襲撃
弟殿下の誕生日が近付いた頃、ようやく贈り物の〝防犯ブザー〟ができあがった。ジゼルさんに頼んでおいた銀細工のケース入れるとかわいらしいアクセサリーに見える。私たちが母様にもらったものほど小さくはならなくて、拳くらいの大きさになってしまったけど、ポケットに忍ばせておくことはできる。その分、音は三段階に調節できて、音を鳴らさずに位置だけ伝える事もできる。ちょっと高性能だ。
ケースに施された装飾の小さな魔石に触れると、それが内部の核となる大きな魔石に魔力が流されて作動するという構造だ。これを考えたのは、マティスさんとカインだ。毎日のように魔導具店の作業部屋に籠もって作業をしていた。
作業部屋で完成品のお披露目をした時も、二人ともひどく寝不足な顔をしていて目の下が黒くなっていた。どれだけ夢中になっていたんだろう。だけど、カインはちょっと誇らしそうだ。
「しっかし……こいつは……また、かなりヤベーもん作ったな」
そう言ったのは、魔導具店の店主のダーシーおじさんだ。
「ああ、俺もそう思うぜ……子供の発想じゃねぇよなぁ。誘拐や追跡にも使用できる代物だ。まあ、当分は公にしない方がいいぜ。王立魔法院に公開したら……たぶん、製造禁止になる」
マティスさんは疲れてどんよりした目をして、頭をガシガシとかく。
「そんな製造禁止になりそうなものを作って、お前は大丈夫なのか?」
おじさんが心配そうに訊いたのも無理はない。マティスさんは、こう見えて魔法院に所属している魔法使いだ。それも、研究局の局長でもある。
「まぁ……それは、報告しなけりゃ大丈夫って事で?」
そう言いながらも、マティスさんの目が泳いでいた。
私は用意した綺麗な箱にその防犯ブザーをしまい、リボンを結ぶ。これで、弟殿下へのプレゼントは用意できた。でも、カインは箱をジッと見て、少し迷っている。
「カイン?」
私が声をかけると、カインは顔を上げてマティスさんを見る。
「これ……王太子殿下への贈り物にしたい」
そう打ち明けると、マティスさんが驚いたように「ハァ!?」と声を上げた。ダーシーおじさんも目を丸くしている。私もカインがいきなりそんな事を言い出すとは思ってもいなかった。
だってこれは、カインが弟殿下の誕生日のパーティーで直接、渡すものだと思っていたから。おじさんにもマティスさんにも、これを誰にあげるのかまでは話していない。だって、二人は――カインの身分を知らない。おじさんはカインの事を、母様の弟子だと思っているから。
「これ……渡す方法ないかな?」
「王太子殿下にか? まさか、そのために作ってたのかよ」
マティスさんが訊くと、カインがコクッと頷く。
「確かに、この前狙われたのは王族だったな……」
おじさんが髭の伸びた顎をさすって呟いた。
「そりゃ……こいつを殿下が持っていたら、警護の役には立ちそうだけどな。献上という名目だったら魔法院でもうるさくは言われねぇ。製造方法も秘匿にできる」
王族の献上品と同じものをそう簡単に作って広められると困るからだ。
私はカインが少し表情を曇らせるのを見て、事情を察した。たぶん、弟殿下の誕生日のパーティーに出る許可が出なかったんだ。実の弟の誕生日なのに。だから、カインはマティスさんに渡したのだろう。
「マティスさん、私からもお願いするよ! 魔法院の魔法使いなら……弟殿下にお会いする事もできるでしょう?」
私が頼むと、マティスさんは難しい顔をする。
「俺だって、そうそう王宮には行かねえよ。殿下とお会いする機会なんて、公式行事の時くらいだ」
「殿下の誕生日パーティーには、出席しないの?」
「誕生日? ああ……そうか。そういえば、なんか通達が来てたな。いや、多分出る。局長以上は護衛を兼ねて出席するようになっていたはずだ。だけど……しかしなぁ……贈り物となると、上に報告しなきゃならなくなるんだよ。それでもいいか?」
カインと私は顔を見合わせる。それは仕方ない事だろう。怪しい魔導具を王太子殿下に持たせるなんて事はしない。図面は公開しなくちゃいけなくなる。
「でも……それだと、術式も公開されちゃうんだよね?」
術式はカインとマティスさんが苦労して考えたものだ。
「そいつに関しては心配ねーよ。保管や管理をするのは、うちの研究局だからな。閲覧制限を掛けることもできる。まあそいつを殿下に渡した後、話題になったり注目されたりして、公開を要求されたら……隠せないかもしれねぇけどな」
要求されても、局長であるマティスさんが開発者に名前を連ねているのだ。マティスさんが閲覧者を限定できるなら、悪用される事も少なそうだ。
