第4話 オペレーション・ギロチンと白トリュフのポップコーン
「本日はお忙しい中、我が鳳凰院ホールディングスの定時株主総会にお集まりいただき、誠にありがとうございます!」
巨大なシャンデリアが輝く、都内最大級のホテル・メインホール。
壇上のマイクを握りしめ、数千人の株主を見下ろしているのは、次期社長として得意絶頂の鳳凰院輝彦だった。
「今期は一部で損失がありましたが、我が社の未来は極めて明るい! 私の卓越したビジョンにより……」
デンタルダムより薄っぺらい事業計画を、さも歴史的偉業のように語る無能な兄。
その横では、元婚約者のCFOの加藤が「さすが社長」とでも言いたげな胡散臭い笑みを浮かべて控えている。
「……ふふふ。まるで、沈みゆく泥舟の船首でタイタニックごっこをしている哀れなネズミですね」
私は株主席の最前列という特等席で、イタリア産の最高級白トリュフ塩をまぶしたキャラメルポップコーンをサクッと齧った。
芳醇なトリュフの香りと濃厚な甘じょっぱさが、極上のエンターテインメントの始まりを祝福してくれている。
「所長……上場企業の厳粛な株主総会の最前列で、映画館みたいにポップコーン食べるのやめてくださいよ……」
私の隣の席でノートパソコンを開いているパラリーガルの木戸くんが、周囲の目を気にして胃を押さえている。
「何を言うのですか木戸くん。これから始まるのは、そこらのハリウッド映画など足元にも及ばない極上の喜劇ですよ」
私はポップコーンをもう一粒放り込み、隣に座る鳳凰院桜子様に視線を向けた。
「準備はよろしいですか、桜子様。彼らのスピーチが終われば、いよいよ質疑応答のセッションです」
「はい、九条院先生。もう、彼らに対する未練も同情も一切ありません。存分に跡形もなく粉砕してください」
桜子様の瞳には、かつての絶望は微塵もない。
あるのは、父と母が大きくしてきた会社を私物化し、自分を切り捨てようとした愚か者たちへの冷徹な怒りだけだった。
「それでは第一号議案、本年度の決算報告書の承認について、ご賛同いただける株主様は拍手を――」
壇上の輝彦が、五十億円の横領を隠蔽した嘘だらけの決算書を、シャンシャン総会で無理やり通そうとしたその瞬間。
「――動議! 議事進行に関する緊急動議を提出します!」
私はスッと立ち上がり、ドラゴンの咆哮のような通る声で、ホール全体に響き渡るように叫んだ。
数千人の株主が、一斉にこちらを見る。
壇上の輝彦と元婚約者もまた、私の顔を見るなり、まるで幽霊でも見たかのように顔面を蒼白にさせた。
「なっ……な、なぜお前がここにいる! ここは株主以外立ち入り禁止だぞ、警備員をつまみ出せ!」
マイクを通さずに喚き散らす輝彦に向かって、私は黒縁メガネを中指でクイッと押し上げ、優雅に微笑んだ。
「おや、ご挨拶ですね。私は鳳凰院桜子様の代理人弁護士であり、かつ、貴社の発行済株式の七パーセントを保有する……」
私は手元の議決権行使書をヒラヒラと揺らした。
「正当な『大株主』として、この場に立っております。まさか株主の正当な権利行使を妨害するおつもりですか?」
「な、ななななな、ななパーセントォ!?」
輝彦の裏返った悲鳴がホールに響く。七パーセントといえば、筆頭株主である創業家一族に次ぐ大株主だ。
「そ、そんな馬鹿な! いつの間にそれほどの株を……っ!」
元婚約者のCFO加藤が眼鏡をずり落としながら震えているが、父のファンドの資金力と情報網、そして私の調査能力と指揮能力を組み合わせれば、数日でかき集めることなど容易い。
「さあ、第一号議案の採決の前に、株主の皆様に『共有』すべき重大な事実があります」
私は木戸くんに目配せをした。
「木戸くん、オペレーション・ギロチンの発動です」
「了解しました。……相手の坊ちゃんたち、本当にご愁傷様です!」
木戸くんがエンターキーを力強くターンッ!と叩くと、壇上の巨大スクリーンが突如として切り替わった。
そこに映し出されたのは、輝彦が誇らしげに語っていた事業計画ではなく……。
赤と黒の極太明朝体でデカデカと作成された、『五十億円・横領スキーム全容図』だった。
「なっ!? なんだあの画面は! 何をやってる!? 消せ、今すぐプロジェクターの電源を抜け!」
輝彦がパニックになり、壇上で右往左往しながら配線を探し始めるが、遅い。
「株主の皆様。今スクリーンに映し出されているのは、壇上にいる鳳凰院輝彦氏およびCFO加藤氏が……」
私はマイクを手に取り、淀みない声で残酷な真実を読み上げていく。
「北海道の子会社を経由した架空取引によって、会社の資金『五十億円』をタックスヘイブンへ不正送金した証拠です」
ホール内が、水を打ったような静寂に包まれ、直後に「ご、五十億だと!?」「横領!?」と激しいどよめきに変わった。
