依頼
翌日、おじさんの家の厨房を借りた私は、サンドイッチを作ってバスケットに詰める。
それを持っておじさんの店に行くと、相変わらずお客さんがいなくて暇そうだ。
「おう、キャロル。出かけんのか?」
「うん。これ、おじさんの分のサンドイッチも作ったから、お昼に食べて」
バスケットをカウンターに置くと、おじさんは「おっ、そりゃすまねえな」と、嬉しそうな顔をする。
「あの面倒くさがりのアナスタシアから、どうやったらこんなできた娘が生まれてくるんだか。しかも、料理もうまいし、掃除もできるときたもんだ。俺もお前さんみてーな娘がほしくなるぜ」
カウンターに頬杖をついたおじさんは、「はぁ~」と溜息を吐く。
「おじさんも、結婚すればいいんじゃない? まだ間に合うよ」
「俺みたいな中年男のところに嫁に来てくれる女なんざ、王都中探したっていやしねーさ」
「そんな事ないと思うけど。そのためには、もうちょっと綺麗好きにならなきゃね」
「そいつは耳が痛い忠告だ」
「そうだ、おじさん。私、おじさんにお願いがあるんだけど……」
「おう、なんだ? 小遣いか?」
「違うよ。お金は十分持っているもの。あのね、おじさんの知り合いに、魔法使いっていないかな?」
モジモジして尋ねると、おじさんは頬杖をやめて私を見る。
「魔法使い?」
「うん、できるだけ信用できて口が硬そうな人がいいの」
「いったい、何を頼むってんだ?」
「実はね……」
私は背伸びしておじさんに顔を寄せる。おじさんもかがんで耳を傾けてきた。
「母様の濡れ衣を晴らしたいの。それで、今……ちょっと色々調べているところなんだよ」
「なんだって!? おい、ちょっと待て。お前さん、危ない事に首をつっこんでんじゃないだろうな?」
おじさんはカウンターに身を乗り出すようにして、怖い顔でジッと見てくる。
「だって、このままじゃ母様の罪状が増えちゃうじゃない? 母様が本当にやった事なら仕方ないけど、そうじゃない事まで罪を着せられるのは納得いかないよ! 母様はガーゴイルを呼び出して……」
おじさんは私の口を両手で塞ぐと、焦ったように店のドアに視線を向ける。
「バカっ! そんな事、店の中で言うんじゃねーよ。どこの誰が聞き耳を立ててるか分かりゃしねーんだ。とにかく、ちょっとこっちに来い。詳しく話を聞いてやる」
おじさんは私を抱き上げると、店の奥の部屋に連れていく。そこは仕事部屋で、魔導具を作る導具や作りかけの魔導具がたくさん置かれていた。相変わらず、ごちゃごちゃしていて片付いていない。木の作業テーブルと椅子が真ん中に置かれている。私がその椅子に座ると、おじさんは魔導具のコンロでお湯を沸かし、お茶を淹れてくれた。うーん、でもあんまりいい茶葉じゃない味がするよ。それに、古いお茶の匂いがする。
「で、どういう事なんだ? 何をしようとしてやがる。洗いざらい白状しろ!」
おじさんにギュッと頭を押さえられる。紅茶を飲んでいた私は、ちょっと首を竦めた。
「だから……新年祭の時に起こった事件の事を調べようと思ったんだよ」
おじさんも、国王夫妻と王太子殿下が教会でガーゴイルに襲われた事は知っている。その場に母様が現れた事で、母様が事件の犯人とされて追われている事も。
「あの件か……いいや、ダメだ。子供が関わっていいような事件じゃねえ。気持ちは分かるが……国王陛下が襲われたんだ。下手に首を突っ込めば、投獄どころか晒し首だ。お前だけじゃない。お前の母親もだぞ。俺だって……とにかく、ダメだ、ダメだ」
おじさんは腕を組んで、ブルブルと首を振る。
「危ないのは分かっているけれど、それじゃあ母様がやったと思われ続けるんだよ。ずっと塔に戻ってこれないじゃない。それは嫌。それに、私みたいな子供がそんな事件を調べているなんて、誰も疑ったりしないでしょう? それに、ちょっとした手がかりもつかんだの」
私は魔法鞄の中から、ハンカチを取り出した。それには、教会で見つけた血が付着している。
おじさんはギョッとしたようにそのハンカチを見る。
「どういう事だ? そりゃ、なんだ……いや、聞くのが怖いから、できれば俺を巻き込まないでもらいたいんだが」
そんなわけにはいかない。子供だけでは手に負えないから、大人を巻き込もうとしているのだ。そして、この王都で信頼できそうな大人は今のところ、おじさんだけだ。味方になってもらわないと困る。
