離宮
物置部屋に行ってみると、スノードラゴンは溶けかけの巣箱の中で丸まっていた。私が覗き込むと、頭を起こして小さな声で鳴く。しゃがんで触れれてみると、ひんやりとした冷たさを感じた。
「…………寂しいね」
この子も、カインがいなくて元気がないんだ。今頃、王都でどうしているだろう。
母様も戻ってこない。
私は「落ち込んでても仕方ないよ」と、立ち上がった。
気になるなら、会いに行くべきだ。
荷物を魔法鞄に詰めてから、ノエルをマントのポケットに入れる。カインがかわいがっていたスノードラゴンだから、この子も飼い主の顔が見たいだろう。せめて、カインのところに届けたい。
塔を下りて外に出てみると、吹雪がひどかった。バサッと空から下りてきたのはグリュプス様だ。
「塔を出るつもりなのか?」
「王都に行って、ちょっとカインの顔を見てから戻ってくるつもり。グリュプス様、お願いがあるんです。私を王都の近くまで連れていってくれませんか?」
「王都!? 俺様は確かに立派で大きな翼があるが、人間に見付かったらまずいだろう? 大騒ぎになっちまう。人間はちびっこいくせに、群れで襲ってくるから厄介なんだ!」
グリュプス様は面倒そうに顔をしかめる。
「それなら、森の外に連れていってくれるだけでもいいの。そこからは何とかするから」
「王都に行って捕まっちまったらどうするんだ? お前はアナスタシアと同じくお尋ね者になってるんだろう?」
「私の事なんて知っている人はほとんどいないもの。どうにかなるから平気。グリュプス様、お願いです。ほんのちょっと手を貸してくれるだけでいいんです」
「ああもう、しょうがねぇな!! お前の面倒を見るようにアナスタシアに言われてんだ。森の中で行き倒れられたら、俺様があいつにひどい目に遭わされる」
ガシガシと頭を掻くと、グリュプス様は「ほら、乗りな」としゃがんで背中を向けてくれる。おんぶしてくれるつもりなのだろう。本来の姿に戻ると騒ぎになる。人の姿のまま飛んでいくつもりらしい。
「落っことしたりしませんよね?」
「俺様がそんなヘマに見えるのか? さっさとしろ。王都までは飛んでいってもけっこうかかるんだぞ」
「ありがとう!! 帰ったら、たくさん新鮮なお肉を用意します」
私はグリュプス様の背中におぶさる。グリュプス様は翼を大きく動かして飛び上がった。冷たい風が吹き付けてきて、グリュプス様にギュッとしがみつく。森の木々がどんどん小さくなっていく。
「わぁ! すごい」
湖畔沿いの道が見えた。馬車や人が通っているが、きっと空高くを飛ぶ私達には少しも気付いていないだろう。グリュプス様は王都の方角に向かって真っ直ぐ飛んでいく。空は遮るものがない。大きな城壁のある街もオモチャみたいに小さく見える。
王都へと辿り着いたのは、日が落ちて暗くなってからだ。グリュプス様は王都の外れにある廃屋の屋根の上にストンと着地する。私はすっかり寒くなってしまって、クシュッとクシャミを漏らした。ここは母様が転移魔法に使ったあの廃屋だ。
「本当に一人で大丈夫なのか?」
「もちろんです。王都には何度も来たことがありますから。それより、グリュプス様こそ見付からないように気をつけて」
「分かってるさ。帰りは俺様を呼ぶんだぞ。この近くの森にいるからな」
「はい、ありがとうございます」
私がお礼を言うと、グリュプス様は夜の空へと飛び立っていった。それを見送って、私は屋根の上から王都を眺める。教会の屋根や王宮まで見渡せる。カインがいる離宮はどこだろう。
「取りあえず、今夜泊まるところを探さないと。行こう、ノエル」
マントのポケットから顔を覗かせているノエルに話しかけ、屋根の上から飛び下りた。風魔法を使ってふわりと着地する。廃屋の周囲は木々に囲まれていて、人も来ないのだろう。不気味に静まり返っていた。私はフードをしっかりとかぶって駆け出す。
王都は中心街まで行くと賑やかで、日が落ちてからも灯りがたくさん灯っていて明るかった。酔っ払った人が道の端に座り込んで居眠りをしているし、派手な格好の女の人が男の人を呼び止めて店の中に引っ張り込んだりしている。
