第41話 盗まれた「未来」と完熟メロンのショートケーキ
新章(第9章)突入です!
今回のテーマは、異世界転生・転移モノの定番「前世の知識(未来予知)による市場独占」。
「神のお告げ」でトレンドを先回りし、真面目な商売人を倒産に追い込む謎の聖女……。
そんなオカルトじみた理不尽に対し、魔王弁護士が放つ一言。
「予言? いいえ、ただの『産業スパイ』です」
魔法を現行法で叩き切る、最高にクールなリーガル・サイバーミステリーをお楽しみください!
「先生、助けてください……! 私の会社が、あの『予言者』を名乗る女に、未来を丸ごと盗まれてしまったんです!」
「彼女は神のお告げだと言っていますが、出される新作はすべて、私が秘密裏に企画していたデザインの先回りばかりなんですの!」
帝都の一等地、『九条院法律事務所』の所長室。
老舗アパレルメーカー『エトワール』の令嬢、白鳥アリスは、顔を青白くさせて震えていた。
彼女の隣では、パラリーガルの木戸くんが、タブレットに映し出された謎の美女のSNSアカウントを眺めて、絶望的な声を上げている。
「所長、これを見てください……。今、ネットで『神の目を持つファッション聖女』と崇められている如月ミナです」
「彼女が投稿する『トレンド予測』は百発百中。それどころか、アリスさんの会社が明日発表する予定だった新作と寸分違わぬデザインを、一週間も前に商標登録まで済ませているんです」
「おかげでエトワール社は、自社のデザインなのに『著作権侵害だ』と訴えられ、倒産の危機に追い込まれています。……予知能力なんて、そんなの法的にどう戦えばいいんですか!?」
木戸くんが、新品の胃薬を袋ごと口に流し込みながら、涙目で私に縋り付いてくる。
「――素晴らしい。この、完熟したマスクメロンの芳醇な香りと、雪のように純白で軽やかな生クリームの調和。そして、スポンジの間に隠されたメロンの果肉が放つ、圧倒的な『本物』の瑞々しさ」
そんな混乱の極致にある室内で、私は特注の『完熟メロンの極上ショートケーキ』に、銀のフォークを優雅に突き立てていた。
一段ずつ、丁寧に、しかし確実に、層を成すクリームとスポンジを解体していく。
口に運べば、メロンの品のある甘みが一気に弾け、それを生クリームのコクが優しく包み込み、完璧な後味へと昇華させてくれる。
「……ふふ。このケーキの甘みは、未来を知っていると過信し、足元の泥沼に気づかない愚か者の、末路に残る残響に似ていますね」
「所長! 依頼人の会社が『未来予知』っていう超常現象にハメられて絶体絶命なのに、なんで『メロンの地層学』みたいな講釈垂れながら、時価数万円のケーキを優雅に発掘してるんですか!」
「こっちは『予言』をどうやって裁判で否定すればいいのか、頭がパンクしそうなんですよ!」
木戸くんの悲鳴に対し、私はメロンの最後の一片をパクリと食べ、口の中に広がる至福の余韻を楽しみながら、冷酷な笑みを浮かべた。
「木戸くん、貴方は相変わらずオカルトに弱いですね。……アリス様、貴女もです」
「未来予知? 神のお告げ? そんなものは、現行法という名の『科学の光』を当てれば、一瞬で溶けてなくなる安っぽい幻影ですよ」
私は黒縁メガネを中指でクイッと押し上げ、SNSで「聖女」と崇められている如月ミナの写真を、冷徹な目で見つめた。
「彼女が未来を知っていたのではありません。彼女はただ、貴女の会社の『現在』を盗み見ていただけ。……つまり、これはオカルトではなく、純然たるサイバー犯罪です」
「サイバー犯罪……? でも先生、我が社のセキュリティは万全ですわ。デザイン画を保管しているサーバーは、外部からはアクセスできないはず……」
「アリス様、セキュリティとは、壁の高さだけで決まるものではありません。……麗華様、例の『聖女』の周辺調査の結果は?」
「オホホホッ! お待たせいたしましたわ、結お姉様!」
