目標(カイン視点)
離宮に戻ったカインが変身魔法を解いて図書室を出ると、護衛の騎士たちが駆け寄ってくる。
「殿下、こちらにいらっしゃったのですか。何度もお声をかけたのですが……」
「寝ていて気付かなかった」
澄ました顔で答えて、廊下を通り抜ける。困惑の表情で、護衛の騎士たちも後をついてきた。一日中捜し回っていたのだろう。図書室も念入りに確認したはずだ。それなのに王子が図書室から出てきたものだから、怪しむのも当然だろう。とはいえ、彼らに何か言えるはずもない。ここは離宮。以前は王宮として使われていたから、図書室に隠し通路があってもおかしくない。まさか、カインが猫の姿になってテラスから出入りしているなんて考えつきすらしないだろう。
(だから、間抜けの集まりなんだ……)
そう思いながら部屋に入ると、侍女が待っていた。
「殿下、王宮の使いの者から手紙を預かっております」
「手紙……見せて」
侍女が差し出した手紙を受け取ると、国王の名が書かれていた。それは、以前出した手紙の返事だ。急いで開いて目を通したカインの顔から表情が消える。クシャッと手紙を握り締めた。
その様子に護衛の騎士も侍女も顔を見合わせている。
弟の誕生日に贈り物がしたいから、祝いのパーティーに少しでもいいから顔を出してはいけないかと伺いの手紙を出したのだ。けれど、その返事は〝控えるように〟というものだった。気持ちだけは伝えておくと、書かれていた。
カインの扱いなどその程度。それなら何のために離宮に連れ戻したのか。王子としての扱いをするつもりもなく、ただ幽閉しておくためだけ。王家の体裁を守るためだ。両親ですら、目をかける事もない。
静かな怒りを拳を握って堪える。それでも部屋の空気は急激に冷えていく。
「殿下……お茶をお持ちいたしましょうか?」
侍女が気遣うように声をかけてきたが、「いらない」と断った。
侍女と騎士たちを部屋から追い出し、鍵をかけてベッドに駆け寄る。うつ伏せに転がって歯を食いしばっていると、ピョコッとノエルが顔を出した。部屋の温度が急激に下がり、気付いたらベッドの周囲が氷始めている。どうせ誰も見てはいないのだ。後で氷が溶けて水浸しになっていたとしても、老朽化した離宮の天井に穴が開いていて、雨漏りでもしているのだろうと思うだろう。
凍りつく部屋に雪が舞う。それはカインの魔力に反応して、ノエルが雪を散らしているからだ。ノエルはすり寄ってきて甘えてくる。
体を横にしてその小さな体に手を伸ばすと、少しだけ元気が出る。
「ノエル……僕はダメだってさ……どうしようか」
呟いても、ノエルは愛らしい鳴き声を漏らして首を傾げるだけだ。最初から、半分分かっていた事でもある。それでも贈り物をするくらいは許されるのではないかと考えていた。それすら、認められなかった。大事な王太子には呪いの王子は近付くなという事だろう。
もう、いっその事、キャロルと一緒に塔に戻ってしまおうか。今度、騎士が連れ戻しに来たら、氷漬けにしてやればいい。誰も近づけないように。誰にも塔でのささやかな幸せを壊させないように。森に近付く者は一人残らず始末すれば、そのうち怖がって誰もやってこなくなる。世の中の事なんて全部忘れてしまって、ただ魔法の研究に打ち込めたら、それが一番いいのに。
「王宮の事も、父……ううん、陛下や王妃や王太子の事なんてどうでもいいんだ」
それどころか、この国がどうなろうとどうでもいい。今すぐに滅んだとしたも、少しも心は痛まないだろう。その方がいっそすっきりする。ざまあみろと笑うかもしれない。そんな自分はたぶん、ひどく性格が悪いのだろう。キャロルにはあまり見せたくはないし、そんな心の汚さは知られたくもない。キャロルは真っ直ぐで、新しい雪みたいに心が真っ白で綺麗だから。
◇◇◇
翌日、離宮を抜け出したカインは、魔導具店の奥の作業部屋で、一人魔導具をいじっていた。ダーシーは不在で、キャロルはジゼルという魔導細工師の所に出かけている。店番を頼まれたカインは、暇を持て余していた。弟に渡すはずだった〝防犯ブザー〟はもう、必要ない。後は外型のケースにはめ込むだけだったのに。キャロルはそのケースを取りに行っているのだろう。
(キャロルに何て言おうかな……)
渡せなくなったと言ったら、がっかりしそうだ。
「いっそのこと、売りだそうかな……」
たくさん作って、ダーシーおじさんに売ってもらえば儲かるかもしれない。お金は必要だ。今後、どこに逃げるにしても。荒んだ気持ちでそんな事を考えていると物音がする。ビクッとして、咄嗟にいつでも魔法を発動できるように魔力を手に込める。
