第5話 極寒の倉庫番と最高級夕張メロン
「……おい、輝彦。そっちのパレットの在庫、あと何箱残ってる?」
「うるさいな! 今数えてるだろ! ああもう、手がかじかんで伝票の数字が見えないんだよ!」
北海道、某所。見渡す限り雪に覆われた、巨大なアパレル物流倉庫の中。
極寒の空気が吹き抜ける薄暗い空間で、男たちが震えながら段ボール箱を数えていた。
「なんで僕がこんな目に……。五十億の借金なんて、一生かかっても返せるわけないじゃないか!」
「黙って手を動かせ。ノルマをこなさなければ、今日の寮の暖房費すら天引きされるんだぞ」
かつて次期社長とCFOとしてふんぞり返っていた鳳凰院輝彦と元婚約者 加藤は、今や擦り切れた防寒着に身を包んでいた。
株主総会での大炎上から数ヶ月。
五十億円の横領と特別背任が公に晒された彼らは、当然のように会社を懲戒解雇された。
しかし、彼らの地獄は「クビ」になったことではない。
株主代表訴訟によって会社から突きつけられた「五十億円の損害賠償請求」である。
横領した資金はタックスヘイブンに逃がす前に、私、九条院 結により、恐るべきスピードで全口座を『仮差押え』され、完全に凍結。
彼ら個人のマンションも、高級車も、すべて競売にかけられた。
それでも返済には至らない莫大な借金を返すため、彼らが斡旋された働き口こそが……。
皮肉にも、彼ら自身が桜子を左遷し、計画倒産させて罪を被せようとしていた「北海道の赤字倉庫」で働く非正規労働者だったのだ。
「くそっ、あの九条院結とかいう悪魔の弁護士め! 自己破産の手続きすら『悪意の不法行為に基づく損害賠償請求権は免責されない(破産法第二百五十三条)』とか言って、絶対に逃がしてくれないなんて……!」
輝彦が鼻水をすすりながら、凍てつく段ボール箱に八つ当たりするように蹴りを入れる。
「自業自得だ。僕たちは、最初から勝てる見込みのないルール(法律)の上で、最強の魔王に喧嘩を売ってしまったんだ」
元婚約者、加藤の眼鏡の奥には、もはや野心もプライドもなく、ただ借金返済という終わりのない絶望だけが広がっていた。
「ああああっ! 僕の天才的な経営手腕がぁぁぁっ! こんな辺境で、一日中ポリエステルの数を数えるなんてぇぇぇっ!」
猛吹雪の音にかき消される、愚かな男の悲鳴。
彼らがかつて桜子に言い放った「辺境の倉庫で在庫の数を数えていればいい」という呪いは、見事なまでに特大のブーメランとなって自分たちの頭上に突き刺さったのである。
◇ ◇ ◇
……という、極寒の地獄絵図から遠く離れた、春の陽気が差し込む帝都。
「――というわけで、彼らは現在、北海道の倉庫でマイナス十度の冷気と格闘しながら、真面目に借金を返済しているようです」
『九条院法律事務所』の所長室。
私は北海道から直送された、最高級の夕張メロンを贅沢に半玉使用した特製ショートケーキを優雅に切り分けた。
「所長、相手が極寒で震えている報告を聞きながら、温かい部屋で北海道の名産品を食べるの、最高に性格悪いですよ」
パラリーガルの木戸くんが、私のデスクに置かれた「債権回収報告書」を見ながら呆れたようにため息をついた。
「失礼ですね。これは新社長に就任した桜子様からのお中元です。依頼人の感謝の気持ちを、五感で味わっているだけですよ」
私は完熟メロンの芳醇な甘みと、とろけるような生クリームを口いっぱいに頬張り、至福の吐息を漏らした。
糖分が脳に行き渡り、前回の「オペレーション・ギロチン」の余韻が心地よく蘇ってくる。
「五十億円の横領資金は、仮差押えのおかげで無事に全額回収し、会社へ返還されました。彼らが今必死に返しているのは、懲罰的な慰謝料と遅延損害金の部分ですね」
「それでも数億円単位の借金ですよ。彼ら、一生あの倉庫から出られないんじゃないですか?」
「ええ。労働基準法に則り、健康で文化的な最低限度の生活は保障してあげていますから、餓死することはありません」
私はフォークを置き、ダージリンのファーストフラッシュで口の中をリフレッシュさせた。
「むしろ、彼らの無能な経営で赤字だったあの倉庫も、彼ら自身が安価な労働力として死に物狂いで働くことで、少しは黒字化に貢献するかもしれませんよ。極めてサステナブルなエコシステムです」
「サステナブルの使い方が完全にブラック企業のそれなんですけど……。それにしても所長、今回も株を買い集めたり、めちゃくちゃ費用を使いましたね」
「先行投資です。桜子さんが新社長になって、鳳凰院ホールディングスも持ち直したようですし、取得した株はどんどん価値を上げますよ。お父様に融通してもらった費用は倍返しするのが、私の主義ですから。それに……」
