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王都襲撃

 地鳴りの音が夜の王都に響く。振動を感じてふらつくと、石畳の路地が割れ、亀裂が走っていた。建物の外壁も一部が崩れ落ちる。恐怖にかられて身を竦めた私は、いたるところで叫び声が上がるのを聞いた。街を警護していた兵士たちのものだ。騎士たちが王宮に向かっているのは、異変があったことを知らせるためだろう。


 私は魔法鞄の肩紐を握り締めて立ち上がり、走り出した。カインがいる場所は、王家の墓地がある場所だ。防犯ブザーの受信機を確認してポケットに押し込む。亀裂から這い出すように瘴気が広がり、ズルッと骨の手が這い出してきた。スケトルトンだ。振り返ると、地面の亀裂から赤い光が漏れ出し、その中からアンデットが現れる。


 アンデットの大規模召喚魔法。それが発動したんだ。骸骨がボロボロの剣を振りかざして、兵士に襲いかかる。街の住人が家に閉じこもっているのは幸いだった。何が起きているのか確かめるため、窓を開いて覗こうとしている人もいるけれど、街の惨状を目にすると慌てて窓を閉じていた。


 数が多すぎて、私の魔法では対処しきれない。アンデットは兵士と騎士に任せるしかない。私がやるべき事は、カインと弟殿下を助けに行く事だ。でも魔法が発動したという事は、二人の身にも何かあったのかも。そうでなければ、カインが止めていたはずだもの。不安で胸が押しつぶされそうになる。

 こんな時に、母様がいてくれたらと思わずにいられなかった。


 人の姿よりも猫の姿の方が動きやすい気がして、私は建物の陰で変身魔法を使う。猫になって石畳の割れ目を避けながら墓地を目指す。鬱蒼とした林まで辿り着いた私は、ようやく魔法を解いて息を吐き出した。


 林の中は暗い。魔法鞄から懐中電灯を取り出し、慎重に歩き出す。けれど、土の中から突然現れたスケルトンに驚いて、思わず悲鳴を上げて尻餅をついた。防御魔法が間に合わない。咄嗟に横に転がると、振り下ろされた剣が地面に突き刺さる。震えてばかりもいられず、立ち上がって後ろに下がった。


 ギラつくスケルトンの赤い眼が私を捉えた。

 マントの内ポケットから杖を出して握り締める。呪文を口にしようとした時、目の前にいるスケルトンが凍りつく。


 ハッとして林の中を見れば、「キャロル!」とカインが走ってくるのが見えた。連れているのは馬と、その馬の背にしがみついている弟殿下だ。私は思わず座り込みそうになった。懐中電灯が転がり落ちて、地面を照らす。


 よかった。カインも弟殿下も無事みたい。

「キャロル、無事!?」

 カインが手を差し出してくる。その手を握り締めた私は、濡れている事に気付いてびっくりした。カインが少し痛そうな顔をして手を引っ込める。

「ごめん……間違えた。こっちの手は大丈夫」

 と、あのハートのステッキを持ち替えて、反対の手を出す。懐中電灯をつかんでカインを照らすと、袖が濡れて手から赤い滴が垂れていた。


「カイン、ケガをしたの!?」

「し……してない」

 分かりやすい嘘を吐いて首を振るカインを、私はグッと睨んだ。

「嘘。血が出てるよ!」

「返り血……だと思う」

「スケルトンは血なんて出ないでしょ。骨なんだから」

 ジト目で見ると、カインは気まずそうに視線を逸らしていた。

 馬が歩み寄ってきて、その背に乗っていた弟殿下が「お姉さん……」と震える声で呼ぶ。


 私は思わずそう呼ばれたカインに視線を移した。確かに今のカインはハートのステッキがよく似合うお姉さんだ。着ている服はメイドの制服なんだから。

「ねぇ……カイン……もしかして、正体を明かしていないの?」

 私が顔を寄せて小声で尋ねると、カインはコクッと頷く。ということは、弟殿下は目の前にいる〝お姉さん〟が自分の本当のお兄さんだと気付いていないという事だ。確かに、この格好じゃ名乗り難いだろうけどね。


