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王家の墓(カイン視点)

 カインは真っ暗な箱の中で、縛られた縄を解こうと手を動かす。足も縛られているから起き上がる事もできない。それは同じ箱の放り込まれているミハエルも同じだ。怯えてすっかり泣いてしまっているが、「うるさい!」と箱を蹴られるために必死に声を押し殺している。

 部屋にやってきた男たちにミハエルが連れ出されそうになっていたから庇おうとしたところ、一緒に縛られて箱の中に押し込められた。騒がれて他の使用人に気付かれたくなかったのだろう。馬車の蹄と車輪の音が聞こえてくるから、どこかに運ばれているのは確かだ。 

 縛られているとはいえ、腕と指は動かせる。スカートのポケットに忍ばせておいた防犯ブザーを取り出して作動させてある。

(キャロルなら気付くはずだ……)

 

 縄の結び目に触れた指先に少しだけ魔力を込める。焦げ臭い匂いが箱の中に広がった。少しずつ縄を焼き切ると、ようやく腕が自由になった。火傷をおったからか、手首がヒリつく。同じ要領で足を縛る縄も焼き切ると、すぐに体を起こしてミハエルを縛る縄を解く。ミハエルが口を開こうとしたので、その唇に人差し指を当てた。不安と恐怖で震えている肩を抱き寄せると、ミハエルは少しだけ落ち着いたのか震えも小さくなっていた。かわりに、カインの服をギュッとつかんでくる。

「…………殺されるの?」

 ミハエルがひどく小さな声で訊いてくる。

「大丈夫だよ。助けは来るから」

「そう……かな?」

 声が不安げに揺れる。

「うん。だから、もう少し寝ていて」

 頭をそっと撫でると、ミハエルは頷いて頭を胸に預けてくる。

 

 どれくらい走ったのか、馬車が停まる気配と人の声がした。

 箱が揺れて、思わず頭をぶつけそうになる。箱が下ろされているようだった。抱きついてきたミハエルは、怖いのか手が震えている。

 

(王都からは出てないはず……)

 それに、まだ夜更けだ。外からは風の音が聞こえてくる。

 箱が地面に下ろされたようだった。


「邸は?」

 男の声がする。邸の客間にいたメガネの男の声だ。

「片付けておきましたよ。ご心配なく」

 答えたのは、ミハエルとカインを馬車に押し込んだ見張りの男だ。

「それはご苦労だったな」

 冷酷な男の声と同時に叫ぶ声が聞こえる。その声はすぐに途切れて静かになった。

 カインの腕の中で、ミハエルがビクッとして硬直する。


 木箱の蓋が開かれて、ランプの灯りが目に入る。暗がりの中にいたため、眩しくてわずかに目を眇めた。風の音に血の臭いが混じっている。身を下ろしているのは、客間にいた男たちだ。メガネの男がカインとミハエルを見て眉を潜める。

「なぜ、二人もいる」

「申し訳ございません……騒がれると面倒だったので……」

 震えながら答えたのは兵士の男だ。

「まあいい……連れていけ。メイドは後で始末しておけ」

 メガネの男は兵士に命じて踵を返す。兵士に抱えられたミハエルは、「嫌だ……離せ!!」とパニックに陥って騒ぎ出す。カインは別の兵士に腕をつかまれて、箱から引きずり出された。

 


 ミハエルの叫ぶ声が林の奥へと消えていく。

 男たちが手にしていた灯りも遠ざかる。

 馬車の周りに残ったのは数人の兵と、カインだけだ。

「そいつをさっさと片付けろ」

 兵士の一人が不機嫌そうに命じる。「チッ、余計な足手まといを連れてきやがって……」と、カインを押さえている兵士が吐き捨てた。

「俺たちも始末されるんじゃないか……?」

 不安げにこぼしたのは、御者台から下りてきた兵士の男だ。周りには数人の男の死体がうつ伏せに転がっている。兵士たちは不気味なものを見るように沈黙した。遠くから獣の声がする。姿の見えないそれが、余計に不安を煽ったようだ。

「王都には魔物は出ないんだよな……」

「ああ……けど、この辺りはアンデットが出るって噂じゃなかったか?」

「たかがアンデットじゃないか。それより、いつお戻りになるか分からないんだ。さっさと、そいつを始末するぞ」

 兵士に引きずられるようにして、カインは足を動かした。

「縛っていたはずじゃないのか? どうやって解いたんだ」

「どうだっていいだろ。早くしろ!」

 

 馬車から少し離れたところで、肩を押さえつけられて膝をつかされた。

 側に立つ兵士が剣を抜く。

 観念したように項垂れていたカインは、わずかに唇を動かした。兵士が剣を振り下ろすよりも先に悲鳴が上がり、カインを押さえつけていた兵士の手や足が氷付き始める。

「おい、何をした……!」

 怒鳴るような声を上げた兵士を、カインの瞳がゆっくりと捉えた。次の瞬間、相手の全身が氷の彫像のように凍りつく。剣を手にしていた男が悲鳴を上げて下がろうとしたけれど、それよりも先に同じように凍り付いていた。全員が動かなくなったのを確かめてから立ち上がったカインは、落ちているランプを拾って走り出す。


