第38話 科学捜査と黄金の和栗モンブラン
「おーっほほほ! 乾杯ですわ、皆様! あのみっともない平民令嬢、今頃はボロ布になったドレスを抱えて泣き腫らしているでしょうね!」
「バイオリンのネックを折った時の、あの乾いた音……。一生の思い出になりますわ。これで今年の首席卒業は、わたくしたちの独壇場ですわね!」
帝都の一等地、会員制高級ラウンジ『エリュシオン』。
そこでは、ライバル令嬢三人衆……綾小路、設楽、姫宮が、勝利を確信して最高級のヴィンテージ・シャンパンを掲げていた。
彼女たちの背後には、それぞれの父親である財閥の重役や企業のオーナーたちが、娘たちの「悪戯」を微笑ましく見守りながら、優雅に葉巻を燻らせている。
「証拠さえなければ、ただのアクシデント。若気の至りというやつさ。大学側にも話はつけてある、心配はいらないよ」
「……おや。その『若気の至り』という言葉が、どれほど高くつくか。まだご存知ないようですね」
冷徹な声が、豪華絢爛なラウンジの空気を一瞬で凍りつかせた。
重厚な観音開きの扉を蹴破らんばかりの勢いで開け放ち、私が現れたのである。
私の後ろには、怒りで金髪の縦ロールをドリルのように回転させている東陰院麗華様。
そして、ラウンジの豪華な内装を見るだけで「賠償金が怖い」と震えながら胃薬を噛み砕いている木戸くんが控えていた。
「なっ……貴様、何者だ! ここは部外者立ち入り禁止だぞ!」
「失礼ですね。私は、貴方がたがゴミのように扱った宝生奏様の代理人弁護士、九条院結です。本日は、貴方がたの『不協和音』を強制終了しに参りました」
私は、ラウンジの中央にある大理石のテーブルに、持参した特製の桐箱を無造作に置いた。
中から現れたのは、高さ十五センチを超える、圧倒的な存在感を放つ『黄金の和栗モンブラン』だ。
茨城県産の厳選された和栗のみを使用し、職人が一本一本、一・二ミリの極細サイズで絞り出したペースト。
その層は何千、何万と重なり、まるで工芸品のような繊細な陰影を作り出している。
私はその頂点に鎮座する、大粒の渋皮煮に銀のフォークを突き立てた。
「……素晴らしい。この、和栗特有の力強い香りと、甘さを極限まで抑えた高潔な味わい。そして、土台となるメレンゲのサクサクとした食感が、真実の重みを引き立ててくれますね」
「き、貴様! 何を勝手にケーキを食べている! 警備員を呼べ!」
設楽の父親が怒鳴るが、私はその怒声をフォークの先で受け流すように、モンブランの断面を優雅に堪能した。
「所長! 財界の大物たちが顔を真っ赤にしてるのに、なんで『栗の要塞』を一人で攻略してるんですか!」
「こっちはラウンジの入り口で『不法侵入だ!』って騒ぐスタッフを、麗華様が物理的に……じゃなくて、権力的に黙らせてきたところなんですよ!」
木戸くんが、三本目の胃薬を水なしで飲み込みながら絶叫した。
「失礼ですね、木戸くん。このモンブランの何層にも重なった繊細なペーストは、貴女方が隠蔽したつもりの『悪意の痕跡』を一枚ずつ剥ぎ取っていくための、重要なインスピレーション源ですよ」
私は口の中に残る栗の芳醇な余韻をブラックコーヒーで流し込み、黒縁メガネの奥で瞳を鋭く光らせた。
「さて、綾小路さん。貴女が纏っているその香水……『ヴィーナスの嫉妬』でしたね?」
「え、ええ……。それが何か? わたくしにふさわしい、最高級の香水ですわ」
「おや、それは重畳。実は、切り裂かれた奏様のドレスの繊維から、この香水の固有成分がガスクロマトグラフィーによって検出されましてね」
私がタブレットを操作し、科学分析の結果グラフを巨大なモニターに投影した。
「この香水は、特定の希少な花の精油を使用しており、製造番号によってロット管理されています。……そして、このロットの香水を購入したのは、帝都で貴女一人だけです」
「な……っ!? そ、そんなはずは……!」
