第3話 五十億円のトカゲの尻尾切りと特製メロンパフェ
「ど、どういうことだ! なぜ桜子の奴が平然と専務室で仕事をしているんだ!」
「落ち着いてください、輝彦社長。裁判所の仮処分命令が出た以上、下手に手を出せば制裁金を取られます」
マイクを通さない怒鳴り声が、鳳凰院ホールディングスの豪華な社長室に虚しく響いていた。
「くそっ、あの忌々しい女弁護士め! たかが紙切れ一枚で僕の決定を覆すとは!」
「ですが社長。あの女を北海道へ飛ばさなければ、我々の『計画』が破綻してしまいますよ」
元婚約者であるCFOが、インテリぶった眼鏡の奥で焦燥の汗を流している。
「わかっている! だが、あと一歩なんだ。あの赤字倉庫にすべての責任を押し付ければ、五十億は僕たちのものだ」
輝彦は忌々しげにデスクを叩き、醜い欲望に歪んだ顔で舌打ちをした。
「絶対に桜子を追放する。どんな手を使ってでもな……!」
◇ ◇ ◇
……という、愚か者たちの三流サスペンス劇場のような密談から数時間後。
「――というわけで、彼らは現在、手出しできない桜子様を遠巻きに眺めながら爪を噛んでいるようです」
帝都の一等地、『九条院法律事務所』の所長室。
私は静岡県産の最高級クラウンメロンを贅沢に半玉使用した、高さ三十センチの特製パフェを優雅に掬い上げた。
完熟メロンの芳醇な甘みと、濃厚なジャージー牛乳のソフトクリームが、脳のシナプスを劇的に活性化させてくれる。
「所長。依頼人の会社の存亡がかかっている時に、一個一万五千円のメロンパフェでタワー建設ごっこをするのはやめてください」
パラリーガルの木戸くんが、私のデスクに山積みにされた決算報告書を睨みながら胃を押さえた。
「失礼ですね。このパフェの階層構造は、企業の複雑な財務スキームを解き明かすための重要なインスピレーション源ですよ」
私はメロンの果肉を飲み込み、冷たいスプーンの先で分厚い帳簿のコピーをツンツンと叩いた。
「さあ、桜子様。貴女が出向させられそうになっていた『北海道アパレル倉庫株式会社』のデータ、すべて解析が完了しました」
ソファに座る鳳凰院桜子様が、すがるような目をして身を乗り出した。
「九条院先生……あの倉庫に、何か秘密があったのでしょうか。ただの不採算部門だと聞いていましたが……」
「ええ、表向きは。しかし、帳簿という名の『嘘のつけない鏡』は、全く別の腐臭を放つ真実を映し出しています」
私はパフェの中層にあるサクサクのコーンフレークを崩しながら、木戸くんに目配せをした。
「木戸くん、彼らの『お粗末な錬金術』の解説を、簡潔にお願いします」
「はい……。桜子さん、この半年間で、本社から北海道の倉庫に対し、異常な額の送金が行われています」
木戸くんが蛍光ペンで引かれた数字の羅列を示す。
「『在庫買い取り』『盗難品の損失補償』『コンサルティング費用』などという名目で、合計でおよそ『五十億円』が流出しています」
「ご、五十億!? そんな大規模な資金移動、専務である私の決裁を通さずにどうやって……!」
桜子様が顔面を蒼白にして立ち上がった。
「そこは元婚約者であるCFO、加藤さんの腕の見せ所だったのでしょう。彼は財務のトップであり、決裁権限を握っていますからね。決裁上限ぎりぎりの額に支出は小分けしてあります」
私はパフェの底にあるメロンゼリーをストローで上品に吸い上げながら、彼らの浅はかな計画を解説した。
「帳簿上は、輝彦社長が大失敗した『サステナブル・ハイパー宇宙繊維プロジェクト』の不良在庫を、子会社に高値で押し付けた形ですね」
「ですが、実際に北海道の倉庫にそんな宇宙繊維の在庫は存在しません。空っぽの段ボールすらありませんよ」
「五十億円という莫大な現金だけが、子会社を経由して……消えているのです」
「消えた……? まさか、お兄様と彼が、会社の資金を横領したというの!?」
「その通りです。彼らはペーパーカンパニーを経由し、タックスヘイブンのプライベートバンクへ資金を逃がした形跡があります」
私は残りのメロンを口に放り込み、氷のように冷たい声で断言した。
「五十億円もの使途不明金。いずれ税務調査や監査が入れば確実にバレます。だから彼らは『生贄』を必要としたのです」
「生贄……それが、小うるさくて目障りだった私?」
「ご名答です。貴女を北海道の倉庫の社長として左遷し、すべての実権を無理やり握らせる。そして数ヶ月後……」