「教会に行ってきたの。ガーゴイルを呼び出した術の痕跡があるんじゃないかと思って。そこで、血の魔法陣を見つけたの。それに、ブラックリリスを燃やした跡もね」
「ブラックリリス……」
おじさんの表情が険しくなる。それが魔物が好む野草だと、おじさんも知っているのだろう。もちろん、教会で使われるようなものではない。
「このハンカチの血を調べてくれる魔法使いが必要なんだよ。この血に魔力が含まれていると思うから、それを調べたら誰が術を行ったのか分かるかもしれないでしょう?」
「冗談じゃねえ。無理だ! こんな危なっかしい計画に協力してくれるような魔法使いがいるもんか。しかも、血から術者を特定しろだって? そんな事を調べられる設備があるのは、それこそ王立魔法院くらいだぞ。あそこなら可能かもしれねーが……」
「おじさんは、王立魔法院に所属している魔法使いの知り合いはいないの?」
「……………………さあな」
おじさんはフイッとそっぽを向く。さては、いるんだね。おじさんは腕のいい魔導具師だろう。母様が仕事を頼むくらいだもの。他にも知り合いの魔法使いがいてもおかしくはない。
「おじさん……このままじゃ、私……一生、母様に会えないよ……」
私は目を潤ませておじさんを見つめる。
「泣き落としなんて通じねえぞ! とにかく、あの件については忘れろ。このハンカチも暖炉に放り込んで燃やしてしまえ!」
「それじゃあ、証拠隠滅だよ! 母様の無実を証明できないじゃない。おじさんは、母様が濡れ衣を着せられても平気なの? 母様の友達でしょう?」
「いいか、キャロル。俺はお前の母親から、お前の事を頼まれてる。その頼まれてるってのは、こんな危なっかしい事をしでかす娘に協力してやれって意味じゃない。お前さんが、子供らしく安全に過ごせるように面倒を見てやれって意味だ。だいたい、アナスタシアが今さら罪が一つ増えたからって気にするもんか。あいつは自分の事は自分で解決するし、世間の評判なんて気にするような女じゃねえ。あいつの図太さは、お前さんだって知ってるだろ?」
おじさんは身を乗り出してきて、私の頭をガシガシと撫で回す。
「頼むから、大人しくしていてくれ! ここにまで衛兵が押し寄せてきてみろ。俺の商売だってあがったりだ! 店を畳んで、放浪の身になっちまうんだよ。この店を構えるまでに、俺がどれくらい苦労したか知ってるか? 借金だってまだ全部、返せてやしないんだ」
「…………じゃあ、いいよ。おじさんに協力はもう頼まない。このお店も出て行くから。迷惑をかけてごめんなさい。もう二度と来ないから心配しないで。それじゃあ、さようなら。おじさん、元気でね。それと、早くお嫁さんを見つけて幸せになって」
私は椅子から立ち上がる。
「待て、コラ」
おじさんは私の腕をつかんで、もう一度椅子に座らせる。
苦悩するように頭を抱えて唸っていたけれど、「分かった」と渋々ように頷いた。
「まったく……とんだ悪女に育ってやがる! そんなところだけ、アナスタシアに似てるんだ。まったく、手に負えないぜ! 昔からあいつも、俺を悪巧みに巻き込むんだからな。そのせいで、俺がどれだけひどい目に遭ってきたか……」
「おじさん」
私がジト目で呼ぶと、グチグチ独り言をもらしていたおじさんがこっちを見る。疲れきった目だ。私はできるだけかわいらしく微笑んでみせる。
「信頼できる魔法使い、紹介してくれるだけでいいんだよ。それ以上の事は知らんぷりしていて。後の交渉は私がやるからね」
「はい、そうですか……なんて、言えると思ってんのか? 大人をあんまり舐めるんじゃねえ。こうなったら、毒を食らわば皿までってやつだ。絞首刑台だろうが、地獄だろうが、付き合ってやるよ! お前の母親に、後でたっぷり文句を言ってやる。迷惑料だってふんだくってやるからな」
「おじさん! ありがとう……母様も私もおじさんには頭が上がらないよ! あの世に行ってもきっと感謝するからね」
「嫌な事を言うんじゃねえ。とにかくだ……お前はこの件を他のヤツに漏らさない事だ。それと、勝手に動き回ろうとするな。ちゃんと相談しろ。報告もだ」
「うん、分かってる。あっ、もう一人協力者がいるの。その子は信用できる子だから心配しないで」
「おい、待て。そいつはどこの誰だ!」
おじさんは私の肩をガシッとつかむ。
「母様の弟子だよ。おじさんも会ったでしょう?」
「ああ、あのちびっ子か……子供二人で何をやってんだか。けど、あいつは親元に帰されたんじゃねーのか?」
