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新年

 新年を迎えた朝、私は綺麗に掃除した竈に火を入れる。外はまだ少し暗く、雪が降り続いている。冷えた手を竈の火にかざしながら湯を沸かしていると、「キャロル?」と眠そうな声がした。

「おはよう、カイン! ずいぶんと早いね。どうしたの?」

「ん……キャロルが起きる音がしたから」

 寝間着姿のままのカインは、少し寒そうに震えている。手招きすると竈の側にやってきた。二人でしゃがんで火に当たる。


「カインが来てから始めての新年だね」

「うん……あっという間だった。王宮にいた時には、時間はもっと長く感じたのに」

「塔ではやる事がたくさんあるもの。暖まったら、おもちを焼くからカインも手伝って」 

 私は立ち上がって、朝食の準備を始める。

「何をすればいい?」

「そうだね。まずは顔と手を洗ってきて、水をたっぷりくんでくる事かな」

「分かった」

 カインは頷くと、洗い場に向かう。私はその間にエプロンを身につけて、袖まくりをした。母様も私も大好きな、甘い豆のスープにおもちを入れよう。母様が持って帰ってきた赤い豆は、ちょっと前に砂糖を入れて煮詰めペースト状にしておいた。鍋にその赤い豆のペーストを入れて水を足していけば、豆のスープの出来上がりだ。クツクツと煮えてくると、甘い香りが漂ってくる。その間に、おもちを金網にのせて焼く。カインはそばにやってくると、おもちが焼けてぷくっと膨れるのを物珍しそうに眺めていた。


「パンみたいだ……」

「パンよりずっと柔らかいよ。カイン、母様を起こしてきて。なかなか起きないと思うから、フライパンとお玉を持っていくといいよ」

「うん、分かった」

 真面目な顔をして頷くと、カインは言われた通りにフライパンとお玉をつかんで厨房を出て行く。

 お餅がちょうどよく焼けてきて、香ばしい匂いがした。私は「よし、完成!」と、豆のスープを器に入れて、プクプクに膨らんでいるお餅をのせる。


「お師匠様、早く、早く。おもちが待ってますよ」

 カインに手を引っ張られた母様が、寝起きのまま厨房にやってきた。私はおもちを作業台に運びながら、「母様、おはよう。新年、おめでとうございます!」と挨拶をした。カインも、「お師匠様、今年もよろしくお願いします」と頭を下げる。母様は私とカインを見ると、ニコッと笑って私達の頭を撫でてくれた。

「おはよう、キャロル、カイン……新年、おめでとう」

 

 食堂で食べてもよかったんだけど、この厨房の方が暖かいから、ついこっちで食べてしまうのだ。それに、片付けもすぐできる。この塔では誰も行儀作法なんて気にしないから、椅子を運んできて作業台を囲むように座った。もちろん、お祈りは欠かさない。


 カインは器を手に取ると、甘い香りのする豆のスープをスプーンで掬う。口入れると、想像していた以上に甘かったのだろう。「すごく、甘い……」と呟いていた。それからお餅を口に入れる。これまた、想像していた以上に柔らかくて伸びるものだから、びっくりしたように目を見開いている。

「熱っ、すごく伸びる……っ!」

「うん、火傷しないでよ。それと急いで食べると喉に詰めるから気をつけて」

 私が注意すると、カインはコクコクと頷き、少しずつ噛んで食べる。気に入ったのか、豆のスープとおもちを交互に味わっていた。

 

 母様は毎年の事だから慣れていて、おもちを〝お箸〟で摘まんで食べている。私も練習しているけれど、うまく扱えないのでスプーンとフォークを使う。

「塩昆布ほしい……」

「母様、しおこんぶって?」

「しょっぱくした海藻」

「海藻?」

 それは海に行かないと手に入らないね。私はズズッと豆のスープを飲む。今年の豆のペーストはうまくいったみたいだ。一昨年は失敗して焦がしてしまい、甘い豆のスープは飲めなかった。かわりに、野菜をたくさんいれたスープにした。それもおいしいんだけど、私はやっぱりこの甘い豆のスープにいれたおもちが好きだ。


「二人とも、おもちを食べたら出かけるわ」

 母様はお腹がいっぱいになったところで、唐突に言う。

「どこに行くの? 村?」

「いいえ、王都よ」

「王都!?」

 私とカインはびっくりして顔を見合わせた。

 母様は〝お尋ね者〟だから、王都にはあまり行きたがらない。もちろん、母様ほどの魔法使いを捕らえられる人なんてそういないだろうけど、騒ぎが起きると面倒だからだ。それに、一応は母様は王都から追放処分された事になっている。堂々と王都の城門をくぐり抜ける事はできない。


