退屈な毎日(カイン視点)
王都の離宮に連れ戻されたカインは、何一つ変わっていない自室のベッドで横になっていた。熱がなかなか下がらず、咳はひどくなる一方だ。王宮の医師が度々やってきては、薬を処方して帰っていくけれど、少しも効果はない。護衛のために室内に待機している騎士が、「魔女の塔で虐げられていたせいだ」と話しているのが聞こえた。侍女たちも、魔女が呪いをかけたに違いないと噂している。
違う。何も知らないくせに。
熱でぼんやりしたまま、そんな言葉を何度のみ込んだか分からない。
キャロルが渡してくれた薬で熱も下がりかけていたのに。無理に塔から連れ出して、吹雪の森を抜け、王都まで連れ帰ってきたのは騎士たちだ。そんな事は少しも望んではいなかったのに。
連れ戻されたからといって、両親が会いに来るわけでもない。魔女の元から王子を奪還した。その事だけで満足しているのだろう。再び、魔女アナスタシアが離宮にやってくることを警戒してか、部屋には魔力封じの結界まで張られている。
(苦しい……)
本来、この離宮がカインの居場所だった。それなのに、わずかな間過ごした塔に早く帰りたかった。じわりと涙が浮かんでこぼれる。
(そういえば、薬……鞄の中に入ってた……)
モゾモゾと起き出すと、外はすっかり暗くなっている。護衛騎士は扉の外で待機しているのだろう。今なら誰も見ていない。
裸足でベッドを出て、下に隠しておいた魔法鞄を引っ張り出す。鞄の中を手で探ってみると水鉄砲とハートのついたステッキ、それにノートや筆記用具も入っている。キャロルが入れておいてくれたパンと飲み物の入った水筒もあった。魔法鞄の中の食べ物は傷みにくく、長期保存できるようだ。
「キャロルの作ってくれたロールパンだ……」
透明な袋に入っているそのロールパンはまだ柔らかかった。それに水筒の紅茶も湯気が立つほど温かい。離宮で出されるパンなんて比べものにならないくらいにフワフワなロールパンを頬張る。おいしくて、また目頭に涙が滲んでくる。それをこすって、紅茶を飲んだ。蜂蜜が入っているからか甘い。
この鞄も騎士達は何が入っているか分からないと捨てようとした。それを必死に抱えて守ったのだ。
キャロルが、この中に危険なものなんて入れるはずがないのに。薬の箱を取り出して、メモに書いてある通りの分量を飲む。
鞄をベッドの下に隠して、魔法の教本を抱きかかえながら再び横になった。
一眠りして目を覚ました時には随分と楽になっている。額を触ってみると熱も下がっているようだった。喉の痛みも咳も、だいぶましになったように思える。王宮の医師が用意した薬なんて少しも効果がなかったのに。
翌朝には、医師がやってきて診察していったが、自分が処方した薬の効果だと信じて疑っていなかった。わざわざ、キャロルからもらった薬の事を教えてやる必要もないため、もちろん黙っていたけれど。魔女の娘からもらった薬だと分かれば、きっと捨てさせようとする。
(お師匠様もキャロルも僕のせいで……)
新年祭の時、両親や弟を助けようなんて思わず、あの場にいた騎士たちに任せていたら。師匠のアナスタシアが濡れ衣を着せられて逃げ隠れする必要なんてなかった。騎士たちが塔にやってくることもなかっただろう。師匠がいれば、騎士たちは塔に手も足も出なかったのだから。
あのまま、カインが無理に塔に留まれば、騎士たちはキャロルに危害を加えそうだった。今度はもっと多くの騎士を率いて塔にやってくるかもしれない。アナスタシアが不在の今でなければ、王子を奪還できないと思ったのだろう。
大人しく王宮に戻れば、騎士たちも子供のキャロルを無理に捕らえようとはしない。そう思ったから、塔にやってきた騎士や兵士全員を〝氷づけ〟にするのはやめておいた。会いにも来ない両親のために、戻る事を決意したわけではない。ほとんど口をきいたこともなく、顔すら記憶に残っていないような両親だ。ここを、もう――自分の居場所だとは思えなかった。
◇◇◇
離宮に戻ってきて十日ほど経てば、体調も戻ってきて起き上がれるようになった。とはいえ、それはキャロルの薬のおかげだ。物静かな部屋の中で魔法の本を読んでいると、部屋がノックされる。控えていた侍女が扉を開くと、ヒースコート副騎士団長が入ってきた。
「カイン殿下、体調がご回復されたとのこと。魔女の呪いかと案じておりましたが、安心いたしました」
ソファーに座って本を読んでいたカインのそばにやってくると、ヒースコート副騎士団長は膝をつく。
「……呪いじゃなくて、雪の中を連れ出されたからだ……」
本から視線を外さずに嫌みを込めて答えた。
「それは大変申し訳ありません。殿下を保護するためにはあのような方法しかなかったのです。塔に幽閉され、さぞお辛かったことでしょう。あの魔女は陛下や王太子殿下のお命まで狙おうとしたのです。謀反を起こそうとした大罪人は必ずや捕らえ、極刑に処しましょう。それまで、殿下の御身は我らがお守りいたしますのでご安心を」
(なにが……っ!!)
