第26話 お茶会の悲劇と毒林檎のムース
早くも第6章。今回のテーマは、ファンタジーやお嬢様モノの定番「お茶会での毒殺未遂」。
しかし現代日本において、そのテンプレは「不幸なアレルギー事故」として処理されることを狙った、極めて卑劣な犯罪として逆転生してきます。
警察が「ただの事故」と見逃す中、これまで民事で戦ってきた魔王弁護士が『刑事告訴』という名の特大の鉄槌を振り下ろします!
「まあ、翡翠様。本日は私のお茶会にお越しいただき、本当に光栄ですわ」
「ええ、麗子さん。素晴らしいお庭ね。お招きいただき感謝いたしますわ」
初夏の陽光が降り注ぐ、由緒正しき綾小路伯爵家の広大なイングリッシュガーデン。
色とりどりの薔薇が咲き誇る中、優雅なパラソルの下で、最高級のティーセットがカチャカチャと上品な音を立てている。
帝都の社交界に君臨する華、宝生翡翠は、ライバルである綾小路麗子から差し出された紅茶に、静かに口をつけた。
「本日は特別な茶葉と、我が家専属のパティシエが腕によりをかけた焼き菓子をご用意いたしましたの」
麗子が、これ見よがしに口角を吊り上げて微笑む。
「まあ、とても良い香り……。では、一口……」
翡翠がティーカップを傾け、琥珀色の液体を喉の奥へと流し込んだ、まさにその数秒後だった。
「……っ!? あ、かはっ……!」
突如として、翡翠の美しい顔が苦悶に歪み、ティーカップが手から滑り落ちてガチャンと無惨に砕け散った。
「翡翠様!? どうなさいましたの!?」
お茶会に同席していた東陰院麗華が、いち早く異変に気づいて駆け寄る。
「ひゅっ……はっ……息が……っ!」
翡翠は喉を掻きむしりながら、そのまま芝生の上へとバタリと倒れ込んだ。その白い肌には、瞬く間に無数の赤い発疹が浮かび上がっていく。
「アナフィラキシーショック!? まさか、お茶にアレルゲンが……!? 誰か、すぐに救急車を呼びなさい!」
麗華の悲鳴に近い怒号が響き渡り、優雅なお茶会は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。
そんなパニックの中心で、主催者である麗子だけは、口元を扇子で隠しながら「あらあら、大変。不注意なこと」と、氷のように冷たく、そして歓喜に満ちた瞳で笑っていたのだった。
◇ ◇ ◇
……という、異世界ファンタジーにおける『ヒロイン毒殺未遂テンプレ』そのままの凶行から数時間後。
「あり得ませんわ! あんなの絶対に、ただの配膳ミスや事故などではありません!」
帝都の一等地、『九条院法律事務所』の所長室。
武闘派助手こと東陰院麗華様が、怒りで金髪の縦ロールを荒れ狂う竜巻のように振り乱しながら、机をバンバンと叩いていた。
「所轄の警察も警察ですわ! 『ご本人の不注意による不幸な事故ですね』で片付けようとするなんて、無能にも程があります!」
「れ、麗華様、落ち着いてください! 所長のアンティークデスクが割れちゃいます!」
「あ……」
麗華が振り下ろす拳を止めたのを見届け、木戸君は続けた。
「それに、警察が事故って断定しているなら、僕たちが出る幕じゃないですよ! これ以上厄介事に首を突っ込むと、僕の胃壁が本当に破れますから!」
パラリーガルの木戸くんが、新品の胃薬の瓶を握りしめながら必死に宥めている。
「……素晴らしいですね。この真っ赤なグラサージュでコーティングされた、特製の『毒林檎のムース』」
二人の騒がしいやり取りをBGMに、私、九条院 結は艶やかな深紅のドーム型ケーキに、銀色のフォークを優雅に入れた。
純白のマスカルポーネクリームの中から、シナモンと赤ワインでじっくりと煮込まれた、甘酸っぱい林檎のコンポートがトロリと顔を覗かせる。
それを口に運べば、滑らかな口当たりと共に、林檎の爽やかな酸味と大人の苦味が、舌の上で極上のサスペンスを演じてくれた。
「所長! お茶会で人が倒れたっていう物騒な話を聞きながら、なんで白雪姫の継母みたいな顔で真っ赤な毒林檎ケーキを食べてるんですか!」
「木戸くん、ツッコミの語彙力が上がりましたね。ですが、失礼ですよ」
私は指先を純白のナプキンで拭い、ダージリンティーで口の中の甘さをリセットした。
「この艶やかな赤い毒林檎は、社交界という美しい皮を被った魔女たちが企む、陰湿で甘美な『暗殺計画』を紐解くための重要なインスピレーション源ですよ」
私は黒縁メガネを中指でクイッと押し上げ、怒りで肩で息をしている麗華様に微笑みかけた。
「さて、麗華様。病院に搬送されたという貴女の先輩……宝生翡翠様の容態はどうなりましたか?」
「……一命は取り留めました。ですが、意識が戻らず、現在もICU(集中治療室)で予断を許さない状況です……」
麗華様が、悔しそうに唇を噛み締める。
「翡翠様は、重度のピーナッツアレルギーをお持ちでした。このことは、社交界の人間であれば、誰もが知っている公然の事実ですわ」
