潜入
「キャロル、起きて……キャロル」
魔導具店の屋根裏部屋で寝ていた私は、カインの声で目を覚ます。瞼を開くと、灯りを持ったカインの顔がぼんやりと見えた。まだ、外は真っ暗で明け方には早い。ダーシーおじさんも、マティスさんも家に戻った後だ。カインも一度、離宮に戻ったはずなのに、どうしているんだろう。私は目をこすりながら体を起こす。
「んー……どうしたの? カイン」
「これ、少し前に反応があったんだ」
カインが私に見せたのは、チェーンのついた大きめな首飾りだ。卵形の銀の台座に魔石がつけられている。その魔石の周りにはいくつかの魔法陣が浮かんで作動していた。これに反応があったということは、弟殿下が防犯ブザーのボタンを押したということだ。
「どれくらい前?」
「十五分ほど前」
反応があってすぐに、猫の姿に変身して離宮を抜け出してきたんだろう。殿下が攫われてから、もう半日以上が経っている。
「弟殿下は無事って事だよね。すぐ、着替えるから、カインは先に下りてて」
私は急いでチェストから服を引っ張り出した。まだ寒い最中だ。寝間着のまま外に飛び出すわけにはいかない。
「そうだ、ダーシーおじさんに言わなくてもいいかな?」
「言えば止められる」
大人たちは子供二人だけで弟殿下を捜しに行く事なんて、許してくれないだろう。でも、知らせなければおじさんも心配する。私は一階に下りて、店のカウンターに書き置きをしておく事にした。
外に出ると風が強くて雪が舞っている。道も凍っていて滑りやすくなっていた。しっかり防寒してきているけれど、頬がすぐに冷えて吐く息も白くなる。私とカインは店の扉を閉めて、駆け出した。
「キャロル、こっち……」
魔導具を見ながら、カインが私の手を引っ張る。弟殿下が持っている防犯ブザーが放つ魔力に反応するようにできているのだ。ただ、街のどこにいるのか具体的場所までは分からない。魔石が強く光る方角へと向かうだけだ。母様が改良した防犯ブザーはもっと高性能で、転移魔法陣も組み込んであったんだけど、私たちだけじゃそれを真似する事はできなかった。
暗い街の中はひどく静かだ。でも、大通りには至るところに衛兵が立っていて、騎士団が巡回している。今も捜索は続けられているのだろう。見付かったら、怪しまれて捕まりそうだ。
私とカインは衛兵や騎士たちを避けて裏通りを進む。普段なら、ごろつきや酔っ払いもいるから不安だけど、今は野良猫もいない。衛兵や騎士が怪しい人たちを捕まえては牢に放り込んでいるからだ。
魔導具の示す方角に進み続けて辿り着いたのは、意外にも貴族の邸宅街だった。
「本当に……ここ?」
少し離れた邸宅の塀の陰に隠れた私は、小声でカインに尋ねる。カインは魔導具を見ながら頷いた。魔石の色が変わっていて、弟殿下の居場所がここからそう遠くない事を教えてくれていた。
「あの邸で間違いないと思う」
カインは魔石と魔法陣の光で気付かれないように、魔導具を止める。その途端に当たりが一段と暗くなった。耳を澄ませてみたけれど音はしない。弟殿下はちゃんと、音が鳴るボタンと、位置だけ知らせるボタンを使い分けているみたいだ。
「うん、さすがにカインの弟だね」
私が呟くと、「何が?」とカインがキョトンとした顔をして訊く。
「ううん、なんでもない。どうやって中に入ろうか……見張りはいるみたいだね」
門の前には門番が立っている。邸の窓からは明かりが漏れていた。こんな真夜中でも、人が起きている証だ。確かに、ちょっと不自然ではある。他の邸宅の部屋の灯りはほとんど消えているのに。この邸だけ、煌々と灯っているのだ。
「誰の邸なんだろう……」
貴族の誰かである事は確かだけど、私達は貴族の名前や邸の場所なんて詳しく知らない。それはカインも同じみたいだ。
カインは鞄の中をゴソゴソと探って、あの水鉄砲を取り出した。
「カイン! いきなり襲撃するつもり? 過激だよ」
私が声を抑えて言うと、カインは「しっ」と唇に人差し指を当てる。私は両手で口を押さえて頷いた。
「…………睡眠効果のある魔法水……補充しておいたんだ」
カインは私の耳元に口を寄せて、小声で教えてくれた。いつの間に、そんな方法を思い付いたんだろう。でも、カインなら睡眠効果のある魔法水くらい簡単に作れる。塔にいたころも、母様と朝から晩まで実験室に籠もっていたんだもの。
塀の陰で、カインは水鉄砲を構える。
でも、ここからかなり距離があるよ。届くのかな?
