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第二十二話 収穫祭のあばレッド

 動物園へ行った翌日、教室にはあばレッドが三人いた。


 一人は赤い布を頭へ巻いていた。一人は紙に描いた頭蓋骨を顔の前へ持っていた。もう一人は何もつけていなかったが、腕の上げ方が一番大きかった。


「誠実戦士! あばレッド!」


「きらーん!」


 まめこも鞄を置いて、手を上げた。


 廊下から、別の組の子が覗いた。


「それ、昨日のやつ?」


「そうやで。わたし、抱っこしてもろた」


「リンゴでやっつけたんだろ?」


「その前に、いっぱい転んだで」


 赤い布の子が、両手を腰へ当てた。


「転んでも平気なんだぞ!」


 紙の兜の子が、床へ寝転ぼうとした。


 ちょうど教室へ入ってきたローザ先生に見つかり、途中で立ち直った。


「あばレッドも、椅子へ座ってくださいね」


 先生が言った。


 三人とも座った。


     *


 その週の終わりには、学院の門の外でも歌が聞こえるようになった。


「せーいじつせんしー、あばレッドー♪」


 小さい子が歌うと、手を引いていた兄が続きを歌った。


「あかいかぶとで、やってくるー♪」


 まめこはマリーと帰る途中で、そちらを振り返った。


 知らない子だった。


 でも、最後のところは知っていた。


「きらーん!」


 まめこも一緒に言うと、小さい子がびっくりして、それから笑った。


「まめこ様の歌ですね」


 マリーが言った。


「あい。あの子も知ってる」


 もう一度振り返った時には、兄の方まで腕を上げていた。


     *


 動物園への遠足から二週間ほど経った、収穫祭の朝。メグは玄関でまめこの襟を直した。


「今日は人が多いですから、離れないでくださいね」


「あい」


「何か見つけても、先に走ってはいけませんわよ」


「あい」


 まめこは頷いて、メグの手を取った。


 もう片方には、小さな袋を持っている。買ったものを入れるために、マリーが用意してくれた。


 今はぺたんこだった。


 馬車へ乗ろうとしたところで、トロが足元を抜けた。


「あんたも行くん?」


「ニャ」


 先に座席へ上がり、丸くなる。


 まめこはその隣へ座った。


 マリーが最後に乗ると、馬車が動き出した。


     *

挿絵(By みてみん)


