第十四話 葉っぱの下の秋
朝の菜園で、まめこは茄子の葉を持ち上げた。
昨日見た小さな実が、今日も同じところにぶら下がっている。
「……あんまり変わらへんな」
横から見ても、下から覗いても、まだ指より短かった。
メグは隣の株の支柱を確かめていた。緩んだ紐を結び直し、葉を戻す。
「毎朝見ていると、分かりにくいですわね」
「もう六本、ないで」
「同じ数を、すぐに用意できるわけではありませんのよ。食堂にも、次は採れる分をご相談しますわ」
まめこは小さな茄子から手を離した。
家の方では、マリーが平たい籠を二つ、戸口へ出していた。いつもの買い物籠より浅い。底にはまだ何も入っていなかった。
「今日は、そっち持っていくん?」
「はい。重ねると潰れてしまうものもありますから」
まめこは菜園の端から駆けていった。
今日は学院が休みだった。
昨夜、マリーが、近くの林へキノコを見に行きましょうと言った。まめこはそれを聞いてから、寝るまでに三度、雨が降らないか窓を見た。
今朝の空には薄い雲があったが、その切れ間は明るかった。
トロが籠の縁へ前足を掛けた。
「それ、あんたの寝床と違うで」
「ニャ」
まめこが小さい方を持つと、トロは前足を下ろし、先に戸口を出た。
*
林へ続く道には、夜のうちに降った雨が残っていた。
くぼんだところの水を避けて歩く。まめこが道の端へ寄ると、靴の脇で草が揺れ、細かな滴が靴下についた。
「こっちも濡れてる」
「真ん中の、少し高いところを通りましょう」
マリーが先を歩いた。
林の入口を越えると、土の匂いが近くなった。道の上に薄く積もった葉は、踏むとぱりぱり鳴るものと、音もなく靴へ貼り付くものがあった。
枝の間から差す光が、まめこの籠の底を横切る。
「どこにあるん?」
「まず、あちらの木の根元を見てみましょう。ただ、見つけても、すぐには摘まないでくださいね」
「マリーに見せるんやろ」
「はい。私が分かるものだけ、持って帰ります」
まめこは頷き、大きな木へ近づいた。
根が土から盛り上がっていた。落ち葉がその脇にたまり、茶色いものが幾つか顔を出している。
「あった!」
屈んで、指を伸ばす。
触る前に止めた。
「マリー、これ」
マリーが隣へ膝をついた。
まめこの指の先を見てから、落ち葉を一枚取り除く。
「これは、木の実の殻ですね」
「……キノコの帽子か思った」
殻の裏には、ぽっかり穴が開いていた。
メグが後ろから覗いた。
「帽子だけ落としていったように見えますわね」
「中身、誰か食べたんや」
まめこは殻を元のところへ置いた。
トロが鼻を寄せたので、その前から指を引っ込める。
「あんたのご飯ちゃうで」
トロは匂いを嗅ぎ、別の根の方へ歩いていった。
そこから少し進むと、今度は本当にキノコがあった。
低い切り株の脇に、薄茶色の傘が三つ並んでいた。一つは葉の下に隠れ、縁だけが見えている。
まめこは声を小さくした。
「これは?」
マリーは傘だけで決めず、軸の根元と、裏側も確かめた。
「こちらは持って帰れますね」
「三つとも?」
「大きい二つにしましょう。小さい方は残しておきます」
マリーが一本を採り、まめこへ見せた。
裏側には細い筋が並んでいた。表から見たときには分からなかった、土のついた軸の端もある。
「次も、この色やったらええん?」
「似た色でも、違うものがありますよ。今日見たものと同じに見えても、必ず呼んでください」
まめこはキノコを持ったまま、もう一つの傘を見た。
「裏も見な分からへんのやな」
「裏を見ても、私に分からないものは残します」
籠の底へ、二本を離して置いた。
まめこは籠を両手で持ち直した。
*
探し始めると、林には、思っていたより多くのキノコがあった。
幹の高いところに、横向きにくっついたもの。