失敗したら、大騒ぎになって中からも見張りの兵士が飛び出してきそうだ。私がハラハラして見守っている間に、カインは慎重にトリガーを引く。
噴射された魔法水には風魔法がかけられていたようで、離れた場所にいる門番の顔にビシャリとかかる。途端に、門番はふらついて、壁に寄りかかるように倒れてしまった。もう一人の門番が気付いて振り向いた時には、その顔にも魔法水が命中している。
「カイン……すごいよ!」
私は思わずカインを見て言った。まるで魔物を狩るハンターみたいだ。カインはちょっと照れくさそうな顔をしながらも、「行こう」と私を促す。
そうだった。門番をやっつけたくらいで喜んでいる場合じゃない。他の兵士に気付かれる前に何とか忍び込まないと。足を踏み出そうとした私は、つま先に当たったものに気付いて下を見た。転がっていたのは、どこかの酔っ払いが残していった空の酒瓶だ。
「キャロル?」
「ちょっと、待って……」
私は空の酒瓶を抱えて、カインの後を追う。
「それ、どうするの?」
「門番が倒れてる事に気付かれたら、怪しまれるでしょう?」
だから、これはちょっとした時間稼ぎだ。私は倒れている門番の側に、酒瓶を転がしておいた。これを見れば、みんな門番が仕事をさぼって酔っ払っていたんだと思うはずだよ!
私がニンマリしていると、カインがちょっと呆れた顔になる。
「キャロルって悪巧みしている時が一番、生き生きしているんだ」
「それは、カインだって同じでしょ?」
「…………キャロルほどじゃない」
なんて言っているけれど、口元が緩んでいる。
人の姿で入るのはちょっと目立つから、私もカインも猫の姿に変身する。門の柵の隙間も、この姿ならスルリと通り抜けられる。足音も立たない。本当に、猫の姿って完璧だ。きっと神様にすごく愛されて作られたのだろう。
庭に忍び込むと、やっぱり警備の兵がうろついている。これだけ、警戒しているのはすごく怪しい。それに、どうして貴族が弟殿下を攫ったりするんだろう。私たちは邸内に入れそうな場所を捜しながら、庭を移動する。夜だから、見張りの兵も、うろついている猫の姿には気付かない。むしろ、私達は猫の姿だから夜目がきく。本当にこの姿は、悪巧みをすることに適している。
煉瓦造りの邸を見上げてみると、外壁には蔦が這っている。貴族の邸宅には違いないけれど、大貴族ではないみたい。周りに建っている他の立派な邸宅と比べると、こじんまりとしている方だろう。庭もそれほど広くない。手入れはしてあるけど。
見上げれば、屋根裏部屋の天窓が開いているのが見えた。私は先を行くカインに追いついて、前足でつっつく。カインが立ち止まって振り向いたから、私は屋根を見上げて小さく鳴いてみせた。意思の疎通が簡単にできないのは難点だね。声に出さないでも会話できる方法があればいいんだけど。
屋根を見上げたカインも、天窓に気付いたみたいだ。周囲をキョロキョロと見回してから、蔦をよじ登っていく。危なっかしいけれど、もう二階の窓縁に辿り着いていた。私も真似をして蔦を登っていく。
屋根に登り天窓を覗いてみれば、誰もいない。リネンや衣類の収納部屋のようだ。私とカインは顔を見合わせてから、中へと忍び込む。そこで、一旦人の姿に戻ることにした。
「ここって誰の邸なのかな……?」
「分からない……でも貴族の誰かの屋敷だ」
「じゃあ、主謀者は貴族?」
王家に叛意を持っている貴族たちがいるとか?
