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騎士の来訪

 カインに薬を飲まてから、私は昼食の用意をしようと厨房に向かう。階段を下りていると、「おい!」と塔の窓からグリュプス様が顔を覗かせた。ほとんどの魔物は光を嫌うために昼間には現れないけれど、グリュプス様ほどになると昼でも活動できるみたいだ。それでも、やっぱり昼間に姿を見せるなんて何かあったのだろう。階段の途中にある明かり取りの窓は小さいため、グリュプス様とは窓越しの対面だ。

「どうしたんですか? グリュプス様」

「お前、早くこの塔を離れた方がいいぞ。騎士どもが森に入っていくのを見かけたからな」

「えっ、騎士!?」

「ああ、お前を捕まえにきたんだ。すぐに逃げるぞ!」

 グリュプス様は窓から手を伸ばす。この小さな窓から私を引っ張り出そうとしているみたいだ。

「もうちょっとしたら、ここに来る。忌々しいぜ。俺様が全員やっちまってもいいんだが、そうなるとまたアナスタシアに疑いがかかっちまうだろ?」

 騎士が一人残らず森から戻らなかったら、確かに母様のせいにされそうだ。


「カインは今、熱を出して寝込んでいるんです。ベッドから起き上がれないのに……連れ出せないよ」

「俺様が守る義理があるのは、アナスタシアの娘のお前だけだ。悪いがあのちびっ子の面倒まで見る理由なんてねぇ。騎士どもも熱を出してるガキをいじめたりはしないだろ? 置いていけばいいさ」

「そんなわけにいかないよ!」 

 グリュプス様は私の顔をマジマジと見て、面倒そうにため息を吐いた。ワシワシと頭を掻いている。

「俺様はお前を助けるように言われてるんだ。あいつらに王都に連れていかれたら、さすがにお手上げだ。そうなったら、俺様がアナスタシアに毛をむしられちまう!」


「グリュプス様、知らせてくれてありがとう。私はカインとここにいるよ。カインを放って逃げるわけにはいかないもの。それより、母様が戻った時に私達がいなくなってたら心配すると思うから、その時には私達のことを伝えてほしいの」

「どうなっても知らないぞ? 騎士の連中は武器を持ってやがった。その場でお前は斬り殺されちまうかもよ。それでもいいのか?」

「そんなことにはならないよ」

 仮にも王国の騎士だ。粗忽な振る舞いはしないはず。でも、私は災厄を招く魔女の娘。カインは助かっても私は生かしてもらえないかも。それとも、母様を捕らえに来たなら、私を人質にするかもしれない。それなら、すぐには殺されない。牢獄には入れられるかもしれないけど……。どちらにしても、騎士たちがいったい何の用でこの塔にやってくるのか確かめないと!

 

「じゃあ、俺様は警告したぞ。いざとなったら、窓から飛び下りろ。俺様がお前だけでも連れて逃げてやる。人間の騎士ども風情が、俺様に傷をつけられるはずがないからな」

「ありがとう、グリュプス様」

 グリュプス様は翼をはためかせ、窓の側を離れる。それだけで、強い風が吹き込んでくる。もし、騎士が私たちを傷つけようとするなら、無理をしてでもカインを連れて逃げるしかない。グリュプス様なら、私とカインの両方を抱えて森の奥深くに逃げる事くらいできるだろう。騎士たちも、中級の魔物は相手にできても、グリュプス様には敵わないはずだ。なにせ、この闇沼の森の主なのだから。


 いつでも逃げられるように準備しておかないと。それに、もし――塔が騎士たちに制圧されてしまったら、母様の研究や実験の秘密を守るために地下の魔法陣を作動させる必要もある。母様から言い聞かせられていることだ。


 魔法陣を作動させれば、この塔は崩壊してもう二度と住めない場所になる。それは嫌だ。ここは母様との思い出がたくさんある。この塔がなくなったら、私はどこにいけばいいのかわからない。そんな事はしたくないから、それは最終手段だ。話し合いだけですめばいいけど。グリュプス様は騎士は武装していると話していた。ということは穏便な話にはならない。


