第30話 刑事告訴と極上のアフタヌーンティー
「そんな……嘘よ! わたくしはただ、最高のお茶でもてなそうとしただけですわ! あれは不運な事故、ただの過失ですのよ!」
「往生際が悪いですね、綾小路麗子さん。警察の取調室でその台詞を吐くには、少々手遅れだとは思いませんか?」
警視庁、刑事部の捜査第一課、取調室。
手錠をかけられ、完璧にセットされていた髪を振り乱して叫ぶ綾小路麗子の前に、私は一枚の書面を静かに置いた。
それは、私が被害者・宝生翡翠様の代理人として作成した『告訴状』である。
「過失、という言葉は、予見できなかった事態に対して使われるものです」
「しかし貴女は、翡翠様のアレルギーを熟知し、防犯カメラを切り、意図的に高濃度の抽出液を滴下した。これは確実な殺意に基づく『計画的犯行』です」
私は取調室の隅で、パイプ椅子に座りながら、持参した小さな小箱を開けた。
中には、薔薇の花びらがあしらわれた、ピンク色の美しいマカロン『イスパハン』が鎮座している。
フランボワーズの鮮やかな赤と、ライチの白、そして芳醇な薔薇の香りが、殺風景な取調室を贅沢な香りで満たした。
「……素晴らしい。この、優雅な薔薇の香りの裏に隠された、ライチの瑞々しい甘みとフランボワーズの刺激的な酸味」
私はイスパハンを優雅に一口、齧り取った。
サクッとしたマカロン生地の中から、濃厚なクリームと果実のハーモニーが溢れ出し、私の舌の上で勝利のファンファーレを奏でる。
「あ、貴女ぁ! 警察の神聖な取調室で、何を優雅にお菓子を食べているのよ! 警察の方、この無礼な弁護士を追い出しなさい!」
麗子がヒステリックに叫び、同席していた刑事に助けを求める。
しかし、刑事は気まずそうに目を逸らし、私に注意することさえできなかった。
「無理ですよ。九条院先生が持ってきた『証拠の山』に比べれば、マカロンの一つや二つ、もはや誤差みたいなものですからね……」
背後で控えていた木戸くんが、空になった胃薬の瓶を握りしめながら、死んだような目で呟いた。
「刑事さん。彼女を刑法第百九十九条、殺人未遂罪で起訴する準備は整いましたか?」
私がイスパハンの二口目を楽しみながら問うと、ベテラン刑事は深く頷いた。
「ええ。警備会社から押収したクラウドログと、民間の鑑定結果が一致しました。さらに、彼女の私物からピペットとピーナッツオイルの瓶も発見されましたから」
「そ、そんな……! わたくしの、わたくしの優雅な人生が、こんなところで……っ!」
麗子がガクリと机に突っ伏し、獣のような泣き声を上げた。
「優雅な人生? 笑わせないでください。他人の命を軽んじ、アレルギーという弱みを突いて暗殺を企てる人間に、名乗れる誇りなど一片もありませんよ」
私はイスパハンの最後の一片を口にし、バラの余韻を楽しみながら冷酷に告げた。
「貴女が今後、口にできるお茶は……鉄格子の向こう側の、冷めた番茶くらいでしょうね。……ごきげんよう、綾小路麗子さん」
私の魔王としての宣告に、彼女は言葉を失い、ただ震えながら連行されていった。
◇ ◇ ◇
……という、極上の「ざまぁ」から数週間後。
「――九条院先生! 麗華様! 木戸様! 本日は本当に、ありがとうございました!」
帝都の高台に位置する、宝生家の美しいテラス。
そこには、すっかり体調を回復させ、以前にも増して輝くような美しさを取り戻した宝生翡翠 様がいた。
彼女は私たちのために、最高級の茶葉を自ら選び、完璧なアフタヌーンティーを準備してくれていた。
「一時はどうなることかと思いましたが……。先生たちが、私の無念を晴らしてくださったおかげで、こうしてまた太陽の下でお茶を飲むことができます」