「王都にいるんだよ。教会にも一緒に調べに行ったの。カインも母様の濡れ衣を晴らしたいんだよ」
「そいつが親にうっかり話しちまうって事はないのか?」
「カインは母様が弟子にしたんだよ? そんな子がうっかりしていると思う?」
「それもそうだな……わかった。だが、そいつにはしっかり口止めしておけ」
「分かってるよ」
カインは口止めしなくたって誰かに話したりはしないけどね。
「ああ、そうだ。それとな。お前に頼まれてたネックレス、直ったみてーだぞ。うちの店に持ってきてもらうか? それとも、自分で取りに行くか?」
「本当に? じゃあ、場所を教えてくれたら、自分で取りに行くよ」
魔導細工師という人の仕事場をちょっとだけ見て見たい。
「そうか。お前が行く事は伝えておいてやるよ」
「うん! おじさん、色々ありがとう」
「たく……かなわねーな」
おじさんは溜息を吐いて、私の頭をポンポンと叩いた。
◇◇◇
おじさんに場所を教えてもらって行ってみると、狭い通りに古い家が建ち並んでいた。粗末な身なりをした子供たちが遊んでいる。この辺りのはずだ。ロープが張られていて、いくつもの洗濯物が干したままになっている。井戸の周りで洗い物をしながら雑談していたおばさんたちに場所を訪ね、それから石段の先にある三階建ての家に向かった。
階段を上って部屋の前まで辿り着くと、扉をノックする。
中からバタバタと足音がして、「ぎゃあっ!」という女の人の悲鳴が聞こえた。それから静かになる。心配になって様子をうかがっていると、勢いよく扉が開いた。
「いらっしゃい!!」
出てきたのは若い女の人だ。しかも、おでこが赤くなっていて大きなたんこぶができている。それがかなり痛そうだ。
「だ…………大丈夫ですか?」
思わず尋ねると、女の人は私を見て目を丸くする。子供がやってきたとは思わなかったのだろう。
「大丈夫……なんだけど、ええっと、お使い……かな?」
「いいえ、違います。ダーシーおじさんに頼んで、ネックレスの修理をしてもらっていた者です。キャロルって言います」
「ああっ! あのウサギのネックレスの……とにかく、入って、入って!」
お姉さんはなぜか挙動不審に外を見回してから、私を家の中に引っ張り込んでドアを閉めた。しかも、しっかり鍵までかけている。
家の中は――うん、片付けができていないんだね。足の踏み場もないほど物が散らかっている。どうやら、このお姉さんもダーシーおじさんの同類みたいだ。家の中は狭いけど、カーテンも家具もちょっとかわいい。片付ければ素敵な部屋になりそうだけど、お姉さんはそれどころではないみたいだ。
奥の部屋は工房としても使っているようで、テーブルの上には導具や作りかけのアクセサリーが並んでいる。部屋の隅には木箱が置かれていて、作りかけや失敗作のアクセサリーが放り込まれていた。
「ここ、座ってて!」
お姉さんはパッチワークのクッションが置かれた椅子を勧めてくれる。机の上を見れば、指輪と小さな魔石が並んでいた。
「わぁ……かわいい……」
動物が好きなのか、ウサギやフクロウ、キツネなどの形のアクセサリーが多い。どれも繊細で、手が込んでいる。お姉さんは腕のいい細工師のようだ。
お姉さんは「ええっと、どこかな」と、木箱が並んでいる棚をガサゴソと漁っていた。そのうちの一つを手に持って戻ってくる。
「この前のネックレスなんだけど……ちょっとデザインを変えてみたの。気に入らなかったら遠慮しないで言ってね!」
木箱を受け取って開いてみると、ネックレスが黒のチョーカーに変わっていた。
「わぁ、すごくかわいいっ!」
私は一目でそれを気に入った。チョーカーの真ん中にあのウサギの飾りがついている。それに黒の布の部分はレースで縁取りもしてあった。後ろで結べるようになっているから、長さも調節できる。
「小さな女の子って聞いたから、こっちの方がいいと思って。あのネックレスのチェーンはちょっと長かったでしょう? どうかな? やっぱりチェーンの方がいいなら、交換するよ?」
「ううん、こっちの方がいい!」
私はチョーカーを手に取る。お姉さんが後ろに回って、私の首にチョーカーをつけてくれた。
「よかった~~。気に入ってくれて。この子も素敵な持ち主が見付かって、すごく喜んでるよ」
「ありがとう。大事な友達が選んでくれて、私もその子にブローチを選んだの。フクロウのブローチだよ。それもすごくかわいくて、その子もとっても気に入ってくれたの」