 林の先に見えてきたのは、蔦に覆われた壁だ。

 聖堂らしい建物の屋根がその先に見える。

 灯りを吹き消して門に近付いていくと、中からミハエルの泣き叫ぶ声と男たちの話し声が聞こえてきた。門の柵は開いていて風に揺れながら軋むような音を立てていた。猫の姿に変身してから中に忍び込み、小走りに近付いていく。


(王家の墓地…………)

 

 男たちと兵士が、ミハエルを引きずるようにして聖堂の中へと入っていくのが見えた。急いで後に続き、扉が閉まる前に中に身を滑らせる。男達も猫が一匹紛れた事には気付いていない。見付かる前に聖堂内に並ぶ椅子の下に潜り込んだ。

 中は礼拝堂になっていて、正面に祭壇がある。

 いくつもの燭台が礼拝堂内を照らしていた。司祭の男が、祈りの言葉を唱えながら、祭壇の周りに液体を撒いている。血の臭いがよりいっそう濃くなった。それも人のものよりもずっと獣臭い血の臭いだ。


(魔物の血……?)

 礼拝堂内の冷たい空気に濁った瘴気がまじり、ゆっくりと広がっていく。香炉から漂う煙の甘い匂いに、頭がぼんやりしそうになった。その効果か、泣き叫んでいたミハエルも大人しくなっている。ぐったりとしていて、まともに立っている事もできないようだ。


 司祭が小さな鐘を鳴らし祈りの言葉を唱え続けているけれど、その祈りの言葉は神聖な儀式に使われるものではない。天上の神ではなく、冥府の王へと捧げられる言葉。一際強く鐘の音が響いたかと思うと、聖堂内の空気が重くなった気がした。蝋燭の灯りが一斉に消えて不気味な闇が広がる。ゾクッとして、カインは猫の姿のまま椅子の下で身を竦めた。


 男たちも祭壇の周りを囲んで膝を突いて頭を垂れている。何かを降臨させる儀式。そのために、ミハエルを誘拐したのだろう。メガネの男が立ち上がり、朦朧としているミハエルの喉に短剣の刃を当てる。司祭が金の杯を取り出して、祈りの言葉――いや、呪いとも言うべき言葉を紡ぎながら膝をつく。その金の杯を何で満たそうとしているのかは、考えなくても分かる。


 カインは椅子の下から飛び出すと同時に変身魔法を解く。椅子を飛び越えて祭壇に駆け寄ると、司祭の祈りの言葉が途切れた。

「儀式を邪魔しに来るとは……そいつを片付けろ!!」

 メガネの男が振り返って怒鳴り声を上げる。直立の体勢を取っていた兵士たちが剣を抜いて、カインの前に立ちはだかった。

「なんと言う事だ……ネズミ如きに!!」

「続けろ、ここまできてしくじるわけにはいかんのだ!!」

 メガネの男が苛立った声を上げると、司祭がハッとしたように祈りの言葉を続ける。男の持つ短剣がミハエルの白くて細い喉にあてがわれていた。皮膚が切れて血が首元に添えられた杯にこぼれ落ちていく。


 祭壇に仕掛けられていた魔法陣が禍々しい赤い光を放ち始めるのを見て、カインは息を呑み、一瞬、動きを止める。メガネの男の表情が歓喜に歪んでいた。短剣を横に引けば、喉が切り裂かれて血が噴き出すだろう。ミハエルは虚ろな目をして天井を見つめたまま動かない。それも幻覚作用のある煙を深く吸い込んだせいだろうか。


「さあ、蘇れ……そして我が前に跪くがいい……死者の軍勢よ…………冥府より来たりてこの世に破滅と混乱をもたらすがいい!!」

 メガネの男は気が触れたように高笑いして叫ぶ。その瞳も虚ろで、すでに幻覚でも見ているようだった。揺らめく赤い炎がさらに大きく勢いを増していく。

「ミハエル!!」

 カインは叫んで邪魔な兵士を凍りつかせる。吹き荒れる冷気に、礼拝堂内の床や壁まで氷に包まれていた。

「邪魔をするなと言っているだろう!」

 メガネの男が忌々しそうに叫んで、振り返り様に炎の魔法を叩き込む。咄嗟に防御魔法を張ったけれど、吹っ飛ばされて長椅子に叩きつけられた。息が止まりそうになって、胸を押さえながら体を起こす。