倒れた枝の陰に、小さな傘を幾つも並べているもの。
まめこが見つけるたび、マリーはそばへ来た。採るものもあったが、そのままにする方が多かった。
「いっぱいあるのに、籠はいっぱいならへんな」
「見つけたものを、全部入れるわけにはいきませんからね」
マリーは大きい籠の中を整えた。
傘の欠けたものは、小さく畳んだ布で、ほかのものと分けてある。
メグは少し離れたところで、木の根の間を見ていた。
「こちらにも、ありますわ」
呼ばれて行くと、黄色みのあるキノコが二つあった。
マリーはしばらく見ていたが、手を伸ばさなかった。
「こちらは、やめておきましょう」
「ご存じないものですの?」
「はい。似たものは覚えていますが、同じだと言い切れません」
メグは頷き、立ち上がった。
まめこも膝についた葉を払う。
「もったいないけどなあ」
籠へ目を落とす。
そこには、さっきの二本と、新しく採った幾つかが入っていた。
マリーはまめこの籠を覗き、傘に載った葉の欠片をつまんだ。
「こちらだけでも、お昼に使えますよ」
「全部、食べるん?」
「今日採れる量を見てから、考えましょうか」
まめこは黄色い二つへ、もう一度目を向けた。
残してきた傘の上を、小さな虫が歩いていた。
林の奥へは行かず、家から続く道が見える辺りを、ゆっくり回った。
まめこは初め、傘だけを探していた。
けれど、葉を一枚よけると軸が見つかることがあった。反対に、大きそうな傘の下へ目を寄せると、もう崩れていることもあった。
見つけるたびに屈むので、立ち上がると膝の裏が少し伸びた。
頭の上で、鳥が鳴いた。
まめこが顔を上げている間に、トロが倒木へ飛び乗った。
「トロ、なんかあった?」
黒い尻尾だけが揺れた。
まめこも覗こうとしたが、マリーに袖をそっと引かれた。
「向こう側は、足元が低くなっています。こちらから回りましょう」
回ってみると、倒木の向こうには浅い溝があった。
トロは上からまめこを見下ろしていた。
「先、言うてくれたらええのに」
「ん」
その足元に、小さな傘が一つ見えた。
まめこはトロをどかさず、マリーを呼んだ。
今日の籠へ入るものが、もう一つ増えた。
*
戻るころには、まめこの靴に葉が二枚、貼り付いていた。
戸口で片足ずつ上げる。メグが籠を受け取ってくれたので、まめこは壁へ手をついて、靴の脇を拭いた。
トロはもう足を舐めていた。
「あんた、早いな」
台所では、マリーが卓に紙を広げた。
籠から出したキノコを並べ、一本ずつもう一度確かめる。土や葉を落とすと、籠の中にあったときより、ずいぶんきれいになった。
まめこは手を洗って戻ってきた。
「わたしの、これや」
初めに見つけた二本を指す。
「似たものが並んでいますけれど、分かりますの?」
「……こっちかも」
隣の一本へ指を移す。
メグは笑ったが、マリーの手元には触れなかった。
欠けたものと、形の整ったものが分けられていく。
まめこは、その二つの山を見た。
「曲がった茄子みたいやな」
「そうですね。こちらは、刻んでお昼に使いましょう」
マリーが小さい方の山を皿へ移した。
鍋に玉ねぎが入り、しばらくすると、甘い匂いがした。刻んだキノコがその上へ落ちる。まめこは少し離れたところから、木の匙で混ぜられていく様子を見ていた。
「林と匂い違う」
「火が通ると、また変わりますよ」
マリーは鍋から目を離さずに答えた。
メグは残ったキノコを見て、帳面を開いた。
「食堂で使っていただけるか、伺ってみましょうか」
まめこが振り向いた。
「これも売れる?」
「欲しいと仰れば、ですわ。今日は、お約束してきたものではありませんから」
「ほな、先に聞くんやな」
「ええ。あとでマリーと行くときに、見ていただきましょう」
まめこは卓へ戻った。