 厨房に向かい、昨日焼いて置いたケーキの残りとパンを包んでおく。逃げるにも食料と水は必要だもの。携帯用の水筒には紅茶をいれておいた。この水筒は小さくても、保温性があるし頑丈だ。母様があちらの世界から持って来たものだから、あまり人には見せられない。それを鞄に詰めていると、外の方で馬の嘶きと人声が聞こえる。


 騎士たちがもう到着したんだろう。私は首にぶら下げているペンダントをギュッと握る。それを服の中にしまって、厨房を出て塔の入り口に向かった。私が扉を開くと、騎士たちが無理矢理入ってくる。体格の大きな男の人たちばかりだ。

 

「ここにアナスタシア=オーウェンはいるか?」

 二十代の金髪の騎士が、私を見下ろして訊いてくる。横柄な言い方だった。それに他の騎士たちもジロジロと塔の中を見回していて感じが悪かった。

 この人たち――王国騎士団じゃない。近衛騎士団だ。黄土色のマントに、王家の紋章が刺繍されている。新年に王都に行った時、国王様や王妃様たちの馬車を警護していた騎士が着ていたものと同じだ。


「母様はいません……ずっと戻ってきていません。どこにいるのかも知らないです」

「母様? ということは、こいつが魔女の娘か」

 別の騎士が近付いてきて、私の腕をいきなりつかむ。私は「痛い!」と声を上げたけど、離してくれない。王国の誉れある近衛騎士団が、子供にこんな乱暴を働くなんて!

 私は腹が立ってきたけど、グッと我慢した。ここで暴れても、あまりいい事はないもの。

「……いきなり押しかけてきて、なんの用ですか?」

 私は騎士たちを見回して、目一杯迷惑そうな顔をして尋ねた。


「やめろ、離してやれ」

 先頭にいた騎士が命令すると、ようやく腕を離してもらえる。

「私は王国近衛騎士団副団長のアラン=ヒースコートと言う。君の母親、アナスタシア=オーウェンには、国王夫妻並びに王太子殿下襲撃の容疑がかかっている。行方を知っているのなら、隠し立てはしない事だ」

 私はびっくりして、近衛騎士団の副団長を見上げる。

「母様に、襲撃の容疑!?」

「ああ、そうだ。新年祭の日に、襲撃に遭った王都の教会で多くの者が君の母親の姿を目撃している」

 あれは――私とカインを助けようとしたからだ。それに、母様がいなければもっとひどい被害が出ていただろう。それなのに、母様がその場に現れたからといって襲撃の犯人にするなんて。

 母様は確かに王都では災厄をもたらす魔女と言われている。けれど、無関係な事まで母様のせいにされるなんて許せない。


「それは濡れ衣です! 母様は何の関係もありません。あの日は……」

 カインが両親と弟を助けようとした。だから、私もカインと一緒に教会に向かったのだ。でも、そのことを話していいのだろうか。カインはそのことをあまり両親たちには知られたくなさそうだった。

「あの日は何なんだ? 正直に言えよ。じゃないと、お前も母親と一緒に処刑台送りだからな」

 さっき私の腕をつかんできた騎士が、横から忌々しそうに口を開いた。

「やめろ、ジャスパー」

「ですが、副団長。こいつは魔女の娘だ! 子供だからって遠慮はいりませんよ。痛い目をみれば、母親の居場所も洗いざらい白状するんじゃないですか? こいつだって、きっと邪悪な魔法を教えられているに違いない」