人にぶつからないように気をつけながら、大通りを通り抜ける。
「こっちかな」
怪しげな魔導具や薬を売っている通りに出ると、私は一件の店の前で足を止め扉を叩いた。中に入ると、「なんだい、もう閉まる時間だよ」と声がする。
母様と一緒に来た魔導具店だ。私が王都で知っている人は少ない。頼れる大人は、この魔導具店の店主であるダーシーおじさんくらいしか知らなかった。
「こんばんは、ダーシーおじさん。私のこと、覚えていますか?」
「お前……アナスタシアの娘じゃねーか!!」
ダーシーおじさんは驚いてカウンターの中から出てくる。
「アナスタシアも一緒なのか?」
「いいえ、私だけで来たんです」
「そうか……とにかく、奥に入んな。誰かに見られたら厄介だ」
店の奥は事務室なのだろう。書棚には帳簿や顧客リストなどが並んでいて、真ん中にはテーブルと椅子が置かれている。椅子に腰掛けると、おじさんは温かい紅茶をいれてくれた。
「で、どうして王都に一人でやってきたんだ? お前さんの母親はどこに行った。新年祭で魔物が現れて国王夫妻が襲われたんだ。あれから、どこもかしこも警備が厳重になってんだ。アナスタシアが魔物を呼び寄せたって噂が広がってる。騎士や兵士が行方を捜してるはずだ」
「おじさんのお店にも、騎士や兵士がやってきたんですか?」
「いいや、俺がアナスタシアの知り合いだなんて、あいつらは知っちゃいないからな。けど、あちこち捜し回ってんのは確かだ。懸賞金もかけられている」
「私も母様の居場所は知らないんです。あれから、塔にも戻ってこないんです」
「じゃあ、子供だけで暮らしてんのか? あの時連れていたあいつの弟子はどうした?」
「それが……あの子は両親の元に返されちゃったんです」
私はどこまで正直に話せばいいか分からなくて、言葉を濁した。
カインが王子様だという事は話さないほうがいいだろう。
「おじさん。私、王都に何日かいるつもりなんです。やらなくちゃいけない事があって……だから、寝泊まりできそうな安全な場所を探しているんです。でも、子供だけで宿に泊まったら、怪しまれるでしょう?」
子供一人を泊めてくれるような宿はないだろう。怪しまれて衛兵に通報されては困る。
「なら、この店の上を使え。あんまり綺麗じゃねぇが、俺も時々寝起きするのに使ってるんだ」
「いいんですか?」
もし、衛兵が私を捕らえにきたら、匿ったおじさんにも迷惑がかかるかもしれない。
「ああ……下手に宿に泊まるよりは安全だろう。宿も衛兵が巡回しているからな。まあ、アナスタシアに娘がいるって事自体、知らないやつが大半だ。俺の親戚の子って事にしておけば、衛兵がやってきても言い逃れできるさ」
「それなら、お願いします。何日かでいいんです。あっ、お金も……」
「子供が余計な気を回すんじゃねえ。俺はアナスタシアに恩がある。あいつの娘をちょっと助けてやるくらいは何てことはねぇんだ」
「ダーシーおじさん、おじさんも母様が魔物を呼び出したと思いますか?」
「そんなわけねぇだろう。けど、そう信じてるヤツは多いだろうな。王都に魔物が現れること事態、本当はありえないんだ。この辺りは魔物避けの結界が張られている。誰かが呼び寄せなきゃ現れるはずもない」
おじさんは首を振って、お酒の入ったカップを口に運んでいた。
「誰かが呼び寄せなきゃ……?」
「ああ、そうだ。けど、アナスタシアはそんな事はしやしねぇ。あいつは無駄に騒ぎを起こすようなやつじゃないさ。あの場に現れたのだって、何か理由があるんだろうよ」
それは私とカインが助けを求めたからだ。けど、ダーシーおじさんはそんな事は知らない。それでも、母様を信じてくれているんだ。母様にも頼れる友人がいるのだと少し驚いた。母様はあまり人付き合いが上手な方ではないから。でも、悪く言う人ばかりではない。
「ダーシーおじさん、ありがとうございます」
私が微笑むと、ダーシーおじさんに頭をグリグリと撫でられた。
「今日はもう遅い。上がって早く寝な。俺の家はこの店の裏だから、なんかあったら呼びに来い」
「はい」
私は残りの紅茶を飲み干して立ち上がる。