 ムーンベルの通りには、紐で繋いだ色とりどりの布が渡されていた。


 いつもの八百屋の前に、いつもより大きなカボチャがある。


 荷車には麦の束。籠にはリンゴと梨。店先の柱には、赤や黄色の葉を混ぜた輪が掛けてあった。


 広場へ近づくほど、人の声が増えていく。


 馬車を降りたまめこは、鼻を上へ向けた。


「何か焼いてる」


「あちらですわね」


 メグが指した先で、男の人が鉄鍋を揺すっていた。


 栗が跳ねる。


 その隣では、皮をつけたままの芋を灰から取り出していた。割ったところから、白い湯気が上がっている。


「お芋もある」


 まめこは右を見て、それから左を見た。


 串に刺した茸が火の上に並んでいた。パンに挟んだソーセージを渡している店もある。蜂蜜を塗った焼きリンゴは、皿の上でつやつやしていた。


 袋は一つしかなかった。


「メグ。全部は入らへん」


「全部買うおつもりでしたの?」


「……お芋は、手で持てる」


 マリーが横で笑った。


     *


 焼き栗の小袋を買ってもらい、三人は広場の端の腰掛けへ座った。


 マリーが一つ剥いてくれる。


 まめこは受け取って、指先で転がした。


 まだ熱かった。


 息を吹きかけていると、目の前を赤い頭が通った。


「あ!」


 木で作った頭蓋骨の面だった。


 まめこより少し背の低い子が、黄土色の布を肩から垂らしている。


 その後ろにも赤い兜。


 そちらは、被っている子の目が少ししか見えていなかった。


「あばレッドや!」


「あっちにもいますね」


 マリーが通りの向こうを見た。


 屋台の柱へ、赤い面が何枚も吊るされていた。


 目の穴の形が、全部少しずつ違う。


 一枚には、片方の頬へ塗料が垂れていた。


 まめこは栗を口へ入れた。


 すぐに立とうとして、メグの手を引いた。


「あれ、見たい」


「ええ。栗を飲み込んでから」


 急いで噛んだ。


     *


「何日も前から作ってるんだがね。追いつかなくて」


 木のおもちゃを売る老人が、膝の上の面を見せた。


 まだ赤く塗っていない。


 台には木馬や小さな荷車も並んでいたが、子どもたちが指すのは吊るされた面ばかりだった。


「きらーんのやつ!」


「紐を結び直すから、ちょっと待ちな」


 老人が一枚を外した。


 まめこは、その隣の面を見上げた。


「これ、耳は入る?」


「被る兜じゃないからね。顔の前へつけるんだよ」


 試しに当ててもらうと、赤い頭蓋骨の上からピンクの猫耳が出た。


 目の穴から、メグが見えた。


「見えるで」


「こちらからも、よく分かりますわ」


 まめこは片腕を上げた。


「きらーん」


 隣で面を選んでいた子も、腕を上げた。


 老人が笑いながら、小さな鏡をこちらへ向けた。


 鏡の中には、猫耳のあばレッドがいた。


 口のところまで隠れている。


「これやと、お芋食べられへんな」


「食べる時は外してくださいませ」


 メグに買ってもらった面は、ひとまず頭の横へずらして結んだ。


 少し歩くたびに、頬へこつんと当たった。


     *


 広場の向こうで、手拍子が起こった。


 まめこはメグの手を握ったまま、背伸びをした。


 ピンクのマントが見えた。


 その上に、長い兎の耳が二本。


「誠実戦士! あばピンク!」


 よく通る声がした。


 人の間から顔を出すと、ベリーが片足を前へ出していた。


 桃色の衣装には白い縁取りがあり、胸元の飾りまでぴしっと揃っている。小さな仮面の上に、長い耳が伸びていた。


 その横には、白いマントのチェリーがいた。


 細い目元を白い仮面が覆っている。肩から裾まで、白い衣装に銀色の留め具が光っていた。


 片腕を上げかけたまま、隣を見ている。


「はい、あなたも」


 ベリーが小声で言った。


「……あばホワイト」


「誠実戦士、からよ」


「今のでいいだろ」


 子どもたちはもう拍手をしていた。


 ベリーが胸を張る。


「きらーん!」


 チェリーの手首が、ちょっとだけ動いた。


 まめこは笑って、手を叩いた。


「白いのもおる!」


 ベリーがこちらに気づき、嬉しそうに手を振った。


「まあ。可愛いあばレッドね」


 まめこは頭の横の面を、顔の前へ下ろした。


「わたしも赤やで」


