第十五話 屋根を渡る足音
キノコの札は、鞄の中で少し曲がっていた。
まめこは鞄の口を開いて覗き込み、指でその角を直した。巾着を取り出すと、底の方で硬貨が鳴った。
「入ってるな」
「先ほど入れたばかりですわよ」
メグが食堂の戸を押さえていた。
数日前に採ったキノコを使い切った店から、また少し欲しいと頼まれていた。今朝もマリーと林を回り、採れた分を持ってきたところだった。
前と同じ場所に、同じだけ生えているわけではなかった。
まめこが覚えていた切り株の脇には、小さな傘が一つだけ残っていた。その代わり、前には見つからなかった木の根元から、いくつか採れた。
籠は前より軽かったが、食堂の主人は、鍋へ入れるにはちょうどいいと言ってくれた。
マリーはまだ中で、主人と話していた。まめことメグは、戸口の脇へ寄って待った。
「今日は、落ち葉の方が多かったで」
まめこが札を裏返す。
「絵も、葉っぱの方が大きいですわね」
「キノコ、後から増やされへんかったん」
紐を引き、口が閉じたのを確かめた。
道の向こうでは、果物を積んだ荷車が止まっていた。店の人が林檎を一つ拾い、転がらないよう、籠の端へ詰め直している。
まめこはそちらを見ながら、巾着を鞄へ戻そうとした。
肩が、どん、と押された。
指に掛けていた紐が引かれる。
「あ」
手が空になった。
茶色い上着の背中が、目の前を抜けていった。走る腕の先で、見覚えのある札が揺れている。
「それ、わたしの――」
男は荷車の横をすり抜けた。
メグの手が、まめこの肩を支えた。よろけた足が、ようやく地面へつく。
男の背中はもう、向こうの角へ近づいていた。
まめこは息を吸った。
「どろぼーーっ!」
*
「やだ。今日はもう着ねえ」
チェリーは椅子の背に掛けられた衣装を見て、きっぱり言った。
「今日は、まだ一着も着てないよ」
「前に着ただろ。それで終わりだ」
「前のとは違うの。今回はチャイナ服。チェリーに似合うと思って」
「揃えんな」
午後の光が差す、ベリーのアパートの一室だった。卓の上には、買ってきたパンと焼き菓子の袋が載っている。その横には、衣装を出したばかりの箱があった。
ベリーはすでにバニー衣装に着替え、長い耳を楽しげに揺らしていた。
チェリーは普段着のまま、菓子の袋へ手を伸ばした。
「これ食いに来たんだぞ、あたしは」
「お茶に付き合ってって言ったでしょ」
「お茶のどこに着替えが入ってんだよ」
「着替えてから、お茶にしようと思って」
「先に言え!」
ベリーは衣装を両手で広げ、チェリーの前へ回り込んだ。
「一回だけ。合わせてみるだけでいいから」
「その一回が長えんだよ。前も、あっち向け、こっち向けって」
「今回は、ちゃんと合うように直してあるの」
「あたし用に?」
「うん」
「断る前に作んな!」
チェリーの斑点のある尻尾が、椅子の脚を叩いた。
ベリーは衣装を引っ込めなかった。袖へ手を掛けようとして避けられると、今度は鏡の前を指した。
「じゃあ、そこで見て。気に入らなかったら、すぐ脱いでいいから」
「見る前から気に入ってねえ」
「着たら変わるかもしれないでしょ」
「変わんねえよ」
「お願い。二人で並んでみたかったの」
ベリーは少し声を落とした。
チェリーが黙る。ベリーはその顔をじっと見上げた。
「……その顔やめろ」
「どの顔?」
「今の顔だよ。分かってやってんだろ」
「着てくれる?」
チェリーは長く息を吐き、差し出された衣装をひったくるように受け取った。
「一回だぞ。あと、外には出ねえからな」
「うん! ここで遊ぶだけ!」
「手伝わなくていい。自分で着る」
「でも、留め具が後ろに――」
「分かったから、ちょっと離れろ!」
ベリーは慌てて一歩下がった。その場で待ちきれずに足踏みしている。
着替えを済ませたチェリーが鏡の前へ立つと、ベリーはすぐに立ち襟の端を整えた。身体に沿うチャイナ服には、脇に深めの切れ込みが入っている。金色の髪は左右のお団子にまとめられ、丸いヒョウの耳がその上にのぞいていた。
