スノードラゴン
一月も終わりに近付いた。カインは最近、物置部屋に潜んでいるスノードラゴンの生態観察に夢中になっているようで、ほとんど物置部屋で暮らしている。この前、掃除したとはいえ暖炉もないから寒い。冬の寒さは少しも緩んでいないため、塔の中は冷え冷えとしているというのに、毛布を持ち込んで寝起きしている有様だ。防寒用のマントや私が作ってあげたマフラー、帽子、手袋を家の中でも着込んでいて寒さを凌いでいる。そこまでして、物置部屋で寝起きする必要なんて少しもないのに、スノードラゴンがかわいくて仕方ないらしい。
カインは王宮育ちで、そんなに体力もない。病弱とまではいわないけれど、それほど頑丈な体というわけでもない。そのくせ、私が言っても「大丈夫」とか、「平気」とか言って少しも聞かないんだもの。これだから、男の子は! 寒いから自分の部屋に戻るように言っても、「ちっとも寒くない」なんて言い張っている。スノードラゴンは、少しでも暖かくなると巣を作って冬眠する。もしくは、もっと寒い場所を探して逃げ出してしまうだろう。だから、物置部屋では暖はとれない。人間が寝起きできるような環境じゃない。
「もーっ、お昼はちゃんと出てきなさいって言ったのに!」
私はプリプリ怒りながら、温かいスープとパンを載せたトレイを持って螺旋階段を上がっていく。大きな魔物の蜘蛛が巣くっているから、天井は蜘蛛の巣だらけだ。その蜘蛛は今冬眠の真っ最中で姿は見えない。物置部屋まで上がると、扉をノックする。
「カイン、お昼よ」
扉を開くと、カインは床に腹ばいになってノートに何かを書き込んでいる。そのノートは、母様が〝あっちの世界〟から持って返ってきたものだ。
紙なんて貴重で、庶民が気楽に使えるようなものじゃない。けれど、母様はノートをたくさん買ってくる。しかも、羊皮紙ではなくツルツルでもっと薄い紙を束ねたものだ。線がついているから文字も書きやすい。そのためのペンや鉛筆もある。羽根ペンなんかよりもずっと書きやすいものだ。インクを毎回つけなくてもサラサラ書けるんだから!
カインは「ん~」と生返事をしたまま、体勢を変えようとはしない。熱心に何を書き込んでいるかと思えば、スノードラゴンの絵を描いていた。しかもかなり細かくて上手な絵だ。そのスノードラゴンはというと、カインが氷魔法で作った巣箱を気に入っているらしく、その中で寛いでいる。巣箱の中には氷の岩や氷の草まで生えていて、どうやら魔導具に改造しているらしい。
箱の中だけチラチラと雪まで舞っていた。なんてこりようなんだろう!
スノードラゴンは降り積もる雪の中で、居心地よさそうに欠伸をしていた。
「カイン。約束忘れちゃった? 食事の時は下りてくるって言ったでしょう?」
私は片手でトレイを持ち、片手を腰に当ててジト目でカインを見る。ようやく私が入ってきた事に気付いたのか、「キャロル……! ごめん……ちょっと今、手が離せなかったんだ」とあたふたして起き上がってきた。
「今度はもう運んできてあげないからね」
私はそう言って、トレイをカインに渡す。
早くしないと、この寒々しい部屋の中ではせっかくの温かいスープが冷めてしまう。
「うん……ありがとう。夕食の時はちゃんと下りて手伝いもするよ」
トレイを受け取ったカインは、床に座ったままパンにかぶりつく。王宮育ちの王子様がずいぶんと逞しくなったものだと、私はちょっと呆れてしまった。
この部屋に椅子やテーブルなんてものはない。壊れたソファーならあるけど、そこはカインのベッドになっているようで毛布が丸めて置いてある。しかも脱ぎ散らかした服まで散乱していた。あれほどダメだと言っているのに、ここで寝起きしているのね!