「分かった……それでいい」
カインも頷く。私も「カインがいいなら、いいよ」と答えておいた。
「王太子殿下の元に、ちゃんと届けられる? できるだけ直接渡してほしいの。それに使い方も教えてあげて。殿下は私より年下なんだもの。いざという時に使い方が分からなければ、役に立たないでしょ?」
「そいつはやってみるが……パーティーには大勢来るからなぁ。努力はしてみるぜ。けど、なんだって急に王太子殿下に贈ろうなんて考えたんだ?」
「…………魔女様の濡れ衣を晴らすためだ」
カインは眉間にギュッと皺を寄せて、真剣な顔をして答える。
「なんだって、そんなにあの魔女を信じてるんだ」
「…………すごい人だから」
カインの言葉に、マティスさんは理解し難いという様子で肩を竦める。
「まあ……お前が誰を信奉していようといいけどな。けど、その歳で随分と変わったヤツだ」
「教会で王様たちを狙った人たちは、この前失敗したから……また機会を狙っていると思うの」
私が言うと、マティスさんは「それはあり得るな」と頷く。それから、カインの差し出すプレゼントの箱を受け取る。
「分かった……こいつは俺がひとまず預かって、ちゃんと王太子殿下に届くようにするさ」
「ありがとう、マティスさん! 意外と頼りになるんだね」
「意外じゃねーよっ、俺はすげー頼りになる男なんだ!」
マティスさんが頭をグイッと押さえてきたので、私は笑った。
◇◇◇
マティスさんが帰った後、私はカインを離宮まで送る事にした。
もう夕暮れ時だ。
「…………カイン、本当にマティスさんに預けてよかったのかな?」
せっかく、弟殿下のために作ったものなのに。
「うん……それにあれは、誕生日のパーティーに出るための口実だった」
カインは何を考えているのかわからない少しぼんやりした表情で前を見ている。私はその手をギュッと握った。なんだか、ちょっと寂しそうに見えたから。
「残念だったね」
「いいよ。別に出たかったわけじゃない……毎年のことだ」
弟殿下はきっと盛大にお祝いされているのだろう。それに、家族でありながら、カインは参加を許されなかった。その理由は、魔女に呪いをかけられているから。
「……キャロルが落ち込むことないよ」
なんで分かったのか、カインがこっちを見てちょっと微笑む。
「でも……私も無関係じゃないよ」
「関係ない。お師匠様の事も……僕をそう育てたのは……あの人たちだから」
カインはフイッと顔をそむけて冷淡な声で言った。あの人たち――。
両親の事を恨んでいるのだろうか。カインは国王様たちの事をまるで自分の家族ではないように話す。
離宮でずっと離れて暮らしていて、ほとんど会った事もないからなのかもしれない。
「せめて、カインからの贈り物だって伝えた方がよかったんじゃないかな?」
メッセージカードを入れておくとか。でも、カインは「いい」と首を横に振る。
「届けばいいんだ」
「……それなら、ちょっと覗きに行こうか?」
私はカインから手を離し、前に出てクルッと振り向く。足を止めたカインが、目を丸くした。
「覗きに? 王宮に行くって事?」
「うん、ほら。私達には秘密の方法があるから。あっ……でも……」
弟殿下が盛大にお祝いされているのを見るのは、カインにとって辛い事かもしれない。
「や、やっぱり……やめておこう! うん、後はマティスさんに任せておくほうがいいね」
私は「今のは忘れて!」と、背を向けて急ぎ足で歩く。
カインが小走りにやってきて隣に並んだ。
「いい考えだと思う」
「いいの……?」
そろっとカインの顔を見れば、悪巧みするように口角が上がっていた。
「うん、ちゃんと届くか見届けないと」
「じゃあ……ちょっとだけ様子を見に行こう」
それに、また狙われないとも限らないもんね。王太子殿下の誕生日パーティーには大勢の人が集まる。襲撃を行うには絶好の機会だ。王家に恨みがあるのか、別の思惑があるのかわからないけれど。事件を起こした犯人が、その好機を見逃すとは思えない。
(カインがマティスさんにあれを渡したのも……そのためかも)
だとしたら、やっぱり――私たちは王宮に忍び込む必要がありそうだ。
敵の目的を知るためにも。それに、招待客に紛れているかもしれない。
◇◇◇
弟殿下の誕生日当日、私とカインは猫に姿を変えて王宮の庭に忍び込む。離宮の庭に何度も入ったけれど、王宮の庭は比べものにならないくらいに広くて、手入れも行き届いていた。迷子になりそうだよ!