 ジャスパーと呼ばれた騎士は、私に蔑むような目を向ける。私は怖くて胸の前でギュッと握る。

「おい、何を隠しているんだ。そいつを見せろ!」 

「や、やだ。止めて! これは……っ!!」

「魔導具かもしれないだろ。それとも母親に知らせようとしているのか!? 寄越せ」

 ジャスパーは私の腕を乱暴につかむと、私が握っていたペンダントを奪い取ろうとする。


「おい、よせと言っているだろう!!」

 ヒースコート副団長に肩をつかまれたジャスパーは、私を突き飛ばす。銀のチェーンが千切れて、ペンダンドが床に落ちた。ふらついた私はペタンと尻餅をつく。

「なんだ、ただのオモチャじゃねーか。紛らわしい」

 ジャスパーはペンダントについたウサギの飾りを見て、チッと舌打ちする。私が拾おうとする前に、ブーツで踏みつけられた。


「塔の中を捜索しろ。カイン殿下が囚われているはずだ」

 ヒースコート副団長が命じると、騎士たちが返事をして塔の階段を上がっていく。

「ジャスパー、お前は地下を調べろ」

「承知しました。副騎士団長。魔女を見つけたら、始末すればいいんでしょう?」

「……できるだけ生かして捕らえろ。あの者には聞く事が山ほどある」

 ジャスパーは数名の兵を連れて地下へと向かう。地下は井戸や食料庫、それに氷室、ワイン蔵がある。あの魔法陣がある秘密の部屋はたぶん、見つけられないはずだ。あそこは母様の血を引く私でないと開けられないから。


 今は寝室で寝ているカインの方が心配だ。私は立ち上がって急ぎ足で階段を上がる。部屋を確かめていた騎士たちが、「ヒースコート副騎士団長、カイン殿下はこちらです!」と声を上げるのが聞こえた。

「待って、カインは……っ!!」

 騎士達は遠慮なくカインの寝室へと入っていく。私も部屋に入ろうとしたけれど、「お前はここにいろ!」と騎士に遮られてしまう。

「カインは熱があるの。乱暴なことしないで!!」


 ヒースコート副騎士団長がマントで包んだカインを抱えて、寝室から出てくる。

「病にかかるほど殿下を過酷な環境で放置するとは……連れ去ったあげくにろくに世話もしていなかったのだろう」

 副騎士団長が怒りをかみ殺すように吐き捨てる。カインは熱のせいでぼんやりとしながらも、私に視線を向けた。熱は少し下がったようだけれど、かわりにひどく眠そうだ。辛そうな息が口から漏れている。

「キャ……ル…………」 

 何か必死に言おうとしているけれど、咳き込んでしまっている。

「殿下をこのような目に遭わせるとは、忌々しい魔女め!」

 騎士の誰かが憎らしげに言うのが聞こえた。突き飛ばされた私の背中が壁に強く当たる。

「待って……っ!!」

 私は階段を下りていく騎士たちを追い掛ける。


 カインは元々、王宮で暮らす王子様。いつまでも、塔で暮らしていけるわけがない。いつか迎えが来るか、王都に戻らなければならない日が来ると分かっていた。

 でも、それはもう少し、先の事だと思っていた。


「殿下の身柄は保護した。一旦、戻るぞ!」

 ヒースコート副騎士団長が号令をかける。私はギュッと唇を結んで、厨房へと駆け下りた。

 荷物を詰めた魔法鞄をつかんで、塔の出入り口に向かう。


 騎士たちは待機させていた馬に乗ろうとしている。

「待って!」

 私はカインを抱えて馬に跨がるヒースコート副騎士団長に駆け寄った。

「近付くな!!」

 兵士が止めようとしたが、「待って……っ!」とカインが掠れた声を出す。

 私は兵士の手をすり抜けて馬に駆け寄り、「これ……っ。持っていって。お茶と食べ物……入ってるから」と、鞄をカインに渡そうとした。


「そんな得体の知れない食い物などいるか! 穢らわしい!!」

 騎士が私から鞄を奪い取って捨てようとすると、カインが「キャロルに手を出すな!!」と叫んだ。そのせいでむせてしまっている。もがいて馬から降りようとするのを、ヒースコート副騎士団長が必死に抱えていた。

「殿下、落ち着いてください!! 我々は殿下をお守りするために来たのです!!」

「……違う…………キャロルに手を出すなら、戻らない!!」

 カインの瞳が怒りに染まる。冷たい風が巻き起こり、馬が激しく嘶いた。その足元から徐々に氷が広がり、騎士たちが動揺して後ろに下がる。

「殿下! これは…………っ!!」

 ヒースコート副騎士団長も青ざめて、カインから腕を離しそうになっている。魔力が暴走しかけているんだ。このままだとカインは、騎士や兵士ごとみんな氷漬けしてしまうだろう。熱があるせいで、魔力制御も不安定だ。


