきーに作っていただきましょうか」
メグが言うと、アバンの目が大きくなった。
「みっきーさんに?」
「ええ。みっきーはガラス細工ができますから、きっと素敵に仕上げてくださいますわ。星の形も、尖りすぎないように相談できますもの」
マリーも頷いた。
「衣装とお揃いの色にしていただくことも、お願いできそうですね」
アバンはステッキの絵を見つめた。
それから、鉛筆を持ち直し、星の横にさらに何かを書いた。
「じゃあ……真ん中のガラスは、光を受けたらきらっとするものがいいです。みっきーさんに、相談してみたいです」
「では、次に伺う時に、絵を持っていきましょう」
メグが答えた。
アバンは何度も頷いた。
「はい!」
*
出来上がりは、すぐには決めなかった。
まず、まめこの寸法を測る。仮縫いをして、一度着てもらう。それから飾りをつけ、みっきーに作ってもらうガラスの星の仕上がりにも合わせる。
アバンは店の注文を書いた帳面を開き、空いている日を確かめた。
「次のお休みなら、採寸できます。そのあとも、少し時間をもらっていいですか?」
「もちろんですわ。急いで作る必要はありません」
メグが答えた。
マリーは、衣装の絵を一枚借りてよいか尋ねた。
「まめこ様にも、見ていただきたいので」
「はい。ぜひ!」
アバンは一番綺麗に描けた紙を選んだ。
端についた消し跡を指で払う。
メグが立つと、アバンも立った。
「あの。まめこちゃんには、ボクがあばレッドだって……」
「まだ話していませんわ」
アバンはほっとした。
メグは、紙の束の端を見た。
小さな赤い兜が描いてある。
「でも、このお店で素敵な衣装を作ってくれることは、ちゃんと伝えます」
「はい」
店の入口で、母親が二人を見送った。
扉が閉まり、鈴が鳴った。
アバンは窓越しに、マリーが持っている紙を見た。
大切そうに、折らずに持ってくれていた。
*
その夕方、まめこは食卓の前へ立っていた。
両手を卓につき、紙を覗いている。
「これ、わたし?」
「ええ。アバンが、あなたの衣装を作りたいそうですの」
「この、ひらひらも?」
「それもですわ」
「リボンも?」
「もちろん」
まめこの踵が、床から浮いた。
下りた。
また浮いた。
マリーは紙の横に置いてあったカップを、少し離した。
「これ持つん?」
まめこが、ステッキの絵を指した。
「はい。衣装とお揃いの、魔法のステッキですよ」
マリーが答えた。
まめこは右手を握った。
何も持っていない手を、胸の前へ上げる。
それから、メグを見た。
「これで、きらーんする」
「振り回してはいけませんわよ」
「こうやで」
まめこは握った手を、ゆっくり斜め上へ伸ばした。
もう片方の手は腰へ当てる。
「きらーん!」
窓辺で寝ていたトロが、片目を開けた。
まめこは紙へ戻ってきた。
今度は腰の後ろを指した。
「尻尾、出る?」
「そこも相談してきましたよ」
マリーが言った。
まめこの尻尾が、椅子の脚の横で曲がった。
「よかった。あんたも、ひらひらやで」
自分の尻尾へ話しかける。
メグは笑いながら、紙の端を押さえた。
「次のお休みに、寸法を測りに行きましょう」
「あい!」
まめこはもう一度、絵を見た。
胸のリボンを見て、星を見た。
右手が、また少し上がった。
今度のきらーんは、声には出なかった。
けれど、晩ご飯のスプーンを持った時も、その手は一度、斜め上を向いた。
「まめこ。まず、お食事ですわ」
「あい」
スプーンを下ろす。
絵は、食べ物がつかないところへ移してもらった。
まめこは一口食べてから、またそちらを見た。
まだ布にもなっていない服と、みっきーに作ってもらうガラスの星のステッキが、もう待ち遠しかった。