馬車が連なっていて、客人たちが続々と降りてくる。まだ明るい内から、花火が上がっていた。
さすがに、王太子殿下の誕生日パーティーだ。警備も厳重で、騎士や兵士が立って目を光らせている。ローブをまとった魔法使いの姿も見えた。私とカインは目を合わせ、こそこそと庭木の陰を移動する。警備の人たちも人間を見張るのに忙しくて、紛れ込んだ猫二匹には目もくれない。気付いた人もいたけれど、「シッシ!」と手で追い払うような仕草をしただけだ。忍び込んでおいて言うのもなんだけど、不用心だよ。
私とカインは人気のない王宮の裏庭に移動する。冬場では、庭を歩く人もいない。庭師たちが通り過ぎるのを待って、私とカインは垣根の陰に移動した。そこで、一度魔法を解く。カインも同じように人の姿に戻っていた。猫の姿では会話ができない。でも、あまり長くはいられないだろう。見まわりの兵士がやってくる。
「王宮の中にはさすがに入れないよね……」
庭を猫がうろついていても気にしないだろうが、さすがに王宮内に入っていけば誰かが気付いて、追い出される。
「パーティーは大広間でやるはずだ。テラスから覗くのはどうかな?」
「場所は分かる?」
「…………うーん……多分、わかる」
カインも何度かは王宮に足を運んだ事があるようだ。
人の声がして、私とカインは急いで猫魔法をかける。ポンっと姿を変えると、素知らぬ顔をしてトコトコと庭を横切り、やってくる兵士にチラッと目を向けた。
「おっ、猫だ……かわいいなぁ」
「かまうなよ。今は任務中なんだ」
兵士たちは話しながら離れていく。ホッとして、私は急いで先を行くカインの後を追い掛けた。
木をよじ登り、枝を伝ってテラスに下りる。窓は閉ざされているものの、カーテンは開いているから中を覗けた。大広間にはすでに大勢の人たちが集まって歓談している最中だ。貴族のパーティーなんて見た事がなかったから、私には物珍しい。扇を広げて談笑しているご夫人たちは色とりどりのドレスを着ていて、頭にも羽根飾りや宝石の髪飾りをつけていた。男の人たちも煌びやかな衣装にマントという格好だ。
キョロキョロして覗いていると、マティスさんの姿を見つける。
(わぁ、マティスさん。今日はちゃんとした格好してる)
いつも、魔導具店を訪れる時にはくたびれた上着とヨレヨレのシャツにズボンをはいている。今日は魔法院の濃紺色の制服とマントという格好だった。髪も整えているから、かなりマシに見えた。他の魔法使いと話しているようだ。ちゃんと、渡してくれるよね?
そのうちに、国王様と王妃様、王太子殿下が入場してくる。途端に静かになり、招待客たちは頭を垂れていた。国王様と王妃様の間に挟まれた王太子殿下は、私よりも一歳下だ。
(カインと顔がちょっと似てる……)
髪色や瞳の色も同じだ。恥ずかしそうに笑って、王妃様を見上げたり、集まった人たちに手を振っていた。国王様も王妃様も温かい目をして、優しく笑っていた。それだけで、王太子殿下がどれだけ大事に育てられているのか分かる。
「今日、王太子は八歳の誕生日を迎える。王太子が健やかに育ってくれたことを心より嬉しく思う。皆も祝ってやってほしい」
国王様がグラスを掲げて言うと、招待客たちは一斉にお辞儀をしていた。
「王太子殿下、お誕生日を迎えられましたこと、心よりお祝い申し上げます!!」
声を揃える招待客の前に、国王様と王妃様に背中を押された王太子殿下が進み出る。
「今日はお集まりくださり、ありがとうございます。贈り物も嬉しいです」
はにかむように挨拶をした王太子殿下は、パタパタと母である王妃様の元に戻っていた。王妃様が微笑んで頭を撫でると、王太子殿下はすぐにドレスの陰に隠れてしまう。気恥ずかしかったのだろう。そんな様子に、招待客たちの表情も和んでいた。
歓談が始まり、椅子に座った国王様や王妃様、それに王太子殿下にみんなが挨拶を行う。王族、貴族の序列の上の人たちから始まり全員が行うようだ。かなり待った後、マティスも膝をついて挨拶をしている。それを窓越しに覗いていると、マティスは進み出て王太子殿下にあの箱を渡していた。説明もしてくれているようだ。うまくいったみたいで、私はホッとする。
ふと、カインを見れば行儀良く座ったまま、ジッと国王様や王妃様、弟殿下の事を見ていた。
やっぱり、思うところはあるよね……。
私はカインを前足でちょっとつつく。もういいよね?