「さらに、設楽さん。貴女の使っているハイライトのラメ。バイオリンの折れたネックに、ベッタリと付着していましたよ」
私はモンブランの二口目をパクリと食べ、濃厚なカスタードのコクを楽しみながら続けた。
「この微粒子偏光ラメは、今季の限定コフレにのみ含まれる特殊な鉱石成分を含んでいます。……指紋を消したつもりでしょうが、貴方がたが放つ『虚栄の粉』までは拭い去れなかったようですね」
「ひ、ひぃっ……!」
「おーっほほほ! 流石は結お姉様! 成金趣味の贅沢品が、そのまま自分たちを縛り上げる証拠品になるとは、皮肉なものですわね!」
麗華様が、バサァッ!と扇子を広げて高らかに笑った。
「お父様方。貴方がたの娘さんは、芸術の聖域を土足で荒らし、三千万円相当の資産を破壊しましたわ。……これは立派な、刑法第二百六十一条『器物損壊罪』ですわよ?」
「三千万円だと!? たかがドレスとバイオリンで、そんな額になるわけがないだろう!」
姫宮の父親が机を叩いて立ち上がるが、私は最後の一口、モンブランの底に隠されたカシスソースの酸味を堪能しながら、冷酷に微笑んだ。
「おやおや。奏様のバイオリンは、十八世紀のイタリアで作られた名器、ガリアーノです。修復費用と減価分、さらに精神的苦痛を合わせれば、三千万円は妥当な『安値』ですよ」
私はナプキンで口元を丁寧に拭うと、黒縁メガネを押し上げ、三通の請求書をそれぞれの父親の前に滑らせた。
「告訴状はすでに作成済みです。今すぐに小切手で支払しないのであれば、私はこの科学的証拠を警察に提出し、同時に貴方がたの会社の『コンプライアンス違反』としてマスコミに放流いたします」
「な……そんなことをしたら、我が社の株価が……!」
「ええ。娘さんの『若気の至り』で、数十億、数百億の時価総額が吹き飛ぶ。……経営者として、どちらが賢い選択か、お分かりですね?」
私は立ち上がり、トレンチコートの襟を正した。
「奏様の未来を切り裂いた報いです。……さあ、今すぐサインを。さもなくば、次のケーキ……失礼、次の法的手続き(タコ殴り)に移らせていただきますが?」
魔王の如き笑みを浮かべる私と、物理的なプレッシャーを放つ麗華様、そして死んだ目で電卓を叩く木戸くん。
その圧倒的な威圧感に、財界の大物たちは、娘たちの悲鳴を無視して、震える手で小切手帳を取り出し、ペンを取らざるを得なかった。
「……ふふ。和栗のモンブランは少し重厚すぎましたが、嘘を暴いた後の後味としては、最高に甘美でしたね」
私は、署名された小切手を木戸くんに回収させ、満足げにラウンジを後にした。
背後からは、父親たちに激怒される令嬢たちの絶叫が、心地よいBGMとして響き渡っていた。
「結お姉様! 次はお祝いで、もっと地層の厚いミルクレープを食べに行きませんこと!?」
「麗華様。お祝いの前に、奏様に新しいドレスと、最高の調律師を紹介するのが先ですよ。……あ、もちろんその費用も、あの方たちに請求済みですが」
「所長……本当、敵に回したくないですよ、この魔王お嬢様……」
法の刃で芸術の敵を粉砕し、真実の旋律を取り戻す。
九条院法律事務所の「復讐のソナタ」は、最高潮の盛り上がりを見せて、次の楽章へと進んでいく。
さて、次はどんな「不協和音」を、科学の光で調律してあげましょうか。
お読みいただきありがとうございます!
ガスクロマトグラフィー(成分分析)という名の魔法が、財閥の重役たちを震え上がらせるカタルシス!
三千万円の小切手を回収する結の姿に、思わず「勝訴!」と叫びたくなりますね。
次回、大学側が「隠蔽」を図ろうとする懲罰委員会。
結が漆黒のフォンダンショコラと共に、加害者たちに「音楽界からの絶縁」という、死よりも辛い判決を言い渡します!
明日の「タコ殴り」が待ちきれない方は、ぜひ下部から【星評価】をお願いいたします!