「魔導書がほしい……それに、魔石も貯まったから売りに行く」

「私とカインも一緒に行ってもいいの?」

「うん……嫌? それなら、お留守番する?」

「ううんっ、行きたい!」

 私は立ち上がって目を輝かせて言った。王都に連れて行ってもらえる事なんて、何年かに一度だ。塔での生活には満足しているけれど、王都にはこの辺りでは手に入らないものもたくさんある。見聞を広めるためにも、出かけてみるのも大事だろう。


「カインも行きたいでしょう? 王都だもの!」

「う……うん……僕は、どちらでもいいかな」

 カインは珍しく、はっきりしない言い方をした。不安げに視線が泳いでいる。

「行きたくない? あっ、カインは王都で暮らしていたんだものね。珍しくもないか」

 私は自分がちょっとはしゃいでしまった事が恥ずかしくなった。これでは、田舎育ちだと丸わかりだ。


「珍しいよ! 王宮から出た事ないから……王都は見て回った事なんてない」

 カインは首を振ってから、「でも……」と言葉をのみ込んで下を向く。

「あまりいい思い出がないから……」

 王都ではずっと王宮に閉じ込められていたから、その事を思い出すのかもしれない。

「カイン、王宮に戻るわけじゃないもの。それに、カインが王子様だって気付かない人の方が多いよ。私も母様も一緒にいるから大丈夫! すごく楽しいよ」

 私はカインの手を両手でつかんでニコリと笑う。カインもようやく気を取り直したのか、顔を上げた。

「うん……それなら、行きたい」

「じゃあ、早く用意をしよう。王都も寒いから、温かい格好をしなくちゃ」

「うん!」

 

 片付けを終えて着替えてから、私たちは外へと出る。母様はハンカチを一枚取り出すと、杖でトンと叩く。魔法陣が描かれたそのハンカチは、絨毯くらいの大きさにふわりと広がった。その上に三人で立ち、母様が「王都へ」と唱える。次の瞬間には、私達は知らない部屋の中にいた。


 埃っぽい匂いがする廃屋の中だ。私とカインはケホッとむせて、建物の中を見回す。大きなシャンデリアが取り付けられているエントランスホールだけど、蜘蛛の巣だらけで、薄気味悪いお化け屋敷みたい。

「母様、もう少し違う場所に転移できなかったの? ここはひどいよ!」

「残虐な殺人事件が起こって、屋敷中の人間が血まみれで死んでいたから……誰も近付かないの」 

 母様はクフッと笑う。カインは「殺人事件……」と、怯えたような顔になっていた。

「母様、そういう事は秘密にしておいてもらいたかったわ……」

 私は額を指で押さえて、はぁとため息を吐いた。大通りや人の多い場所に転移すれば、警備の衛兵が飛んでくるだろう。そのまま不法滞在者として牢獄送りになるか、王都から叩き出されてしまう。母様はあまり大っぴらには、王都を歩けないのだ。そのわりには、堂々と出入りしているみたいだけど。


 母様と私達が大きく広がったハンカチから退けると、それは一瞬で元の大きさに戻り、母様のバッグの中に収まった。便利な転移用の魔法陣だ。「さあ、行きましょう」と、母様は楽しそうに言って扉を大きく開く。私はカインの手を引っ張って、一緒に外へと駆け出した。


◇◇◇


 王都は大きな舗装された道路が四方八方に伸びていて、立派な建物が通りに並ぶ。新年のお祝いのために、大勢の人が集まっていて賑やかだった。すぐに迷子になってしまいそうで、私はしっかりとカインの手をつかむ。母様は黒いローブを着ていて、私とカインもマントを羽織っている。これだけ人がいるんだから、通りを歩いている子連れの女性には誰も注目していないようだった。それに、同じような格好の人なら他にも大勢いる。


「王都で、魔法市が開かれているから」

 母様がそう教えてくれた。ローブを着ている人たちは、みんな魔法使いなのだろう。母様のお目当ても、その魔法市のようだ。魔導具や魔導書、杖や薬草、魔法薬なんかが一同に集められて売られる。広場では、敷物を広げて売っている人たちが大勢した。どれもこれも怪しげなものばかりだ。母様は「ここで売られているのは、偽物が多いから」と、素通りだ。


