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相談

 魔導具店に戻った私は、ダーシーおじさんに頼んで厨房を貸してもらう事にした。

「好きに使ってくれていいんだが……あー……いや……湯を沸かすくらいしか使ってなくてな。ちょっとばかり片付けができてねーんだ。道具は使ってくれてかまわねぇよ」

 案内してくれたダーシーおじさんは、厨房の惨状を見て気まずそうな顔をする。これのどこがちょっとばかりなんだろう! 皿やコップはテーブルの上に散らかったままになっているし、コンロには鍋やフライパンが放置されている。私はすっかり呆れて、ジト目でおじさんを見た。

「おじさん……」

「すまねぇ……いや、マジですまねぇ……片付けは手伝うからよ」

 おじさんは視線を逸らし、苦笑いを浮かべながらポリポリと頬を掻いた。


 こうなったら、徹底的に磨いて使えるようにしなくちゃ。こんな汚い厨房で作った料理なんて、カインに食べさせられない。お腹を壊してしまう。おじさんにゴミ出しを命じて、私はその間に床も棚の上も、コンロも掃除していく。ようやく片付いた時にはお昼になっていた。掃除を手伝わされたおじさんは、げっそりしながら店へと戻っていく。ブツブツと文句を言っていたけれど、日頃から綺麗に使わないからだよ!


 私は綺麗になった厨房を見回した。おじさんは魔導具店の店主だけあって、魔法コンロも置かれている。これは魔力を通すだけで火が点くから便利だ。カインは離宮の料理があまり口に合っていないようで、食欲も以前より落ちていた。元々痩せっぽちだったのに、さらに貧弱な体つきになってしまう。育ち盛りなんだから、たくさん食べさせないと!


 昨日買っておいた食材をテーブルに並べて、魔法鞄の中から粉や砂糖、バターなどを取り出した。これも塔から持ってきていてよかった。

「まずは……何を作ろうかな?」

 カインが好きなキッシュは外せない。それに、焼き立てのロールパンも持っていこう。お菓子は、パウンドケーキだ。手際よく作るため、パン生地を捏ねている間に、魔法で粉や砂糖を計量していく。泡立て器が勝手に卵を泡立ててくれるから楽だ。


 ロールパンの生地を発酵している間に、パイ生地を準備して、ベーコンやタマネギ、ほうれん草やマッシュルームをバターで炒めていく。キッシュの準備ができたら、次はパウンドケーキ作りに取りかかる。ケーキには栗をたっぷり入れる事にした。


 ダーシーおじさんってば、立派な魔法オーブンもあるのに、ほとんど使っていないなんてもったいない! おじさんは、早くいいお嫁さんを見つけるべき。オーブンでロールパンを焼き、続いてキッシュを焼いて、オーブンを休ませる暇もなくパウンドケーキを焼く。


 作ったものを小分けにして包み、魔法鞄の中に入れた。厨房を綺麗に片付けてから、私は魔法鞄を提げて魔導具店に戻る。ダーシーおじさんは、カウンターで帳簿をつけているところだった。私が店に入ると、メガネを外して顔を上げる。

「もう、厨房はいいのか?」

「うん、使わせてくれてありがとう。おじさんの分はテーブルに置いておいたから、後で食べてね」

「そいつはありがたいな。出かけんのか?」

「ちょっと遅くなるけど、心配しないで。カインに会いに行くだけだもの」

「そうか。気をつけて行ってこいよ」

 私は「はーい」と返事をして、店を出る。おじさんはカインが王子様だという事にも気付いていないみたいだし、私がこれから向かうのが離宮だという事も知らないだろう。世の中、知らないほうがいい事もあるって母様も言っていたから、黙っていよう。おじさんを余計な事に巻き込みたくないしね。


◇◇◇


 昨日と同じように猫に変身して離宮の庭に入り込む。猫一匹がうろついていても、衛兵も庭師のおじさんもあまり気にしていないようだ。まったく不用心な! でも、おかげで私はこうして忍び込める。

