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片付けとパンケーキ

 母様がカインを連れてきてから一ヶ月。外はいっそう雪が降り続いていて、私たちは塔の中に籠もっている。といっても、やる事はたくさんあって、少しも暇を持て余す事はない。新年に向けての大掃除の真っ最中だ。塔の上にある物置の扉を開くと、埃っぽいこもった空気が外に流れてくる。私は箒を握り締めて振り返る。後ろにいるカインは、バケツと雑巾を持っている。二人とも、埃を吸い込まないようにハンカチで口を覆った。

「いい? カイン。おかしな虫や小さな魔物がいるかもしれないけど、慌てちゃダメよ」

「うん、分かった!」

 カインは真剣な顔をして頷く。よしと頷いて、私は「いざ、突撃!」と、物置部屋に足を踏み入れる。途端に、積もっていた埃がブワッと舞い上がる。小さな生き物が、突然の侵入者に驚いたのか、一斉に物陰に隠れる。カインは小さな悲鳴を上げたけど、すぐにパッと口を押さえていた。

 物をかき分けて窓に駆け寄り、大きく開く。途端に雪の粉が風と一緒に入ってきた。ようやく止めていた息を吐き出して、「さて」と物置部屋を見回す。母様の実験道具や、いらなくなった生活道具、古びたかび臭い本が積み上げられていた。


「すごい……魔法の道具がたくさんある……」

「あまり触らない方がいいものもあるから、気をつけて。カインは魔力が漏れているから、触ると発動しちゃうかも。本を集めて埃を払ってくれる? あっ、でも鎖が巻いてあったり、魔法陣の紙が貼り付けてあるものは置いておいて。呪われたり、本の魔物が封印されているかもしれないから」

「本の魔物? 本にも魔物がいるの?」

「いるわ。特に強力な魔法書は、魔物を閉じ込めて秘密を守らせたりするの。本当に危ない本なら、母様が地下室にしまっているはずだけど、うっかりしているかもしれないから。母様は、片付けがひどく苦手なんだもの」

 私は本を手に取って確かめながら、ため息を吐く。


「…………魔女様はもっと怖い人だと思ってた……王宮の人たちもそう噂してたから」 

「そうなの?」

「うん……呪いをかけて、人の心臓を奪うんだって……」

「母様が? あはははははっ!」

 私がお腹を抱えて笑うと、カインは恥ずかしそうな顔をする。

「人が言ってたんだ……魔女は心臓が大好物で、特に子供をさらって食べちゃうんだって……」

「うーん、そうね。確かに母様は心臓が大好物かも」

 私が頬に指を当てて首を傾げると、カインは「えっ!」と青ざめる。


「大丈夫。母様の好物は人間の心臓じゃないもの。鶏の心臓よ。それを串に刺して香ばしく焼くの。母様はいつも『酒がうまい……』って、言うわ。私はあんまり好きじゃないの。でも、カインは食べた方がいいかもね。鶏のええっと、〝ハツ〟は血をたくさん増やしてくれるんですって」

「鶏?」

「うん、母様が戻ってきたら、カインにもご馳走するよ」

「僕は遠慮しておくよ!」

 カインは頭をプルプルと振る。やっぱり鶏とはいえ、心臓を食べるのは抵抗があるようだ。レバーペーストは食べてくれるかもしれない。カインは顔がいつも白くて、フラフラしているんだもの。体を丈夫にしないと!

 

 私とカインは物置の掃除を開始する。割れている水晶玉に、時々笑い出す怖い人形、魔法陣を彫り込んだ木の板や、錆びた剣なんかも木箱にまとめて放り込まれていた。母様が作ろうとして失敗した魔導具も多い。それに、私が赤ん坊の頃に使っていたベビーベッドもある。箱を覗いてみると、赤ん坊の玩具が入っていた。それに、子供の頃の私の遊び道具。もう捨てちゃってもいいのに、母様はここに放り込んでいる。