「ちょっと、襟が曲がってる」
「お前が触るからだろ」
「じっとして。……はい、できた」
「注文多いな、おい」
チェリーは鏡の中の自分を睨んだ。斑点のある尻尾が、裾の後ろで落ち着きなく揺れている。
「できた。鏡、見て」
「もう見えてる」
「似合うでしょ?」
「なんであたしがこんな格好……」
「似合うから」
「答えになってねえ」
「チェリーと一緒に着たかったから」
チェリーは鏡越しにベリーを睨んだ。ベリーは嬉しそうに、その隣へ並んだ。
「ほら、二人とも似合ってる」
「分かった。見たな。もう脱ぐぞ」
「待って! まだ髪飾り!」
「さっき、できたっつっただろ!」
「お団子はできたの。こっちは、まだ」
ベリーは小さな花飾りを持ち、チェリーが顔を背ける前に、片方のお団子へ手を伸ばした。
「すぐ終わるから。頭、じっとしてて」
「菓子が遠のいてくんだけど」
「終わったら、一番大きいのあげる」
「元からあたしが買ったやつだろ、それ」
ベリーの指が、一度飾りの留め具を取り損ねた。
「動かないでってば」
「お前が焦ってんだよ」
「だって、すぐ脱ぐって言うから!」
ようやく留まると、ベリーはほっと息をついた。
チェリーは鏡に映る花飾りを一度見た。
「これで全部か」
「うん。……あと一つだけ、合わせたいのが」
「まだあんのかよ!」
チェリーが菓子の袋へ伸ばした手を止めた。
ベリーの耳が、ぴんと立った。
表の荷車の音。その向こうで、子どもの声が長く伸びていた。
「……ひったくり」
ベリーが窓へ向かった。
チェリーはもう、その横にいた。
下の通りを、茶色い上着の男が走っていた。背後で猫耳の子どもが指を差し、白いシャツの少女が周囲へ声を掛けている。
「東へ。次の角、曲がるよ」
ベリーが言った。
チェリーの目が細くなった。
さっきまで鏡へ向けていた顔から、不服そうな色が消えた。
「下、頼む」
「うん」
二人は着替える間もなく、窓と階段へ向かった。
*
チェリーは窓枠を蹴り、すぐ下の庇へ飛び出した。
足が板を叩く。膝を沈めた勢いで、今度は路地を挟んだ向かいの屋根へ跳んだ。物干しの紐を飛び越え、屋根の縁へ片手を掛ける。身体を引き上げるなり、瓦の斜面を駆け上がった。
眼下では、男が樽を避けて角を曲がる。
チェリーは屋根の上を真っすぐ突っ切った。通りを回る男との距離が、一気に縮まる。
屋根の端を蹴って、次の家へ。
低い屋根に片足で着地し、その足でまた駆け出した。斑点の尾を振って身体を支え、前を塞ぐ煙突を横へかわす。瓦を踏む音が、立て続けに通りへ響いた。
「屋根の上に誰かいる!」
誰かの声に、男が振り仰いだ。
屋根の縁に、金色の髪がちらりと見えた。男が目で追うより早く、その姿は煙突の向こうへ消えた。次の足音は、もう隣の屋根から響いていた。
「なんだよ、あいつ……! 追っ手か!?」
男は巾着を握り込み、パン屋の裏へ逃げ込んだ。
ベリーは隣の通りを駆けていた。荷車の脇を抜け、積まれた木箱をひと跳びに越える。着地と同時に角へ踏み込み、パン屋の裏へ回った。
長い耳が、壁の向こうの靴音を拾う。
男は足を緩めていない。出口へ向かっている。
「青い戸! 出口、押さえる!」
屋根へ声を飛ばし、ベリーはさらに加速した。
チェリーも棟を越えた。倉庫の青い戸と、その脇から大通りへ抜ける路地が見える。斜面を駆け下り、屋根の端から倉庫の庇へ跳んだ。
男が路地の出口へ飛び出そうとした、その瞬間だった。
横から白いものが視界をかすめた。
「こっちは通さないよ」
声がしたときには、ベリーが目の前にいた。
「どけっ!」
男は空いた手を振り、顔を殴ろうとした。
拳は空を切った。
ベリーは男の脇へ踏み込み、振り抜かれた手首を取った。腕を引きながら身をひねると、走ってきた勢いのまま、男の足が地面を離れた。
「なっ――」
背中が地面を打った。息が詰まり、目の前の空が揺れる。
