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不穏

 私とカインが店に下りると、ダーシーおじさんとマティスさんが待っていた。カインが途端に機嫌の悪い顔になる。

「まだいたの……」

「いや……なんか、よくわかんねーけど……すみませんでした」 

 おじさんに背中を押されて前に出てきたマティスさんが、ひどく気まずそうな顔をして謝った。

「こちらこそ、ごめんなさい。マティスさん。カ……弟は魔女様の事を尊敬しているんだよ! 魔法使いとして憧れているみたいで。だから、気にしないで!」

 私が肘でつついても、カインはムスッとした顔のままそっぽを向いている。

「その歳で、もう魔女に毒されちまってんのか……」

 同情するように呟いたマティスさんを、カインがキッと睨んだ。またひやりとした冷気が漏れている。私はサッとカインの前に立った。


「マティス、もういから帰れ。お前だって暇してるわけじゃねーだろ! 仕事しねーとクビになっちまうぞ」

 おじさんがマティスさんの背中を押して店から追い出す。

「あっ、待って。キャロルの料理、すげーうまかったから! また、作ってくれよな。頼むよ、出禁にだけはしないで!! すげー反省しているし、魔女の悪口は言わねーから!!」

 私はぎこちなく笑みを作り、手を振って見送った。カインが「もう来るな……」と、ボソッと呟く。

 店のドアを閉めると、おじさんは「ふぅ」と息を吐いていた。


「すまねーな、キャロル、カイン。あいつは悪気があるわけじゃねーんだ」

「分かってるよ、ダーシーおじさん」

「帰り道で馬のフンを踏む呪いにでもかかればいいんだ……」

 カインはイライラした様子でドアを睨んでいる。カインの事だから、そのうちそんな呪いを本当に研究しそうだ。師匠を侮辱する者は絶対許さないとその顔には書いてある。カインは攫われてきた王子様なのに、どうしてこんなに母様を信奉するようになっちゃったんだろうね。


 マティスさんの発言は、悪気があってのものじゃない。あれが、世間の人たちが母様に対して抱いているイメージなのだ。才能はあるけれど、道を踏み外して黒魔術に手を染めた悪い魔女。国に災いをもたらす恐怖の対象。


 母様は自分の評判なんて気にしないし、積極的に噂を否定する事もない。もちろん、善行で自分の印象を払拭しようとも考えていないだろう。そんな事は母様にとって、ただの面倒事でしかない。だから、あることないこと、噂が一人歩きしてしまうのだ。それに、全部がただの噂だというわけでもない。母様は確かにぶっとんだところがあるから、怖れられるだけの理由は十分にある。

 それよりも、私はダーシーおじさんに大事な話がある。


◇◇◇


 店の奥の作業部屋に移動してから、私はダージーおじさんにグリュプス様から聞いた話を伝える。おじさんは、「グリュプス……そいつは森の守護者って言われてる魔物か?」驚いた様子だった。

「母様の友人だよ」

 私は森の奥に迷宮がある事と、その迷宮の入り口が破壊されていて母様が閉じ込められしまった事を伝える。迷宮の最下層に異界がある事は話さなかった。おじさんを信用していないわけじゃないけれど、もし話が広まって大勢の人が森に押し寄せてくるのは歓迎できないからね。


 知る人間は森に住む私達だけの方がいい。森の奥に迷宮がある事も本当は、あまり人に教えたくはない。迷宮は国が管理している。もし、あると知られたら、あの森は取り上げられてしまう。といっても、森の中で無事でいられる人の方が少ないんだけどね。魔物が多く、魔力汚染地帯とも言えるような場所だ。だから、母様が追いやられた場所でもある。


「つまり、アナスタシアは迷宮に閉じ込められて、すぐには出てこられないって事だな……」

「うん、そう。母様の事だから迷宮でも無事でいると思うけど……それと、グリュプス様が迷宮の入り口の近くで死んでいた人たちの服の一部を持ってきたの。これなんだけど」

 私が刺繍入りの衣の切れ端を見せると、おじさんは「こいつは……」と険しい表情になる。それが教会の聖職者の着る衣だとすぐに気付いたようだ。


「教会の連中が関わってるって事か? だとしたら、新年祭でガーゴイルを呼び出した件も、教会内部の者が手引きした可能性が高いな……」 

 術を行ったのは、ニコラウス=モーガン。前魔法院院長だった人だ。その行方は分かっていない。


「モーガンっていう人は母様の信奉者だったんでしょう? もし、その人が関わっていたとして、どうして母様を迷宮に閉じ込めたりしたのかな?」

 私は首を傾げる。それに、森の奥に迷宮があり母様が出入りしている事をどうやって突きとめたのか。

「本当にお師匠様の事を尊敬している人なら、そんな事しない……そいつはお師匠様を利用しようとしただけだと思う」

「それは考えられるだろうな……なにせ、アナスタシアやモーガンが王立魔法学園を卒業してから、かなり年月が経ってる。その間に変わってちまっていても不思議はない。いや、学園にいた頃からそうだったのかもな……とにかく、モーガンの居所がつかめなきゃどうにもならねぇ。ただ、アナスタシアを利用して、王家と敵対しようという連中がいる事は確かだろう」


 だとしたら、母様がその主謀者にされてしまう可能性がある。マティスさんだって、母様とモーガンという人が結託してガーゴイルを呼び出したのだと信じていた。


「お師匠様をはめようとしている人がいるんだったら……絶対許さない」 

 カインが拳をグッと握って呟く。そうだよね。私だって、このまま母様を陥れようとしている人を見過ごせない。そんな事になったら、母様は今度こそ本当に絞首刑か、火炙りにされてしまうもの。それを考えると、このまま母様はこちらの世界に戻ってこない方がいいのかも。あちらの世界なら――きっと誰も母様を捕まえようとしたりしない。安全に普通の暮らしができる。


 そうなったら、私もカインももう――母様に会えない事になるけれど、母様が捕まってひどい目に遭うよりはずっといい。カインは離宮で暮らしているのだから、生活の心配もない。私だって八歳だ。自分の事なら自分で面倒を見れる。保護者が必要なら、おじさんがなってくれるだろう。アナスタシア=オーウェンに娘がいた事なんてほとんどの人は知らない。このまま母様の娘だと言わなければ、私も普通に暮らしていける。


「キャロル……」

 私が考え込んでいるからか、カインが心配そうな目をしていた。

「大丈夫。母様の事なら心配ないよ……とにかく、狙われてるのは王家の人たちだよ」

 一番危ないのは、カインの両親と弟殿下。離宮にいるカインだって安全とは言えない。ニコラウス=モーガンを捕まえない事には、その目的も分からない。


「まあ、王家の事まで俺たちが考える事じゃねーさ。騎士や魔法柄いが大勢警護に当たってるんだ。そう簡単には、思い通りにいくまいよ」

「うん、そうだね。それはマティスさんたちに任せておけばいいと思う」

「あのへっぽこが役に立つと思えないけど……」

 カイン、〝へっぽこ〟なんて言葉をいつ覚えたの?

 口の悪い王子様にならないか、私は心配だよ。

 

 カインは夕暮れになるまで、作業部屋で作業をした後、離宮に戻っていった。弟殿下に渡す誕生日プレゼントの〝魔導式防犯ブザー〟作りも順調みたいだ。


 でも――来月行われる弟殿下の誕生日には大勢の人が招かれる。私はふと不安を覚えた。そんな絶好の機会、王家の人たちを狙う犯人たちが見逃すとは思えない。何事もなければいいけどーー。 


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