「オホホホッ! 当然ですわ、翡翠様! あのような陰湿な女狐に、社交界の華を散らさせるわけにはいきませんもの!」
東陰院麗華様が、三段重ねのティースタンドを前に、誇らしげに扇子を広げた。
「今回のわたくしの働き、結お姉様にも認めていただけましたわよね!?」
「ええ。麗華様の『お嬢様知識』がなければ、カップのすり替えというトリックを見抜くのは困難だったでしょう。素晴らしい『探偵助手』でしたよ」
私が微笑みながら答えると、麗華様は「助手!? パートナーではなくて!?」と不満げに頬を膨らませた。
「あの……僕も結構、ゴミ漁りとか徹夜の交渉とか頑張ったんですけど……」
木戸くんが隅っこでスコーンを齧りながら愚痴をこぼすが、誰も聞いていない。
「九条院先生。今回の件で、私は学びましたわ。身近なものが、時には最も恐ろしい凶器になり得るということを」
翡翠 様が、毒のない、澄み切った紅茶を一口飲み、安らかな微笑みを浮かべた。
「だからこそ、真実を見抜く力を持つ先生たちが、私の味方でいてくださったことが、何よりの救いでした」
「私はただ、依頼人の権利を守り、悪党を法的にタコ殴りにしただけですよ」
私はティースタンドの最上段から、薔薇のジャムがたっぷり乗ったスコーンを手に取った。
「毒のない世界は、少しばかり平和すぎて退屈かもしれませんが……。この平和を守るための『苦味』は、私たちが引き受けましょう」
私はスコーンをパクリと食べ、口の中に広がるバターと果実の甘美なハーモニーに目を細めた。
「最高に美味しいですね、翡翠様。これこそが、真実と正義の味です」
「ふふっ、先生らしいですわ。……さあ、皆様。お茶のお代わりはいかが?」
穏やかな笑い声が、初夏の風に乗ってテラスに響き渡る。
科学のメスで暴かれた、ティーカップの中の暗殺劇。
悪役令嬢が夢見た完全犯罪は、魔王が食したスイーツと共に、跡形もなく消え去った。
だが、社交界の平和が戻ったのも束の間。
「――所長! 大変です! 次の依頼人が、事務所の扉を壊す勢いで叩いてます! 次は……『偽聖女に婚約者を奪われ、国外追放を命じられた公爵令嬢』ですって!?」
木戸くんのスマートフォンが鳴り響き、彼の絶望的な悲鳴が再び聞こえてきた。
「あら。次なる『異世界テンプレ』の被害者ですか。忙しくなりそうですね」
私は最後の一口の紅茶を飲み干し、黒縁メガネを押し上げて、不敵な笑みを浮かべた。
「麗華様、木戸くん。六法全書という名の鈍器を磨きなさい。……次なる法廷へ、出陣ですよ」
魔王と、武闘派令嬢と、胃痛パラリーガル。
彼らの戦いは、終わることのない物語のように、次なる不条理を粉砕するために続いていく。
法の裁きからは、いかなる悪役も逃げられない。そのことを証明するために。
第6章『お茶会での毒殺未遂(アレルギー暗殺)編』、最後までお読みいただきありがとうございました!
アレルギーという弱みを突いた卑劣な悪意を、科学と法律で完膚なきまでに粉砕いたしました。イスパハンの薔薇の香りと共に、皆様の胸がスカッとしていただければ幸いです。
もし、今回の事件を読んで
「デジタル音痴な悪役令嬢への追い込みが最高だった!」
「名探偵な結お姉様をもっと見たい!」
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次回予告:第7章、開廷準備中!
ラストに登場した次なる被害者は、なんと『偽聖女に婚約者を奪われ、国外追放を命じられた公爵令嬢』!?
ファンタジー最大のテンプレに、結たちが「現代の法律」という名の核兵器を持ってどう立ち向かうのか……。
【ブックマーク】を外さずにお待ちいただければ、数日後の更新通知を逃さず受け取れます。
新章も、さらなる「リーガル・ざまぁ」をお約束します!




