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襲来

 王都の宿に泊まり、翌朝には母様は私とカインにお金を渡してどこかに出かけていった。きっと、子供を連れてはいけないオークションとか、闇市とかそういう危ない場所に用事があるのだろう。あまり表だって流通しない貴重な魔導具や魔導書が売買されている。母様が魔石をたっぷり金貨に換金したのは、そのためだ。嬉しそうにお金の入った重たい袋をバッグに詰めて、出かけていった。


 もちろん、私とカインには「危ないところに行ってはダメ。人の多いところを歩く時は気をつけて」と、たくさん注意をしていった。防犯用の魔導具も渡された。小さな箱みたいな形をしているけれど、紐を引っ張ると大きな音が鳴る。母様は「子供はみんな持ってるの」と、教えてくれた。


 〝防犯ブザー〟という魔導具らしい。これもちょっと改良してあって、母様にすぐに知らせがいって、場所も分かるようになっている。だから、万が一の時にはこれを引っ張ると、母様が転移魔法で助けに来てくれるというわけだ。私の分だけではなく、カインの分もちゃんと用意してくれていた。相変わらず私はピンク色で、カインは空色だ。カインは受け取った時ワクワクしていて、今すぐにでも紐を引っ張りたそうな雰囲気だった。私が「今はダメ。ピンチの時だけだよ」と注意すると、分かったのか「うん」と頷いていた。


 ピンチなんて訪れない方がいいのだけど、カインはこの魔導具を試してみたくて仕方ないらしい。好奇心旺盛なのはいい事だけど、カインは世間知らずだから、私がよく面倒を見てあげないと!


 そんなわけで、朝からカインを伴って出かけた私は、細い路地には行かないように気をつけながら、王都の一番賑やかな通りを歩く。

「カイン、何か見てみたいものがある?」

 私ははぐれないようにカインと手を繋ぎながら尋ねた。

「魔法市が見てみたい。お師匠様が話していた……魔導具、もっと見たい」

「そんなに、魔導具が好き?」

「うん……昨日のお店ももっと見たかった……知らない魔導具がたくさんあったから」

「偽物も多いみたいだから、気をつけなくちゃね」

 私は魔法市が開かれている広場へと向かう。昨日と同じく、敷物に売り物を広げている人たちが大勢いた。「いらっしゃい。杖はどうだい?」とか、「胴体が半分になってもくっつく魔法薬だ!」とか、あちこちから声をかけられる。胴体が半分になってもくっつく魔法薬があったら、びっくりだ。母様の魔法薬ですら、そんな効果はない。


 せいぜい、切断された腕がくっつくくらいの効果だ。それでも、魔法薬の中ではかなり上級のものらしい。それに、胴体が半分になった時点で、もうその人は天に召されてしまうだろう。いい加減な事を言って偽物を売りつけようするなんて呆れてしまう。

 

 カインは目映りしていて、ソワソワキョロキョロしている。魔導具の実践をして見ている人もいるし、壊れた魔導具の修理屋さんもいた。携帯用の着火魔導具みたいだけど、ボンッと火が出て壊れてしまっていた。その音と炎にびっくりした人々が逃げ出す。カインも私も慌てて後ろに下がった。

「びっくりした……」

「うん、不良品だね。きっと魔石がよくなかったんだよ」

「どうして分かるの?」

「私ももっと小さい頃に同じ失敗をした事があるから。その時には使った魔石にちょっと罅が入っていたの。欠けていたり、罅が入っていたりすると、そこから魔力が漏れてうまく魔法陣が作動しないんだよ」

 魔導具は、魔法が使えない人でも扱える。貴族や王族は魔法が使える人が多いけれど、国の大半の人はそうではない。魔法が使えても魔力量が少なかったり、まったく使えない人もいる。魔力量が多い人もたまにいるみたいだけど、そうした人たちは魔法学園に入学したり、教会に入ったりするのだ。教会は魔力の多い子供を多く庇護して教えている。


 母様は「魔法を使える者を管理するため」と、顔をしかめて話していた。王国や教会のあり方があまり好きではないみたい。自由気儘に魔法の研究をしたり、実験をしたりする事は許されていない。母様のように好き勝手に研究や実験を行っている魔法使いは、〝異端〟と呼ばれていて、魔法使い仲間からはあまりいい顔をされない。というかつまはじき者にされる。闇の魔法を研究する者は、教会から破門されたり、時には捕まって極刑にかけられたりもする。


 魔女の娘である私も母様と同じ道を歩むのだろう。きっと、正統派の魔法使いにはなれない。でも、あまり気にしていないのだ。私も自由な魔法使いに憧れているから。それに、母様を塔に追いやった国の人たちをあまり好きにはなれない。本当は、国王様や王妃様の事も、よくは思っていない。顔も知らないし、何よりも自分の子供であるカインを、王宮でほったらかしにしていたみたいなんだもの。そのせいでカインは寂しい思いをしただろうし、あまりいい感情は持てなかった。でも、それはカインには言わないし、大っぴらには言えない事だ。心の中で思うくらいは自由だと、母様もいつも言っている。だから、私もそれに習う事にしていた。


「カイン。魔導書が売ってるよ」

 私はカインの手を引っ張って移動する。白髪頭のおじいさんが座っていた。その姿が隠れるくらい、魔導書や魔法の本が積み上げられている。どれも古くて痛んでいるものも多いけれど、その分安くて私達のお小遣いでも十分に買えそうだ。それに探せば掘り出し物があるかも。私はおじいさんに「ちょっと、見せてください」と断ってから、本を手に取る。