屋根裏部屋に上がると、おじさんが寝泊まりするための木のベッドがあった。上掛けもシーツもグシャグシャになっている。「まあ、ちょっとばかり片付いてないけど、好きに使ってくれ」とおじさんは恥ずかしそうに言って、部屋を出て行った。
「このシーツも洗ってるのかな……」
私はちょっと心配になりながら、上掛けをめくってみた。おじさんの匂いがするけど、これならなんとか我慢できそうだ。それに贅沢は言えない。天窓から月明かりが差している。
私はベッドの端に腰を掛けた。ポケットからノエルが出てくると、室内にチラチラと雪が舞う。
「明日はカインに会いに行こう」
私が言うと、ノエルはまたポケットに潜り込んでしまった。
◇◇◇
翌日、顔を洗って着替えをしてから、マントをはおって毛糸の帽子や手袋をつける。店に入ると、おじさんはもう出てきていて、カウンターで魔導具の修理をしていた。
「おはようございます。ダーシーおじさん」
「キャロル、もう出かけんのか?」
「はい。あの、ダーシーおじさん。これ……チェーンが切れてしまったんです。直すことはできますか?」
私はポケットから取り出したウサギのペンダントをカウンターに置いた。塔にやってきた騎士に引っ張られて、チェーンが切れてしまった。
おじさんはメガネをかけて、チェーンを手に取る。
「それなら、こいつを作った細工師に修理を頼む方がいいだろうな。何日かかかると思うが、それでもいいなら渡しておくぜ」
「お願いします。お気に入りのペンダントなんです」
「分かった。出かけるなら、気をつけてな」
「じゃあ、行ってきます」
私はペンダントと修理代をおじさんに預けて店を出る。外は晴れていて、朝日の中で雪かきをしている人たちがいた。
◇◇◇
カインは離宮で暮らしていると話していた。王宮から少し離れた場所にある古い宮殿がそうだと聞いた。宮殿の近くにある物静かな公園で、私は杖を取り出す。魔法陣を宙に描いて呪文を唱えると、薄茶色の猫に姿が変わった。前足を確かめて、水たまりを覗いてみると黒と白の模様の猫が水面に映る。
(初めてだけど、ちゃんと成功したみたい)
この姿なら、うまく離宮の中にも入り込めるだろう。トコトコと歩いて公園を出ると、離宮の門の前には見張りの衛兵が立っていた。それをさり気なく見ながら通り過ぎて、街路樹が植えられている石畳の通りを曲がる。猫だから衛兵たちも気にせず、暇そうにおしゃべりをしていた。途中で振り返り、人が見ていないのを確かめてからジャンプする。
街路樹の幹を伝って枝によじ登り、「えいっ」と高い塀の上に飛び移る。
(猫の体ってすごく便利だよ……)
離宮の庭に下りると、あまり手入れがされていないのか枯れ草まみれだ。雪がところどころ残り、木々の葉も落ちて寒々としていた。離宮なのにどこか物寂しい。
(さて……どうやって中に入ろう? カインがいる部屋も分からないし……)
庭をうろつく事くらいはできるけれど、野良猫が建物内に入れば追い出されてしまうに決まっている。
庭の落ち葉を掃除して雪を退かしていた庭師のおじさんが、私を見つけてシッシと手で追い払う仕草をした。
「野良猫か。どこから入ってきやがったんだ?」
私は猫の振りをして小声で鳴き、箒で叩かれる前に急いでその場を離れた。
回廊に囲まれた中庭に出ると噴水がある。その水も緑色に変わっていて枯れ葉が浮かぶ。華やかな王宮とは全然違う。まるで修道院みたいに静かで薄暗い。
回廊をうろついていると、洗濯物カゴを抱えたメイドたちが歩いてくる。
私はあたふたして噴水の陰に隠れた。
「殿下の部屋を掃除ている子に聞いたのだけど……このところ部屋にこもって魔法の本ばかり読んでいるらしいわよ。魔女に闇魔法を教わったんじゃないかって。気味が悪いわ」
「魔女は心臓に呪いを刻んで、手下にするんですって。殿下もきっと魔女に逆らえないようにされたのよ。そのうち、また連れ戻しにやってくるわ」
「よしてよ、気味が悪いじゃない! 魔女の行方は分からないんでしょう?」
「魔族たちの国に逃げたんじゃないかって騎士たちが話していたわ」
そんな話し声が聞こえてくる。
メイドたちが立ち去るのを待ってから、私は噴水の陰から顔を出した。