残ったキノコは、茄子の六本より数が多かった。ただ、一本ずつ大きさが違う。細い軸のものを横へ置くと、大きな傘の陰に隠れてしまった。
「これは、どう数えるん?」
「店で使う分なら、重さを量った方が分かりやすいですね」
マリーが鍋に蓋をし、棚から小さな秤を出した。
まめこは片方の皿へ、キノコをそっと載せた。
皿が下がる。
反対の皿へ分銅を置くと、また揺れた。
まめこは顔を近づけ、真ん中の針を見た。
「まだ、動いてるで」
「触らずに、止まるまで待ちましょう」
両手を背中へ回す。
マリーが小さな分銅を足した。
今度は、揺れがだんだん短くなった。
メグが重さを書いたあと、まめこも帳面の端を覗いた。
「六本、より難しいな」
「わたくしも、茄子のときとは違うことを覚えますわ」
昼食には、キノコの入った温かい汁物が出た。
まめこは匙で一切れすくった。
形はもう、林で見た小さな傘ではなかった。
「これ、トロが見つけたやつかもしれへん」
足元のトロが顔を上げた。
「あんたのは、そっち」
トロの皿には、いつものご飯が入っていた。
まめこは匙の中を冷まし、口へ運んだ。
噛むと少し弾んで、玉ねぎとは違う味がした。
もう一切れ、探してすくった。
*
午後、食堂へ行ったのは、マリーとメグだった。
ムーンベルの通りを歩いていると、前方から聞き覚えのある声がした。
「見ろ、レイナ。あの枝に止まっている鳥を」
赤い上着のソータが、街路樹を指さしている。その隣でレイナが顔を上げた。
「小鳥がどうかしたんすか、ソータ先輩」
「俺の魔力が、どれほど精密に届くか確かめる」
「へえ。動く的ってわけか」
メグが声を掛けようとしたとき、ソータは片手を掲げた。
「深紅の一矢よ! 我が指先に宿りし力を――」
「ソータ先輩、そこから始めんのかよ」
レイナが笑った。
「――敵を射抜く閃光となれ!」
「お待ちになって!」
メグの声と、ソータの本当の詠唱が重なった。
指先から放たれたマジックアローが、枝の小鳥を直撃する。
「ピギャッ!」
小さな体が枝から落ち、石畳の端に転がった。翼が一度だけ動いて、止まる。
レイナの笑顔が消えた。
「……当たっちまった」
「当然だ。俺の狙いに狂いは――」
「ソータ先輩!」
メグが二人の前に立った。
「生きている鳥を、魔法の的になさったんですの?」
「威力の確認だ。あの距離なら――」
「距離の問題ではありませんわ!」
ソータは口を閉じた。メグは落ちた鳥へ目を向ける。
「ただ飛んでいただけの子ですのよ。試したいなら、学院の的をお使いくださいまし」
「……分かった。悪かった」
珍しく短い返事だった。
マリーがしゃがんで小鳥を確かめ、静かに首を振った。メグは唇を結んだが、ソータが差し出した手袋を受け取った。
「せめて、この子を無駄にはいたしませんわ」
「……食うのか?」
「トロへのお土産です」
レイナが目を丸くした。
「トロって、あの黒猫か?」
「ええ。あの子なら、きっと喜びますわ」
「だったら俺の炎で焼いて――」
「ソータ先輩!」
「……もう何もしない」
レイナがとうとう吹き出した。メグも怒った顔のまま、少しだけ口元を緩めた。
小鳥はマリーが布に包んだ。食堂での用事を済ませたら、家へ持ち帰ることにした。
*
そのころ、まめこは朝の靴下を履き替え、机で留守番をしていた。
マリーに渡された端切れが、手元にあった。
縫い合わせる前の、巾着になる布だった。
茄子のお金は、前の袋に入っている。
キノコを買ってもらえたら、一緒に入れると分からなくなる。そう言うと、マリーは裁縫箱からこの布を出してくれた。
まめこは厚い紙へ、丸い傘を描いた。
その下へ、まっすぐな軸を付ける。
少し離して見ると、傘を差した棒のようだった。
「……雨のやつやな」
傘を広げ、軸を太くする。