「あっ、こんなところにあった」

 私は箱の中から、ハートのステッキを取り出す。不思議なツルツルとした素材で出来ていて、ハートの部分はガラスの石で装飾されていた。


「それ、何?」

 カインが側にやってきて不思議そうに尋ねる。

「分からないけど……玩具よ。たぶん……私の父様が誕生日に買ってくれたものね」

 母様はそうとは言わなかったけれど、誕生日にこれをくれた。ステッキの柄の部分についているリボンを押すと、ハートの部分がキラキラ光り始める。「あれ、まだ動くんだ」と、私は目を丸くした。

 カインはびっくりした顔で、ステッキに目が釘付けになっている。私はそれを見てから、「いる?」と訊いた。

「い、いいの? でも……キャロルの大事なものじゃ……」

「私はもう子供じゃないから、使わないわ」

「僕も……子供じゃない……」

 カインは少し残念そうな顔をする。ステッキからは賑やかな音楽が鳴っていた。


「これ、母様に改造してもらおうか?」

「え? 改造?」

「うん、魔導具にしてもらうの。カインが魔法を使えるように。杖はなくても魔法は使えるけれど、やっぱり補助道具がある方が簡単だし危なくないから」

 杖には様々な付加効果がある。魔力を増幅されるものから、属性の変換を容易にするもの、特定の属性の魔法に特化したもの、あるいは防御効果がかけられているもの。子供が使う練習用の杖は、魔力操作をサポートしてくれたり、あるいは強い魔力を抑えたりするものもある。

 

 カインはまだ魔法を習い始めたばかり。それも、今は基礎理論を勉強中だ。魔力操作の練習も少しずつ始めているけれど、実のところあまり上手くいっていない。カインは魔力量が多いからか、感情や気分に左右されてしまい不安定だ。この前も、ちょっと多く魔力を使いすぎて、熱を出してしまっていた。


「カインは杖を使う方がいいもの」

「う、うん……使ってみたい」

 真剣な顔をして頷くカインを見て、私は笑った。このお古の玩具も役に立ちそうだ。

「母様はきっと、新年を迎える前には戻ってくるよ」

「本当?」

「うん、毎年そうだから。カインも〝おもち〟が食べられるよ」

「お……もち?」

「すっごくおいしいの! 柔らかくて、びよーんって伸びるんだよ。豆の甘いスープにいれたり、しょっぱいスープにいれたり、あと、焼いてそのまま食べるだけでもおいしいの。母様は『新年はもちを食べる決まりがある』って言ってたけど……王宮でもそうなのかな?」

 私は塔からあまり出た事はないから、王都の人たちがどんなふうに新年をお祝いするのか知らない。近くの村では、厄除けの草を扉に吊して、一年の健康を願うと聞いた。ちょっとしたお祭りも行うみたいだ。


「僕も……あまり知らないんだ。だけど……おもち?は食べたことない……いつもと同じだった。大聖堂の鐘の音が聞こえていたよ。それと……クッキーをもらえた……」

「クッキー?」

「うん……ショウガのクッキー……それはちょっと楽しみだった」

「そうなの! じゃあ、今年は〝おもち〟と一緒にクッキーも焼こう。カインも手伝って」

「いいの?」

 顔を上げたカインは嬉しそうな表情になっていた。「もちろん」と、私はちょっと胸を反らす。お姉さんぶるのは気分がいい。カインは「早く、新年にならないかな……」と、待ち遠しそうに呟いていた。


 今年はカインがやってきてから、初めて迎える新年だ。私も張り切りたくなる。その前に、大掃除を終えなくちゃいけないんだけどね。


◇◇◇


 片付けをしていたカインが、「わっ!」と急に声を上げる。振り返ると、ペタンと尻餅をついていた。

「どうしたの?」

「ち、小さいトカゲ……」

 カインは本棚を指差す。本の隙間から顔を覗かせていたトカゲは、声にびっくりしたようにすぐに引っ込んでしまった。

「ああ、それはドラゴンだよ。母様が言ってた。この世界で一番小さなドラゴン種なんだって。貴重なドラゴンだから、脅かさないで」

「ドラゴン!?」

 カインはあんぐりと口を開ける。腰を浮かせると、恐る恐る近付いて隙間を覗こうとしていた。その途端、ブワッと冷気の息を吐きかけられる。「わっ、冷たい!」と、カインが自分の顔を腕でかばった。鼻先に小さな雪の結晶が落ちる。

