夜食
魔導具店のある狭い通りも、アンデットがうろついていた。通りにある店はドアを閉めていて物音一つしない。カインがアンデットを氷漬けにしている間に、私は弟殿下を連れて走る。ようやく店に辿り着いてドアを叩くと、中から「誰だ?」と警戒したような声がした。
「おじさん、私だよ。キャロルだよ」
私が答えると、ドアが壊れそうな勢いで開く。
「キャロル! 無事か、どこ行って……」
おじさんは私の肩を両手でつかんでから、弟殿下に目をやる。それから、少し遅れてやってきたメイド服を着ているカインを見た。
「こ、これは……どういう事……??」
混乱しているらしく、声が動揺している。私は「とにかく、説明するよ!」と、おじさんの背中を押して店の中に入った。みんな入ると、ドアはしっかり施錠しておく。店の中は真っ暗だった。弟殿下は魔導具店が珍しいのか、店の中を見回している。好奇心を覗かせる瞳が、カインとよく似ていた。やっぱり、兄弟なんだね。
おじさんは、私達を奥の作業部屋に通す。
「説明してくれ。そっちのメイドの嬢ちゃんは間違いなく……カ……」
おじさんはメイド服姿のカインを見て、言葉を詰まらせる。
「なんで、その格好なのかは、今は聞かないでおこう……とにかく無事なようで良かった。で、そっちのは……王太子殿下でいらっしゃるんだよな?」
おじさんはカインのスカートにしがみついている弟殿下の前にしゃがんで頭を垂れる。
「殿下、ご無事で何よりでございました」
弟殿下はおじさんの事を知らないから、オドオドしていた。
「大丈夫、この人は私達の保護者だから。でも、おじさん。どうして弟殿下にはそんなに丁寧なの?」
「どうしてって、決まってるだろ。こい……じゃねえ。このお子様は、王子様だぞ。下手な事を言ったら首が飛ぶじゃねーか!」
おじさん、カインも王子様だよ。でも、おじさんはカインに対しては遠慮がない。
「とにかく、無事でよかったぜ! 心臓が縮むかと思ったぞ」
立ち上がって、カインの頭をクシャクシャに撫でている。カインは迷惑そうな顔をしながらも、文句は言わなかった。
「おじさん、マティスさんに連絡を取った方がいいと思うの。殿下が無事な事を伝えなきゃ。それに、保護してもらう必要があるし……」
「ああ、そうだな。だが、あいつは今頃王宮だろうよ。招集がかけられているだろうからな」
街中にアンデットが溢れているのだ。王宮では急遽対策を立てるための会議が行われているはずだ。その席に、魔法使いのマティスさんも呼ばれたのだろう。
「アンデットを浄化できるのは、神聖法術だけでしょう? 教会の司祭様たちは?」
「教会と王宮を守るだけで手いっぱいなんだろうよ。大貴族の連中も教会に金を払って、法術が使える者を派遣してもらい、邸の護りを固めているって話だ。街中のアンデットは、王宮の騎士団や衛兵が対応しているようだが間に合ってねぇ」
街中で浄化を行っている聖職者を見かけなかったはずだよ……。
緊急事態だから、貴族たちも相当なお金を教会に払っているのだろう。私はここに辿り着く前に見た光景を思い出す。住人は家に閉じこもって、やり過ごすしかない。魔法も法術も使えない兵士や騎士では、アンデットの相手はできない。剣で斬ったくらいでは足止めにしかならないからだ。それが厄介なところでもある。
「住人が恐怖にかられて押し寄せてくるから、教会は門を閉ざして入れないようにしてるんだ」
おじさんが役に立たないと首を振る。
「教会は人々に救済の手を差し伸べるのが役目でしょう?」
「そんなものさ。それに、王都中の住人を教会で受け入れるわけにもいかないのは事実だ」
「そうだけど……」
私は釈然としない気持ちになる。それでは、王都の住民は見殺しも同然だ。
そんな事、許されるわけがないのに。でも、憤ってみたところで、私たちだけじゃ、王都中のアンデットを相手になんてできない。
おじさんは私が暗い顔になったのを見て、困ったように自分の頭を掻く。
「殿下の無事を知らせねーとな……とはいえ、王宮に出入りできる知り合いなんて、マティスくらいしか知らねぇ」
「王宮には戻らない方がいいと思う」
カインの言葉に、私も頷いた。
「私もそう思うよ、おじさん。アンデットは王宮に向かっているから……一番、大きな被害が出る可能性があるもの」
「どうして、分かるんだ?」
「王家の墓地でアンデットを復活させたから……」
カインの説明で分かったのか、おじさんは息を呑む。「マジか……」と、額を押さえて呻いていた。