「とっても似合ってるわ」


 ベリーがしゃがんだ。


 兎の耳が近くなる。


 まめこは面の穴から、ベリーの衣装を見た。


「それ、誰が作ったん?」


「セイジズカットよ。お願いしたら、すぐに作ってくれたの」


「白いのも?」


「ええ。二人分。お揃いにしたいでしょう?」


「頼んでねえ方の寸法まで、きっちり合ってやがる」


 チェリーが袖口を引いた。


 ベリーは聞こえなかったように、まめこの面の紐を直してくれた。


     *


 あばレッド本人は、その頃、焼きリンゴの屋台の裏にいた。


 赤い頭蓋骨の兜は、今日は磨いてあった。黄土色のローブの破れも繕ってある。


 マントの裏側だけ、細かい砂がまだ少し残っていた。


 通りを、小さなあばレッドが二人走っていく。


 アバンは屋台の柱から、そっと顔を出した。


「あれ、ボク……」


 もう一人来た。


 その子は赤い面を後頭部へつけていた。


 アバンは柱の陰へ戻り、両手で兜を押さえた。


 セイジズカットは、アバンの両親が営む裁縫屋だった。アバンも小さい頃から店の奥で針を握り、両親の仕事を見ながら育った。


 遠足から数日後、ベリーが店へ来た。子どもたちの間で評判になっている戦士を真似て、ピンクと白の衣装を作りたいという注文だった。


 ベリーが紙へ描いたのは、赤い頭蓋骨の兜と、ローブ、それからマントだった。


「こんな感じなの。私はピンクで、もう一着は白。お揃いにしたいのよ」


「それなら、襟はもう少し低い方がいいです。マントの留め具はここで、ローブの下には鎧が入るので、肩と胸に余裕を……」


 アバンは紙へ指を置き、裾の長さまで説明した。


 ベリーはその指先を見てから、顔を上げた。


「ずいぶん詳しいのね。まるで、ご自分で着ていたみたい」


「はい! 動物園では、ここの裾を踏んで――」


 指が止まった。


 ベリーがにっこりした。


「まあ。じゃあ、あばレッド本人にお願いできるのね」


「あ、あの。それは……」


「大丈夫。子どもたちには内緒にしておくわ」


 アバンは店の入口を見て、それから小さく頷いた。


 ベリーは希望の色や形を改めて伝え、自分の採寸を済ませた。白い衣装の寸法を書いた紙も、用意してあった。


 収穫祭までは、まだ十日ほどあった。


 両親が布の裁断や裏地を手伝い、アバンは店の仕事の合間にも針を動かした。あばピンクとあばホワイト。仕上がった二着を並べて眺め、最後まで袖の飾りを付け直した。


 注文を受けた時も嬉しかった。出来上がった時は、もっと嬉しかった。


 けれど、店の外にまで自分の格好が増えているとは思わなかった。


 遠くから、歌が聞こえてきた。


「かまれてもー、ころんでもー♪」


 アバンの肩が、少し縮んだ。


 そこも広まっていた。


「みんなをまもるぞ、あばレッドー♪」


 次の声を聞いて、また顔を出した。


 広場の端に、まめこがいた。


 赤い面を頭の横へつけている。


 片手には栗の袋。もう片方の手を、ピンクの衣装のベリーが振っていた。


「きらーん!」


 アバンは柱から一歩出た。


「うふふ」


 もう一歩出たところで、まめこがこちらを向いた。


「あばレッド!」


 声が、広場の端から端へ飛んだ。


     *


「本物だ!」


「あばレッドー!」


 赤い面の子が振り向いた。


 その父親まで振り向いた。


 アバンは一度、屋台へ戻りかけた。


 でも、まめこが手を振っていた。


 戻れなかった。


「よ、よい子の皆!」


 胸を張る。


「誠実戦士! あばレッド!」


 腕を上げた。


 手袋の指先が、屋台から張り出した布へ引っかかった。


 一度下ろして、横へずれる。


「きらーん!」


 拍手が起こった。


 アバンは、兜の中で目を閉じた。


 今なら、どんな服でも縫えそうだった。


 まめこがメグと一緒に近づいてきた。


「今日は転んでへんな」


「今日は、まだ……いや! 今日は収穫祭を守りに来たのさ!」


「リンゴは?」


「持ってる!」


 袋を叩くと、まめこが頷いた。


 メグは兜を見たあと、黄土色の袖口へ目を移した。


「先日は、まめこを助けてくださってありがとうございました」


「い、いえ。そんな」


「ローザ先生から伺いましたわ。本当に、何とお礼を申し上げれば……」