「おっさん、いねーの?」
声がして入ってきたのは、王立魔法院所属の魔法使い、マティス=バリエだ。カインが遠慮なく放った氷の礫をギョッとしたように避けている。尖ったその礫は、壁にめり込んでいた。
「いきなり何しやがる! 危ねーな!」
「不審者が来たから」
カインはあからさまに歓迎していない雰囲気を醸し出しながら、素っ気なく答える。マティスの方も作業部屋にいるのがカインだけなのを見て、がっかりした顔をしていた。
「おい、キャロルはいねーの?」
「気安く呼ぶな……」
ジロッと睨んでやったが、マティスは気にせずテーブルにやってくる。
「いねーのかぁ。そいつは残念! でも、昼前には帰ってくるんだよな?」
図々しいやつだとカインはジト目で見る。とっとと帰れと言ってやりたいけれど、この男はすぐには帰らないだろう。キャロルが戻ってくるまで居座って、昼食までしっかり食べる気でいるらしい。
相手にするのも面倒で、カインは頬杖をついて無視する。
「こいつは何する魔導具なんだ? 変わった形だな」
マティスがテーブルの上に置かれていた魔導具に手を伸ばす。「触るな!」と、取り返そうとしたけれど、その前にサッと手を避けられた。マティスは魔導具の魔石に少しばかり魔力を込める。二重になった魔法陣が現れると、「おおっ」と目を見開いて興味深そうに見ていた。
カインがひったくるようにして魔導具を取り戻すと、途端に魔法陣も消えた。
「おもしれーもんを作ってるじゃねーか。そいつは、音を鳴らす魔導具? それだけじゃねーよな。随分複雑な魔法式が組んであったが、ダーシーのおっさんが組んだのか? いや、違うな……おっさんじゃ、ここまで複雑な術式は組めないだろうから、別の魔法使い? しかし、見た事もない術式だったけど……」
マティスは顎に手をやって、ブツブツと独り言を漏らす。チラッと見ただけで、これが音を鳴らす魔導具だと見抜いたのだからやっぱり油断ならない。ただ、何の目的で使われるものかまでは分かっていないようだった。
「もう一つの魔法陣は位置特定? だけど、あまり広範囲には使えないみたいだな。通信用機器か? だとしたらすげーけど……」
「…………お前には関係ない。おじさんが作ってる魔導具だ」
アナスタシアが改良したキャロルやカインの防犯ブザーは、かなり遠くにいても位置特定ができる術式が組み込まれている。けれど、それと同じものはカインたちでは作れない。だからこの防犯ブザーに組み込んだ術式は簡易版、かなり術式を簡略化してある。その分、お互いが離れすぎていると使えない欠点がある。それもすっかり見破られているらしい。
アナスタシアの再来と言われた天才。それはあながち、誇張でもないのかもしれない。
「協力してやろーか? もちろん無償でだ。そのかわり、その魔導具の用途を教えてくれたらな」
「…………」
どうせ、渡す事のなくなった魔導具。でも、これを見せる事で師匠であるアナスタシアが関係している事がバレる可能性もある。見せれば、この魔法使いなら簡単に同じものを作れる。それを王立魔法院で解析されたり、使われたりしたら?
「絶対口外しないし、許可なく同じものを作ろうなんて考えねーよ。おっさんの商売を邪魔をするつもりはねーんだから」
「信用できるもんか……王家の犬魔法使いなんか」
そっぽを向いて言うと、マティスが「言うね~~」と苦笑いする。
「そうじゃないか」
「否定はしないが、俺は単純にそいつが面白そうだと思っただけさ。それに、もう少し広範囲で使用できるようにしたいんじゃねーの?」
その誘惑に抗えない事を見透かしたように、マティスはニヤッと笑う。
確かに、今のままでは使用範囲が狭い。近くにいないと位置まで特定できないのが難点だ。それではあまり意味はない。せめて、王都内のどこにいても位置が特定できるくらいでなければ。
カインは手の中に隠した魔導具をグッと握る。
「…………絶対、口外しない事。同じものは作らせないよ」
「分かってるさ。で、それは何のための魔導具なんだ?」
「子供の防犯用」
「防犯?」
その用途は意外だったのか、マティスが目を丸くする。カインはコクンと頷いた。それくらいは教えても問題ない。別に誰かに危害を加えるようなものではないのだ。合法的な魔導具である。
「防犯……つまり、誘拐された時とかに使うってわけか?」
「それか、襲われた時とか……音を鳴らして周囲の大人に危険を知らせる目的と、その場所を知らせる目的がある」
カインは簡単に魔導具の用途と構造を説明する。さすがに、設計図を見せたりはしない。そこまでは信用していない。それに、この男から得たいのは位置を特定する術式についてのアドバイスだけだ。