「キャロル、見て……スノードラゴンって氷を食べるんだ」
カインは片手にパンを持ったまま、巣箱を覗いている。私がそばにいってしゃがむと、スノードラゴンが二本足で立ち上がった。カインの人差し指の先に小さな氷の結晶ができる。私は驚いてカインを見た。魔法陣を描いているわけではない。ただ魔力を氷に変えているだけ。
けれど、それは簡単にできる事はできない。魔力制御と魔力変換が完璧にできていなければ難しい。それに、こんな小さな氷を生み出すためには、体の中を巡る魔力をほんの一滴だけ絞り出すようなもの。繊細な魔力操作が必要になる。それをもう体幹で取得してしまっているのだから、カインの能力は底が知れない。
(これなら、魔法学園に入っても、きっと成績優秀ね)
熱心なのはいいけれど、熱中しすぎているから、褒めるべきか、注意するべきか迷ってしまう。
真っ白なスノードラゴンはカインが与えた氷をパクッと食べて、美味しそうに目を細めていた。魔力で生み出した氷には魔力が含まれているから、スノードラゴンにとってはこれ以上ないご馳走で、まるでアイスクリームを食べているような気分だろう。もっとよこせとせがむように、カインの指先にかじりつこうとしている。食欲旺盛で元気だ。クリッとしたブルーの宝石みたいな瞳が輝いている。
「これじゃ……カインが夢中になるのも分かるね」
「かわいいんだ……すごく……最初はちっとも近付いてきてくれなかったんだけど、今じゃ僕を見ると近付いてくるんだ。それに手からも餌を食べてくれる。ねぇ、キャロル。ちょっぴりだけど、大きくなった気がしない?」
カインに言われて巣箱を覗いてみたけれど、私に違いなんて少しも分からない。スノードラゴンは手のひらに収まるほどの小ささだ。
「そう? 同じに見えるけど……」
「大きくなったよ! 測ってみたんだ……ちょっとだけ尻尾が長くなってた。すごいよ」
カインは拳を握って、興奮したように言う。
「分かった。だから、早くそのスープを飲んじゃって」
「う、うん……分かってるよ」
首を竦めたカインはスープの器を取る。大きなジャガイモやニンジン、それにソーセージが入っているポトフだ。やっぱりお腹が空いていたみたいで、夢中で木の匙を口に運んでいた。その間に、私は散らばっている服や寝間着を拾ってまわる。
「あっ、それは……後で持っていって洗うよ……そうしようと思ってたんだ。そのうちに……」
「カインのそのうちを待っていたら、春が来ちゃうわ。それと、スノードラゴンはあなたがずっとそばについていなくても勝手に暮らしているよ。だから、寝る時は部屋で寝ること! ここは寒すぎるもの」
私はテキパキと片付けながらお小言を言う。
「大丈夫……寒くない。カイロをいっぱい入れたから……」
そう言い張るカインは確かに見た目だけは厚着だ。着ぶくれしていると言ってもいい。その中にカイロをたくさん入れているならさぞかし温かいだろう。
「それでも、夜は寒くなるらダメ。スノードラゴンと同じ環境で暮らそうなんて、おバカさんのすることだよ」
「分かった……夜は部屋に戻るから……約束する……」
カインはそう言ってしょぼくれているけれど、私はもう騙されないよ。カインは素直に見えて、かなりの頑固者だ。夜になったら私との約束なんて忘れてしまって、ここで寝てしまうに決まっている。
「そんなにスノードラゴンの観察が面白いの?」
「面白いよ! こんなに小さいのに、すごいんだ。ほら、見て。皮の表面を薄ら氷が覆っているんだ。これは熱から身を守るためなんだよ。だからスノードラゴンを触るとひんやりするんだ。指先が凍りつくこともあるんだよ。でも、警戒していない時は大丈夫。きっと興奮すると魔力が氷に変化するんだ。敵が近づくと全身の氷が厚くなるんだと思う。最終的には何重ものすごく厚くて硬い氷に全身が覆われるから、攻撃されても平気なんだ……」
カインは興奮したように早口で説明してくれる。カインがこんなにたくさんしゃべった事があるかな?