 私は落ちた鞄をつかんで馬に駆け寄った。

「キャロル……っ!!」

 カインが泣きそうな顔をして手を伸ばしてきた。私は背伸びしてその手を両手でつかむ。冷たい。手の表面まで氷が付着していて赤く腫れていた。私は鞄から出した毛糸の手袋を、その手にはめてあげた。


「カイン、母様も私もカインの事すごく大事に思ってる。だから、そのうち会いに行くよ」

 毛糸のマフラーもカインに渡す。寝間着のまま連れ出されたんだもの。マントに包まれているだけでは寒いに決まっている。ここにいる騎士たちは、着替える暇すらも与えてくれない。


「…………キャロル……迎えに来てくれる?」 

 不安そうに揺らぐ瞳を私に向けて、カインが小さな声で訊いた。

 ヒースコート副騎士団長は何か言いかけたけど口を噤む。余計な事を言えば、せっかく落ち着きかけているカインの魔力がまた暴走することになると思ったのだろう。

「迎えに行くよ。だから、待ってて」

 私は安心させたくて微笑んだ。カインの瞳が潤んで大粒の涙がこぼれる。

「うん……待ってるよ……ずっと待ってるから」

 鞄を渡すと、カインはそれを受け取ってしっかりと胸に抱く。周囲を凍らせるほど冷たい風がゆっくりと落ち着き、氷の粒を残して消える。


 私が離れると、カインを連れた騎士と兵士たちは雪に覆われた森の中を返っていった。

 雪の粉が舞う。

 一人塔の前に取り残された私は、カインたちが見えなくなるまで動かなかった。

 静けさが戻り、風の音だけが辺りに聞こえる。

 

 バサッと翼の音がして見上げると、グリュプス様が空から下りてきた。

「騎士どもは行っちまったか?」

「うん……きっと最初から母様がいない事は分かっていたんだよ。その間に、カインを連れ戻しにきたんだと思う」

 母様が戻ってこれないと知ってるから。

 私は悔しくて唇をギュッと曲げる。濡れた頬が風にさらされて瞬く間に冷えていった。私に母様くらいの力があったら、騎士が何人いようと怯むことなくカインを守って立ち向かえだろう。塔の中で好き勝手な事はさせなかった。あのジャスパーという騎士だって、地下から母様のとっておきのワインの瓶を何本も持ち出そうとしていた。なにが近衛騎士だろう。盗賊とそう変わりないじゃない。


「カイン……大丈夫かな……」

 王宮にいた頃は離宮にいて、両親の国王夫妻もほとんど会いに来なかったと話していた。迎えに来たということは、両親もカインの事を忘れてはいないということだろう。カインは少しの間だけど魔女の塔にいたから、悪くいう人がいるかもしれない。王宮でいじめられたりしないといいけれど。


 鞄の中には食べ物の他に、熱と咳に効くあっちの薬も入っている。いくつ飲めばいいのか分かるようにメモも入れておいた。急に連れ出されたから症状が悪化するかもしれない。ちゃんとお医者様に診てもらえるだろうか。王子様だから、近衛騎士団の騎士たちがカインを粗末に扱うとは思えないけど。塔にやってきた騎士たちの態度を見るとひどく心配になってくる。

 

「泣くなよ。泣くなったら。人間は弱くてすぐに泣いたり死んだりするから、嫌いなんだ!」

 グリュプス様が私の頭をグリグリ撫でてくる。

「あいつは自分の家に連れ戻されたんだろう? だったら、食われるわけじゃないんだから平気さ。お前が一人ぼっちにならないように、俺様が一緒に暮らしてやろう。上手くて新鮮な肉を用意してくれるならさ」

「ううん……大丈夫。今までも母様がいない間は一人だったもの……」

 カインが来る以前の環境に戻るだけ。それなのに、ひどく寂しく思えた。

 ボロボロこぼれる涙のせいで濡れている顔を袖でこする。片付けをしなくちゃ。騎士たちがきっとひどく荒らしているだろう。あちこちの部屋を覗いていたみたいだ。


 塔に戻りながら、雪がちらつく空を見上げる。

 カイン、待ってて。会いに行くからね――。



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