「確かにここらのアンデットも、王宮の方角に向かってやがったな。じゃあ、殿下を連れて行くのも危ないってわけだ」
「うん……でも、王宮にはこの事を知らせた方がいいじゃないかな?」
「騎士団の連中が気付いて報告しているだろうよ。俺みたいな魔導具店の店主じゃ王宮には近付く事もできやしない」
「あの…………父上や、母上は……危ないの? あの骨のお化け……王宮に向かっているの?」
カインの後ろに隠れて話を聞いていた弟殿下が、おずおずと口を開く。
「…………大丈夫。騎士や兵士が守っているから」
膝をついて視線を合わせたカインが、弟殿下の頭を優しく撫でて言った。けれど、弟殿下の瞳からは不安の色が消えない。潤んだ目をしてカインを見つめている。
「君は大事な王子様だ。だから、無事でいなきゃいけないんだ」
カインの言葉に頷いたけれど、弟殿下はまだ迷っているようだった。
「僕、王宮に戻りたい……父上や母上が心配してると思う。みんなも…………」
弟殿下はうつむいて、小さな手で服を握り締める。
「無事な事だけでも知らせたほうがいいんだろうが、そうなると俺たちも疑われかねない」
おじさんは眉間に皺を寄せる。おじさんの言う通りだ。私達が弟殿下を連れ去った犯人だと疑われかねない。助け出したと言っても信じてもらえるかどうか。私は悪名高き母様の娘だしね……。
おじさんも巻き込む事になってしまう。私達は子供だからまだ見逃してもらえるかもしれないけれど、おじさんの場合は投獄されるかもしれない。
「やっぱ、マティスのやつと連絡を取るしかねーな……あいつの家に行ってみる。戻ってくるかもしれねーしな。キャロルとカ……いや、お前たちは今度こそ、大人しくしていろ! 今度勝手に抜け出したら、説教じゃずまねーからな」
おじさんがマントを羽織って部屋を出て行こうとするので、私は慌てて引き留めた。
「おじさん、外はアンデットがうろついているから危ないよ!」
「だから、だ。ここから先は大人の仕事なんだから、子供は大人しく家に籠もってミルクでも飲んでろ」
「それなら……これ、貸す」
カインが魔法鞄からあの改造型の水鉄砲を取り出して、おじさんに渡す。
「これは……魔導具か?」
おじさんは目を見開いて、水鉄砲の構造を確かめるように触ってみていた。さすがに魔導具店の店主だけあって、「すげぇ」と嬉しそうに呟いている。
「アナスタシアの発明か? どういう素材でできてるのか分からねーが、やけに軽いな。鉄や銅でもねーし、何が使われてるんだ? 魔獣の骨? いや、違うな……この中に入っているのはただの水か?」
壁に向かって発射した水が凍りつく。カインが使った時よりはずっと威力が落ちるのは、魔力量の違いだ。魔石に魔力を溜めてあるから、魔力がほとんどないおじさんでも扱える。アンデットの足止めくらいはできるはずだ。
「おお~~っ、こいつは、すごい!」
「おじさん、外に出れば思う存分使えるよ!」
私はおじさんの背中を押す。ここで遊んでいる場合じゃないんだからね。まったく、どうして男の人ってこうなんだろう。新しい武器を手に入れると、みんな子供みたいになるんだから。
「ああ、そうだった。じゃあ、行ってくるからな!」
おじさんは水鉄砲を手に、意気揚々と店を出て行く。私は「本当に大丈夫かな?」と、心配になった。
「でも、よかったの? カイン。お気に入りの水鉄砲を貸して」
「これがあるから」
カインは上着のポケットから、ハートのステッキを取り出す。
それ、お気に入りだね……。
ふと見ると、弟殿下まで目を輝かせてカインのステッキを見ていた。ここにも、好奇心旺盛な子がいたよ。私は溜息を吐いた。
◇◇◇
店の裏口を出ると小さな庭に通じていて、おじさんが寝起きしている家がある。
夜通し何も食べていないから、すっかりお腹が空いてしまっていた。厨房に移動して、火を起こし、お湯を沸かす。おじさんがマティスさんを連れてくるまで、時間は十分にあるだろう。私はみんなの分の夜食を作る事にした。
厨房を見回したけれど、材料はあまり残っていない。少し悩んでから、「そうだ!」と魔法鞄の中を漁る。取り出したのは、母様があちらの世界から持って帰ってきた〝お米〟の袋だ。こちらの世界ではお米はほとんど手に入らない。もっと、東の国に行く必要があると聞いた。手を洗ってからそばにやってきたカインが、「キャロル、それは何?」と訊いてきた。
「お米だよ。夜食と言えば、おにぎりだよね!」
私は袖をまくって、お鍋にお米を入れて水でしっかりと洗う。それをコンロで炊いている間に、卵を割って卵液を作る。あちらの世界のソーセージも全部使ってしまおう。カインはその間に、椅子に腰を掛けて芋の皮剥きをしてくれる。弟殿下がそれを興味深そうに見ていた。
