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事件後の王都にて

 王宮から王立魔法院に戻ったマティスは、うんざりした顔で局長室に入る。

 足の踏み場もない魔導具や本が散乱している狭い部屋の椅子に、ドカッと腰を下ろした。

「あー……ダリぃ」

 仰け反るようにして椅子にもたれながらぼやく。王宮からの呼び出しに応じて出かけてから、すでに半日は経っている。日も傾く頃だ。


「お帰りなさい、局長! お疲れみたいですね」

 部屋に入ってきたのは、メガネをかけた若い研究員の女性だ。彼女は「これ、今日中によろしくお願いします!」と明るく元気に、書類の束を机に置く。

「あ~~ますます、やる気がしねぇ。クソッ、いっそ辞表出して辞めてやろうか!?」

 目を手で覆いながら嘆く。ここ数日、王都の事件の解決に奔走していたために、溜まっていた報告書や許可証、決裁書の類いだ。


「そんな事を言わないでくださいよ~~。局長に今、辞められたら、他の局員たちが死んじゃいます!」

「俺が死にそうなんだけども!? 三日も帰ってねーし、寝てねーんだぞ!」

 起き上がって言い返すと、「まぁ、まぁ」と女性研究員がヘラッと笑った。

「くだんねー会議ばっかで、昼もまともに食ってねぇって言うのに、戻った途端に書類の束を押しつけられるとか……ああっ、こんな時にキャロルがいてくれたら、うまい茶と菓子と軽食を用意してくれんのに。今すぐうちの局に引き抜くか……特別手当もつけるぞ。いやいや、あの魔女が許すはずもねぇ」

 ぶつくさ言っていると、女性研究員は「キャロルって誰です?」と首を傾げる。

「いいや、何でもねーよ……」

 溜息を吐いて、書類の束に手を伸ばした。


「そういえば、王宮の会議はどうなったんです?」

「どうもこうもねーよ……」

 マティスは会議での紛糾を思い出して、苦々しい顔をする。

 主謀者と思われるニコラウス=モーガンは捕らえたが、すっかり気が抜けてしまっていて証言を得られていない。他にも協力者がいたようだが、死亡するか行方不明。王家の墓地には司祭とおぼしき遺体が残されていたが、教会は関与を一切否定していいる。

(隣国オーズの魔法使いが関わっていたという情報もあるが……証拠もないんじゃな)


 それに、アナスタシア=オーウェンを迷宮に閉じ込めたのは教会の関係者だったと言うが、それに関してはニコラウス=モーガンも知らないようだった。と言うことは、ニコラウスも利用されていたのだろう。


 会議では、いまだに一連の事件と王太子殿下誘拐の黒幕が、アナスタシア=オーウェンだと主張する者もいる。特に教会は、アナスタシアを国賊として討伐するように国王に強く要請していた。

(魔女のおかげで、王都は救われたってのに……)

 突如王都に姿を現したアナスタシア=オーウェンは、浄化の神聖法術でアンデットを一掃した。王都全体を浄化するほどの光だったのだ。そんな事は、教会の大司祭ですら不可能だっただろう。王都は魔女とその娘のキャロル、そして第一王子のカインによって護られたと言ってもいい。彼らがいなければ、王太子も無事ではすまなかっただろう。


 教会の司祭どもが行った事と言えば、教会に隠れて自分たちの身を護った事と、一部の貴族の屋敷と王宮にアンデットが侵入しないように追い払っていた程度だ。アナスタシア=オーウェンの自作自演だとか、ニコラウス=モーガンがアナスタシアの手先だとか色々と言う者はいる。

(けど、あの場にいたのは俺だけじゃない。騎士たちもいたんだ……)

 アナスタシアが浄化の法術でアンデットを消し去る姿を見ている。あれは、マティスですら身が震えた。あれほどの神聖法術は目にした事はない。まして、魔女が教会の専売特許である神聖法術を使える事が驚きでもあった。