 アバンは背筋を伸ばした。


 聞き覚えのある声だった。


 学院で隣の席になった時も、課題の写しを断られた時も、こんなふうに丁寧だった。


「……アバン?」


 兜が固まった。


 メグは少し顔を近づけた。


「そうでしたのね」


「あ、あばレッドです!」


 まめこが二人を見上げた。


「メグ、知ってるん?」


 メグは、赤い面をつけた子どもたちを見た。


 それから、まめこへ微笑んだ。


「ええ。あばレッドには、昔から縫い物の才能がありましたのよ」


 アバンは小さく息を吐いた。


     *


「赤だけでは、寂しいでしょう?」


 ベリーが隣へ並んだ。


 ピンクのマントを指で広げる。


 アバンが、勢いよく頷いた。


「とてもよく似合ってます! あ、その襟、もう少し――」


 手を伸ばしかけて、止めた。


 子どもたちが見ている。


「……よく来てくれた! あばピンク!」


「もちろんよ。収穫祭の平和は、私たちが守るわ!」


 ベリーがチェリーの腕を引いた。


 白いマントが赤いマントの横へ来た。


 アバンの兜が、そちらへ向いた。


「あばホワイトも!」


「ああ」


 短い返事だった。


 ベリーは満足そうに、三人で立つ位置を直した。


「赤が真ん中。白はこっちね」


「これ以上、何すんだよ」


「決まってるでしょう?」


 ベリーが片腕を上げた。


 アバンも上げた。


 チェリーは少し遅れて、肩の高さまで上げた。


「きらーん!」


 広場の子どもたちも腕を上げた。


 まめこは栗の袋をマリーへ預け、両手でやった。


     *


「楽しそうだぷに」


 人の輪の向こうから、カエル市長が顔を出した。


 片手に、湯気の立つ飲み物を持っている。


「ムーンベルの平和を守る仲間が増えて、プニも嬉しいぷに」


 ベリーが笑顔のまま、市長を見た。


「まあ、市長。お祭りの見回りですか?」


「もちろんだぷに。市民の声を聞くのも、大切なお仕事ぷに」


 市長はあばレッドへ近づいた。


 子どもたちの目が集まっているのを確かめ、隣へ並ぶ。


「実は私も、誠実戦士には以前から――」


 白いマントの端が動いた。


 チェリーの目が、仮面の向こうからこちらを向いた。


 市長の口が、途中で閉じた。


「……期待していたぷに」


 ベリーの笑顔が深くなった。


「それは素晴らしいですね。では、あばレッドが困った時には、市長が助けてくださるんですね?」


「ぷに?」


「頼もしいわあ」


 子どもたちが市長を見た。


 市長は飲み物を両手で持った。


「で、できる限りだぷに」


     *


 その時、広場の反対側で女の人が叫んだ。


「誰か! 私の鞄!」


 ベリーの耳が、声より先にそちらへ向いていた。


 人の肩の間を、男が走ってくる。


 腕に、女物の鞄を抱えていた。


「どけ!」


 屋台の前の人を押し退ける。


 まめこの手を、メグが握り直した。


 マリーがトロを抱き上げ、三人は屋台の内側へ下がった。


「ここにいてくださいね」


 まめこは頷いた。


 赤い兜が、目の前を横切った。


「待て!」


 あばレッドだった。


 男の前へ立ち、両腕を広げる。


「誠実戦士、あばレッドが――」


「邪魔だ!」


 男が肩からぶつかった。


 ごん、と鎧の鳴る音がした。


 あばレッドは後ろへよろめいた。


 男も肩を押さえた。


「かってえな、おい!」


 赤い兜の横を抜けようとする。


 その先へ、ピンクの靴が一歩出た。


 ベリーの目が、男の肩越しに屋台の裏を捉えた。


 カエル市長が柱の陰へ下がり、両手でカップを抱えていた。男が走り抜ける通りを見ながら、飲み物へ口をつける。


 ベリーの笑顔が、ほんの少し深くなった。


「落とし物、してるわよ」


 ベリーが言った。


 男は振り返りかけた。


 鞄を持つ手首が、ふわりと取られた。


 次の瞬間、腕が伸びた。


 足が追いつかない。


 男の身体が、あばレッドの方へ戻ってくる。


「え?」


 あばレッドは反射的に、その胴を抱えた。


 男が暴れた。


 ローブの裾を踏んだ。


「わっ!」


 二人とも倒れかけたところで、白い手袋があばレッドの背中を支えた。


 もう片方の手が、男の襟を掴んでいた。


 チェリーの足が半歩動く。