 私は辺りを見回して、防御結界を張る。周りにはまだスケルトンがうろついている。これを張っておけば、私達を感知できないだろう。スケルトンは生き物の息づかいや魔力、動く気配に反応して襲いかかっているに過ぎない。だから、それらを遮断してやれば、こちらを認識できないのだ。でも、防御結界はかなり魔力を消費するから、そう長くは保たないんだよね。私はふぅと溜息を吐く。


「まず、その傷を手当てしないと……早く診せて! ミハエル殿下は無事ですか?」

 私は馬から降りてきた幼い弟殿下にも尋ねる。弟殿下は涙ぐみながらも「僕は平気……」と、頷いていた。震えた手はカインの制服を離そうとしない。

「ごめんなさい……僕のせいでケガをしたの……」

 弟殿下が泣き出すものだから、カインは困った顔でポンと頭に手をやっていた。その様子だと、弟殿下にはケガはなさそうだね。私は地面に膝をついて、魔法鞄から救急セットを取り出した。


「ここに座って。服も脱いで!」

 地面を叩いて言うと、カインは「えっ……」と顔を赤くして躊躇する。

「そのままじゃ、手当できないでしょ? それに、私は治療魔法なんて使えないんだからね」

 治療魔法が使えるのは神官だけだ。あれは魔法ではなく神聖法術に分類されるものだからか。その習得ができるのは教会の神学校だけだ。


「氷で傷口塞いでいるから……平気」

「塞げてでないじゃない! 血が出ているんだもの。ごねていないで、座りなさい」

 こう見えて私は、カインの姉弟子なんだからね。偉そうに命令する権利だってある。私が強気な態度で命令するから、カインは渋々私の前に正座した。でも、服はモゴモゴと文句を言っていてすぐに脱ごうとしない。恥ずかしがっているじゃないでしょ! それに、カインの薄っぺらな体なんて見たって、ちっとも面白くない。私が怖い顔で睨むから、カインは「分かったよ、脱ぐよ……脱ぐから」と観念する。

 

 弟殿下は私とカインを交互に見て、目を丸くしている。おかげで、涙は引っ込んだみたいだ。

 カインがボタンを外して服をずらし、片方の肩だけ出す。皮膚の表面に氷が張っていたけれど、あまりちゃんと傷口を塞げていない。滲んだ血が溶けた氷と一緒になって腕を伝っていた。きっと急いでいたからだろう。このままでは傷を治療できないから、一度氷魔法を解いてもらう。その途端、血が溢れてくるから、私は急いでハンカチを取り出して押さえた。


 カインも痛そうな顔をしているし、それを見守る弟殿下は怯えきった顔をしていた。弟の頭をグイッと自分の方に引き寄せたカインが、「見なくてもいいよ」と優しい声で言う。


 カインはちゃんとお兄ちゃんをやってるだなぁと、少し微笑ましくなった。カインにハンカチを押さえてもらい、救急セットの中から消毒液やガーゼを取り出す。それはこちらの世界にあるものではなく、母様があちらの世界から持ち帰ってきたものだ。見ると、かなり傷が深そうだった。


「いったい、何があったの?」

 私はカインの傷口を消毒して赤く濡れたハンカチの代わりにガーゼを当てる。

「王家の墓地に眠る死者を蘇らせようとしたみたい……そのために、王家の人間の血が必要だったんだ」

 カインは王家の墓地であった事を簡単に話してくれる。ニコラウス=モーガンが主導した事である事は間違いないけれど、カインは弟殿下を連れて逃げる事に必死で、その生死までは確認できないと言う。

 弟殿下は無事なのに魔法が発動した理由は、私にも分かった。カインの血が術の発動キーになったからだ。カインにも王家の血が入っているから。

 きっと無茶をしたんだね。

 私はカインの肩に包帯を巻いていく。


「王都にもアンデットが現れたの……騎士と兵士が対処しているけれど、数が多すぎるみたい」

 王家の墓のアンデットは王や王妃だった人達だ。この王都は長い歴史の中で、何度も戦禍に見舞われている。王家に忠誠を誓い、命を落とした兵士や騎士たちが多く埋葬されているのだ。アンデットの王の復活に呼応して、そうした兵士や騎士のアンデットも復活するように術式が組まれていたみたいだ。