「貴様……いったいどこの回し者だ? 王家か?」

 メガネの男は苛ついたように息を吐きながら、短剣を握り締めて歩み寄ってくる。邪魔者から排除する事にしたのだろう。


「…………何が目的だ?」 

 カインは無意識に強く噛んで切ってしまった唇を手で拭う。

「目的? クソのような王家を滅ぼして、この世界を我が敬愛する主様に捧げるために決まっているだろう。王家があの方にした仕打ちを私は絶対に許さない……王家の薄汚い血を冥府の王に捧げ奉り、死者の軍勢を呼び起こすのだ。それによってこの王国は地獄と化すであろう。豚が王冠を抱く国など、滑稽ではないか!」

 メガネの男は額を押さえて、暗い憎悪を宿した瞳をギラつかせて笑う。


「モーガン様……お時間がございません!!」

 司祭が焦ったように呼びかける。モーガン――つまり、このメガネの男こそ、ニコラウス=モーガンというわけだ。モーガンは舌打ちして背を向けると、ミハエルの首を片手で押さえつける。そして、短剣を振り上げた。


 カインは立ち上がって飛び出すと、その刃がミハエルに届く前に弟に覆い被さった。痛みが肩に走り、ミハエルを抱えたまま床に倒れる。血が流れ出し、赤い炎が宿る魔法陣に吸収されていく。それを見て、驚いたように目を見開いたのはモーガンや司祭、この場にいた男たちだ。


「なぜ、お前の血が……王家の血でなければ反応しないはずだ…………いや、今はどうでもいい。おかげで、どうやら儀式は成功したようだ。こうなれば、私にすら止められぬ」

 歪んだ笑い方をしたモーガンが、魔法陣に片手をつく。「目覚めよ、死者の王よ」とその口が唱えると同時に、大きな振動が聖堂を襲う。壁や床に亀裂が走り、さらに揺れが大きくなった。

 

 血に染まった片腕でミハエルを庇いながら、カインは歯を食いしばった。

(しまった…………)

 流れ落ちた血はどんどん魔法陣に吸収されていく。もはや、モーガンも司祭もカインやミハエルを見てはいなかった。ズンッと音がして割れた祭壇の下から、息苦しさを感じるほど濃い瘴気が吹き出す。姿を現したのは王冠を被ったスケトルトンだ。それも並みのスケトルトンなど足元にも及ばないほどの憎悪と恨みを宿している。この王家の墓地の聖堂の下には、王国の歴代の王と王妃が埋葬されているのだ。その中には、殺された者や、不幸な死に方をした者もいる。暗殺されて王位を奪われた者も。忌まわしき王国の負の歴史だ。


 ドンッと扉を叩く音が響く。扉を外側から破壊しようとしているような音だった。司祭が悲鳴を上げたかと思うと、スケルトンに首をつかまれて宙づりにされていた。その首が一瞬にしてへし折られ、顔色が青白く変色する。悲鳴を迸らせながら後退りしたのは兵士とこの場にいた男達だ。全員が恐怖に染まる瞳でスケルトンを見上げている。腰くだけになって立っている事もできないようだ。


 扉が砕かれ、姿を顕したのはボロボロの武具を身につけたスケトルトンたちだ。この墓地を守るために王や王妃と共に埋葬された兵士達のなれの果てだ。それを目にした途端に、男たちは這いつくばるようにして逃げだそうとする。けれど、スケルトンの王が咆哮を上げた瞬間、叩きつけられた瘴気に当てられて気を失ってしまっていた。


 この狂乱の中で笑っているのは、ニコラウス=モーガンだけだ。

 もはや、まともではないのだろう。カインは唇を強く噛んで、ミハエルを抱えるようにして立ち上がる。正面の扉はアンデットによって塞がれている。横手の扉に駆け寄り開くと、回廊に続いていた。カインはぐったりしているミハエルを背負って回廊を逃げる。地面から這い出してきたアンデットが追ってくるのが見えた。


 ミハエルはようやく意識がはっきりしたのか、服をつかんでくる。

「あれ…………なに…………??」

 震えた声を漏らす。

「見なくていい!!」

 カインは声を上げると同時に、足を止めて氷魔法を放つ。一瞬にして凍りついたスケルトンは、体当たりすると簡単に崩れてしまう。ミハエルは小さく悲鳴を漏らしてカインの背中に顔を埋めていた。怖かったからだろう。首にギュッと強く抱きついてくる。


 もう、魔法は発動してしまっている。それに、地面の揺れは続いていた。木が倒れてきて、墓地を囲む塀が崩れる。瓦礫を飛び越えると、林の中を走って馬車まで引き返した。馬は無事だったけれど、不安そうに足踏みしている。怯えているのは見れば分かる。馬車から外すと、カインはその背中にミハエルを乗せた。


 ミハエルは震えながら涙ぐんだでカインを見る。鐙に足を掛けて乗り、手綱をつかんだ。とにかく、王都の中心街までに戻るしかない。


「追ってくる……っ!!」

 ミハエルが林の中から姿を見せるアンデットを見て、怯えたように声を上げる。氷の壁を作って阻みながら、カインは馬の向きを変えた。馬は吹雪く林の中を真っ直ぐに走り出す。その間もミハエルは目を硬く瞑って、カインにしがみついていた。





 

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