第31話 盗まれたデザインと高級フルーツサンドの断層
新章(第7章)開幕です!
今回のテーマは、ファンタジーの定番「聖女の力を妹に奪われる姉(身代わり・影武者)」。
これを現代の「デザイン事務所」と「著作権」に置き換えたらどうなるか……。
「お前の手柄は私のもの」と笑う妹と、それを利用する婚約者に対し、魔王弁護士が『知財法の鈍器』を手に立ち上がります!
「お姉様、この新作のデザイン……全部わたくしの名前で発表させていただきますわね」
「そんな……美夜、これは私が寝る間も惜しんで描き上げた、私の魂そのものなのよ!」
「ふん、お前のような地味で暗い女が表に出ても、ブランドの価値が下がるだけだ」
如月デザイン事務所、代表室。
妹の如月美夜は、姉の如月彩也が描き上げたばかりの次世代コレクションのスケッチを、ひらひらと扇子のように弄びながら嘲笑った。
その隣では、美夜の婚約者であり、国内最大手アパレル『一条グループ』の御曹司、一条蓮が冷酷な視線を彩也に向けている。
「彩也さん、これはビジネスですよ。美夜は華やかで、インフルエンサーとしての発信力もある。彼女を『天才デザイナー』として売り出すのが、事務所を救う唯一の道なんです」
「でも一条さん、これは明らかな盗作です! 私の名前を消して、妹のものとして発表するなんて……!」
「黙りなさい! お前は裏方として、黙って美夜の影武者をしていればいいんだ。代わりのデザイナーなんて、いくらでも替えがきくんだからな」
一条は冷たく言い放ち、美夜を抱き寄せた。
「さあ美夜、このデザインで、明日の大規模な新規プロジェクト発表会を成功させよう。君は『ファッション界の新星』として、歴史に名を刻むんだ」
「嬉しいわ、蓮さん! ……お姉様、せいぜい裏でわたくしたちの輝く姿を指をくわえて見ていなさいな。オホホホッ!」
二人は彩也のスケッチを奪い、高級車に乗り込んで去っていった。
一族のブランド、自分の才能、そして未来までもが、身内と権力によって蹂躙された瞬間だった。
彩也は、雨の降る帝都の街へと、震える手でポートフォリオを抱えて飛び出した。
……という、異世界テンプレにおける『聖女の力を妹に奪われる姉』のような、胸糞の悪い搾取劇が繰り広げられていた頃。
「――というわけで、彼女たちは現在、他人の才能を自らの実績として着服し、明日の晴れ舞台に向けて高笑いを上げているようです」
帝都の一等地、『九条院法律事務所』の所長室。
私は、創業百年の老舗フルーツパーラーが手掛けた、極上の『特選フルーツサンド』に手を伸ばした。
しっとりとした純白のパンに挟まれているのは、最高級の宮崎マンゴー、完熟の苺、そして瑞々しいシャインマスカット。
断面の美しさは、もはや緻密に計算された宝石のカットそのものだ。
私はそれを、大きく一口齧り取った。
「……素晴らしい。この、表面に見える完璧な断面と、それを支える緻密な構造(クリームと計算された配置)。見事な『虚飾』と『本物』の調和ですね」
「所長! デザイナーの卵が人生を奪われそうになって泣きながら駆け込んできたのに、なんで断面の美しさに感動して、フルーツの宝石箱をむさぼってるんですか!」
パラリーガルの木戸くんが、空になった胃薬の瓶を握りしめながら、絶叫に近いツッコミを入れる。
「失礼ですね。このフルーツサンドの重層構造は、表舞台に立つ『偽物』と、それを支える『本物の才能』の歪な関係を解読するための、重要なインスピレーション源ですよ」
私は口の中に広がる果実の芳醇な余韻をダージリンティーで流し込み、ソファで肩を震わせている如月彩也様に視線を向けた。
「さて、彩也様。貴女が描いたスケッチ、そしてアイデアの数々。それらが貴女の著作物であることを証明する『証拠』は、どの程度残っていますか?」
