第二話 ふたりの歌
朝食を食べ終えると、まめこはメグに尋ねた。
「昨日の歌、弾いてくれる?」
「ええ。楽器を持ってきますわね」
メグが部屋へ戻る間に、まめこは自分の皿を台所へ運んだ。マリーに礼を言われると、すぐに食卓へ戻って椅子に座る。
昨日、街で聞いた曲を、帰り道では何度も歌った。今も初めのところなら覚えている。まめこは足を揺らしながら、小さく口ずさんだ。
楽器を抱えて戻ったメグが、隣に腰を下ろした。弦を一本ずつ鳴らしてから、まめこを見る。
「では、歌ってみてくださる?」
「うん」
まめこの声に合わせて、メグが弦をはじく。昨日の男のようには続かず、何度も手が止まった。
「そこ、もうちょっと高いで」
「こうかしら?」
まめこはうなずき、同じところを歌い直した。今度はメグの弾く音と重なった。
少しずつ先へ進んだが、やがてまめこも歌うのをやめた。
「……このあと、なんやったっけ」
メグは続きを少し弾いてみた。まめこは首をかしげる。
「違う気ぃする」
「わたくしも、ここまでは覚えているのですけれど」
初めから歌ってみても、続きは出てこなかった。まめこは椅子の背にもたれた。
「昨日は歌えたのになあ」
「またあの方に会えたら、聞かせていただきましょう」
窓辺では、トロが丸くなっていた。まめこが立つと顔を上げたが、すぐに目を閉じた。
メグは楽器を部屋へ戻し、釣り竿と新しい糸を持って庭へ出た。まめこも畑へ向かい、茄子の葉を裏返して虫がついていないか確かめる。
「そっち、針つけるん?」
「ええ。昨日、石に引っかけて曲げてしまいましたの」
メグは軒下に腰を下ろし、古い針を外した。まめこは葉の裏にいた虫をつまみ、畑から離れた草むらへ運んだ。
畝へ戻る途中、また歌が口からこぼれた。朝に歌ったところから始めたつもりが、いつの間にか違う節になっている。まめこはかまわず、好きなように続きを歌った。
「まめこ、今のは昨日の曲?」
顔を上げると、メグがこちらを見ていた。
「ちゃう。わからんとこ、自分で歌ってもうた」
「もう一度、聞かせてくださる?」
まめこは茄子のそばにしゃがみ、さっき歌ったところを繰り返した。二度目には終わりを少し変えてみた。そのほうが歌いやすかった。
メグは針に糸を結び終えると、竿を軒下に置いた。
「あとで、楽器と合わせてみましょうか」
「これも弾けるん?」
「歌っていただければ、やってみますわ」
戸口から、マリーが昼食を知らせた。まめこは立ち上がり、膝についた土を払った。
昼食の間も、忘れないように頭の中で歌っていた。気づくと、指先でテーブルを叩いている。
「まめこ、お食事中にテーブルを叩いてはいけませんよ」
「あ、ごめん」
手を止め、スープの匙を持ち直した。隣のメグと目が合い、二人で少し笑った。
食後、まめこは手を洗ってから庭へ出た。メグは楽器を持ってきて、木陰に敷いた布に座る。まめこも隣に腰を下ろした。
「さっきの歌、もう一度聞かせてくださる?」
「うん」
メグはひと通り聞いてから、覚えたところを弾いてみた。まめこも小さく歌い、途中でメグが止まると、そこだけを繰り返した。
高く歌おうとして、まめこの声が裏返った。
「あっ」
隣を見たが、メグは弾く手を止めなかった。まめこもそのまま歌い続けた。
何度か合わせるうちに、昨日の曲に似ていた初めのところも変わっていった。メグが弾いた音につられて歌い方を変えたり、まめこの声を聞いてメグが弾き直したりした。
庭を横切ってきたトロが、敷布の端に寝そべった。まめこは手を伸ばして背中をなでる。
「トロ、そこやったら踏まれるで」
黒猫は尻尾を一度動かしただけだった。まめこは足をよけて座り直す。
「もう一回、初めから弾いて」
メグが弦を鳴らし、まめこも歌った。今度は二人とも、終わりまで止まらずに続けられた。
「できた」
まめこがメグを見ると、メグもうなずいた。
「もう、昨日の曲とは違いますわね」
「うん。こっちも好きや」
洗濯物を干していたマリーが、空になった籠を抱えて近づいてきた。
「今のは、お二人で作ったんですか?」
「そうやで。もう一回歌おか?」
「ええ、聞かせてください」
まめこはメグのほうを向いた。メグが楽器を構え直すのを待って、また歌い始めた。
夕方、メグは釣りに出かけ、まめこは残りの畑仕事を済ませた。水を運び、道具を片づけていると、メグが竿を抱えて戻ってきた。
「釣れた?」
メグは首を横に振った。
「一度、掛かったのですけれどね」
「逃げられたん?」
「ええ。引き上げる前に外れてしまいましたわ」
二人で家へ入ると、マリーが夕食の支度を終えるところだった。トロも自分の小皿の前で待っている。
手を洗って席につき、まめこはパンを取った。食べながら、昼の歌をマリーに聞かせたときのことを思い出す。
「明日も弾いてな」
「ええ。覚えているうちに、また歌いましょう」
まめこはうなずいた。次はもう少し大きな声でも歌えそうだった。
食後、マリーがまめこの袖のほつれを見つけた。畑仕事の間に引っかけたらしい。まめこは着替えを済ませ、服を持って戻った。
「ここ、穴あく?」
「今、縫っておけば大丈夫ですよ」
まめこは隣に座り、マリーの手元を眺めた。窓の外が暗くなり、メグが灯りを近くへ寄せてくれる。
繕い終わった服を受け取ると、まめこは袖を広げてみた。
「ありがとう、マリー」
「明日も着られますね」
寝る前に、まめこは服を椅子へ掛けた。足元では、先に部屋へ来ていたトロが布団を踏んでいる。
「ちょっと待って。あたしが先やで」
トロをよけて寝床に入ると、黒猫も足元に丸くなった。
まめこは今日の歌を、小さな声で歌ってみた。最後まで覚えていた。廊下からマリーにおやすみなさいと声をかけられ、まめこも返事をして、目を閉じた。
めぐ「おしとやかに!」