「なるほどな……確かにそいつは色々便利そうだ。しかし、けっこうヤバいもん作ってんだな」
呆れた顔をされて、「なんで?」と聞き返す。
「改良すれば他の用途にも使えそうだろ? 音の方はともかく、位置の特定は悪用だってできそうだ。誰かを尾行する時とかな……そうすれば、暗殺や待ち伏せも簡単だ」
自分でいってヤバいと思ったのか、マティスは顔をしかめる。
「嫌なら協力しなくていいよ」
「そうは言ってねーよ。防犯目的に限定するなら、確かに有用だ。貴族の子供を狙う犯罪も多い。それに……いやなんでもねぇ」
マティスは首を振る。王族にも必要になると言いたかったのだろう。
カインが魔導具を見せると、マティスはさっきと同じように魔石に魔力を流し込む。浮かんできた魔法陣を今度はじっくり観察している。真剣な顔をして、ブツブツと呟くと、ペンを取って紙にサラサラと魔法陣を描く。「いいや、こっちの方が効率的か……」と、独り言を漏らしながら、何パターンかの魔法陣を描いていた。
(すごい……)
改良されていく魔法陣に、思わず目を見張る。
この術式なら、術の有効範囲がかなり広がる上に、無駄な部分が削られているから消費魔力も減らせる。子供のわずかな魔力でも十分に使用可能だ。素直にすごい思うと同時に、悔しさも感じる。相手は大人で、国でも指折りの魔法使いなのだ。魔法を学び始めてから間もない自分が足元にも及ばないは当然の事でもある。ただ、こんなに簡単に上をいかれてしまうと面白くない。
それでも、魔法という学問に対する純粋な好奇心と高揚感は抑えられなかった。いつの間にか目を輝かせ、マティスが次ぎ次ぎに渡してくる図案の紙を食い入るように見ていた。ウズウズして、ついに我慢できなくなって口を開いた。
「今、音を鳴らす術式と、位置を知らせる術式を別に組んでるんだ……けど、それだと効率が悪いと思う。この術式、一つに統合できないかな?」
「つまり魔石を二つ利用してんのか?」
「連動させてるんだけど……一つにまとめられたら、もう少し小型化できる」
「なるほどな。けど、そいつは設計図を見てみないと分からねーよ」
「設計図なら、ここにある」
カインはためらいもなく、マティスに伏せて置いていた設計図を見せる。今は秘密保持よりも、この魔導具の改良方法が知りたい。この男から、得られるだけの知識がほしい。
マティスは驚くようにカインを見る。
まさか、そんなに素直に設計図を見せるとは思わなかったのだろう。
「いいのか?」
「いい……おじさんには後から言っておくから」
マティスは設計図をテーブルの上に広げて、じっくり目を通す。「ああ、そうか……ここが連動してるのか」と呟いて、設計図に指を滑らせた。一度見ただけで、すぐに構造は理解できたのだろう。改良案をすぐに紙に描き込んでいく。
(この人……面白い…………すごい……っ!)
カインの頬が紅潮する。ダーシーと自分では思い付かなかったようなアイディアを出してくる。
「これで、どうだ?」
マティスはそんなカインを見て笑い、できあがった設計図を見せる。
「うん、これなら……いけると思う……」
カインは設計図を何度も見て頷いた。
「……マティスはどこで魔法を学んだの?」
「呼び捨てかよ! まあいいけどな。師匠に教わってから、王立魔法学園に推薦で進んだ。俺も一般科だったんだよ」
「一般科……」
と言うことは、ダーシーと同じく庶民の出という事だ。それでも、王立魔法学園で優秀な成績をおさめたのだろう。そうでなければ、王立魔法院には入れない。厳しい登用試験に合格しなければならないし、マスタークラスの魔法使いの推薦状がいる。
「マティスの師匠って誰?」
「田舎のしがない魔法使いさ。俺は森で拾われたんだ。師匠がいなけりゃ、まあ……狼か魔物の餌だっただろうな」
マティスは新しい紙に魔法陣を描きながら、軽い口調で答える。意外に苦労している事に驚いた。もっと、チャラチャラしながら魔法を学んできたどこかの貴族の子弟かと思っていたのに。
「…………僕も、王立魔法学園に入ったら、もっと学べるかな……」
「なんだ、魔法使いになんのか?」
「うん、なりたい……すごい魔法使いになりたい……国一番の」
カインが真剣な顔をして言うと、マティスは大笑いする。
「それは大きく出たもんだな!」
あまりに笑われるものだから、ムッとして軽く睨む。
「本気だよ……そうならなきゃいけないんだ……僕は……」
(そうじゃなきゃ、キャロルもお師匠様も守れない……)