「すごい……たくさんある」

「カインの教科書にちょうど良さそうな本を探しているの。魔法の基礎を学べるような……」

 うちにもたくさん魔導書や魔法理論の本はあるけれど、子供向けの簡単なものは少ない。私は母様から教えてもらったから、教科書は必要なかった。私は母様のようにうまく教えられないから、教科書が必要だ。カインはあと二年経ったら、魔法学園に通う事になるはずだもの。その時までに、学園に行っても恥を掻かなくてもすむくらいにしっかり習得してもらわないと。カインは母様の弟子なんだからね。


「おじいさん、分かりやすくて子供でも読める魔法の本はありますか?」

 私が尋ねると、うたた寝していたおじいさんが片目を開く。無言で本の山の中から一冊を選び、渡してきた。カインと私はその本の表紙を一緒に見る。随分使い込まれている本で、表紙はボロボロだ。『魔法基礎実践』と書かれている。開いてみると、絵がついていて分かりやすそうだ。簡単な初級魔法の使い方が説明されている。それに、前に使っていた人もこれを使ってしっかり勉強していたのか、余白には書き込みがされていた。とても丁寧な文字で、一生懸命に勉強した事が分かる。そんな人が使っていた本なら、役に立ちそう。それに、メモ書きはどれも的確で間違ってはいない。時々、「ちくしょう!」とか、「くたばれ!」とか書かれているのは、きっと苦悩の発露だろう。見ない事にしよう。


「カイン、これ良さそうだよ。どう?」

 カインは私が渡した本を少し眺めて、「うん、これなら読める」と頷いた。私はおじいさんに、「この本を買います」と言ってお財布を取り出す。銀貨一枚もしない安い本だった。私は積み上がっている本の中から、『魔法用語辞典』を選ぶ。これもカインには必要だ。あと、こっちの『魔物図鑑』はどうかな?

 あれこれ見ているだけで楽しくなってくる。カインは『魔物図鑑』に目が釘付けになっていた。なんだか、カインって母様にだんだん似てきていない? 師匠と弟子だからかな。悪いところばかり似そうだ。


「それも買う?」

「うん、ほしい。僕もお金あるから……これは僕が買う」

 カインは自分のお財布をいそいそと取り出して、おじいさんにお金を払っていた。結局、合わせて五冊も買ってしまった。それは全部、魔法鞄に詰め込んでおく。


 ちょうど、お昼の鐘が鳴った。雪が舞って空に雲が広がり始めているから、午後からは天気が崩れそうだ。早めに本を買っておいてよかったかも。おじいさんも、魔法袋にせっせと本をしまって帰る準備をしていた。


◇◇◇


 大きな教会の近くまで行くと、大勢の人が沿道に集まっていた。新年のお祈りに来た人たちだろうか。そのわりには、騎士たちが多くいて物々しい雰囲気だ。私は昨日、魔導具店のダーシーおじさんが話していた事を思い出す。王都で何か物騒な事が起きているみたいだから、警戒が厳重なのかも。私とカインが立ち止まっていると、詰めかける人に押されそうになる。急いで道の端に移動した。


「すごい人だね。別の道を行けばよかった」

 昼食を食べられそうな店を探していて、つい人に流されるようにここまで来てしまった。

「…………王宮の騎士だ」

 カインが不意に呟く。その視線は、教会の周りに立っている騎士の制服に向けられている。黄土色のマントには確かに王家の紋章が刺繍されていた。私は驚いてカインを見る。

「王宮の騎士? それって、近衛騎士って事?」

「うん……王宮で時々見たよ」

「ということは、王族の人が来ているのかな?」

 

 そう思っていると、急に沿道に集まった人たちが歓声を上げる。大きな教会の礼拝堂から出てきたのは、母様と同じくらいの歳と男性と女性、それに小さな男の子だ。みんな立派な服を着ていて、騎士たちを伴っている。教会の祭服を着た人たちもゾロゾロとついてきていた。

「国王陛下、万歳! 王妃陛下、万歳!」

 そんな声が上がる。私は思わずカインを見た。

 と言うことは、あれはカインのお父様とお母様!? 間にいて手を振っている男の子は、カインの弟のミハエル王太子殿下という事だ。確かに髪色がカインとそっくりだ。

 

 カインはただじっと、遠くから国王夫妻と弟を見つめている。その表情は決して明るくはなかった。

 私はつい、カインの手を強く握る。会いに行きたいのかな。本当なら、カインは第一王子。あの場に一緒に並んでいてもおかしくはない。


「近くまで……行ってみる?」

 私が声をかけると、カインは首を振る。

「いい……」

 近くまで行っても、話しをさせてもらえるとも思えなかった。きっと、近衛騎士たちに止められる。

 カインは「行こう……キャロル」と、私の手を引っ張る。もう、この場にはいたくなさそうだ。私は頷いて、カインと共に人混みを離れた。

 

 通りを曲がろうとした時、教会の方で悲鳴が上がる。急に空が暗くなり、風が強くなった。教会の上空に渦巻く黒い靄は魔物が放つ瘴気だ。それに気付いて振り返った時には、沿道に集まった人たちがパニックに陥っていて、一斉に逃げ出そうとしていた。騎士たちが声を張り上げて、逃げ道を作ろうとしているけれど、逃げ惑う人たちに塞がれてしまっている。


「キャロル……あれ!」

 カインが空を指差す。黒い靄の中から姿を現したのは、黒い翼の怪物。

「ガーゴイル……!」

 息を呑んで、空を見上げる。それも一体だけではなく、群れをなして教会の上空を飛翔していた。

 


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