「…………やってみる?」
カインが尋ねると、弟殿下は大きく頷いた。私は「それなら、これを使うといいよ」と、鞄の中から取り出した皮剥きの導具を弟殿下に渡した。これならナイフを扱うより危なくないし、簡単に剥ける。これも、母様があちらの〝便利グッズを売っているお店〟から買ってきたもので、こちらの世界にはない。
カインは弟殿下の手を取って、皮剥き導具の使い方を丁寧に教えていた。弟殿下は真剣な顔をしてコクコクと頷いて聞いている。椅子に座ると、芋渡されて慣れない手つきで皮を削っていた。カインはそれを見ながら、器用に小型のナイフで皮を剥いていく。塔でも家事の手伝いをしてくれていたカインは慣れたものだ。
私はその間に卵焼きを作り、ソーセージを焼く。それができたら皿に盛って、鍋にお湯を準備した。皮剥きが終わった芋を茹でるためだ。これはポテトサラダにするつもりだ。
カインと弟殿下に手伝ってもらっておかずを用意している間に、お米が炊けたみたいだ。少し蒸らしてから蓋を開くと、いい具合に炊けている。カインがそばにやってくると、弟殿下も導具を置いてやってきた。
お鍋をテーブルに移して、おにぎりを作っていく。炊きたてだからかなり熱い。塩をまぶして握っていく様子を、カインも弟殿下も目を丸くして見ていた。カインが「僕もやる」と言うから、やり方を教えた。弟殿下も「僕も!」と名乗りを上げたけれど、熱くて危ない。火傷なんてさせたら、処刑されちゃうよ。だから、殿下には握ったおにぎりにノリを巻いてもらうことにした。
「よし、できた!」
私はテーブルに並んだおにぎりや卵焼き、ポテトサラダやソーセージを見て満足する。カインと弟殿下も待ちきれない様子ですでに椅子に座って待機していた。私はお茶を淹れて、お皿を配る。
簡単にお祈りをしてから、おにぎりやソーセージを皿に取り分けた。弟殿下のお皿には、カインが盛ってあげている。
塩とノリだけのおにぎりを頬張った私は、「ん~~すごくおいしい!」と、頬を押さえてニンマリした。ご飯がモチモチしていてほんのり甘く感じる。少ししっとりした味付けのノリがおいしい。
カインも、「うん、キャロル。これ、すごく好きだ」と嬉しそうな顔をして頬張っていた。
私とカインが食べるのを見て、弟殿下もおずおずとおにぎりに手を伸ばす。パクッと食べると、目を大きく見開いて夢中で口に押し込んでいた。お腹が空いていたみたい。
「あんまりたくさん頬張ると喉に詰めるから、ゆっくりじゃないとダメだ」
カインは弟殿下に少し冷ましたお茶を渡す。紅茶ではなく、あちらの世界から持って来た緑茶だ。おにぎりには緑茶がよく合うもの。弟殿下は頷いて、言われたとおりにしっかり咀嚼する。
王子様だけあって、行儀がいいね。パリパリに焼いたソーセージと卵焼きを食べると、ますます目が輝いていた。特に卵焼きが気に入ったみたいだ。それに、カインと弟殿下が皮剥きをしてくれたポテトサラダも、夢中で食べている。
「お前ら、生きてるか!?」
勢いよく厨房のドアが開いて、マティスさんが飛び込んでくる。私達が食べているのを見ると、緊張が解けたようにヘタッとしゃがみ込んでいた。
「心配させやがるぜ……」
「マティスさんって、食事時になると決まってやってくるよね……」
「食べさせなくていいよ。そいつの分はない」
カインが素っ気なく答えて、フォークに差したソーセージを頬張る。
「はぁ!? てめえ、人がどれだけ……って、待て待て待て。本当に王太子殿下がいる……っ!」
マティスさんは手で顔を押さえて嘆くように言った。
「私達が連れ戻したの。無事だよ」
「そりゃいいが……いったい、どうなってんのか説明してくれ!」
混乱するように言うマティスさんの肩を、後からやってきたおじさんがポンと叩いた。
「マティスよ。とりあえず、落ち着け。話してやるから」
「あっ、ダーシーおじさん、お帰りなさい。夜食ができているよ?」
私はおじさんたちに座るよう勧める。その前に二人には手を洗ってきてもらわないとね。
「おおおっ、すげーうまそう!! ずっと食ってなかったんだよ……もう、倒れて死ぬかと思った!」
マティスさんは両手を握り合わせて、感動したように目を潤ませる。
拝んだって、これ以上の食事は出てこないからね。なにせ、作ろうにも材料がないのだ。この調子では朝になっても市場には食料が入ってこないかもしれない。王都の人達も困るだろう。