 母様は大通りを離れて路地の奥へと入っていく。歩いている人も少なくなって、どこか薄気味悪い静けさが広がっていた。並んでいる建物もひどく怪しい。路地の隅に座ってジッと見ている老人や、建物の窓から顔を覗かせている子供もいた。薬草がたくさんぶら下がっているからか、不思議な草の匂いがする。

 母様が扉を開いたのは、川沿いにある小さな店だ。

「いらっしゃー……って、アナスタシアじゃねぇか!」

 暇そうに店番をしていた髭のおじさんが、バッと立ち上がる。母様はローブのフードを脱ぐと、「こんにちは、ダーシー」と、挨拶する。

「王都に来るなんて珍しいな。いや、珍しくもねーのか。今日は新年だ」

 ガシガシと頭を掻いたおじさんは、椅子に座り直して頬杖をつく。その視線が母様にくっついている私とカインに向いた。

「もしかして……娘か? 赤ん坊の時に会ったきりだ。でかくなったもんだ。いや、かわいくなったなぁ。で、そっちの坊……は? 息子まで生まれてたのか?」

 カウンターに身を乗り出して、おじさんはマジマジとカインの顔を見る。カインは怯えた様子で、「こんにちは……」と挨拶をしていた。その手は、ギュッと母様のローブをつかんでいる。

「この子は、そうね……弟子かしら?」

 母様はカインの肩を叩いてフフッと笑う。カインはパッと顔を輝かせて母様を見上げた。

 母様に弟子と言われた事が誇らしいんだね。

「弟子です!」

 と、さっきよりはっきりした声で答えていた。

 

「弟子? マジかよ……面倒くさがって誰かに教えるなんて嫌がってただろう。けど、まあいいさ。俺はダーシー=テイラーだ。この魔導具店の店主だよ」

 おじさんが手を差し出してきたので、私とカインは交互に握手した。

「こんにちは、テイラーさん。娘のキャロルです」

「テイラーさんなんて、堅苦しい呼び方しなくていいぜ。ダーシーお兄さんって呼んでくれ」

「おじさん、でしょ?」

 さりげなく、母様が訂正する。

「……ダーシーおじさんだ」

「分かりました。ダーシーおじさん」

 私はクスッと笑っておじさんの名前を呼ぶ。

「私は魔導具の事で相談があるから、店の中を見て回っていて。外に出てはダメよ」

 母様に言われて、「はーい」と返事をする。母様はダーシーおじさんと、店の奥へと入っていった。


 言われた通り、私とカインは店の中のものを見て回る。ダーシーおじさんの店はあまり掃除がしていなくて、物には埃が積もっていた。棚に入りきらないくらい色んな物が押し込まれていて、整頓もされていない。魔導具の他にも魔導書も扱っているみたいで、それは鍵付きの棚にしまってあった。貴重な魔導書みたいだ。それに、魔法陣が刻まれた真っ赤な髑髏や、大きな魔物の牙なんかも置かれている。ワゴンで山積みになっているのは古いローブやマントだ。『セール品』と札がつけられていた。それを手に取ってみると、どれも大人用で私やカインは着られそうにない。札には、値段の他に『防御魔法付与』とか、『耐水性付与』とか色々書かれている。中には『呪い』と書かれているものもあった。


「変てこな物ばかり」

 呪われそうな剣とか、刃こぼれしている斧とか、中には甲冑なんかも飾られていた。

「空飛ぶ……ブラシ? ただし、反抗期。注意……」

 注意書きを読んで、鎖で繋がれているブラシを見る。

 ここにあるものは、あまり触れない方がよさそうだ。振り返ると、カインが何かをジッと見ていた。そばに行ってみると、ケースに装飾品が並んでいる。ブローチやネックレス、髪留め、それに指輪もある。

「気に入ったものはあった?」

 私が声をかけると、カインがビクッとする。側にいる事に気付いていなかったようだ。

「見ていただけ。綺麗だなと思って……」


「そうだね。あっ、カインのお母様にあげるの?」

「ううん……お母様は僕からもらったものは喜ばないから」

 カインは苦笑いを浮かべて首を振った。じゃあ、どうして女性物のアクセサリーなんて見ていたんだろう。ここは魔導具店だから、使われているのは宝石ではなく魔石だ。魔石は宝石以上に値が付く事はあるけれど、ここにある魔石はどれも小さい。そのため、アクセサリーも高価なものではなかった。

