第40話 勝利の独奏曲と極上ミルフィーユの地層
「奏様、素晴らしい音色ですわ……! あのような汚物共を社会から排除した後の空気は、なんと清らかで、なんと振動の伝わりが良いのかしら!」
「おーっほほほ! この調べこそ、正義という名の完璧な調律がもたらした黄金の残響ですわね!」
帝都音楽大学、大講堂。
超満員の観客が息を呑んで見守る中、ステージ中央では響奏が、新しく手に入れた名器ガリアーノを奏でていた。
その音色は、かつて切り裂かれた絶望を乗り越え、より深く、より力強い輝きを放って会場全体を支配している。
彼女が纏うのは、世界的なデザイナー……如月彩也様がこの日のために仕立てた、真珠のような光沢を放つ至高の演奏用ドレスだ。
「……素晴らしい。この、サクサクと音を立てて崩れ落ちる繊細なパイ生地の重なり。そして、その合間に秘められた濃厚なカスタードの知略」
私は、関係者専用のVIPボックス席で、一人静かに『極上ストロベリー・ミルフィーユ』に、銀のナイフを垂直に突き立てていた。
バターの香りが芳醇なパイ生地は、なんと百四十四層。
その隙間に、最高級のバニラビーンズが宝石のように散りばめられたクリームと、完熟の『真紅の美鈴』が隙間なく敷き詰められている。
私はその巨大な一切れを、崩さぬように優雅にフォークで持ち上げ、口の中へと運んだ。
咀嚼するたびに、地層が崩壊するような小気味よい音が脳内に響き、苺の酸味がすべてを華やかに祝福してくれる。
「所長! 依頼人が人生最高の演奏をして観客が涙してる感動のフィナーレで、なんで『百四十四層の証拠の積み重ね』とか言いながら、建築物みたいなケーキを重機で解体してるんですか!」
「こっちは三千万の賠償金の小切手の取り立てと、加害者三人の永久退学通知のリーガルチェックで、目が百四十四層に充血してるんですよ!」
パラリーガルの木戸くんが、三台のタブレットを同時に操作しながら、血走った目で絶叫した。
「木戸くん、声が大きいです。音楽の鑑賞マナーというものを、六法全書と一緒に読み直した方がいいですよ」
私は口の中に残るミルフィーユの至福の余韻をブラックコーヒーで流し込み、黒縁メガネの奥で瞳を鋭く光らせた。
「このパイの階層構造は、あの三人の令嬢とその親たちが積み上げてきた『虚飾の地位』が、真実という刃によって一枚ずつ剥がれ落ちていくプロセスを解読するための、重要なインスピレーション源ですよ」
「……ふん。地位も名誉も、土台となる倫理観が腐っていれば、このミルフィーユよりも脆く崩れ去る。……それが今回、彼女たちが三千万円という格安の授業料で学んだ『社会の不協和音』の正体です」
私はミルフィーユの二口目をパクリと食べ、濃厚なカスタードのコクを楽しみながら続けた。
「綾小路、設楽、姫宮。……彼女たちは今頃、退学届に震える手でサインし、音楽界から永久に『絶縁』されていることでしょうね」
「オホホホッ! 彼女たちの父親の会社も、今回の件でコンプライアンス違反が露呈し、株価が垂直落下しておりますわよ!」
麗華様が、バサァッ!と扇子を広げて高らかに笑った。
「香水のロット番号一つで人生を棒に振る。……贅沢に溺れた豚たちの、実に滑稽な幕引きですわね!」
「……三千万。奏さんに新しいバイオリンとドレス、それに留学資金を渡してもお釣りが来ますね」
木戸くんが、画面上の数字を眺めながらようやく安堵の息を吐き、胃薬を棚に戻した。
「所長、今回ばかりは僕も、このケーキのサクサクした音を聞いてスカッとしましたよ」
「おや、木戸くんもようやく『味』が分かるようになりましたか。……ですが、安心するのはまだ早いですよ」
私はミルフィーユの最後の一片……最も苺の果汁が染み込んだ濃厚な部分を飲み込み、ナプキンで丁寧に口元を拭った。
「不協和音というものは、この世界のいたるところで鳴り響いています。……次の『演奏(タコ殴り)』の準備はできていますか?」
「……えっ。まさか、もう新しい依頼ですか?」
木戸くんが戦慄して顔を上げると同時に、私のスマートフォンが短い着信音を鳴らした。
画面に映し出されたのは、事務所の受付ポストに投函された、一通の切実なメール。
『――助けてください。実家の借金の身代わりとして、顔も知らない冷酷な成金公爵の元へ、人身売買同然の結婚(契約)を強制させられようとしています』
『相手は私の魔力……いえ、特殊な才能だけを搾取し、用が済んだらゴミのように捨てるつもりのようです。これは不当な契約、あるいは人身拘束ではありませんか?』
「……おや。今度は『生贄婚』という名の、現代の奴隷契約ですか。面白そうです」
私は懐から、今度は最高級のピスタチオキャラメルを取り出し、一粒口に放った。
「麗華様、木戸くん。次なる『解体作業』の時間ですよ。……さあ、出陣です」
ステージでは、奏の演奏が最後の一音を完璧に引き切り、万雷の拍手が講堂を揺らしていた。
真実の旋律が勝利を告げる中、私は勝利の余韻をキャラメルの中に閉じ込め、トレンチコートを翻して席を立った。
法の刃は、また新たな悲鳴に応えて研ぎ澄まされる。
「所長、その前に! そのピスタチオキャラメルの領収書、一箱で僕の月給を超えてるんですけどぉぉっ!」
「木戸くん。正義の報酬は、甘美であればあるほど良いのですよ」
「……僕の胃壁の修復費用も、正義の報酬に含めてください、本当にもう!」
賑やかな助手を従え、私は夜の帝都へと足を踏み出した。
切り裂かれた過去は、より強固な未来へと編み直される。
九条院結の辞書に、不可能とダイエットという文字が刻まれる日は、やはり永遠に来そうにない。
法の刃で不条理を粉砕し、真実の残響を永遠に響かせる。
九条院法律事務所の「復讐のシンフォニー」は、また一つ、完璧な勝利の和音を奏でて閉幕した。
さて、次はどんな「偽りの誓い」を、六法全書という名の鈍器で、粉々に粉砕してあげましょうか。
第8章『切り裂かれたドレスと百万ドルの残響編』、最後までお読みいただきありがとうございました!
不協和音を奏でるゴミ共を掃除した後のバイオリンの音色は、ミルフィーユのように重厚で甘美なものでした。
もし、今回の事件を読んで
「香水での特定、インテリジェンスを感じて最高だった!」
「奏様のドレス姿、目に浮かぶようで感動した!」
と感じていただけましたら、ページ一番下の【☆☆☆☆☆】をポチッと押して、【★★★★★】の最高評価をいただけますと、作者の筆が黄金に輝きます!
次回予告:第9章、準備中!
ラストに届いた、あまりに奇妙な依頼。
『未来のトレンドを百発百中で当てる“予言者”によって、会社が倒産寸前です』
異世界転生者か、はたまた本物の聖女か……?
「予言? いいえ、ただのデジタル犯罪(不正競争)です」
魔王弁護士が、オカルトの皮を被った『産業スパイ』をサイバー法務で解体します!
**【ブックマーク】**を外さずにお待ちいただければ、新章スタートを逃さずチェックできます。
次なる法廷(サイバー空間)で、またお会いしましょう!




