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地図

 厨房でカインが戻るのを待ちながら紅茶をいれていると、馬車の音が聞こえた。急いで屋根裏部屋に上がり、天窓を開いて外を覗く。門の外に馬車が停まっていて、邸から出てきたマントの男が乗り込むのが見えた。誰か帰るところだったのだろう。


 一階に下りると、カインが厨房に戻っていた。

「弟殿下の具合はどう?」

「薬を飲ませて寝かせておいたから、明日には熱が下がるんじゃないかな」

「そう……さっき、誰かが馬車で出ていったの」

「……客間にいた男かな? お茶を運んだ時、貴族らしい男と司祭がいた」

「司祭? それじゃあ、やっぱり教会も関係しているということ?」

「教会全体というわけじゃないと思うけど……協力している者がいるのは確かだと思う」

「……客間にはまだ誰か残ってるかな?」


 私とカインは厨房を出て、使用人用の狭い通路を通り抜け、ホールに出る。灯りはついているけれど、物音はしない。階段を上がっていくと、人影が壁に映る。慌てて廊下の角に身を隠して様子を伺った。二階の客間にいた男が、寝室に上がるところのようだ。その人影が消えるのを待ってから、私とカインは忍び足で客間に向かう。


 扉の隙間から明かりが漏れていないところを見ると、中には誰もいないみたい。開けようとしたけれど、鍵がかかっていた。

「窓が開いていたら猫の姿になって忍び込めるんだけど……」

 私はノブから手を離して嘆息する。カインはキャップを止めているピンを二本抜くと、それを曲げて鍵穴に差し込む。手探りで鍵穴をいじっていたカインは、「開いた」と満足そうにニンマリしてピンを抜いた。ノブを回してみると本当に鍵が開いている。


「カイン! こんな方法、どこで覚えたの?」

「離宮で暇だったから」

 カインは何でもない事のように答えると、客間に堂々と入っていく。

「強盗のスキルを持っている王子様なんていないよ!」

 小声で嘆きながら後に続いて入ると、部屋の中は暗い。暖炉に移動したカインは燭台の蝋燭に火を灯す。テーブルの上には食器類が残されたままになっていた。


 鍵までかけていたということは、見られてはいけないものがあるのかも。燭台の灯りを手に、書棚や暖炉の周りを捜す。棚の引き出しに手を伸ばした私は、開かない事に気付いてカインを小声で呼んだ。

「魔法がかけられてるみたいだ……」

 カインが片手をかざすと、二層になった魔法陣がぼんやりと浮かび上がる。

「封印を解くと術者に分かるみたい……先にその魔法を解除しないと」

 私はジッと魔法陣を見つめてから、片手をかざす。魔力を流し込みながら術式の変換を試みると、魔法陣の光がスッと消えた。

「さすが、キャロルだ」

「私も十分に強盗の才能がありそうね」

 私は溜息を吐いて引き出しを開ける。中には丸めて紐で結ばれた紙が入っていた。それを取り出して広げてみると地図だ。

「王都の地図だ」

 カインが横から覗き込んで言う。所々に赤い印が付けられていた。その場所は、古い教会だったり、邸だったり、広場だったりと様々だ。

「これ……何かの大規模な魔法を発動させるための魔法陣じゃないかな?」

「…………王都を襲撃するつもりかな?」

「他に考えられないよ。もしかしたら、この前みたいに、ガーゴイルを呼び寄せるつもりかも」

 けれど、あの時とは比べものにならない規模のものだ。ただ、どういう魔法が発動するのかまでは、この地図だけではわからない。

 私達は地図を丸めて紐で結んでおき、棚に戻した。引き出しを閉めると、私はもう一度封印の魔法をかけておく。


「マティスさんなら分かるかな?」

「さっきの印の場所、僕が調べてくる」

「カインは弟殿下についていてあげないと。私が行ってくるよ」

 厨房に戻ったところで、私とカインは向き合う。カインの瞳にひどく心配そうな色が浮かんでいた。

「でも……何があるか分からないよ」

「大丈夫。マティスさんについてきてもらうから。それより、カインは私がいないあいだ、邸で動きがないか監視しておいて。きっと準備が終わったら動くはずだよ……」

 すぐに動かなかったのは、準備に時間がかかっているからだろう。これだけ大規模な魔法陣を発動させるのは簡単な事ではない。何にせよ、きっと王都を大混乱に陥れるつもりなのは間違いない。その前に阻止しないと!

「わかった……でも、気をつけて」

 カインが私の手をギュッと握る。私はその手を握り返して微笑んだ。

「カインもね。私よりもずっと危ないんだから」

「僕は平気……いざとなったらミハエルを連れて逃げるから」

「うん、その時にはすぐに連絡をして。魔導具店で落ち合おう」

 

 猫の姿に変身して厨房の裏口から庭に出た私は、見張りの兵士を横目に見ながら塀の上に跳び乗る。

 一度邸を振り返ってから、路地に下りた。

 なんだかすごく嫌な予感がする。

 早く、このことをマティスさんに知らせたほうがいい気がした。

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