「そうかも……あの人達はあまり人望もなさそうだから」
カインはさめた目をして、なかなか辛辣な事を言う。
とにかく、今は早く弟殿下の姿を捜さないと。
邸の住人も使用人も、まだ起きているようだった。子供がうろついていたらすぐに気付かれそうだ。猫が邸内を歩いているのも不審だ。弟殿下の無事を確かめるまでは、騒ぎを起こしたくない。
何とか、目立たずに移動できる方法があればいんだけど。その時、服掛けにかけられた制服に目に留まる。使用人の着る制服で、サイズも色々と揃っている。
「これは使えるかも!」
◇◇◇
「キャロル……これはないと思う……」
カインがひどく恥ずかしそうな声で言う。廊下に出た私の後ろをピッタリとくっついてくるけど、その手は私の制服をしっかりつかんでいた。狭くて暗い廊下には誰もいない。できるだけ足音を立てないように気をつけながら通り抜けた。
「大丈夫、似合ってるよ! 誰もカインが男の子だなんて思わないから、心配しないで」
私は前を向いたまま答えたけれど、笑いそうになるのを我慢するのは難しかった。だって、カインも私もメイド見習いの制服を着ているのだ。カインは足元が気になるようで、片手でスカートをギュッと押さえている。顔も心なしか赤い。
カインのサイズに合う男子用の制服がなかったんだから仕方ないんだよ。笑っちゃいけないと思いながらも、どうしても声が漏れそうになる。カインってば、メイドさんの制服がすごく似合っているんだもの!
私より似合っているくらいだ。女の子でも違和感ないくらいに綺麗な整った顔をしているせいだ。それに、カインは顔の線が細くて、儚げな雰囲気で、あまり男の子っぽくない。短い髪もキャップでしっかり隠しているから、気付く人なんていないだろう。
「は、早く行こう……それで早く帰ろう……」
カインは私の背中を押してくる。よっぽど恥ずかしいみたい。私たちは傾斜の急な階段を慎重に下りていく。下の階は廊下に明かりが灯っていた。ギッ、ギッと歩くたびに床が軋む。古い邸だから仕方ないけど、そのたびに心臓がギュッとなった。
使用人が使っている廊下をコソコソと移動していると、人の笑い声が聞こえる。休憩室で使用人たちが談笑しているみたい。しかも、ドアが少し開いていて、中から灯りが漏れている。
私とカインは顔を見合わせ、その前を通り過ぎようとした。その時、「ちょっと、あなたたち」と声がしてビクッとする。部屋から出てきたのは若いメイドさんだった。
「はいっ、なんでしょう?」
私は緊張して姿勢を正し、振り返る。カインは私の後ろで顔を隠していた。男の子だとバレそうだと思っているのだろう。邸で見かけないメイド見習いだと気付かれたかもしれない。背中に冷たい汗が流れた。
「厨房に行って、旦那様のお部屋にお酒を届けるように伝えてくれる?」
「はい! ただいま……」
「じゃ、よろしくね~~」
メイドさんは私達を怪しむ事なくドアを閉める。部屋の中でカードゲームをやっていたようだ。私もカインも胸をなで下ろした。
「ちょうどいいかも……行こう。カイン」
「うん……」
私たちはコソコソと話をして、厨房に向かった。