 私は邸で見つけた地図の事を思い出す。

 カインは息を呑んで私を見てから、思案するように視線を下げた。私は包帯を少しきつめにギュッと結ぶ。カインが顔をしかめたのは、痛かったからだろう。  


 魔法鞄から、傷の治りを早める飲み薬の瓶を取り出す。これは私が作った魔法薬だ。

「はい、これもちゃんと飲んで!」

 渡すと、カインは不安そうな顔をしながらも瓶を口に運んでいた。

「に…………苦い……」

「我慢して。すごくよく効くんだから」

 化膿止めも入っている。目を瞑ったカインは、瓶の魔法薬を一気に飲み干していた。弟殿下まで両手で口を押さえ、苦そうに顔をしかめてその様子を見守っている。


「……王都はもう放っておいて、塔に帰っていんじゃないかな?」

 カインは口元を袖で拭い、少しむせながら言う。

「そんなわけにいかないよ! それに、王都の城門は閉められているから出られないと思う」

「グリュプス様なら迎えに来てくれる」

 カインはすっかり、この事態にうんざりしたようだ。


「王都の人達がアンデットに襲われてるんだよ? 放っておけないよ」

「それを片付けるのは僕らの役目じゃない。王都を守る騎士と兵士の役目だ」

 随分、あっさり言うんだから。私は呆れて溜息を吐く。こういうところが、どんどん母様に似てくる。 母様もここにいたら、きっと同じように言うだろうから。母様もカインも、基本的に身内以外には関心が薄い。


「でも、ダーシーおじさんや、マティスさんもいるでしょ?」

「二人とも大人だから、自分の事はなんとかする。それに、マティスは王宮の魔法使いだ。片付けるのが仕事だよ」

 カインはそう言うとゆっくりと立ち上がり、スカートを払う。

 私は救急セットを魔法鞄にしまいながら、「そうだけど……」と呟いた。

 私もカインもただの子供で、この事態を片付けなければならない理由も責任もない。王都の防衛は騎士や兵士の役目だ。それを指示するのは、国王様だろう。


「でも……ミハエル殿下もいるでしょ?」

 私がそう言うと、カインの視線が自分にくっついている弟殿下に向く。カインに合わせて立ち上がったミハエル王子は、ひどく不安そうな表情になっていた。

「お姉さんたち……いっちゃうの? ぼ、僕も連れて行ってほしいっ!」

 置いて行かれると思っているのか、カインのスカートを両手でつかんでいる。カインは困った顔になっていた。


 私は「ほらね」と、肩を竦める。

 大事な弟を置き去りにできないでしょ? かといって、私達と一緒に塔に連れて帰るわけにはいかない。母様が王子二人を誘拐した事になってしまう。そうなったら、今度こそ王家の敵になって、討伐対象にされてしまうだろう。もう、王都でのんびり買い物なんてできなくなるよ! それは困る。カインの将来にも関わる事だ。


「じゃあ……王宮まで連れて帰る」

 カインは溜息を吐いて答えた。

「それが一番だけど……でも、ニコラウス=モーガンは、わざわざ王家の墓地に眠るアンデットを呼び出したでしょう? だとしたら、そのアンデットが向かう先って王宮だと思うの」

 私は不安な予測を口にする。元々、この国の王や王妃だった人達だ。アンデットはあまり賢くない。自分たちが死んでしまった事にも気付いていないし、アンデットになったという自覚もない。そうした人達にとって、今の王宮にいる国王様や王妃様は、国を乗っ取り王を僭称する簒奪者だ。蘇った王様が真っ先に行うとしたら王宮の奪還と簒奪者の始末のはず。だとしたら、街中に現れた死者の軍を率いて向かう先は、王宮という事になる。


「王宮は安全じゃないよ、きっと……」

 離宮も王宮のすぐ近くにあるから、アンデットに襲撃される可能性が高い。

 かといって、弟殿下を連れていく事も今の状況ではできない。国王陛下や王妃様や王宮の人達は、今も弟殿下の行方を捜しているんだから。本当なら、すぐに無事を知らせたほうがいいはずだ。


 防御結界の効果が薄れているのか、スケルトンがじわじわと周りに集まり始めている。

「キャロル……」

「分かっている。とにかくここから移動しないと……おじさんの家に避難しよう。せーので、魔法を解くからね」

 私は小声で言い、杖を握り締める。カインは弟殿下を抱き上げて馬に乗せると、魔法鞄の中から改良型の水鉄砲を取り出す。カインが頷いたから、「せーの!」で私は防御魔法を解除した。