ベリーが手を離すと、男は巾着を握ったまま横へ転がった。空いた手を地面につき、起き上がろうとする。
頭上で、板が一度鳴った。
男が顔を上げたときには、庇の上には誰もいなかった。
背後に靴音が落ちた。
振り向く間もなく、チェリーが肩と腕をつかんだ。起こしかけた身体が地面へ押し戻され、男はうつ伏せになった。
頬が地面を擦った。握っていた指がほどけ、巾着が転がる。腕を引き抜こうとしたときには、両手が背中で揃えられ、チェリーの膝が肩を押さえていた。
どちらがどこから来たのか、男には分からなかった。長い耳と金色の髪を探して顔を上げても、もう身体は動かせない。
「動くな」
「っ、放せ!」
チェリーが手首を持ち上げると、男は悲鳴を上げた。
「何度も言わせんな」
男が動きを止めると、ベリーがその横へしゃがんだ。
「間に合ったね」
「ああ」
ベリーは男の手から転がり出た巾着を拾った。
口は閉じていた。札がひっくり返って、地面へついている。
ベリーはその土を指で払った。
「キノコだね」
青い戸が開き、前掛けをつけた倉庫の主人が顔を出した。
「ひったくりだ。縄、借りられるか」
チェリーが言うと、主人は男の顔を見て、すぐに戸の内側へ引っ込んだ。
持ってきた荷造り縄を受け取り、ベリーが男の両手を背中で縛った。チェリーはその間も、腕を放さなかった。
「持ち主、呼んでこい」
「うん。すぐ戻る」
「こいつは、あたしが見てる」
チェリーは男の腕を押さえたまま、道の入口へ顔を向けた。
ベリーが走り出した。
その足音は、来たときより少し軽かった。
*
まめこは、メグの手を握っていた。
さっき押された肩は、もう痛くなかった。
けれど、指を開くと、空になった手の感触が戻った。
マリーが隣へしゃがみ、まめこの膝を確かめてくれた。
「膝は、ぶつけていませんね」
「あい」
返事をしてから、まめこは角を見た。
男は戻ってこない。
追いかけようとしたとき、メグは手を離さなかった。代わりに、逃げた方へ向かって、茶色の上着、と大きな声で伝えていた。
店の主人も外へ出て、見回りのガードを呼びに行った。
今は、待っていた。
「札、ついてるから、見つかったら、わたしのって分かるで」
「ええ。キノコと、大きな葉っぱでしたわね」
「お金も、入ってる」
メグが頷いた。
まめこはもう一度、角を見た。
そこから、長い耳の女性が現れた。
腕を上げて、こちらへ小さな袋を見せる。
落ち葉の札が揺れた。
「これ、あなたの?」
「あ!」
まめこは一歩出てから、メグを見た。
握っていた手が緩む。
長い耳の女性は、まめこの前で膝を折った。
「キノコと葉っぱ。合ってる?」
「あい。わたし描いたん」
「うん。よかった。中も、大人の人と確かめてね」
巾着が手へ戻った。
まめこは両手で包んだ。
指の間に、柔らかい布があった。少し押すと、硬貨の縁に触れた。
メグが横で口を開け、マリーと一緒に数を確かめる。
朝、分けてもらった分が、そのまま入っていた。
「あるで」
まめこは女性を見上げた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
笑った頬の横で、ウサギの耳が少し傾いた。
ベリーは、巾着を抱える子の顔をもう一度見た。
ピンク色の髪から猫の耳が出ている。背後では、細い尻尾がゆっくり揺れていた。
あら? この子って、もしかして。
「お名前、教えてくれる?」
「まめこ」
「まめこちゃんね。けがはなかった?」
「あい。肩、もう痛ないで」
「よかった」
ベリーは笑顔のまま頷いた。
三年前、南の農園で起きた事件の報告を思い出していた。両親を亡くし、ムーンヴェイル家に保護された子。元は人間だったのに、猫の耳と尻尾が現れたという。
あのときの子かしら。
まめこは戻ってきた巾着を両手で抱えていた。ベリーは、それ以上尋ねなかった。
まめこはその服を見た。
黒いバニー衣装には白い襟がついている。長いウサギの耳は、飾りではなく頭から生えていた。
「今日、お祭りなん?」