弟の誕生日をテラスの窓の外で見ているだけなんて、やっぱり辛いはず。見届けたなら、もうここにいる理由もない。鳴いて促すと、カインもクルッと体の向きを変える。
テラスの手すりに飛び上がろうとした時、不意に大広間で悲鳴が上がる。その声に驚いて振り返ると大騒ぎになっていた。招待客たちは押し合うように逃げだそうとしている。突き飛ばされた女性を、男の人が容赦なく踏みつけていた。腰を抜かして座り込んでいる人もいる。
「兵を呼べ!! 王妃と王太子を守るのだ!!」
国王様が大声で叫ぶ。すでに、王族たちの周りは護衛の騎士たちが囲んでいた。魔法使いたちが前に出て、攻撃魔法を唱え始める。杖や剣が向けられる先には、黒い靄の塊があった。その黒い靄の招待は魔物が放つ瘴気だ。瘴気の中から、ズルッと現れたのは魔物だ。それも蜘蛛形の魔物。森で見かける事がある毒蜘蛛の一種だ。肉食で、人間や獣を捕食する。しかも一体だけじゃない。瘴気の繭からボタボタと落ちてくる。大広間にいた人々が恐怖でパニックに陥るのは当然だ。王宮どころか、王都にもいないような魔物だもの。
「うわあぁ、来るな……来るなっ!!!」
招待客の男の人が這いずって逃げながら悲鳴を上げる。その体に吐き出された糸がまきつき、魔物の口へと引きずり込まれていくのを、誰もが驚愕の表情で見ている。騎士が斬り掛かり、魔法使いたちが火炎魔法で攻撃を行ったけれど、数が多すぎる。男の人が魔物に飲まれそうになっているのに、誰も助けられないでいた。
そのうちに、大勢の騎士と兵士が大広間に飛び込んでくる。その中には、私の知っている顔もあった。あれは、カインを連れ戻すために塔へとやってきたアラン=ヒースコート副騎士団長だ。それに、悪態を吐いていたジャスパーという嫌な騎士の姿もある。あの人に、私の大事なネックレスがちぎられてしまったんだった。そんな事を思い出している場合じゃないけれど、ちょっと腹が立つ。
ヒースコート副騎士団長の指示で、騎士たちが魔物たちの前に出る。招待客たちはみんな壁際に逃げるか、騎士たちの後ろに逃げ込んでいた。
「早く……どうにかしろ!!!」
国王陛下は真っ青になって、大声を上げていた。どうにかしたいのは騎士や魔法使いたちも同じだろうけれど、複数の魔物を相手にするには人数が足らない。しかも、一体片付けても、黒い繭からは次々に魔物が吐き出されてくる。
こうしている場合じゃないと、私とカインはすぐに猫の変身魔法を解いた。
黒い瘴気の繭の中から現れたのは、黒いローブを被った魔法使いだ。それもローブの端から覗くのは黒髪だ。私もカインも思わず動きを止めて目を見張る。
「ひいっ、アナスタシア……アナスタシア=オーウェンっ!!!」
そう、叫んだのは恐怖で震えている王妃様だった。
「バカな……あの魔女がなぜ!! どういうつもりだ。アナスタシア!! 契約はカインだけだろう……まさか、ミハエルまで連れて行くつもりなのか!?」
国王様が大声を上げる。騎士たちが、「お下がりください!」と国王様を腕で押さえていた。
私は思わずカインの顔を見る。テラスにいる私達になんて、誰も目を向けない。それどころではないからだ。カインは冷たい表情のまま、ジッと現れた女性を見ていた。その唇が、「お師匠様じゃない」と動く。
私はハッとして現れた女性を見る。確かに、ローブで顔は見えない。
黒髪だから、誰もが母様だと思い込んでいるようだ。
でも――あれは、人じゃない!