「スノードラゴンだからね」

 私はククッと笑った。この小さなドラゴンは寒い場所が好きで、暑くなれば冬眠してしまう。冬の今頃は活発に動き回るのだ。本当は繁殖期なんだろうけど、珍しいドラゴンだから番いにはそう簡単に出会えない。北の山に連れていけば、お嫁さんも見付かるかも? ただ、このドラゴンは母様が卵の時からこの塔で面倒を見ているから、ここを気に入っていて外には出たがらない。臆病な性格みたいだ。

「このドラゴンは何を食べるの?」

「小さな魔物だね。お掃除係なんだよ」

 この物置はこの小さなスノードラゴンの縄張りだ。


 本は本でまとめて棚に押し込み、玩具は埃を払って箱に戻す。赤ん坊の時の服まで取っているなんて。しかも、熊のような耳がついた赤ん坊服まである。レースがたっぷりついているものは、再利用できそうだ。それは別の箱に入れておく。

「キャロル、これなんだろう……?」

 カインに呼ばれて行ってみれば、小さな小箱を手にしている。鍵付きの小箱のようだ。蓋は閉じられていて開かない。私も見たことがない小箱だった。

「鍵は……その辺りに転がっていない?」

 私とカインは、小箱が入っていた箱の中を探してみる。「あっ、下にある」と、カインが腕を伸ばした。拾い上げたのは小さな鍵だ。小箱の鍵穴にはめてみると、簡単に蓋が開く。

 オルゴールになっていたようで、小さな音で音楽が鳴り始めた。私とカインは顔を見合わせる。

「母……子……てちょう??」

「読めるの?」

「異界文字だね。母は母親で……子は……子供?」

 開いてみると、本物にそっくりな絵――写真が落ちる。そこに写っているのは、小さな赤ん坊だ。さっき見つけた熊の耳の赤ん坊服を着せられている。

「…………私、かな?」

「赤ちゃんの時のキャロル!?」

 カインは目を丸くして私と写真を見比べる。それから、「似てる……」と呟いた。

「そうかな?」

「うん、目が同じだ」

 カインは嬉しそうに言った。それから、ふと寂しそうな表情になる。


「王宮に僕の絵は一枚もない……」

 ああ、そうか。カインは国王様や王妃様とあまり会った事がないと言っていた。離宮で暮らしていたんだ。あまり詳しくは話したがらないけれど、カインの王宮での暮らしはあまり幸せなものではなかったようだ。生活には不自由する事はなかっただろうし、面倒を見てくれる使用人もいたようだけれど。そのせいか、あまり王宮には帰りたがらない。


 私の母様は困った人で、私がまだ小さい時からよくふらりと一人で出かけてしまう事が多かった。その時には森で暮らすドライアドやニンフに頼んで、私が危なくないように見張ってくれていた。それに、私はけっこう小さい頃から、自分の事はなんでも自分でできるようになっていた。母様が頼りないし、危なっかしいから、料理の仕方も早くから覚えた。掃除も洗濯もできたから、あまり困る事はなかった。それに、母様は私の事をすごく愛してくれる。だから、塔での暮らしをあまり寂しいとは思った事はない。むしろ、何でも自分でできる事が楽しかった。


 でも、カインはそんな風に大事にしてくれる大人があまりいなかったみたいだ。王宮には大勢の人たちがいただろうに。

「カイン。母様が戻ってきたら、一緒に〝写真〟を撮ろう」

「いいの?」

「もちろんだよ。母様は写真を作る?魔導具を持ってるの。でも、それを使うとね、魂を吸い取られちゃうんだって」

「えっ!」

 怯えた顔をするカインを見て、私はお腹を抱えて笑った。

「嘘だよ。私も母様にそう言って騙されたの」

「ひどいよ。キャロル!」

 カインは顔を赤くして怒ったように頬を膨らませる。私は「ごめん、ごめん」と、笑いながら謝った。カインはすぐに機嫌を直してくれて、楽しそうにフフッと笑う。このところ、カインの笑った顔をよく見る。塔での生活にも慣れてきたのかな。楽しいと思ってくれているならいいけれど。