スノードラゴンはカインが差し出した手によじ登って、気持ちよさそうに体を舐めている。その舐めた部分も氷に変わっていた。手袋をしているからいいけれど、そうでなければ手が凍傷になってしまっていただろう。
「キャロル、この子の名前はなんていうの?」
「うーん、とくに名前はつけていないよ」
私も母様もスノードラゴンには少しもかまわなかったもの。
「それなら、僕が名前をつけてもいい!?」
「いいけど……」
名前をつけたら最後まで面倒みなくちゃいけなくなるよ。そのスノードラゴンはペットではなく、居候だ。いつ塔を出て行くか分からないし、その時のためにあまり人の手をかけないほうがいいと思っていた。でも、これはもうカインの相棒ね。
「じゃあ……ノエル……」
カインはもう名前を決めていたみたいだ。「君はノエルだよ」と慈しむように優しい声で、スノードラゴンを呼んでいた。スノードラゴンはかわいらしく鳴いて首を傾げる。カインはスノードラゴンの頭に指で触れて、楽しそうに笑っている。この様子じゃ、春になって暖かくなるまで、カインは物置部屋暮らしをやめないよ。
◇◇◇
案の定、カインは風邪をひいて寝込むことになった。自分の体がスノードラゴンみたいに寒さに強くないことをようやく思い出したみたいだ。熱が続いて、部屋のベッドから起き上がれないでいるカインの元に、薬を持っていく。カインの寝室は暖炉に火を入れてしっかり暖かくしてある。喉が乾燥しないように湯も沸かしておいた。カインは上掛けにくるまって、まだ寒そうに震えていた。
「カイン、ここじゃお医者様も簡単に呼べないんだよ? 母様だって今は戻ってこられないんだから」
私はサイドテーブルにトレイを置いて、カインの額に当てたタオルを取り替える。すっかり温くなってしまっていた。それを氷水を入れた盥に浸けてギュッと絞る。
カインは赤い顔をしてゲホゲホと咳をしているから、かなり辛そうで不安になってくる。もし、カインが重症になったら、私じゃ何もできない。回復魔法は怪我には効くけれど、病気には効果がない。気休めにはなるかもしれないけれど、私はまだ回復魔法を使えなかった。
「ごめん……キャロル……」
反省しているのか、カインがしゃがれた声で言う。喉が腫れているせいか声を出すのも辛そうだ。私は体を起こすのを手伝い、水の入ったカップを渡す。ただの風邪ならいいんだけど、肺炎になったら手の施しようもない。お医者様を呼んでくるなんて無理な事だ。
私は薬の箱を取り、その文字を何度も読み直す。これは母様が用意してくれている、あっちの世界の薬だ。熱、喉の痛み……だから、これで大丈夫だよね? 私の作った薬よりも、こっちの方がきっと効くはずだ。でも、これはあまりたくさん常備していない。今はカインの熱を冷ますことが先決で、ケチってもいられない。子供用と書いてあるから書かれているある通りの分量で大丈夫。私はカインに薬を渡して飲ませる。
「これで熱が下がらなかったら、今度はお尻から入れる薬にするからね!」
「えっ、お、お尻から……!」
カインは震えるように言って、私が渡した薬を水と一緒にゴクッと飲み込んだ。
「嫌なら、もう物置部屋で寝起きするのはやめることだよ。いい?」
「う、うん。ノエル……どうしてるかな……僕がいないと寂しがってるかも……」
カップを両手で持って、カインは気がかりな様子で呟く。
「ノエルは、カインがいなくても元気いっぱいよ。それに、餌だってたっぷりあるもの。もともと、物置部屋に好き勝手に棲み着いていた子なんだから。面倒みなくても平気なんだよ」
むしろ、カインが手を掛けすぎなのだ。スノードラゴンは野生の生き物だというのに!
私はカインにしっかり休むように言い聞かせて、部屋を出る。一応、カインが心配しているから、物置部屋に上がってみた。部屋の外までひんやりしていて、扉の周りに雪が舞っている。
これはもしかして――。
嫌な予感を覚えて急いで扉を開くと、途端に冷たい風が吹き付けてくる。物置部屋の中が外みたいに真っ白になっていた。その中でノエルが転げ回っている。家具も本も雪まみれだ。
私は額を押さえて、嘆きそうになった。
「カインに飼う気があるなら、ちゃんと躾けるように言っておかなくちゃ!」