 

 中には『呪い』と書かれた札がついているものもあるから要注意だ。一つずつ、付与されている魔法が違う。込められる魔力量は石の大きさによって変わる。この小さな魔石では、お守り程度の効力しか付与されていないだろう。でも、デザインはかわいらしく、一つ一つ丁寧に作られているのが分かる。


 母様が店主のダーシーおじさんと一緒に店に出てきたのは、少し待ってからだ。母様はバッグの中から重そうな袋を取り出してカウンターに置いた。

「魔石を換金できる?」

「けっこうな量だな。どこに行ってたんだ?」

 ダーシーおじさんは袋の中を確かめて、ギョッとしたような顔をする。

「こいつは……かなりの額になりそうだな。いったい、どこで何を狩ってきたのやら……おっかなくて、訊けねーな」

「フフッ、そうね。訊かない方がいいわ」 

 母様は含み笑いを漏らす。ダーシーおじさんは、魔石を計量して査定を行うために店の奥へと戻っていった。


「あなたたち、何かほしいものはないの? 一つずつなら、買ってあげる」

 上機嫌な母様に言われて、私とカインはパッと顔を輝かせてお互いの顔を見た。

 店の奥から戻ってきたダーシーおじさんに、それぞれ選んだ物を持っていく。

「これを買うわ。包んでもらえる?」

「いい物を選んだな。そいつは、若手の魔導細工師が作ったもんなんだ。なかなか見込みがあるヤツだから、うちの店でちょっとばかり扱ってやってんだよ。買ってもらえたと分かったら喜ぶぜ」

 ダーシーおじさんは、アクセサリーを小箱に入れてリボンをかけてくれた。代金は母様が払ってくれる。

「ありがとう、おじさん!」

「ありがとうございます……」

 私とカインはお礼を言って小箱を受け取った。母様は魔石の代わりに金貨がたっぷり入った重そうな袋を受け取って、鞄の中に入れていた。魔法袋と同じく、魔法鞄だからいくらでも物が入るのだ。


「じゃあ、魔導具の事、よろしくね。三日後に受け取りにくるから」

「ああ、分かった。けど、気をつけな。このところ、よくねぇ噂も聞くからなぁ」

「よくない噂?」

 母様が尋ねると、ダーシーおじさんは最近、王都の警備が厳しくなっていると話してくれた。どうやら、王宮内で事件が起こったらしい。それを聞いていたカインが、緊張した表情になる。母様がカインを連れ去った件と関係しているのだろうか。あれから、まだ二ヶ月と経っていない。それとも、別の事件が起こったのだろうか。

「まあ、新年だから警備を強化しているだけかもな。王宮の事は俺たちの耳には入ってこねぇ」

 母様はお礼を言うと、私達を連れて店を出る。ダーシーおじさんは、「また来いよ」と手を振って見送ってくれた。


「カイン、これあげる」

 私は通りを歩きながら、小箱をカインに差し出す。

 カインは驚いた顔をしてから、「僕もキャロルに」と小箱を渡してきた。

「えっ、私に? いいの?」

「うん、そのつもりで見てた……」

 カインは少し照れくさそうに頬を赤くして言う。じゃあ、アクセサリーを見ていたのは、私にくれるため? それはすごく嬉しい。


「お互い、同じ事考えてたんだ。じゃあ、同時に開けてみる?」

「うんっ!」

 私とカインは小箱を交換してリボンを解く。開けてみると、小さな魔石がついた銀のウサギのネックレスが入っていた。目の部分に赤い魔石が使われていて、かわいらしい。札には『ちょっとした幸せ』と書かれていた。つまり、これを持っているとちょっといい事があるらしい。

「かわいい……」

 私が呟くと、カインは「気に入ってくれた?」と不安そうに訊いてきた。

「もちろんだよ! 素敵なプレゼント、ありがとう。カイン。私が選んだプレゼントも見てみて」

 私が急かすと、カインは小箱を開く。私が選んだのは、ブローチだ。知恵の神様を象徴する銀のフクロウのデザインで、青い魔石がついている。札には『微少魔法防御』と書かれていた。ほんの少しだけ、魔法で攻撃された時に防御効果が発動するらしい。

「すごく……素敵だ。ずっと大事にする……」

 両手で小箱を握り締めて、カインは嬉しそうに微笑む。私がネックレスをその場でつけると、カインもマントにブローチをつけていた。


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