「……パソコンのデータは、一条さんの息のかかった技術者にすべて消去されました。でも、手描きのラフや、制作過程のメモだけは、なんとか持ち出すことができて……」
彩也様は、泥だらけのポートフォリオから、数枚の古びたスケッチブックを取り出した。
「お見事ですわ、彩也様! この繊細な線、独創的なシルエット……! わたくしのような門外漢が見ても、これが妹さんのような薄っぺらな人間に描けるものではないと分かりますわ!」
武闘派助手こと東陰院麗華様が、扇子を広げて身を乗り出した。
「一条家の蓮についても、わたくしのネットワークで情報を集めておりますわ。あの方は、見栄えの良い妹さんを広告塔にして、自らの地位を固めることしか考えていない、野心まみれの成金ですのよ!」
「麗華様。情報の精度は流石ですね。……木戸くん、彼女が持ち出したラフスケッチと、妹が明日発表しようとしているデザインを照合しなさい」
「了解です! ……あ、これ、完全に一致しますね。しかも、消されたはずのパソコンのデータも、僕が執念で復旧させてみせますよ。デザイナーの魂を消そうなんて、ITを舐めるのも大概にしろって話です!」
木戸くんが、ハッカーのような目をしてキーボードを叩き始めた。
「……ふふっ。面白いですね。妹は『天才』としてチヤホヤされる味を知り、婚約者はそれを利用して株価を上げる。実に三流の脚本です」
私はフルーツサンドの最後の一切れをパクリと飲み込み、黒縁メガネの奥で瞳を鋭く光らせた。
「一条蓮は、ビジネスとしての効率を選んだつもりでしょうが。……法律という名の『著作権』という刃が、どれほど鋭利にその喉元に食い込むか、想像もしていないようですね」
「所長……まさか、裁判をして数年かけて戦うんですか? 明日には発表会が始まっちゃいますよ!」
「おや。木戸くんは、現行法における『核兵器』の存在を忘れたのですか?」
私はデスクの引き出しから、一通の赤い表紙の書類を取り出した。
「『著作権侵害に基づく差止請求の仮処分』。本裁判の結果を待つことなく、暫定的に相手の不法行為を物理的に停止させる、極めて強制力の強い法的措置です」
「仮処分……!? つまり、会見そのものを止められるんですか!?」
「ええ。裁判官を今夜中に説得し、決定書を勝ち取ります。そして、妹と婚約者が最も華やかにスポットライトを浴びるその瞬間に、司法のギロチンを落としてあげるのです」
私は黒縁メガネを押し上げ、魔王としての冷酷な笑みを浮かべた。
「彩也様。貴女が丹精込めて育てた果実を、横から摘み取って自分たちのものにしようとする盗人たち。……彼らに、本物の『格の違い』を、科学と法律の力で叩き込んでやりましょう」
彩也様の瞳に、もはや怯えはなかった。
代わりに、一人のクリエイターとしての、静かな怒りと覚醒の光が灯っていた。
「はい……。お願いします、九条院先生。私のデザインを……私の魂を、取り返してください!」
「承りました。……麗華様、木戸くん。徹夜の準備ですよ。最高にドラマチックな『記者会見中止劇』の、開演まで残り十五時間です」
私はフルーツサンドの余韻を楽しみながら、不敵な笑みを浮かべた。
偽物が本物に勝てる唯一の条件。それは、本物が沈黙している時だけなのだから。
お読みいただきありがとうございます!
フルーツサンドの断面美を楽しみながら、妹たちの虚飾を分析する結。
「自分の名前を消される」というクリエイターにとって最大の屈辱を、法律はどう救済するのか?
次回、記者会見という名の「絶頂」の瞬間に、結が放つ司法の弾丸が着弾します!
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