私は椅子に座ったまま、首に結んだチョーカーに手を触れる。
「フクロウのブローチ! あの子も買ってもらえたんだね。よかった~~」
お姉さんは自分が作ったアクセサリーが売れたのがよっぽど嬉しいみたいだ。大事に作られているのだとわかる。それから、私に「痒くない? 痛いところや気になるところはない?」と訊いてくる。
「ううん、平気。気にならないよ」
「もし、飾りが取れたりしたら言ってね。いつでも修理するから」
お姉さんは私に紅茶を淹れてくれる。名前はジゼル。家名はないと教えてくれた。
「私、実は孤児でね。孤児院育ちなんだ。ダーシーさんのおかげで、今はこうして魔導細工師の仕事をやっているんだけど……まだ見習いで、工房もお店も持っていないの。だから、時々ダーシーさんのお店に置かせてもらっているんだよ。私の作ったアクセサリーが売れたと聞いて、すごく嬉しかったの!」
紅茶を飲みながら、ジゼルお姉さんは興奮したように話してくれる。
「すごく気に入ってたんだよ。でも、チェーンを引きちぎられちゃって……」
「引きちぎられたぁ~~~~っ!?」
お姉さんはテーブルに手を突いて立ち上がると、ものすごい形相になる。「どこの誰がそんな事をしやがったのよ。ぶち殺……じゃなくて、見つけたらビンタ百発よ!!」と憤慨している。
「ああ、うん。今度その人を見かけたら、私が代わりに怒っておくよ……」
相手は王宮の近衛騎士様だ。そう簡単には出くわさないかもしれないけれど、見かけたらつま先を机の角にぶつける呪いでもかけておこう。お姉さんのためにも。
「それに、代わりにこんなにかわいいチョーカーになったからいいの」
私は自分の首につけたままのチョーカーに触れる。リボンの部分も丈夫そうだから、簡単には千切れたりはしないだろう。
「ありがとう……キャロルちゃんっ!! 君みたいにかわいい子に買ってもらえて、そのウサギはとっても幸福なウサギだよ~~」
お姉さんは私の両手を握り締めて目を潤ませる。
「そうだ。お姉さん。お姉さんにもう一つ、お願いした事があるの」
「アクセサリーの事なら、なんでもきくよ! その他の事は何一つできないから無理だけどね……借金取りに追われていてお金もないし……」
「ジゼルお姉さん……借金まであるの?」
「家賃が払えなくてつい、高利貸しにお金を借りちゃったんだ……」
お姉さんは遠い目をする。なんだか、とってもダメな人っぽいね。私は苦笑いをして、魔法鞄からお財布を取り出す。そして、金貨を一枚テーブルの上に置いた。
「こ、これは~~~~!?」
お姉さんは顔がくっつきそうなほど、金貨に顔を寄せる。
「アクセサリーを一つ、作ってほしいの」
「金貨一枚で!? 王都の宝飾店でも十分立派なものが買えるよ!?」
「でも……王都の宝飾店より、お姉さんに作ってもらいたいんだもの。私の母様にあげたいの」
「ということは、大人の女性だね。石にはどんな効果を付与したい? 素材は金? それとも銀がいいのかな?」
「石には幸福の効果を付与してもらいたいの。それからね、素材は……お姉さんにお任せするよ」
私はジゼルお姉さんとデザインについて話し合う。母様に似合いそうなデザインがいい。でも、どんなものがいいのかな。お姉さんは綺麗な花のデザインも勧めてくれたけど、私はコウモリにしてもらった。お姉さんは動物モチーフのアクセサリーが得意みたいだし、それにコウモリはなんだか母様っぽい気がする。魔女だしね。
「コウモリ……コウモリかぁ……うん、いいかも! なんだかすごく素敵なアクセサリーになりそうな気がする!! コウモリは幸福の象徴でもあるんだよ。嫌う人もいるけど、本当はすごく縁起がいいの。ネックレスがいい? それとも、指輪? ブレスレットもいいけど」
「それなら、私と同じチョーカーにしてほしい! 黒いリボンの……それなら、母様とお揃いっぽいでしょう?」
私が目を輝かせて言うと、お姉さんも「それ、すごくいい!」と頷く。
話が終わると、ジゼルお姉さんは私を玄関まで見送ってくれた。
「じゃあ、お願いします」
「任せて! 絶対、あなたのお母さんが気に入る最高にかわいいチョーカーを作ってみせるから!」
「うん、期待してるよ。それじゃあ、またね! おじさんのお店にいるから、できたら教えて」
私は手を振って、階段を下りていく。
母様が戻ってきた時にプレゼントしよう。早く事件を解明して母様の濡れ衣を晴らさないと。