現れたローブの人物はゆっくりと片手を伸ばした。
「王家…………恨む…………滅ばす…………許さ……ない…………っ!!」
しゃがれた声を押し出すと、その人物は人の声とは思えないような叫び声を上げる。その声に全員が耳を塞いでしゃがみ込んでいた。窓が砕けた瞬間、カインが私の上に覆い被さった。私はギュッと目を瞑ってしゃがみ込む。叫び声が静まった時には、ローブの人の姿が消えていた。
「…………ミハエル…………ミハエルがいないわ!!」
王妃様が青ざめて叫ぶ。その腕に抱きかかえていた王太子殿下が、いつの間にか消えていた。国王様や周りにいた騎士たちもあ然として周りを見回している。
「王太子が…………魔女に連れ去れたのよ!!」
絶叫して気を失った王妃様に侍女と騎士たちがすぐに駆け寄っていた。
私もカインも顔を見合わせる。
ローブの人がいたその場所にはいつの間にか、大きな蜘蛛型の魔物がいた。周りにいる蜘蛛型の魔物よりも一回りも、二回りも大きな体をしている。しかも、その腹の下からは、ゾロゾロと小さな蜘蛛型の魔物たちが這い出してくる。
「王太子を捜せ、なんとしても無事に連れ戻すのだ!!」
国王様の怒声が響く。蜘蛛型の魔物の吐き出す糸は、毒の粘液で出来ている。それに触れれば皮膚は溶けてしまうのだ。糸に絡みつかれた騎士が悲鳴を上げてもがいていた。周りの騎士たちが剣で糸を断ち切り、魔法使いが火炎魔法で応戦しているけれど、かなり苦戦している。
どうしよう。加勢するべきかな。マティスさんも、防御魔法を展開して国王様たちを守ってる。でも、それよりも連れ去られた弟殿下の救出に向かうべきだろうか。私が一瞬迷っている間に、カインが立ち上がって大広間に飛び込む。
私は「カイン!」と、咄嗟に後を追った。カインは走りながら、すでに鞄から取り出した水鉄砲を構えている。私は背後から風魔法の詠唱を唱えて、杖で魔法陣を描いた。渦巻く風が蜘蛛たちを押し返し、防壁となって毒の糸を弾き返す。人々は風に飛ばされた机や椅子、料理の皿から身を庇うように床に身を伏せて悲鳴を上げていた。
ハッとしたように、マティスさんがこっちを見た。カインが魔物の前に飛び出した時には、すでに三体ほどの蜘蛛型の魔物が氷漬けになっていた。カインのマントのポケットから姿を見せたノエルの魔力も相まって、床が凍りつき大型の蜘蛛の足を止める。カインはその魔物の額に照準を合わせて、水鉄砲に魔力を込めていた。氷の刃が魔物の赤い目を切り裂く。のたうち周りながら、その魔物は毒の糸を大量に吐き出していた。それも、一瞬で凍りつく。
カインのおかげで、大広間にいる魔物の大半は片付いていた。
一番大きな蜘蛛型の魔物ももう絶命している。あとは、この場にいる人たちの仕事だ。
私はカインの腕をつかんで、ガラスの砕けているテラスの窓に向かって走り出した。あ然としている人たちを残し、私たちはテラスから飛び下りる。マティスさんがポカンとしたように私達の姿を見ていたけれど、他の人たちは頭を伏せて震えているからあまり見ていなかっただろう。それに風魔法のおかげで、姿ははっきりと見えなかったはずだ。
庭に下りると、私とカインは猫に変身する。庭にいた兵士や騎士たちも大慌てで走り回っていた。姿が消えた王太子殿下を捜しているのだろう。私とカインはその隙に王宮から抜け出した。
ようやく変身魔法を解いたのは、王宮からかなり離れた公園の中だ。
冬枯れの公園は人がいない。人の姿に戻ってから、ホッと一息吐く。かなり派手に魔法を使って魔力も消費したから、私もカインも額に汗びっしょりかいていた。
「あれは…………母様じゃなかったね」
「うん、絶対違う。人でもなかった……たぶん、お師匠様の姿を真似た……魔物だ」
「母様の書庫で見たことがあるよ。人の姿を真似るのがうまい魔物がいるって」
「誰かが、お師匠様の仕業に仕立てるためにやったんだ……」
カインは悔しそうに歯ぎしりする。
教会の時もそうだった。今回の件も、王太子殿下を攫ったのは母様の仕業だと噂が広まるだろう。私はクイッと顔を上げて、カインの腕をつかむ。
「弟殿下を捜そう」
私が言うと、カインが頷いた。真犯人を捕まえて、弟殿下を無事に救出しないと、母様が悪者にされる。これは放っておけない問題だ。