「で、でたらめだ! 名誉毀損で訴えてやる! 証拠はどこにあるんだ!」
輝彦がマイクにしがみついて叫ぶが、私はポップコーンの最後のひと欠片を口に含み、フッと笑った。
「ふむ、これだけの証拠があるのに、まだそう言いますか。ならば、ご自身の声でお聞きいただきましょう。木戸くん、再生を」
会場の高性能スピーカーから、極めてクリアな音声が流れ始める。
『……あと一歩なんだ。あの赤字倉庫にすべての責任を押し付ければ、五十億は僕たちのものだ』
『絶対に桜子を追放する。どんな汚い手を使ってでも、すべての罪をあいつに被せてやる……!』
数日前の社長室での、彼ら自身の密談の録音データだった。
「あ……あ……あ……っ」
輝彦と元婚約者は、自分たちの声が数千人の株主に大音量で聞かされているという事実に、完全に魂が抜けた顔になっていた。
「所長、桜子さんの処分差し止めに乗り込んだ時、社長室に『置いて』いった録音デバイス(Miniature Voice Recorder 150)、会話をバッチリ拾ってましたね」
「ええ。40フィート先の音声もクリアに拾える優れものです。……悪党というものは、きつく追いつめられた後、自分が安全圏にいると思い込むと、自分を安心させるためにペラペラと悪事を口に出す癖がありますからね」
私はノイズキャンセル処理を見事に行った木戸くんを心の中で褒め称えた。
「さて、株主の皆様。経営トップによる会社資産の私物化、および特別背任行為は明白です」
私はマイクを握り直し、冷酷な死神のように宣告した。
「会社法第八百四十七条に基づき、私、九条院 結は株主を代表し、当該不良役員両名に対し……」
会場のすべての視線が、私の一挙手一投足に釘付けになる。
「被害総額五十億円、および懲罰的慰謝料を含めた損害賠償を求める『株主代表訴訟』を提起いたします!」
ドドォォォンッ!
という幻聴が聞こえそうなほど、ホール内に怒号と歓声が入り混じった嵐が巻き起こった。
「ふざけるな! 僕が社長だぞ! こんな訴訟、会社が認めるわけないだろうが!」
輝彦が泡を吹きながら反論するが、彼は会社法の基本すら理解していない。
「あら、お忘れですか? 株主代表訴訟は『会社』が訴えるのではなく、怠慢な会社に代わって『株主』が直接、貴方たち個人を訴える制度です」
私が冷ややかに事実を突きつけると、輝彦の膝がガクンと崩れた。
「会社法上の善管注意義務違反が認められれば、貴方たち個人の全財産をもって、五十億円を会社に弁済していただきます」
「ご、ごじゅうおく……僕の、個人のポケットマネーで……!?」
「もちろん、自己破産は免責不許可事由に該当する可能性が高く、認められないでしょう。つまり一生逃げられません。給与も預金も、すべて差し押さえの対象です。……実は私、そうした業務を最も得意としておりまして」
隣にいた元婚約者のCFO加藤は、その法的な絶望の深さを理解したのか、白目を剥いてその場に卒倒してしまった。
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ! 僕は天才経営者なんだ! 辺境に追放されるのは桜子の方だぞぉぉぉっ!」
完全に錯乱した輝彦が、スーツを振り乱しながら絶叫する。
だが、怒り狂った株主たちからの「横領犯め!」「金返せ!」という凄まじいヤジが、彼の悲鳴を容赦なく掻き消していった。
「……見事なまでの大炎上ですね。火薬の量が少し多すぎたでしょうか」
私は白トリュフ塩のポップコーンの空き箱を優雅に畳みながら、壇上で警備員に取り押さえられる愚か者を見上げた。
「所長、火薬の量どころか、戦術兵器を会場のど真ん中に落としたようなもんですよ……」
木戸くんがドン引きしながらも、手際よく証拠データを保存している。
隣で見ていた桜子様は、両手で口元を覆い、感極まったように瞳を潤ませていた。
「九条院先生……ありがとうございます。これで、会社も、父の代からの従業員たちも守れます……!」
「感謝には及びません。これは正当な権利行使であり、合法的なビジネスですから」
私は桜子様に向かって、ニッコリと魔王の笑みを向けた。
「さあ、このまま彼らの個人資産の仮差押えの手続きに入りますよ。もちろん一円たりとも海外へは逃がしません」
異世界テンプレの無能な兄は、こうして自らが用意した五十億円という名の巨大な借金の鎖に繋がれた。
現行法という名の鈍器の切れ味に酔いしれながら、私は祝杯の紅茶の香りを心待ちにしていた。
お読みいただきありがとうございます。
数千人の前での音声データ公開。言い逃れ不可能な、完全なるリーガル・チェックメイトです。
次回、いよいよ第1章の最終話! 五十億円の借金を背負った愚か者たちの末路をお届けします。
(※第1章・最終話は明日19時過ぎ更新です!)