「なるほど」
「それなのに、あの綾小路麗子は、ピーナッツオイルの抽出液がたっぷり混入されたお茶を、故意に翡翠様に飲ませたのです!」
「ええっ? 証拠はあるんですか? 警察は『ケータリング業者のミス』か『翡翠さん本人の確認不足』って判断したんでしょう?」
木戸くんが、恐る恐る尋ねる。
「上流階級のお茶会を舐めないでいただきたいですわ! ホストが招待客のアレルギーを把握していないなど、絶対にあり得ません! それを受け持つケータリング会社なら、なおのこと!」
麗華様がバサァッ!と扇子を広げ、木戸くんを威圧する。
「考えてもみてください。お茶会とは、単なるおしゃべりの場ではなく、家同士の格付けと外交の最前線ですのよ。……万が一にもお客様にアレルギー症状を出させれば、主催者の家名に泥を塗る致命的な恥。お茶会の開けない名家など、名家の名折れ。だからこそ、事前の業者選定からメニュー確認に至るまで、万が一にもミスごないよう、何重にも行われますわ」
「なるほど。つまり『知らなかった』『間違えた』という言い訳じたい、上流階級の常識に照らし合わせれば、百パーセントあり得ないというわけですね」
私が毒林檎のムースの二口目を掬い上げながら頷くと、麗華様は力強く頷き返した。
「そのとおりです、結お姉さま! それに、あの女は翡翠様をずっと一方的にライバル視していました。社交界の華と呼ばれる翡翠様が、目障りで仕方がなかったのですわ!」
「だからって、お茶会で暗殺って……。ファンタジー小説の悪役令嬢じゃないんだから、現代日本でそんなこと……」
木戸くんがドン引きしながら呟くが、私は冷たい魔王の笑みを深めた。
「木戸くん、事実は小説よりも奇なり、ですよ。むしろ、現代社会において『食物アレルギー』は、最も手軽で恐ろしい凶器になり得るのです」
私は立ち上がり、壁のホワイトボードに赤ペンでデカデカと『過失致傷』と『殺人未遂』という二つの言葉を書き殴った。
「アナフィラキシーショックは、最悪の場合、数分で人を死に至らしめます。その危険性を十分に認識した上で、故意にアレルゲンを混入させたのであれば……、それは刑法第二百九条の『過失傷害』などという生ぬるいものではありません。刑法第百九十九条、『殺人未遂罪』という名の立派な重犯罪です」
「さ、殺人未遂……!」
木戸くんが息を呑み、麗華様の瞳には復讐の炎がメラメラと燃え上がった。
「ええ、その通りですわ! あんな三流の暗殺計画を『ただの事故』で片付けようとするなど、この東陰院麗華が絶対に許しません!」
「ですが所長、警察が動かないんじゃ、どうしようもないのでは? 僕たちには捜査権なんてありませんよ」
「木戸くん。警察が動かないなら、私たちが強引に首根っこを掴んで動かしてやればいいのです」
私はデスクの引き出しから、真新しい書類の束を取り出してトントンと揃えた。
「刑事訴訟法第二百三十条、『刑事告訴』。犯罪の被害者が、警察や検察に対して犯罪事実を申告し、犯人の処罰を強く求める手続きです」
「刑事告訴!」
「これを突きつければ、警察も『単なる事故』として捜査を打ち切るわけにはいかなくなります。ただし、受理させるには、警察の怠慢をひっくり返すほどの『決定的な科学的証拠』が必要です」
私が毒林檎のムースの最後の一片をパクリと飲み込むと、麗華様がニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「科学的証拠……。結お姉様、探偵ごっこのお時間ですわね?」
「ええ。防犯カメラの死角だろうと、ケータリング業者の買収だろうと、完璧な犯罪など存在しません」
私は最高級のトレンチコートを羽織り、極上のカタルシスを求めて黒縁メガネを光らせた。
「木戸くん、胃薬を多めに飲んでおきなさい。本日は弁護士の枠を越え、現場百回の泥臭い証拠集め(潜入捜査)といきますよ」
「ええええっ!? また僕が肉体労働ですか!? 殺人の現場になんて行きたくないですぅぅっ!」
木戸くんの悲鳴が帝都の空に響き渡るが、魔王の命令は絶対である。
毒殺という卑劣な手段でライバルを排除しようとした、プライドだけが高い愚かな悪役令嬢。
その小賢しい「事故の偽装」を、科捜研レベルの執念と現行法という名の大鉈で真っ二つに叩き割るため、私たちは嬉々として探偵の帽子を被ったのだった。
お読みいただきありがとうございます!
アナフィラキシーショックという「見えない凶器」を使った暗殺計画。ライバルを事故に見せかけて排除しようとした麗子に対し、結が真っ赤な『毒林檎のムース』を頬張りながら宣戦布告します。
次回、証拠を隠滅したはずの現場から、木戸くんが泥臭く「決定的な物証」を掘り起こします。
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