「『桜子が無謀な経営で五十億円を溶かし、子会社を計画倒産させた』というシナリオをでっち上げるつもりだったのですね」
「ええ。トカゲの尻尾切りです。無能な兄と裏切り者の婚約者は、貴女にすべての横領の罪と借金を被せる気だったのですよ」
その事実を聞かされた桜子様は、怒りと絶望でワナワナと震え、美しい顔を両手で覆った。
「そんな……あんまりだわ! 会社のためを思って、ずっとお兄様を支えてきたのに!」
「所長、これ完全に特別背任罪と業務上横領罪のコンボじゃないですか。今すぐ警察に駆け込みましょうよ!」
木戸くんが正義感に燃えて立ち上がるが、私はパフェの空のグラスをコトリと置いて首を横に振った。
「ふふふ。木戸くん。警察に逮捕されて刑務所に入るなど、彼らにとっては生ぬるい『逃げ道』に過ぎません」
「えっ? 刑務所が逃げ道?」「生ぬるい?」
桜子様と木戸君は目をぱちくりした。構わず私は続ける。
「当然です。臭い飯とはいえ、税金で三食昼寝付きの規則正しい生活が保障されるのですよ? そんな贅沢、私が許すわけがありません」
私は黒縁メガネを中指でクイッと押し上げ、ゾクッとするような魔王の笑みを浮かべた。
「彼らには、自分たちが奪おうとした五十億円という絶望を、自らの肉体と人生をもって、一円残らず弁済していただきます」
「所長がまた、法律を使った拷問の準備を始めている……。相手の坊ちゃんたち、マジで逃げて……」
木戸くんがドン引きしながら後ずさりするが、私のリーガル・タコ殴りへの欲望は止まらない。
「さあ、桜子様。涙を拭いてください。彼らの『横領の証拠』と『海外送金のログ』は、鉄壁の状態ですでに保全完了です」
「九条院先生……私、彼らを絶対に許しません。どうすれば、彼らに最大の罰を与えられるのでしょうか!」
「三日後。鳳凰院ホールディングスの『定時株主総会』が、都内の大型ホールで開催されますね」
私はデスクの引き出しから、分厚い『株主代表訴訟提起書』のドラフトを取り出し、机に叩きつけた。
「そこで、数千人の株主の目の前で、彼らの腐った所業を大スクリーンにフルHDで投影して差し上げましょう」
「株主総会で……!? でも、私は専務とはいえ一介の役員。議長は輝彦お兄様ですし、発言権を封じられます!」
「ご安心を。私、昨日付けで貴女の会社の株式を市場で大量に買い集め、そこそこの『大株主』になっておりますから」
「えええええっ!? 所長、上場企業の株を個人で買い占めたんですか!? インサイダーとか大丈夫なんですか!?」
木戸くんが裏返った声を上げるが、私個人でなく、父の投資ファンドを使えば法に触れず合法的に買い集めることなど造作もない。すでにファンドからは白紙委任状を取得済みだ。
「株主としての『正当な動議権』を行使し、議事進行を合法的に乗っ取ります。そして……」
私は背後のホワイトボードに、赤ペンでデカデカと『株主代表訴訟』と書き殴った。
「会社法第八百四十七条。不良役員に対し、株主が会社に代わって莫大な損害賠償を請求する、最強のギロチンです」
「……なんと!」
「彼ら個人に対し、横領した五十億円の損害賠償請求を公開の場で叩きつけます。ふふふ、自己破産すら許されない、地獄の借金生活の始まりですよ」
私の宣告を聞いた桜子様は、先ほどまでの涙をすっかり引っ込め、パァッと顔を輝かせた。
「九条院先生……あなたって人は、本当に……最高に頼りになる悪魔、いいえ魔王ですね!」
「お褒めに預かり光栄です。さあ、木戸くん。株主総会のプレゼン資料を作りますよ。アニメーションもつけて派手にいきましょう」
「了解しました……。相手の坊ちゃんたち、明後日には文字通り社会的に処刑されるんですね。南無阿弥陀仏」
私はホワイトボードの赤い文字を見つめながら、次なる絶望のステージへと思いを馳せる。
愚か者たちが最も輝く晴れの舞台を、一瞬にして公開処刑場に変えてみせよう。
極上のカタルシスに向けて、私は魔王のように優雅に、そして残酷に微笑んだ。
お読みいただきありがとうございます!
五十億円の横領……完全な特別背任です。そして魔王は、最強のギロチン『株主代表訴訟』の準備に入りました。
いよいよ明日、数千人の株主の前で公開処刑が始まります。
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(※次回は明日19時過ぎ更新です!)