 中庭に行くと、カインはソワソワした様子で待っていた。護衛の騎士と侍女も後ろに控えているけど、カインが何をするのか分かっていないようで、戸惑いの表情が浮かんでいた。


 猫の姿の私が薔薇の茂みの陰から姿を見せると、カインはパッと顔を輝かせて駆け寄ってくる。騎士も侍女も、拍子抜けしたような表情だ。カインがまさか、野良猫をかまうために中庭に突っ立っていたとは思わなかったのだろう。素っ気ない猫のふりをする私を、カインがそっと抱き上げる。

 

「殿下、またその猫をお部屋にいれるつもりですか?」

 侍女が困った顔で訊いてきた。

「この子は僕が飼う事にしたんだ。追い出さないで……」

 カインはそう言うと、騎士と侍女を置いて小走りに宮殿内に戻る。

 部屋に入ると、誰も入ってこないように命令して扉を閉めていた。カインが鍵をかけるのを待ってから、私は魔法を解いて元の姿に戻る。


「怪しまれたりしないかな?」

 私が小声で尋ねると、カインは「大丈夫」と頷いた。

「昨日の夜、猫がいなくなったって大騒ぎしておいたんだ。だから、部屋に閉じこもって大人しくしてくれている方がいいと思ってるよ……」

「カインってば、随分ずる賢くなってない?」

「キャロルに会うためだもの」

 カインはニッコリ微笑む。愛らしい天使みたいな顔をしているくせに、悪知恵を働かせるとは。

 これも塔の暮らしの悪い影響だ。それとも、母様の影響だろうか。師匠が師匠なら、弟子も弟子だ。


「カイン、昼食は食べた?」

「ううん、まだだよ。今日はいらないって言っておいたから」

「それならちょうどよかった」

 部屋のテーブルの上に、魔法鞄から取り出したキッシュやロールパンを並べる。そばにやってきたカインが、それを見た途端に目を輝かせた。

「キッシュだ……!」

「カインが好きなもの、色々作ってきたよ。一緒に食べようと思って」

「ありがとう、キャロル。すごく……嬉しい!」

 椅子に座り、鞄から取り出したカップに水筒の紅茶を注ぐ。

 お皿やフォークも用意してきたら、お茶会の準備は万端だ。

 お祈りの言葉を早口で唱えたカインは、待ちきれないようにキッシュを口に押し込む。一切れなんてあっという間にお腹に収まってしまったようだ。よっぽどお腹が空いていたのだろう。もう一切れ、カインの皿に追加してあげる。


「おいしい……まだ温かい! 生地がサクサクしてる……」

「作ってきたばかりだもの。ダーシーおじさんの家の厨房を借りたの。おじさんの家の厨房は、立派なオーブンがあるから、また作ってくるよ。今度はなにがいい?」

「キャロルが作ってくれるものならなんでもいい……でも、今度は……パイがあれば嬉しいな」

「じゃあ、次はパイを作ってくるね」

 林檎のパイもいいけど、食べ盛りのカインにはミートパイでもいいかもしれない。


「ノエルの様子はどう?」

「元気だよ。見つかると大騒ぎになるから……図書室に隠しておいたんだ。あそこは僕以外入らないもの。それに、ノエルも図書室が気に入ったみたいだ」

「貴重な本が雪まみれになっていなきゃいいけど……」

 以前、ノエルは物置小屋を雪まみれにした事がある。あんなふうになったら、大騒ぎどころではない。

 カインは面白がるようにククッと笑っている。侍女や騎士が出入りする部屋の中で飼うよりは、人が寄りつかない図書室の方が見付かる可能性は低そうだ。


 キッシュとロールパンをお腹に詰め込んで満足しているカインに、私は栗のパウンドケーキを出す。お腹いっぱいでも、甘いものは余裕で入るらしい。細くてもやっぱり食欲旺盛な男の子だ。こうして一緒に食事をしていると、塔にいる時と変わらなくてちょっと安心する。


「キャロル……それで、何から調べるつもり?」

 カインが紅茶を飲んで、パウンドケーキを口に運びながら尋ねた。

「それなんだけど、教会に行ってみようと思うの。何か魔法の痕跡が残っているかもしれないでしょう? それに、魔法を使ってガーゴイルを呼び寄せたのだとしたら、術者も近くで見ていたと思うの」