グッと歯をくいしばり、頭を垂れるヒースコート副騎士団長を睨み付けた。
「塔で辛い目なんかに遭ってない……連れ戻してほしいなんて頼んでない! 頼んでもいないのに勝手にやってきたのはそっちじゃないか……戻ってきたのはお前たちや父上、母上のためじゃない……キャロルやお師匠様のためだ。あの人たちに手を出したら、絶対に……絶対に許さないっ!!」
声を絞り出すように言って、分厚い本をテーブルに叩きつける。ヒースコート副騎士団長は驚いたように目をみはり、それからため息を吐いた。
「どうやら、殿下はあの魔女めに洗脳されているようですな……後で魔法師を呼びましょう。よからぬ術をかけられているやもしれませぬ」
「僕は洗脳なんてされてないっ!!」
大声を張り上げたけれど、誰もが困惑したように顔を見合わせるばかりだ。
「魔女とその娘について殿下にお聞きしたかったのですが……今日のところは下がった方がよさそうですな。後ほど、落ち着かれた頃に参ります」
ヒースコート副騎士団長は膝を上げると、一礼して部屋を出て行く。
誰も何も分かっていないくせに。
カインは拳を握って項垂れた。そのうちに、医師が呼ばれて気持ちを落ち着かせる薬を処方していった。そんなものを飲みたくなくて、飲ませようとする侍女の手をはね除ける。
「殿下は塔からお戻りになってから……すっかり変わられたんじゃないかしら」
「あのような乱暴で粗野な振る舞いをされる方ではなかったのに」
「これも魔女のせいでしょう……」
カインが睨むと、侍女たちは慌てて口を閉ざす。
こぼれた薬やカップを片付け、逃げるように部屋から出て行った。
◇◇◇
「では、今日は王国の歴史について、おさらいいたしましょう。殿下は幽閉されている間、少しも勉強ができなかったでしょうから。遅れを取り戻さねばなりません」
やってきた家庭教師は、そう言って授業を始める。
(ノエル……ちゃんと餌を食べてるかな……)
カインがいなくなったから、あの氷で作った巣箱も溶けてしまっているかもしれない。寂しがってないだろうか。塔にいた時には、一日なんてあっという間に過ぎた。朝起きて、何をしようかと考えるのが楽しくてしかたなかった。キャロルの作ってくれる食事も楽しみで、何度も厨房に顔を出したくらいだ。
でも、ここではほとんど部屋から出られない。
(こんなにつまらなかったかな……)
離宮にいた頃はこれが普通だった。こんな毎日しか知らなかった。
「殿下、集中できておられないようですな。ですが、このままでは弟君に追い抜かれてしまいますよ。王太子殿下は非常に優秀で、もう勉強もかなり進んでいると聞いておりますからな」
上の空のカインを見て、家庭教師はため息を吐いていた。
長くてつまらない家庭教師の授業を聞き流し、頬杖をついて窓の外を眺める。
(お師匠様みたいに転移魔法が使えたらいいのに……)
そうしたら、いつでもこんな退屈な離宮を抜け出して、キャロルに会いに行ける。
そのためにも、魔法の勉強がしたい。離宮にも小さいが図書室がある。
そこなら、魔法についての本も少しはあるだろうか――。




