第32話 仮処分の弾丸と断面美のパフェ
「蓮様、見てください。この会場の華やかさ……! わたくしが『天才』として世界に羽ばたく瞬間にふさわしい舞台ですわ!」
「ああ、美夜。君の美貌と、あのアホな姉が描いたデザインがあれば、一条グループの株価は月まで届く。今日は我々の完全勝利の日だ」
帝都随一の高級ホテル、グランド・ロイヤルの巨大な宴会場。
煌びやかなシャンデリアの下、数千人のプレス関係者とセレブリティが、ファッション界の新星・如月美夜のデビューを待ちわびていた。
一方、舞台袖の暗がりに震えながら立つ如月彩也は、自分の魂を削って描き上げたスケッチブックを握りしめ、ただ涙を流していた。
「……あれは、私の……私の子供たちなのに……」
「お姉様、まだそんなところにいたの? 早く私の靴を磨きなさいよ。影武者の分際で、私の晴れ舞台を汚すつもり?」
美夜が、最高級のシルクドレスの裾を蹴り上げ、彩也の顔を嘲笑う。
「さあ蓮様、行きましょう! 偽物の姉の人生を燃料にして、わたくしたちが太陽になるのよ!」
二人は高らかな笑い声を残し、眩いスポットライトが降り注ぐステージへと歩み出していった。
……という、傲慢な妹と欲深い婚約者による「才能の搾取」がクライマックスを迎えようとしていた、その同時刻。
「――というわけで、彼らは現在、泥棒したデザインを『自分の実績』として世界に発信する直前、全能感の絶頂に浸っているようです」
帝都の一等地、『九条院法律事務所』の所長室。
私は、高さ三十センチを超える特製『十二層のロイヤル・ストロベリー・パフェ』に、長い銀のスプーンを垂直に突き立てた。
最上段には大粒の「真紅の美鈴」、その下には極薄のホワイトチョコ、濃厚なピスタチオクリーム、さらに酸味の効いたフランボワーズのジュレ。
スプーンを引き抜くと、地層のように重なり合った断面が、計算され尽くした美しさを保ったまま現れる。
私はそれを、惜しげもなく一口で頬張った。
「……素晴らしい。この、表面のデコレーションに隠された『複雑な階層構造』と、それを支える厳選された素材の純度」
「所長! 三十分後に記者会見が始まるって言ってるのに、なんでエッフェル塔みたいなパフェを一段ずつ解体しながら恍惚としてるんですか!」
パラリーガルの木戸くんが、ノートパソコンのキーボードを血走った目で叩きながら、絶叫に近いツッコミを入れる。
「失礼ですね。このパフェの断面美は、偽物の名声という『ホイップクリーム』を剥ぎ取り、真実の才能という『果実』を露出させるための、重要なインスピレーション源ですよ」
私は冷たいカフェラテで口の中をリセットし、黒縁メガネの奥で瞳を鋭く光らせた。
「さて、木戸くん。例の『弾丸』の装填は完了しましたか?」
「……ハァ、ハァ。完了しましたよ! 彩也さんのパソコンから消された元データの復元、そしてラフスケッチの筆跡鑑定、さらには……」
木戸くんは、プリンターから吐き出されたばかりの、真っ赤な表紙の書類を掲げた。
「裁判官を叩き起こして勝ち取った、『著作権侵害に基づく差止請求の仮処分決定通知書』です! 法的強制力、マックスのやつですよ!」
「おーっほほほ! 素晴らしいですわ、木戸先輩! わたくし、その『紙一枚で巨大企業を沈める』という野蛮な法的手続き、大好きですわ!」
武闘派助手こと東陰院麗華様が、バサァッ!と扇子を広げて高らかに笑った。
「一条蓮のバカ殿にも、わたくしのお茶会ネットワークで釘を刺しておきましたわ。『偽物のブランドを担いだら、一条の名に泥を塗ることになりますわよ』と!」
麗華様は、獲物を狙う猛禽類のような瞳でパフェの苺を見つめている。
「一条グループの株主たちも、この発表が『盗作』だと知れば、蜘蛛の子を散らすように逃げ出しますわね。あーっ、楽しみですわ!」
「麗華様。貴女の煽りスキルは、もはや弁護士並みですね。……さて、彩也様。準備はよろしいですか?」
私は、ソファで震えながらも立ち上がった如月彩也様に問いかけた。
彼女の瞳には、パフェのフランボワーズよりも鮮やかな、一人のクリエイターとしての「覚醒」の炎が宿っている。
「……はい。九条院先生。私、自分のデザインが……私の子供たちが、あんな汚い手で汚されるのは、もう耐えられません」
「結構。……木戸くん、タクシーを飛ばしなさい。発表会の会場まで五分。妹さんの絶頂が、絶望に変わる絶妙なタイミングで飛び込みますよ」