 その瞬間、スケルトンが叫び声のような甲高い声を上げて襲いかかってくる。カインが瞬時に水鉄砲で氷魔法を放った。周りに集まってきていたスケルトン三体が凍りついて動かなくなる。林の中からは、スケルトンだけではなく、腐敗したゾンビまで現れていた。

 私は土魔法で泥濘みを作る。アンデットたちが泥の沼に足を取られてもがいている間に、私たちは馬の手綱を引っ張って走り出した。


 ◇◇◇

 

 街の中心街に戻った時には、アンデットが街中に溢れていて、騎士や兵士に襲いかかっていた。店の扉が壊され、中から悲鳴が上がる。

 家の壁をよじ登って窓から侵入しようとしているスケルトンの姿もあった。


「カイン、先に行ってて」

 住民が襲われているのを放ってはおけない。騎士や兵士たちは自分の身を守るだけで精一杯なようだから、助けには来られないだろう。

 カインが私の腕を強くつかむ。

「キャロルはここにいて。僕がいく」

「えっ、カイン!」

 カインは私に馬の手綱を預けて、襲われている酒場に飛び込んだ。

 そうしている間にも、アンデットたちが続々と私たちの周りに集まってくる。私は土魔法で土壁を作って阻み、壁をよじ登り窓から侵入しようとしているスケルトンに向かって、風魔法を放った。


 斬り落とされた頭蓋骨が落ちてきたけれど、スケルトンの動きは止まらない。本当に厄介なんだから!

 壊れた窓の隙間から、子供が悲鳴を上げているのが見えた。抱きかかえて逃げようとしているお母さんらしい女性の姿も。私は岩の塊を生成して、窓枠にしがみついている頭なしスケルトンに向かって投げつける。

 ようやくスケルトンが落下すると、窓から顔を出した子供がびっくりしたようにこっちを見ていた。


「お、お姉さん、まだ来る!」

 馬の背中にしがみついている弟殿下が悲鳴を上げる。

「殿下はそこから動かないで!」

 私は防御魔法を張って殿下と馬を守り、杖を持つ手に魔力を込める。ちょっとばかり、魔力の消費量が多いからあまり、長い時間使えないけど…………。

 街路に取り残されている兵士もいる。その人達はもはや戦意ななど欠片も残っていなくて、悲鳴を上げて逃げようとしていた。倒れた瞬間に、スケルトンが何体も群がっている。騎士たちはすでに撤退を決めたのか、兵士を残してこの場を離れてしまったようだ。

 

「光なき地の底で蘇りし者たちよ……聞け、我は冥府の王より命じられし裁きの使者。我が命は至上にして、逆らう者には地獄の業火を、従う者には救済を……従え、汝らの望みは我が手に、その慟哭は剣に。果ては天上の門へと至らん……」

 小さな声で呪文を唱えて、杖で地面に魔法陣を描く。その魔法陣をなぞるように黒い光が迸り、周囲に広がる。その瞬間、兵士や街を攻撃していたアンデットの動きがピタリと止まった。スケルトンやゾンビはゆっくりと足の向きを変えると、続々と私の周りに集まってくる。それを見た弟王子は震え上がり、「お、お姉さん!」と怯えた声で呼ぶ。


「大丈夫。このアンデットの命令の支配権を奪っただけだから……」

 今は私の指示に従うはず。私は跪くアンデットに向かって、「街に残されている人たちを助けること、襲わないこと。わかったら行きなさい!」と強く命令する。彼らは理解したように叩頭して立ち上がり、列を作って離れていった。


 王都中のアンデットを従えられるわけではない。効果があるのは、術が及ぶわずかな範囲にいたアンデットだけだ。術が切れれば、再び人を襲い始めるだろう。それまでに片付けないと。逆に危なくなる。

 だいぶ、魔力を消費したから体がひどく重く感じた。

 ふらつきそうになった時、酒場からカインが飛び出してくる。

「キャロル!」

「カイン、酒場の人達は無事?」

「うん、中にいたスケルトンは全部片付けたから……それより、何をしたの?」

 カインはさっきの魔法を見ていないから、心配そうな顔をする。

「ちょっと、魔力を使い過ぎちゃった……早く、おじさんの家に向かおう」

「無茶しないで」

 カインは息を吐いてそう言った。

 私は「分かってるよ」と、笑みを浮かべておいた。

 


 



 




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