私は、桜子様から送られてきた『胡蝶蘭』を見上げて微笑んだ。
「九条院先生。本当に、何から何までありがとうございました」
所長室のソファには、胡蝶蘭の送り主である、見違えるように晴れやかな顔をした鳳凰院桜子様が座っていた。
「お父様の跡を継ぎ、無事に社長に就任することができました。あの時、先生の事務所に駆け込んでいなければ、私は今頃……」
「感謝には及びません。私はただ、現行法というルールに則り、テンプレな愚か者たちに正当なペナルティを与えただけです」
私は黒縁メガネを中指でクイッと押し上げ、ニッコリと微笑んだ。
「お兄様たちも、今は北海道で『労働の尊さ』を身をもって学んでいらっしゃることでしょう」
「ええ。毎月、彼らの給与から天引きされる慰謝料の明細を見るたびに、心が洗われる思いです」
桜子様が、上品に口元を隠してクスクスと笑う。
最初は怯えていた彼女も、すっかり強かさを身につけ、今や堂々たる女社長の貫禄を漂わせていた。
鳳凰院ホールディングスも、邪魔するもののいなくなった彼女に率いられ、ますます大きくなるだろう。
「ああ。所長に感化されて、依頼人のお嬢様たちがどんどん逞しく(腹黒く)なっていく……」
木戸くんが頭を抱えているが、これもまた、私のリーガル・セラピーの素晴らしい副産物である。
理不尽に泣き寝入りするのではなく、法律という武器を手にして戦い、ざまぁする。それこそが、現代社会を生き抜く最適解なのだから。
「さて、桜子様。顧問契約の件ですが、正式に当事務所でお引き受けいたします」
私は新しい契約書を差し出した。
「もしまた、社内外で『異世界テンプレ』のような理不尽なトラブルに巻き込まれそうになったら、いつでもご連絡ください」
「はい、心強いです! 次からは私も、先生のように『六法全書という名の鈍器』で、最初から相手の息の根を止めにいこうと思います!」
「素晴らしい心意気です。では、新社長の門出を祝って、乾杯しましょうか」
私たちは、極上の夕張メロンケーキとダージリンティーで、優雅なティータイムを満喫したのだった。
……そして数日後。
「所長! 当事務所の『新規ご相談予約フォーム』がえらいことになってますよ!」
木戸くんがタブレット端末を手に、血相を変えて所長室に飛び込んできた。
「あら。桜子様の事件が財界で噂になり、新たな迷える子羊たちが助けを求めてきたのでしょうか」
私は書類仕事の手を止め、タブレットの画面を覗き込んだ。
そこには、またしても目を疑うような『異世界テンプレ』な被害報告がズラリと並んでいた。
『私が開発した特許データを、自称・美の聖女に横取りされました!』
『学園の編入生が、SNSのステマ業者を使って私を悪役に仕立て上げています!(魅了の魔法?)』
『親の借金のカタに、成金投資家(醜悪なおじさん)と強制的に入籍させられそうです!』
「……木戸くん。日本の富裕層は、本当になろう小説の読みすぎではないでしょうか」
私は黒縁メガネを押し上げ、呆れ半分、歓喜半分の深いため息をついた。
「僕に聞かないでくださいよ。でもこれ、放置しておけない案件ばかりですよね。特に特許の横取りとか、被害額がえげつないことになりそうですし」
「ええ。聖女の功績横取りテンプレですか。特許法違反と不正競争防止法のフルコースですね」
私はデスクの引き出しから、お気に入りの万年筆を取り出し、妖しく光る瞳で微笑んだ。
「自称・美の聖女とやらの化えの皮を剥がし、数億円の損害賠償で自己破産に追い込んで差し上げましょう。もちろん、証拠保全の奇襲攻撃でね」
「また裁判所の執行官を叩き起こす気満々ですね……」
木戸くんが胃薬の瓶を振る音が、所長室に虚しく響く。
だが、私の耳には、新たな愚か者たちが現行法のギロチンにかけられる、心地よい悲鳴の予兆しか聞こえない。
「さあ、木戸くん。次の獲物……いえ、依頼人を呼んでください」
私は新しく届いた最高級のマカロンをつまみ上げ、嬉々として宣戦布告の法螺貝を吹く。
「魔王お嬢様弁護士の、痛快なリーガル・タコ殴り劇。開廷ですよ」
第1章『辺境への左遷(不当出向)テンプレ編』、最後までお読みいただきありがとうございました!
無事に不当出向を阻止し、愚か者たちには現行法による特大のブーメラン(莫大な借金と極寒の倉庫番)をお見舞いしました。
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ぜひ、魔王弁護士の次の活躍も楽しみにお待ちください!