 王都の住民の中にも多くの目撃者がいる。聖女が現れて救ったのだという噂も広まっているようだ。それがアナスタシア=オーウェンだとは思っていないようだが。


「そういえば、第一王子の行方はまだ分かっていないんですよね?」

「ああ……それなら、大丈夫だろう」

 女性研究員がいれてくれた出がらしのような茶を啜る。

(魔女やキャロルと一緒だからな……)

 

 事件後、王太子のミハエル殿下は保護され、王宮に戻された。

 マティスはお茶を飲みながら、眉間に皺を寄せる。

 王宮に王太子を連れて戻った時、王妃は安堵で号泣していた。それから、すぐに王宮の侍医が呼ばれて王太子は運ばれていったが、怪我などは少しもなかったようだ。


 事件後、王妃はアナスタシアを糾弾するように国王に訴えていた。心配しているのは第二王子の王太子の身だけ。第一王子も我が子なのに、行方などまったく気にしてはいなかった。まるで、そんな息子など最初からいなかったように振る舞う王妃の態度に、マティスは胸の悪さを覚えた。


(あれじゃあ、カインが帰りたがらないはずだぜ……)

 呪われた王子など、見るのも嫌なのだろう。自分たちが見捨てた王子によって、弟は救い出されたというのに。


「どうして、そう言い切れるんです? 離宮もアンデットの襲撃に遭って大変みたいですよ? 噂じゃ、また魔女が連れ去ったとか……」

 今回の王都の騒ぎは、第一王子を無理に連れ帰り、魔女の怒りをかったせいだという意見も出ていた。そのため、第一王子を魔女のもとから奪還しようという意見は一つも出なかった。同じような惨劇がもたらされる事を危惧したのだろう。第一王子の身を、魔女への生贄だと考えている者すらいた。


 事情の知らない者はいくらでも好きな事を言う。だが、あえて意見しなかったのは、その方がカインの為だと思ったからだ。

(あいつは……少しも気にしていないんだろうな……)


 不貞不貞しくて小生意気な王子の顔を思い出して、フッと笑う。

 部屋の隅に積まれている魔道具入れの箱には、水鉄砲が入っている。それは、カインが持っていたものだ。どういう素材なのかは分からない。ただ、怖ろしく高度な魔法式が組み込まれた魔導具である事は分かる。その殺傷能力の高さも、今にして思うと背筋が凍る。


 そんなものを軽々しく子供に持たせている魔女はやはり、ぶっ飛んでいるのだろう。それを簡単に使いこなしている子供二人もだ。あの防犯の魔導具もそうだ。

 カインとキャロルの知識は、王立魔法学園高等科の生徒以上――。

 今すぐにこの研究局に入ったとしても、即戦力として活躍できるくらいだ。

 その知識や技術を教えたのは、間違いなくアナスタシア=オーウェンだ。


(いったい、何を育てようとしていんだろうな……魔女は)

 それを考えると、怖ろしくもあるし、正直言うとひどく興味がある。

 この世界に存在しない素材で作られた魔導具。そして技術。いったい、どこからもたらされているものなのか。


(第一王子が王都にいなくて正解だったのかもな)

 カインの優秀さは目の当たりにしている。魔力が尋常ではなく多く、魔女の知識を受け継ぎ活用する能力も持っている。それを知れば、第一王子を王位にと望む者も現れる可能性がある。そう、アナスタシアに信奉したニコラウスのように。成長すればカインに心酔する者も現れるだろう。そうなれば王国が二分されかねない。カインと比べてしまえば、ミハエル王子はまだ平凡だ。もちろん、幼いからという事もあるだろうが、やはり普通の子供なのだ。


(カインとキャロルが異常なんだろうな)

 あの二人の事を思い出すと、つい笑みがこぼれる。面白い子供だ。

 カインが王位に就けば――いいや。その可能性は考えないほうがいいだろう。

(あいつが権力なんて手にしたら、何しでかすか分からねーしな)