 男だけが地面へ伏せた。


 あばレッドは、立ったままだった。


 両手には、男の上着が残っている。


 男の襟を押さえたまま、チェリーも屋台の裏へ目を向けた。


 市長はカップを傾けたまま、こちらを見ていた。


 仮面の下で、チェリーの目が細くなった。


「……おお」


 兜の中で声がした。


「そのまま持っとけ」


 チェリーが小さく言った。


 ベリーが鞄へ手を伸ばす前に、二人の目が一瞬合った。


 ベリーは柱の陰へ目を動かした。チェリーが顎をわずかに引いた。


 二人とも、見ていた。


 ベリーはもう鞄を拾い、追いかけてきた女の人へ渡していた。


「こちらで合っていますか?」


「はい! ありがとうございます!」


 男が起き上がろうとした。


 襟を押さえている白い手袋が、少し下がった。


 起き上がれなかった。


     *


「あばレッドが捕まえた!」


 子どもの声がした。


 拍手が広がった。


 あばレッドは、自分の両手を見た。


 確かに、捕まえていた。


 後ろでは、あばホワイトがしゃがんでいる。


 隣では、あばピンクが笑っている。


 アバンは顔を上げた。


「み、見たか! これが誠実戦士の……」


 赤と白とピンクのマントを、順番に見た。


「力だ!」


「きらーん!」


 まめこが叫んだ。


 あばレッドは片手を上げかけた。


「そっちは放すな」


 白い仮面の下から声がした。


 手を戻した。


「きらーん!」


 声だけで言った。


 それでも、子どもたちは大喜びだった。


     *


 駆けつけたガードへ男を引き渡す時、ベリーはほんの少し仮面を持ち上げた。


 若いガードの背筋が伸びた。


 ベリーが人差し指を唇へ当てる。


 ガードは一度頷き、男の腕を後ろへ回した。


「ご協力、ありがとうございました」


 あばレッドへ頭を下げた。


「い、いや! 当然のことさ!」


 男は連れていかれる途中で、ピンクのマントを見た。


 兎の耳を見た。


 次に白いマントを見ると、その持ち主は仮面の下で笑っていなかった。


 男は前を向いた。


 今度は、自分から歩いた。


     *


「見事だったぷに!」


 市長が戻ってきた。


 いつの間にか、屋台の後ろまで下がっていたらしい。


「私も今、魔法で助けようとしたところだぷに」


 チェリーが市長の手元を見た。


 飲み物は、ほとんど減っていた。


 ベリーが首を傾ける。


「そうだったんですか?」


「もちろんぷに。誠実戦士と市長が力を合わせて、この祭りを――」


 あばレッドは、市長と白い仮面を交互に見た。


 チェリーの指が、ゆっくり曲がった。


 今は子どもたちがいる。


 正義の味方の格好をしている。


 チェリーは一度息を吐き、拳を開いた。


 ベリーが笑顔で言った。


「そのお話、後でゆっくり聞かせてくださいね」


 市長の喉が動いた。


「……ぷに」


     *


 騒ぎが収まると、焼き芋の屋台の人が、あばレッドたちを呼んだ。


「助かったよ。お礼に一本ずつ、持っていきな」


 紙に包んだ芋が三本、差し出される。


 あばレッドは両手で受け取った。


 赤い頭蓋骨が、湯気へ近づいた。


 止まった。


 まめこは自分の面を指した。


「それ、食べられへんやろ」


「……うん」


 つい、いつもの声で返事をした。


 ベリーが笑った。


「休憩も必要よ。裏で食べましょう」


 チェリーはもう芋を二つに割っていた。


「名乗るたびに、飯が冷める」


 黄色いところから湯気が出た。


 まめこがじっと見たので、メグも一本買ってくれた。


 マリーが半分へ割り、小さい方をまめこへ渡す。


 さっき栗を食べたばかりだった。


 でも、芋の入るところは空いていた。


     *


 広場の小さな舞台では、笛と太鼓が鳴り始めていた。


 麦の束を飾った舞台の前で、何人かが手を取り合って回っている。


 まめこは芋を食べながら、足先を動かした。


 動物園で一緒だった子が、母親の手を引いてきた。


「まめこ!」


「あ。赤いやつ、買ったん?」


「うん。歌おうよ」


 その子は面を頭の上へ押し上げた。


 まめこは残りの芋を見た。


 もう二口くらいあった。