「でも、あの場にはたくさん人がいたよ」

 新年祭の日、教会に祈祷に来ていた人は大勢いた。国王夫妻だけではない。貴族もいたし、庶民もたくさん集まってきていた。あの時は国王夫妻と弟殿下を助ける事に夢中で、そこまで気が回っていなかった。今さら、誰が訪れていたかなんて調べるのは困難だ。


「魔法を仕掛けた人は分からなくても、どんな魔法を使ったのかは分かるかもしれないもの」

「もう、痕跡が消されてしまっているって事はないのかな? それに、あれからもう随分経ってるよ」

「うーん、確かにそうかもね。そうだ……新年祭に教会で祈祷した人のリストが残ってないかな?」

 特に王族や貴族、金持ちの人は、祈祷してもらう時に寄附を行う。その中の誰かがガーゴイルを呼び出す魔法を仕掛けていたとは限らないけれど、少なくとも、どんな人が訪れたかくらいは分かるかもしれない。一般の人たちの名前は分からないかもしれないけど。


「国王様や王妃様や、弟殿下を狙うなんて、政治に関係している人だと思うの……」

 だとしたら、貴族か王族の誰かという可能性が一番高い。もちろん、そうした人たちが自ら魔法を駆使したとは限らない。魔法を扱える誰かに依頼した可能性もある。その場合でも、どこかで見ていたと思うんだよね。依頼が成功したかどうかを自分の目で確かめずにはいられないだろうから。


「……じゃあ、貴族か王族?」

 カインも真剣な顔をして考え込んでいる。

「教会の関係者って事も考えられるよ」

「聖職者が教会であんな騒ぎを起こすかな……?」

「うーん、そうだね。教会は神聖な場所だし……」

 じゃあ、教会の関係者は違うのかも。私は首を傾げる。子供の頭で考えられる事なんて限られているよ。それに、北の端に住んでいた私も、離宮で暮らしていたカインも、政治の事なんて何も知らない。

「国王様とかに直接訊けたら分かる事もあるかもしれないけど、無理だよね」

 私がポツリと呟くと、カインは落ち込んだ顔を見せる。

「僕は王宮の事を何にも知らない……」

「それは私も同じだよ」

 二人同時に溜息を吐いた。世間知らずな子供二人が頭を悩ませていても仕方ない。


「僕、何とか……王宮に行けないかな……」

「えっ! でも、カインはあまり……行きたくないんじゃない?」

 驚いて訊くと、カインは迷うように瞳を揺らした。

「そうだけど……誰が何を企んでいるのか知らないと犯人は分からない。お師匠様の濡れ衣を晴らすためなら、嫌な気持ちになるくらい我慢できるよ」

「王宮に行きたいって頼めば、行かせてもらえるの?」

「手が付けられないほど暴れたら、誰かが父上や母上に知らせに行くんじゃないかな?」

「そんな方法!? それじゃあ、カインの評判がますます悪くなるじゃない」

 今ですら、魔女に呪われているなんて言われているのに。正気を失っているなんて噂が広まったら、余計に肩身が狭くなる。


「カインがどこかに閉じ込められる事になったら困るよ。それより……何か理由があればいいんじゃないかな?」

「理由?」

「カインが国王夫妻に会いに行く理由だよ。例えば、パーティーに出たいとか、勉強の成果を発表したいとか、国王夫妻の誕生日があれば一番いいんだけど。それなら、プレゼントを渡したいって言ったら会わせてもらえるんじゃないかな?」