「今日はね、おうちで遊んでたの」
「その格好で?」
「うん。もう一人もいるよ」
メグが深く頭を下げた。
「お連れの方にも、お礼を申し上げたいのですけれど」
「じゃあ、こちらへ。向こうで待ってるよ」
まめこは今度こそ巾着を鞄へ入れた。
袋の口を閉じる。
その上から、両手で押さえた。
*
青い戸の前に、人が集まり始めていた。
男は両手を後ろで縛られ、壁際に座らされていた。チェリーがその横に立ち、動こうとするたびに肩を押さえている。
まめこは耳と尻尾を見て、ヒョウの人だ、と分かった。
ウサギの女性とは違い、身体に沿ったチャイナ服を着ていた。金色の髪は左右のお団子に結われている。
口をきゅっと結び、男の方を見ていた。
「こっちが、取られた子」
ベリーが声を掛けた。
チェリーは振り向いた。
まめこは鞄から、札だけ少し出した。
「返してもろた。ありがとう」
チェリーの目が、まめこの手へ下りた。
「……落とすなよ」
「あい」
札をしまう。
ベリーが横からチェリーの肘をつついた。
「優しく」
「言っただろ」
「顔も」
チェリーは口の端を少し動かした。
まめこには、笑ったのか、我慢したのか分からなかった。
チェリーは少し離れ、上着の入ったベリーの手提げを受け取った。ベリーが途中でアパートの入口へ寄り、二人分を取ってきたものだった。
「遅え」
「走ってきたんだけど」
チェリーが上着を広げたとき、人垣の向こうからカエル市長が顔を出した。
「何があったぷに――」
二人の姿を見た途端、市長の足が止まった。
ベリーのバニー衣装から、隣に立つチェリーのチャイナ服へ。市長の目が忙しく動いた。
「あれは! バニーちゃん!」
ぱっと目を輝かせ、鼻の下を伸ばした。壁際に縛られた男には目もくれず、人の間をすり抜けて近づいてくる。
「お、おお……ぷに……! チャイナちゃんまでいるぷに!」
そこで市長の視線が、まめこのそばに立つマリーに止まった。騒ぎを聞いて食堂から駆けつけたマリーは、いつものメイド服のまま、まめこの鞄についた土を払っていた。
「め、メイドちゃんも……! むっふー! 今日は何の日ぷに!」
「……市長様?」
マリーが顔を上げると、市長は慌てて胸を張った。
「市民の安全を確かめに来たぷに!」
「ほな、あのおっちゃん捕まえたん、見た?」
まめこが壁際の男を指さす。市長はそちらを一瞥し、また三人へ目を戻した。
ベリーがにっこり笑った。
「市長さん。目が忙しそうですね」
チェリーが上着を羽織ろうとしたところへ、市長は身を乗り出した。
「ぷにの卵を産んでほしいぷに」
まめこが振り返るより先に、チェリーが動いた。
「あ?」
短い声。
市長が一歩下がり、荷箱につまずいた。
尻もちをついた顔の前へ、チェリーの靴が来た。
頬が、むに、と押された。
「てめえ、何しに来やがった」
「ぷ、ぷに……その声、チェ――」
「それ以上しゃべったら、脳みそぶちまけてやんよ」
市長の口が閉じた。
靴の下で、何度も頷く。
チェリーが足を引くと、市長は両手を地面についたまま、深々と頭を下げた。
「ご、ご褒美ありがとうございます。ブヒィ」
ベリーが手提げに顔を伏せた。
肩が細かく震えている。
メグは、まめこの肩へそっと手を添えた。
「カエルさん」
「ぷに」
「お仕事の途中ではありませんの?」
「仕事ぷに。騒ぎを聞いて来たぷに」
「では、そちらを」
メグは、壁際で縛られている男へ目を向けた。
市長もそちらを見て、ようやく背筋を伸ばした。
まめこは市長の頬を見た。
「卵、産むん?」
「産みませんわ」
メグがすぐ答えた。
チェリーは上着を羽織り、襟を直した。
ベリーが市長へ近づき、周りには聞こえない声で何か伝えた。
市長は二人を見て、今度はゆっくり頷いた。
「ここは引き受けるぷに。見回りも、じきに来るぷに」
チェリーの背筋が、すっと伸びた。
「では、あとはお願いいたします」
静かな声だった。
市長の視線が一瞬、その服へ下りた。
「むっふ〜」