「待ってな」


 食べた。


 口を拭いてもらってから、両手を空けた。


 笛の曲は知らなかった。


 でも、二人とも知っている歌があった。


「せーいじつせんしー、あばレッドー♪」


 歌うと、近くの赤い面が振り向いた。


「あかいかぶとで、やってくるー♪」


 一人が加わった。


 もう一人が、父親の手を引っ張った。


 太鼓を叩いていた男の人が、こちらへ顔を向ける。


 まめこは構わず、次を歌った。


「かまれてもー、ころんでもー♪

 みんなをまもるぞ、あばレッドー♪」


 太鼓の音が、歌に合わせて変わった。


「きらーん!」


 腕が何本も上がった。


 まめこは笑って、もう一度初めから歌った。


 今度は笛までついてきた。


 焼き芋の屋台の裏で、アバンが兜を被り直した。


 まだ芋は半分残っていた。


 ベリーが、それを受け取った。


「行ってらっしゃい、あばレッド」


 アバンは頷き、マントを直した。


 子どもたちの輪へ入ると、歌が途中で歓声に変わった。


「本物も来た!」


「あばレッド、一緒に!」


 まめこが手を伸ばした。


 アバンは手袋の手を出した。


 反対側からも、小さな手が伸びてきた。


 両方を握る。


 歌が始まった。


 最初のところで、アバンは口を動かせなかった。


 まめこが顔を上げた。


「歌ってええで」


「……ああ!」


 次から歌った。


 自分が転んだところも、ちゃんと歌った。


     *


 陽が傾く頃、まめこの袋は膨らんでいた。


 残った栗と、小さな梨が二つ。麦の穂で作った飾りは、潰れないようにマリーが持ってくれた。


 赤い面は、頭の横に戻してある。


 メグと手を繋ぎ、人の少なくなった通りへ出た。


「いっぱいおったな」


「あばレッドですか?」


「あい。白いのと、ピンクも」


 トロがマリーの腕から顔を出した。


 まめこは、黒い耳を見た。


「あんたは黒やな」


「ニャ」


「あばブラック」


 トロは顔を引っ込めた。


 通りの向こうで、あばレッドが子どもたちへ手を振っていた。


 帰る親子が、何組も手を振り返す。


 まめこも手を上げた。


「あばレッドー!」


 赤い兜がこちらを向いた。


「じゃあな! あばヨ!」


「あばヨー!」


 声が重なった。


 まめこは馬車へ乗ってからも、通りの方を見ていた。


 赤い兜が小さくなる。


 隣にピンクと白が並んだところで、馬車は角を曲がった。


     *


 屋台を片づける音が、広場に残っていた。


 アバンは両手に、子どもたちから貰ったものを持っていた。


 麦の小さな輪。紙へ描かれた赤い兜。なぜかリンゴが三つ。


「今日は、ありがとうございます」


 ベリーとチェリーへ頭を下げた。


「ボク一人だったら、あの人を捕まえられなかったです」


「最初に前へ出たのは、あなたでしょう?」


 ベリーが言った。


 チェリーは白い仮面を外し、片手で髪をかき上げた。


「次は裾、もうちょい短くしろ。踏んで転ぶぞ」


「はい!」


 アバンの声が明るくなった。


「あばホワイトの方も、お直ししましょうか? 次はもっと動きやすく――」


「次があんのかよ」


「もちろんあるわ」


 ベリーが答えた。


 チェリーは額へ手を当てた。


 ベリーはアバンへ手を振り、もう片方の手で、近くの柱の陰を指した。


「さて。私たちは、もう一つ用事があるから」


 柱の陰で、カエル市長が肩を跳ねさせた。


「私は、もう帰るところだぷに」


「さっきのお話、まだ伺っていませんよ?」


 ベリーが笑った。


 市長が一歩下がった。


 後ろに、チェリーがいた。


 アバンはリンゴを抱え直し、そっと離れた。


 少し歩いたところで、屋台の向こうから声がした。


「あひーーー!」


 赤い兜が振り返った。


 ピンクのマントが、ひらりと見えた。


 アバンは一度立ち止まり、抱えていた紙を見下ろした。


 子どもの字で、あばれっど、と書いてあった。


 兜の下で口元が緩んだ。


 紙が折れないように、麦の輪を持ち替えた。


 それから家の裁縫屋へ向かって、歩き出した。

挿絵(By みてみん)

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