 子供からのプレゼントを喜ばない親はそういないと思う。喜ばなくても、受け取りを拒否したりはしないはずだ。たぶんだけどね……。


「…………来月なら、弟の誕生日があるよ」

「それ、カインも招待してもらえるの?」

「ううん。一度もない……」

 弟の誕生日にすら、家族と会わせてもらえないなんて! 私はカインがひどく気の毒になる。

 王太子の誕生日ともなれば、盛大にお祝いするはずなのに。貴族たちもお祝いに駆けつけるだろう。

 私は絶対、カインの誕生日は盛大にお祝いするよ! プレゼントもたくさん用意しよう。


「カインの誕生日って……そうか、その日に塔にやってきたんだよね」

 もうずっと前の事みたいに思っていたけれど、あれからまだ一年と経っていないのだ。カインが随分塔に馴染んでいるから忘れていた。

「うん。あれは……最高の誕生日だった」

 カインは母様に連れ去れた時の事を思い出したのか、ククッと笑う。誘拐されたも同然なのだから、少しも最高の誕生日じゃなかっただろうに。それに、カインの誕生日だって事も知らなかったから、私はお祝いの準備もしていなかった。母様ってば、そういう大事な事をちゃんと教えてくれないんだから――。


「来年はちゃんとお祝いするからね。カインが塔に来て一年目のお祝いの日にもなるし」

「それまでに、塔に帰れるといいな……」

 カインは心底それを望んでいるように溜息を吐いていた。この離宮での暮らしは窮屈なのだろう。

「大丈夫。帰れるよ。そうしたら、母様も塔に戻ってくるだろうし……また三人で暮らせるよ」

 そのためにも、頑張って犯人を捕まえないと!

 

「とにかく、その弟殿下の誕生日には、カインも王宮に行けそう?」

「分からないけど、やってみる」

「じゃあ、贈り物も考えなくちゃ。何がいいかな?」

「…………水鉄砲…………?」

「それはダメ。危ないもの!」

 弟殿下は私よりも年下なのだ。まだ魔力の扱いにも慣れていないだろう。それに、そんなものを渡したら、取り上げられてしまう。しかも、あれは母様が改造したものだ。バラバラに分解されて、念入りに調べられるに決まっている。あの水鉄砲はかなりの殺傷能力がある代物だ。魔物だって倒せるんだから。


「…………私が作ったお菓子なんて、食べてもらえないだろうし……」

 カインが持っていったとしても、得たいが知れないと捨てられてしまいそうだ。毒入りだと疑われるかもしれない。それに、相手はこの国の王太子だ。そんな人にあげる誕生日プレゼントがお菓子というのも、あまりにパッとしない。カインが恥を掻いてしまう。


「キャロルのお菓子を食べていいのは、お師匠様と僕だけだ……」

 カインは眉間にギュッと皺を寄せる。そんなに私の作るお菓子を気に入っているの?

 でも、独占するほどのものじゃないよ?


「ダーシーおじさんに相談してみるってのはどうかな? 子供でも扱えて、便利な魔導具があるかもしれないよ? もしくは私とカインのブローチやペンダントみたいに、装飾品でもいいんじゃない?」

 カインの上着の襟には、新年祭の時に贈ったフクロウのブローチがついている。気に入ってくれるみたいだ。

「防犯ブザーはどうかな?」

 カインがふと思い付いたように言う。

「それはいい考えだと思うけど、あれは母様にしか作れないよ」

 元がこちらの世界にないものだ。でも、似たものなら、ダーシーおじさんにも作れるかもしれない。もちろん、私も一緒に考えるつもりだ。カインも協力してくれるだろう。

 あれなら、ピンチの時に周囲の人に知らせる事ができる。狙われているかもしれない弟殿下には必要なものだし、珍しいから贈り物とするにはピッタリだ。


「それなら、弟殿下の誕生日までに魔導具作りも進めよう」

「うん、僕……父上に手紙を書いてみる。ミハエルの誕生日に王宮に行かせてもらえるように」

「よし、それで決まりだね。教会には今夜、乗り込んでみよう」

「忍び込むつもり?」

「うん、カインが抜け出すのが無理なら、私だけで行ってくるよ?」

「絶対ダメだ! 僕も行く。キャロルだけなんて……絶対ダメだ」

 カインは大きく首を振って言い張る。

「じゃあ、今夜のためにもうちょっと準備してこなくちゃ」

 カインと今夜落ち合う約束して、私は再び猫に姿を変える。そしてテラスから、庭へと下りた。





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