 私とカインは写真と手帳をオルゴールに戻して、鍵をかけておいた。これはなくさないように、大事な物入れにいれておこう。また、写真を見たくなるかもしれない。


「……キャロルのお父さんはどんな人?」

「よく知らないの。会った事もないし。でも写真は見たよ? 変な髪の人だった」

「変な髪の色?」

「黒と金色の混ざった髪」

「そんな髪の色がいるの!?」

 驚いたようにカインが訊く。

「うん」

「キャロルのお父さんは……森の妖精か何か?」

「まさか! 多分……人間だよ」

 そのはずなんだけど、言いながら自身がなくなってくる。異界の人も、やっぱり人間なのかな。それとも、母様が言う異界とは、妖精とか精霊とか、もしかしたら魔物の国とかなのかもしれない。


「遠くに住んでいるの?」

「そうだね。すごく遠くだよ。きっと……だから、会えないの」

「寂しく……ない?」 

「寂しくないよ。母様がいるし、今はカインがいるでしょう?」

「そっか……うん、そうだ」

 カインは嬉しそうに頷いた。


◇◇◇

 

 物置の片付けが終わってから、私達は埃まみれの服を着替えて顔や手を洗う。

 もう、とっくにお昼を過ぎていた。今日の片付けは終わりにして、私は手伝ってくれたカインのために、パンケーキを焼く事にした。

 

 厨房に移動して竈に火を点ける。

「パンケーキってどういうもの?」

「ええっと、ふんわりした甘いケーキだよ。すごくおいしいの! だから、期待していて」

 私は材料の粉や卵、牛乳を用意する。母様も大好きなケーキだ。カインには卵を割ってもらう。殻が入らないように慎重な手つきだった。その間に、私は材料を量る。粉は――実を言うと、異界産だ。母様がふらりと出かけた時に買ってきてくれる特別な粉だ。袋にはパンケーキの絵が描かれている。全部混ぜ合わせたら、あとは焼くだけ。


 フライパンに液を流し入れて待つ。そのうちに、ほんのり甘いいい香りが漂ってくる。カインはそばにやってきて、ソワソワした様子で焼けるのを見ていた。「すごい……おいしそうだ……」と、呟く。膨らむパンケーキを見つめる目は真剣そのものだ。


「ひっくり返してみる?」

「うん、やりたい!」

 フライ返しを渡すと、カインは「えいっ」とパンケーキをひっくり返していた。少し形が崩れてしまったけれど、最初にしては上出来だ。表面はいいきつね色になっている。


 二枚ずつ焼いてお皿に移し、バターを添えて、琥珀色の甘いシロップをたっぷりかける。コツはシロップをケチらない事だと母様が教えてくれた。

 紅茶を入れて、お祈りをする。フォークとナイフを手に取ったカインは、大きく切ったパンケーキにかぶりついていた。バターとシロップがフカフカのパンケーキにしみている。カインは一瞬かたまった後、喉に詰めそうな勢いで口の中に押し込んでいた。頬がリスみたいだ。

「………………!!!!」

「おいしいでしょ」

 私はニンマリする。カインは何度も頷いて、紅茶をゴクッと飲んだ。

「おいしい……すごく……すごく……おいしいっ!! 王宮でも食べた事がない……」

 カインはパンケーキが減ってしまうにつれて、物足りなさそうなしょぼんとした顔になっていた。仕方ない。私は立ち上がって、「もう一枚ずつ、食べようか」と提案した。私も二枚じゃ足りなかったところだ。カインは目を輝かせ、「うん!」と大きく頷く。分かりやすく、目が輝いている。すっかりパンケーキの虜になっているらしい。


 踏み台に乗ってパンケーキを追加で焼いていると、厨房の扉が勢いよく開く。

 びっくりして振り返ると、扉口に立っているのは雪まみれの母様だ。

「母様! お帰りなさい」

「…………いい匂いがする…………」

 母様はフラフラと入ってくる。私いはカインと顔を見合わせて笑った。生地を追加で作らないと。

 

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