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異変

 魔導具店に戻った私は、翌日、おじさんに頼んでマティスさんに連絡を取ってもらった。朝から空は暗くて、雨音がずっと聞こえている。魔導具店にやってきたマティスさんは、作業部屋に入るなり防音魔法をかけて外に声が漏れるのを防いだ。

「子爵の邸の件、調べたぜ。子爵はずっと体調を崩して領地の邸から出ていない。王都の邸を管理しているのは甥のセザール=ガニエルだ。そいつは王都に滞在している」

「じゃあ、そのセザールという人が邸を誰かに貸しているのかな?」

「あるいは、セザール本人が関わっているかだな。悪い事に、そいつはアナスタシアが王立魔法学園に在籍していた時に同じく学生だった。二年下だけどな。パッとしない男で、成績はあまりよくなかったみてーだ。友人もいなくて陰気なやつだったらしい。だが、卒業後、王立魔法学園の教師になっている」

「教師? その人もあの邸に出入りしていたのかな……カインが、男の人が四人ほど集まって客間で話をしていたというの。そういえば、その中の一人は司祭もいたみたい」

 私の言葉に、マティスさんはおじさんと顔を見合わせる。

「やっぱり教会が関わってるって事だな。しかし、どこの誰かも分からないんじゃ、手が出せねぇ……」

「それより、マティスさん。これを見てほしいの」

 私は作業テーブルに紙を広げて、転写魔法を使う。そこに浮かび上がったのは、客間の棚に隠してあった地図だ。それを見たマティスさんの眉間の皺がいっそう深くなった。


「こいつは……おい、キャロル。これをどこで見つけた!?」

「邸の客間だよ。言ったでしょう? 四人ほど集まってたって。男の人が帰ったから調べてみたの。何かの魔法を発動させようとしているんだと思うんだけど、私とカインじゃ分からなかったんだよ」

 マティスさんは地図をジッと見て唸っていたけど、とうとう頭を抱えてしゃがんでしまった。

 おじさんは「俺にはさっぱりだ」と、お手上げとばかりに肩を竦めていた。

「マティスさん、大丈夫?」

「こいつは召喚魔法だ。しかし、こんな規模の召喚魔法……いったい何を呼び出そうとしているんだ?」  

 マティスさんは立ち上がり、テーブルに手をついてもう一度地図に記された赤い印を凝視する。


「おい、マティス。召喚魔法って、代償が必要がなんだろう。これだけの大規模な魔法を発動させるためには、そうとうな代償を払わなきゃいけなくなるんじゃないのか?」

「ああ……そのために、王太子殿下を誘拐したのかもしれねーな……魔法陣の中心はおそらくここだ」

 おじさんは地図を指で差す。そこは王宮の端だ。

「そこは、王墓があるところじゃねーか?」

 ダーシーおじさんが驚いたように言うので、私は「王墓?」と聞き返した。

 答えてくれたのは、マティスさんだ。

「歴代の国王と王妃が埋葬されている墓地だよ。もちろん、王族以外の立ち入りは禁止されている。そんな場所に、何をしかけようとしてんだ……」

 地図に視線を落としたまま、マティスさんは苛立たしそうにギリッと歯を噛みしめる。それから地図をつかんで、足の向きを変えた。

「国王陛下に謁見してくる。さすがに、これは報告しないわけにはいかねぇ……」

「子爵邸に王太子王子が捕らわれている事も言うの?」

「ああ、そっちは騎士団に動いてもらう。キャロル。お前はここにいろ。ダーシーのおっさん、キャロルが無茶をしないように見張っててくれ! いいな、絶対だ!」

 マティスさんは振り返り、強い口調でダーシーおじさんに言って作業部屋を出て行った。

「だそうだ。キャロル。後は大人に任せておけ」

「それなら……カインに知らせてくるよ。まだ、子爵邸にいるもの。巻き込まれると困るでしょう?」

「確かにな。第一王子が誘拐に関わっていたと思われたらマズいな……」

 誘拐はカインのせいだと思われてしまう。私はフードをかぶると、「おじさん、すぐに戻るよ」と言い残して店を飛び出した。


 雨が路地を洗っている。まだ昼前なのに薄暗くて、雷鳴が轟いていた。それがいっそう不安にさせる。

 とにかく、カインに知らせないと。

 私は急いで子爵邸に向かう。


 けれど――。

 炎に包まれている子爵邸を見て、私はぼう然とした。周囲の邸からも人が出て騒いでいる。

 雨の中でも鎮火する様子を見せず、火の勢いはさらに大きくなっていた。

「カイン……!」

 弟殿下も無事だろうか。汗が流れ落ちてきて、膝が震えそうになる。思わず門に駆け寄ろうとしたけれど、「あんた、危ないよ!」と見知らぬおばさんに肩をつかまれた。

「でも……っ!!」

「かわいそうだけど、中の人はみんな助からないよ……これだけ火が回っているんだもの」

 気の毒そうに言って、おばさんは首を振る。私は赤い炎に包まれ崩れ落ちる邸にもう一度目をやった。

 どうしよう。助けなければと思うのに足が動かない。


 その時、不意にポケットの中で小さな音が鳴る。

(防犯ブザー……?)

 マントのポケットから卵形をした銀の魔導具を取り出すと、反応を示すように魔石が点滅していた。

 私はすぐにその場を離れて、人気の少ない細い路地に移動した。片手をかざして魔力を込めると、位置を示す魔法陣が浮かび上がる。カインが自分の持っている防犯ブザーを作動させたという事だ。


 しかも、ここから離れた場所を移動している。ということは、カインは無事だという事。カインなら、弟殿下もきっと連れ出しているだろう。私はその場にペタンと座り込んだ。

「よ、よかったぁ」

 泣きそうになって、魔導具を両手で握り締める。その手はまだ震えている。

 水たまりのできている路地に座り込んでいる場合じゃないとすぐに思い出して、膝にグッと力を込めて立ち上がった。カインを追い掛けないと。


 雨に打たれながら、私は魔導具を確かめながら走り出した。

 それが指し示す方向は、マティスさんが言っていた魔法陣の中心。

 王墓のある方角だった。

 どうして王弟殿下を攫ったのか、理由が気になってくる。人質のためだと思っていたけれど、もしかしたら他に目的があるのかも。だとしたら、必要だったのは王家の血?

 マティスさんは、大規模な召喚魔法だと話していた。そのために、どうしても弟殿下が必要だったとしたら。呼び出されるのは、王家に恨みを持つ者?


「……母様を召喚……とか?」

 そんな、まさかね。

 母様は召喚されるような悪魔でも魔物でもないのだ。それにまだ生きている。

 生きている人間は召喚できない。

(でも、待って……もし、死んだ人間なら?)

 顔から垂れてくる滴を拭って、不穏な気配を漂わせている空を見上げる。


「アンデット……?」

 自分の口からこぼれた呟きに、背筋が凍りつきそうな気がした。

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