「そうかよ。まあ、でも……その歳でこれだけ魔法理論を理解してるガキってのもそういないぜ。いったい、どこで学んできたんだ?」
「…………本で読んだんだ……」
「それだけか!? けど……まあ、お前ってさ。魔力多そうだもんな。体から垂れ流しになってる時あるけど……早いところ、もう少し完璧に魔法制御できるようになった方がいいぜ。魔力の多いガキは攫われる」
笑うのをやめたマティスが、真剣な顔をして言う。忠告なのだろう。
「どこに攫われるの?」
「色々さ。たいていは、売られるな。魔力の多いガキに魔法を仕込んで、悪い事に使おうって大人は多いんだ。それに、隣国のオーズはそういうガキを買って魔法師兵団を作ってるって話だ」
「隣国のオーズ……それ、どういう国?」
「閉鎖的な国だから詳しくわかってねーよ。近隣国と国交も結んでないしな。宗教国家だが、噂じゃ魔神を信奉しているって話だ」
「魔神?」
「戦いの神だそうだ。なんでも、王族は魔族の血を引いているとかなんとか……噂だけどな。薄気味悪い国には違いねーぜ。攫われた子どもが売られてるって聞くしな。だから、お前みたいなチビガキは危ねーんだよ! 恰好の餌食だ」
グイッと頭を押されて、カインは迷惑そうに顔をしかめる。
「そんな間抜けじゃない……」
「お前だけじゃねーよ。キャロルもうまく抑えて隠してるけど、相当魔力が多いだろ?」
その指摘に、カインが驚いてマティスを見る。確かに、キャロルは魔力が多い。しかも、本人はそれが当たり前と思っているからか、子供の頃からそうだったからか、無自覚だ。魔力の多い子供が狙われているのなら、キャロルも危険なのだ。
マティスが度々店に姿を見せるのも、それを心配しての事かもしれない。王立魔法院の魔法使いが見張っているとなれば牽制にもなる。うかつに手を出そうという者も減るだろう。
チャラチャラしているお気楽魔法使いかと思ったけれど、案外色々と考えてくれていたようだ。少しだけ、見直す気になった。
「…………キャロルの事は僕が守るんだ」
「そうかよ。そいつは勇ましいけど、実力がなけりゃ意味はねーぜ」
「わかってる……っ!」
言われるまでもない事だ。けれど、今は師匠のアナスタシアがいない。学べる事は限られている。
「…………なんなら、俺が教えてやろうか?」
驚いてマティスの顔を見てから、「……いやいい」と首を振った。
「人が親切で言ってやってるんだぞ。お前だって学びたいだろ?」
「師匠は一人だから」
「そう言えば、お前も魔女の信者だったな。けど、魔女に弟子入りできるわけでもねーだろ。どこにいるのかもわからねーんだから。諦めろよ」
「放っといてよ」
「まあ、弟子にならなくてもいいから、ちょっとは教えてやるよ。それなら、いいだろう?」
「…………まあ、それくらいなら?」
「よし、じゃあ、時々来て教えてやる。俺の持っている本も貸してやろう。それに、王立魔法学園に入学したいんだろう? 一般科に入学するには魔法使いの推薦と保証がいるんだ。その時には、俺がなってやる」
(王立魔法学園……)
十二歳になれば、カインも王族として王立魔法学園に入学する事になっている。一応、王族としての体裁は整えてもらえるだろう。けれど――今さら王子の身分で入りたくない。あの役立たずで無責任な親の手を借りるのも、世話になるのも嫌だ。王立魔法学園に入っても、あの親の監視が付くなんて冗談じゃない。
(一般科で入るほうがいいかも……)
それに、キャロルも王立魔法学園に入学するなら一般科で入学するはずだ。そうなれば、同じ学舎で学べる。
「うん、それはいい考えだ」
カインはニコリと微笑んだ。マティスが怪しむような目を向けてくる。
「おい、何か悪い事を企んでないか?」
「別に……ただ、その時にはお願いする方がいいと思っただけ。僕は〝子供〟だから、大人の手助けが必要だもの。それより、魔法の本が読みたい」
「分かった。今度持ってきてやるよ。キャロルも一緒に勉強できるだろう?」
マティスが溜息を吐いて、グリグリと頭を撫でてくる。かわいげがないと思っている顔だ。
「ただいま~~! あれ、マティスさんも来てたの?」
戻ってきたキャロルがドアを開いて作業部屋を覗く。マントに雪がついていた。
「よぉ、キャロル。ダーシーのおっさんはまだ帰ってこねーの?」
「もうちょっとで帰ってくると思うよ。それより、二人で何してたの?」
キャロルに訊かれて、カインとマティスは顔を見合わせる。
「なにもしてねーよな!」
「うん、なにもしてない」
二人して答えると、キャロルは「いつの間に仲良し?」と不思議そうに首を傾げていた。