武闘派助手こと東陰院麗華様が、バサァッ!と扇子を広げて高らかに笑いながら、一束の報告書をデスクに叩きつけた。
「わたくしのお茶会ネットワークと、馴染みの凄腕ホワイトハッカーを動員いたしましたわ!」
「如月ミナの正体、聖女どころか、三年前までIT企業でシステムエンジニアをしていた『ただの泥棒猫』ですわよ! 彼女、アリス様の会社のサーバー管理を請け負っている会社の元社員ですわ!」
麗華様が、獲物を追い詰める女王のように、扇子をパチンと閉じて勝ち誇る。
「……なるほど。元社員という特権を利用してバックドアを仕掛け、アリス様が描き上げた最新のデザインをリアルタイムで盗み見ていた。……それが『予言者』の正体、というわけですね」
私がブラックコーヒーで口を潤すと、木戸くんが「ええっ、そんな単純なことだったんですか!?」と腰を抜かした。
「単純ですが、強力です。彼女は盗んだデザインを自分名義で先回りして商標登録し、貴女に『著作権侵害』という偽りの鉄槌を振り下ろそうとした」
「これは不正競争防止法第二条、ならびに不正アクセス禁止法違反。……つまり、彼女が自慢げに掲げている『未来の予言』は、すべて刑務所行きの『動かぬ証拠』に他なりません」
私は立ち上がり、壁のホワイトボードに赤ペンで『産業スパイ(解体)』とデカデカと書き殴った。
「アリス様。彼女が貴女に突きつけた商標登録など、特許庁への『無効審判』で一枚残らずゴミ箱へ放り込んで差し上げましょう」
「さらに、彼女が『予言』としてSNSに垂れ流した情報のすべてを、不正競争防止法に基づく損害賠償の請求根拠として積み上げます。……その総額、メロンのショートケーキを地球一周分買い占められるほどの額になりますよ?」
「……先生。私、怖くなくなりましたわ。彼女が予知能力者だと思っていた時は、まるで見えないお化けと戦っている気分でしたが……」
アリス様が、凛とした表情で立ち上がる。その瞳には、一人の経営者としての、静かな怒りの火が灯っていた。
「相手がただのコソ泥なら、私はもう負けません。エトワールの伝統を、あんな女に渡したりはいたしませんわ!」
「その意気です。……木戸くん、ただちに裁判所へ『証拠保全』の申し立てを。彼女がサーバーにアクセスしたログ、そして彼女の自宅に隠されているであろう盗品のデザインデータ。すべて司法の手で『強制解凍』しに行きますよ」
「出たーっ! リーガル・ガサ入れ命令! また今夜も徹夜確定ですね!」
木戸くんの悲鳴が帝都の夜に響き渡る。
前世の記憶だか、神のお告げだか知りませんが。
法律という名の重厚な鎧を纏った魔王の前では、そんな安っぽい嘘は一切通用しない。
オカルトの皮を被った産業スパイを、サイバー法務という名の鋭利なメスで、完膚なきまでに「去勢」して差し上げましょう。
「……ふふ。メロンのショートケーキは最高に甘美でしたが、嘘を暴いた後の『現実』は、どんなスイーツよりも刺激的ですよ」
私は、最後の一口の生クリームを優雅に飲み込み、最高にスリリングな「聖女狩り」の幕を開けたのだった。
さて、彼女が自慢の予知能力で、自分の「逮捕」という未来を予見できているか。今から確認しに行くのが、楽しみでなりませんね。
お読みいただきありがとうございます!
完熟メロンの地層を楽しみながら、甘い嘘の裏側を暴く結お姉様。
どんなに「聖女」を気取っても、デジタルの世界には必ず『足跡』が残るものです。
おかげさまで本作、日間ヒューマンドラマ〔文芸〕部門にて14位にランクインいたしました!
39人の読者様が、平均10ページ以上も読み進めてくださっているというデータを見て、作者も震えながら(歓喜で)キーボードを叩いております。
次回、いよいよ「予言」という名のハッキングの証拠を突きつけます。
「聖女の化けの皮を早く剥いで!」
「木戸くん、胃薬多めに飲んで頑張れ!」
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