今度は、台所の椅子に似た。
トロが机の下を通った。
「トロ、キノコって、こんなんやった?」
紙を下へ向ける。
トロは見ずに、窓際へ行った。
「さっき見てたやん」
まめこは紙を戻した。
朝、マリーが持って見せた一本を思い出す。傘の下にも、細い線があった。
短い線を何本か入れると、少しだけキノコに近づいた。
それから、横に小さな落ち葉を描いた。
葉は大きくなりすぎ、キノコより目立った。
消すと紙が薄くなりそうだったので、そのままにした。
玄関の開く音がしたころ、まめこは二つ目のキノコを描いていた。
メグが居間へ入り、鞄から折った紙を出した。
「使っていただけるそうですわ」
まめこは鉛筆を置いた。
「買ってくれたん?」
「ええ。マリーにも種類を確かめていただいて、お店の方も、これならと」
マリーが帰りの籠を卓へ置いた。
朝のキノコはなかった。代わりに、布に包んだ硬貨がある。
まめこはその包みへ手を伸ばしかけ、メグを見た。
「今日、みんなで採ったで」
「そうでしたわね」
「わたしの分、どれ?」
マリーがまめこの向かいへ座った。
「では、分けて入れましょうか」
硬貨を卓へ並べる。
メグが金額を確かめ、三人で分けた。まめこの前にも、小さな硬貨の山ができた。
まめこは一枚ずつ指で寄せた。
茄子のお金とは、枚数が違った。
けれど、持ち上げると、同じように手のひらへ重さが載った。
「これ、キノコの分やな」
「はい。今、袋を作りますね」
マリーが端切れを手に取った。
まめこは描いた札を、その横へ置く。
「こっち付けてほしいん」
「こちらがキノコですね」
「分かる?」
「裏側の筋まで、描いてありますから」
まめこは札を一度、自分の方へ向けた。
大きな落ち葉の横に、傘の歪んだキノコが二つあった。
メグが覗き込む。
「葉っぱの下で見つけたところですのね」
「あい。……葉っぱ、大きなったけど」
マリーの針が布を通った。
まめこは硬貨をそろえ、できあがるまで、その前で待った。
*
帰宅したメグが小鳥の包みを見せると、トロは鼻をひくつかせ、まめこの足元をぐるぐる回った。
「トロ、そんなに嬉しいん?」
「ニャア!」
「……ソータ先輩には、あとで改めてお話ししなくてはなりませんわね」
メグの言葉をよそに、トロは包みから目を離さなかった。
*
夕方には、二つの巾着が机に並んでいた。
一つには、茄子。
もう一つには、落ち葉とキノコ。
まめこは新しい方の紐を引いた。口が閉じると、マリーの付けた札が少し斜めになったので、指で直す。
「今度、売りに行くとき、これ持っていく」
「朝のように雨が残っていると、札が濡れますよ」
マリーに言われ、まめこは窓の外を見た。
「林行くときは、置いとく。お店行くとき」
「それなら、鞄へ入れておきましょうね」
メグは帳面を閉じた。
「次も同じだけ採れるとは限りませんけれど、使いたいときには、声を掛けてくださるそうですわ」
「また探せるな」
まめこは二つの札を並べて見た。
茄子のへたと、キノコの傘。
船の絵へ描き足そうかと思ったが、窓の周りはもういっぱいだった。
鉛筆を持ったまま、少し考える。
それから、船の下に小さな籠を描いた。
キノコを二つ入れると、籠の持ち手と傘が重なった。
「……持たれへんな、これ」
メグが横から紙を見た。
「上まで詰めすぎましたわね」
まめこは籠の持ち手を、もう少し高くした。
朝の林で持っていた籠より、ずいぶん縦長になった。
それでも、今度は指を入れる隙間ができた。
机の下で、トロが丸くなる。
まめこは新しい巾着をそっと持ち上げた。
中の硬貨が、小さく鳴った。
それを聞いてから、二つの袋を、引き出しへ並べて入れた。
ソータ「めぐさん?」
めぐ「なんのことだかさっぱ以下略」