「ええっ、またダッシュですか!? パフェのカロリーを消費するのは僕だけなんですか!?」
木戸くんの悲鳴をBGMに、私はパフェの最後の一口……底に沈んだ濃厚なカカオソースを掬い上げた。
「……ふふ。偽物が最も輝く瞬間こそ、その化けの皮を剥いだ時の『落差』が最大の美味になるものです」
私は銀のスプーンをカチリと皿に置き、最高級のトレンチコートを翻した。
「著作権という名の聖域を侵した愚か者たちに、司法という名の『冷たいデザート』を振る舞ってあげましょう」
会場であるグランド・ロイヤルホテル。
ステージ上では、美夜が誇らしげにアンベールの紐を握り、一条蓮が「次世代の天才による、奇跡のデザインです!」とマイクで吠えていた。
フラッシュの嵐。拍手の渦。
その中心で、美夜が紐を引き、彩也のデザインが巨大なスクリーンに映し出された、その刹那。
「――異議あり。そのデザインの公開、ならびに一切の商用利用を、司法の名において『差し止め』ます」
会場の後方、重厚な扉を蹴破るような勢いで開け放ち、私が現れた。
私の手には、パフェの断面よりも鮮明な、赤い決定通知書が握られている。
「何だ、貴様は! 警備員! この不審者を追い出せ!」
一条蓮が怒鳴るが、私は悠然と歩を進め、ステージ正面のプレス席へ書類を叩きつけた。
「不審者? 失礼ですね。私は東京地方裁判所の決定を携えた執行官……の、代理人弁護士ですよ」
私は黒縁メガネを中指でクイッと押し上げ、震える美夜を指差した。
「如月美夜さん。貴女が今『自分の奇跡』と呼んだそのデザイン。その正体は、如月彩也氏の著作権を侵害した『違法な盗作品』です」
会場が、凍りついたような静寂に包まれる。
「嘘よ! 証拠なんてないわ! それはわたくしが描いた……!」
「おや。では、そのデザインの『制作過程のボツ案』や、シルエットの黄金比を算出するための『数学的根拠』を、今ここで説明できますか?」
私は、木戸くんが復元したデータを巨大スクリーンへ転送した。
そこには、美夜が一度も見たことのない、しかし提示された完成品と完全に地続きの「彩也の苦悩と試行錯誤の全記録」が映し出された。
「クリエイターの魂は、完成品の中にだけあるのではありません。その『断面』……過程の中にこそ宿るのですよ」
美夜の顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。
一方、ステージ下に現れた彩也が、凛とした声で宣言した。
「……美夜。私はもう、貴女の影じゃない。私のデザインは、私のものよ」
一条蓮が、保身のために美夜を突き飛ばし、必死に言い訳を始める。
「ま、待て! 私は知らなかったんだ! 美夜が僕を騙して……!」
「遅いですよ、一条さん。貴方の会社は今、この『著作権侵害の共犯者』として、世界中の投資家からリアルタイムでタコ殴りにされていますから」
私は懐から、今度は本物のチョコレートバーを取り出し、パキリと折って口に含んだ。
「……ふふ。カカオの苦味は、嘘を暴いた後の最高の口直しですね」
「結お姉様! 一条グループの株価、ナイアガラの滝のように垂直落下しておりますわよ! オホホホッ!」
麗華様の高笑いが、阿鼻叫喚の会見場に響き渡る。
偽物の虚飾をすべて剥ぎ取った後に残ったのは、震える詐欺師たちと、本当の輝きを手に入れた一人の天才デザイナーの姿だった。
「……さて。彩也様。独立資金とデザインの権利、すべて奪還完了です」
私はチョコレートの香りを楽しみながら、絶望する一条蓮の足元に、空になったパフェの領収書をそっと置いた。
「これは、本日の『特別コンサル料』の分です。……格安の授業料でしたね」
法の鈍器で一族を粉砕した私は、勝利の甘みを噛み締めながら、優雅に会場を後にしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
パフェの地層を解体するように、偽物の名声を剥ぎ取っていく結。
「著作権侵害に基づく差止請求の仮処分」という、強制力マックスのリーガル・ウェポンが炸裂しました!
次回、言い逃れをしようとする一条蓮に対し、結と麗華様が「著作者人格権」という、金では買えない魂の掟を突きつけます。
「木戸くんの復旧作業、お疲れ様!」と思った方は、ぜひ【ブックマーク】をして見守ってあげてください!