 魔法の実験で、王都をぶっ壊すことも平気でやってのけそうだ。


「そう思うと……ミハエル殿下の方がいいんだろうな」

 頭の後ろに両手をやって呟く。

 女性研究員は、「なんの話です?」と首を傾げている。

「いいや、なんでもねーよ」

 ミハエル王子は気弱な所があるが、心優しく真面目な性格だと聞く。

 だとしたら、よい王になりそうだ。


 兄のカインは――良くも悪くも異端だ。

 あれは、塔に閉じ込めて好きな事をさせておくくらいでちょうどいいのだろう。アナスタシア=オーウェンがそうであるように。


 だが、そのカインも十二歳になれば、王都に戻る事になる。

 王立魔法学園への入学は王族と貴族の義務でもあるから。

 その時にはまた、一波乱ありそうだとマティスは笑った。

 それを密かに楽しみにしている自分もまた、異端であり、魔女に魅了されているのかもしれない。


「てか、この茶……いつの茶だよ? すげー薄いんだけど……」

「あっ、昨日ですね!」

 女性研究員の元気な返事に、お茶をふきそうになった。


◇◇◇


 王宮内にある勉強部屋で、王太子のミハエルは熱心に机に向かっていた。

 誘拐されて戻ってから、王太子の部屋の警備は以前にも増して厳重になり、四人の騎士が待機している。お茶とお菓子を運んできた侍女が、「殿下、少し休憩されてはどうですか?」と声をかけた。


「うん……」

 返事をしながらも、ミハエルは手を止めない。王宮に戻ってからというものの、ずっとこの調子でどこか上の空だった。勉強にもあまり集中できていないようだと、家庭教師からも報告があったと聞く。

 何をしているのだろうと、トレイを机の隅に置いて見れば、絵を描いている。

「まあ……殿下、お上手ですね。メイド……ですか?」

「お姉さん……」 

 ミハエルははにかむように答えて、また手を動かす。

 侍女は「誰かしら?」と、首を傾げた。

 少なくとも、王太子付きのメイドではない。王妃様付きのメイドだろうか。机の上に散らかっている他の紙を見れば、同じメイドの顔ばかり描かれている。


「この者の事が気に入ったのですか?」

「うん。助けてくれた……すごく強くて、綺麗なの」

「助けてくれた?」

 いったい、どこでだろう。侍女は不思議そうに王太子を見る。机の上には、ハートの形の不思議なステッキも置かれている。他の侍女やメイドの話では、そのステッキには絶対触らせないようだ。何でも、宝物のように大事にしているとか。それが何に使うものなのかよく分からないが、誰かにもらった玩具なのだろう。怪しげなものは王太子に持たせたくはないが、他の者には渡さないというのだから確かめようもない。

「できた……」

 ミハエルは呟いてペンを置き、絵を満足そうに眺める。

 目が煌めいていて、頬がほんの少し赤くなっていた。


(殿下はお戻りになってから、少しお変わりになられたわ……)

 侍女はそう思いながら、こっそり溜息を吐く。以前はもっと気が弱く、人の顔色を伺っているようなところがあったのに。危険な目に遭ったからだろうか。

「殿下、今晩の夕食で何かお召し上がりたいものはありますか? 厨房に伝えておきますよ」

「うーん……それなら、〝おにぎり〟がいいの」

「おに……ぎり? ですか??」

「うん、お米を炊いて丸めるんだよ。僕がノリをつけたの」

 ミハエルは上機嫌に答える。侍女は部屋にいるメイドたちと視線をかわして、困惑の表情を浮かべた。

 そのような料理は、一度も聞いたことがない上に、見たこともないから想像がつかない。〝ノリ〟にいたっては何の事かさっぱり分からなかった。

「……そのような料理があるのかどうか、料理長に尋ねておきましょう」

「うん! すごくおいしいの。僕、大好き。また食べたいなぁ……」

 ミハエルは幸せな記憶を思い出すように、窓の外を見つめて呟いていた。

 





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