チェリーの眉が動くと、すぐに男の方を向いた。
男が腰を浮かせかけたが、市長の手元に集まった淡い光を見て、また壁へ背をつけた。
まめこは、その顔と、市長の頬を交互に見た。
「さっきと、声違うで」
「何のことでしょう?」
チェリーは澄ました顔で答えた。
ベリーの肩が、また震えた。
*
チェリーとベリーが人垣の外へ出ると、メグは改めて二人へ礼を言った。
ベリーは手を振り、チェリーは、もう気にしなくていい、と短く答えた。
「名前、教えて」
まめこが言うと、ベリーは自分を指した。
「ベリー。こっちはチェリー」
「どっちも、おいしそうやな」
「そうでしょ」
ベリーは笑った。
チェリーは上着のポケットから、細くまっすぐな葉巻を取り出しかけた。まめこが見ているのに気づき、また戻す。
「鞄、もう閉めたか」
「あい。ここ入れた」
まめこが鞄を押さえる。
チェリーはその手を見てから、目線を少し低くした。
「取られたとき、ちゃんと声出したんだな」
「めっちゃ大きい声、出したで」
「聞こえた」
その言い方だけは、さっきと違わなかった。
まめこは頷いた。
ベリーの耳を見上げる。
「おうちまで?」
「うん。窓を閉めてなくて、よかった」
「わたし、最後まで息、続いたで」
メグが、まめこの横でそっと笑った。
「大事なところまで、届きましたわね」
ベリーがチェリーの袖を引いた。
「帰ろ。お菓子、まだあるよ」
「あたしの分、食ってねえだろうな」
「そんな暇なかったでしょ」
二人が歩き出した。
まめこは手を振った。
ベリーは大きく振り返し、チェリーは肩越しに片手を上げた。
角を曲がると、長い耳も、斑点の尻尾も見えなくなった。
通りの騒ぎが遠のいたところで、ベリーは声を落とした。
「さっきの子、三年前の農園の事件で助かった子かもしれない」
チェリーが隣を見た。
「……ムーンヴェイル家が引き取った子か」
「うん。まめこって名前だったの。耳と尻尾のことも、報告にあったでしょう」
チェリーは、今曲がってきた角へ目を向けた。
「あの子だったのか」
「元気に暮らしてるみたいで、よかったね」
「ああ」
チェリーは前へ向き直り、ベリーと並んで歩いた。
そのあとで、食堂の主人が二人のガードを連れてきた。
市長が男を引き渡し、倉庫の主人が、ここで取り押さえられたのだと説明した。メグも、まめこの巾着を奪って逃げた男に間違いないと伝えた。
まめこは鞄を抱えたまま、聞かれたことに一つずつ答えた。
話が済むと、ガードは男を立たせ、市長とともに連れていった。
マリーが帰りの籠を持ち直した。
「少し、座ってから帰りましょうか」
まめこは頷いた。
走っていないのに、膝が少し疲れていた。
食堂の主人が、水を三つ出してくれた。まめこは椅子へ座り、鞄を膝の上に載せた。
紐をほどいて、もう一度中を見る。
マリーは隣で、巾着の中を確かめるまめこを見守っていた。
落ち葉の札の端に、薄く土がついていた。
「ちょっと汚れた」
「帰ったら、乾いた布で払ってみましょう」
「あい」
まめこは巾着を握った。
食堂から出たときと、同じ重さだった。
けれど、もう一度この布を持てたことが、さっきよりずっと嬉しかった。
窓の外に、家の屋根が見える。
あの上を誰かが走ったのだと聞いても、まめこには、どこに足を置いたのか分からなかった。
「チェリー、落ちへんかったんやな」
「ずいぶん、身軽な方でしたわね」
メグも屋根を見た。
まめこは巾着をしまい、鞄の口を閉じた。
水をひと口飲む。
それから、膝の上の鞄へ、また手を置いた。
「次、会ったら、お菓子持ってこよかな」
「マリーと作りますか?」
「あい。二人の分」
少し考えて、付け足した。
「カエルさんのは、卵じゃないやつ」
メグが水の杯を置いた。
マリーは口元を押さえ、窓の方を向いた。
まめこは二人を見てから、自分も少し笑った。
鞄の中で、硬貨が一枚、小さく鳴った。
かえるさん「これはカエルの卵、、、ではない、、、、ぷに」




