第21話 偽造されたエコー写真と酸味の強いレモンタルト
新章(第5章)のスタートです!
今回のテーマは、異世界や令嬢モノで最もドロドロする「愛人の妊娠による追放劇」。
「跡継ぎを産めない女に価値はない」と切り捨てられた正妻・撫子様を、魔王弁護士が『科学のメス』で救済します。
現代における「家」や「血筋」の呪縛を、徹底的に解体するリーガル・タコ殴り劇をお楽しみください!
「見なさい、撫子。ゆかりさんがついに、我が神宮寺財閥の跡継ぎを授かってくれたのよ!」
「結婚して三年も経つのに、お前はただの一度も妊娠しなかった。跡継ぎを産めない石女など、我が家には不要だ」
都内の高級住宅街にそびえ立つ、神宮寺財閥の本邸。
豪華絢爛な晩餐会の席で、神宮寺雅弘は、隣に座る派手な身なりの愛人・一条ゆかりの肩を抱き寄せながら冷酷に言い放った。
「明日の朝までに荷物をまとめて出ていけ。妻としての義務を果たせなかったのだから、手切れ金も慰謝料も一円も出さないからな」
「お義母様……あなた様……嘘でしょう……?」
旧華族の血を引く撫子(旧姓 花山院)は、完璧にアイロンがけされたエプロンの袖を握りしめ、信じられないものを見る目で夫と義母を見つめた。
「あらぁ、奥様。ごめんなさいね。でも、私のお腹にはもう、雅弘さんの立派な男の子がいるんですもの」
ゆかりが勝ち誇ったように、一枚のエコー写真をテーブルの上に滑らせた。
白黒の不鮮明な写真。だが、義母はそれを神の啓示でも受けたかのように有難がり、涙を流して喜んでいる。
「ああ、神宮寺の血を引く素晴らしい若君! ゆかりさん、貴女こそが神宮寺の真の奥様よ!」
「お義母様、私は……私はこの三年間、神宮寺家のために、お茶会も、親族のお世話も、すべてこなしてまいりましたのに……!」
「黙りなさい! 女の価値は、優秀な血を残せるかどうかだけ! 教養や作法など、子供を産めないなら何の役にも立たないゴミと同じよ!」
義母のヒステリックな罵声が、撫子の心を粉々に打ち砕いた。
幼い頃から茶道、華道、そして上流階級の完璧なマナーを叩き込まれ、神宮寺家に嫁いだ。
だが、彼らにとって撫子は、ただの『跡継ぎを産むための道具』に過ぎなかったのだ。
そして道具として機能しないと判断された瞬間、ポイと路地裏に捨てられる。
「弁護士にはこちらから連絡しておく。さあ、さっさとこの家から出ていけ、欠陥品め」
夫の氷のような宣告を背に浴びながら。
撫子は絶望の涙をこぼし、夜の冷たい雨が降る帝都の街へと、着物姿のままフラフラと歩き出したのだった。
◇ ◇ ◇
……という、前時代的な男尊女卑と愛憎劇が煮詰まったような、胸糞の悪いホームドラマ的展開から数時間後。
「――というわけで、彼女たちは現在、エコー写真一枚で正妻を追い出し、手に入れたつもりの跡継ぎの幻想に酔いしれているようです」
帝都の一等地、『九条院法律事務所』の所長室。
私は、フランス産の高級発酵バターをたっぷり使ったタルト生地に、鮮やかな黄色のレモンクリームが乗った特製タルトを切り分けた。
シチリア産レモンの強烈な酸味と、上に乗ったふんわりと甘いメレンゲが、口の中で計算し尽くされた完璧なコントラストを描き出す。
「所長。日本を代表する巨大財閥のドロドロの跡継ぎ問題を聞きながら、なんでそんな酸っぱそうな黄色いケーキを優雅に食べてるんですか」
パラリーガルの木戸くんが、私のデスクに置かれた神宮寺グループの会社案内を見ながら、胃薬を水なしで飲み込んでいる。
「神宮寺財閥なんて、ウチみたいな個人事務所が喧嘩を売ったら、東京湾の底にコンクリート詰めで沈められますよ!」
「失礼ですね。このレモンタルトの脳天を突き抜けるような強烈な酸味は、古い因習に囚われた化石どもの目を覚まさせるための、重要なインスピレーション源ですよ」
私はダージリンティーで口の中の酸味を中和し、ソファに座る撫子様へと視線を向けた。
雨に濡れた着物姿。すべてを失い、絶望の淵にいるはずの彼女は。
木戸くんが淹れた安いお茶を、背筋をピンと伸ばし、指先まで洗練された完璧な所作で音を立てずに飲んでいた。
「……素晴らしい立ち振る舞いですね。絶望の中でも決して失われないその気品と教養は、財閥の飾りにしておくには惜しいほどの価値があります」
私が称賛すると、撫子様は力なく首を横に振った。
「いいえ……お義母様のおっしゃる通りです。私は、石女……妻としての義務を果たせない、欠陥品ですから。追い出されても、文句は言えません」
「何を弱気なことをおっしゃっていますの!! ふざけるのも大概にしてくださいませ!」
バンッ!!
武闘派令嬢助手として完全に事務所に馴染んだ東陰院麗華様が、激しい怒りで扇子をテーブルに叩きつけた。
「花山院家といえば、我が東陰院にも劣らぬ由緒正しき名家! その令嬢を、跡継ぎを産むための『道具』扱いするなど、万死に値しますわ!」
麗華様は金髪の縦ロールを震わせ、神宮寺の会社案内をビリビリと破り捨てんばかりの勢いで睨みつけている。
「だいたい、エコー写真一枚で愛人を本邸に引き入れるなど、名家の恥晒しもいいところです! 野ザルの方がまだ理知的な判断をしますわよ!」
「れ、麗華様、落ち着いてください! 相手は巨大財閥ですよ! 野ザル呼ばわりしたら僕たちが動物園の檻に入れられちゃいます!」
木戸くんが必死に宥めるが、麗華様の怒りの炎は収まらない。
「撫子様。貴女は決して、欠陥品などではありません。女性を産む機械としか見ない前時代的なオーク共の言葉など、一ミリも気にする必要はありませんわ!」
麗華様の力強い言葉に、撫子様はポロポロと大粒の涙をこぼし始めた。
「麗華様……ありがとうございます。でも、愛人のお腹に神宮寺の血を引く子がいるなら、本妻である私は身を引くしか……」
「おや。撫子様は、そのエコー写真の子供が『百パーセント夫の子供である』と、本気で信じているのですか?」
私がレモンタルトの最後の一口を飲み込み、氷のように冷たく、しかし面白くてたまらないというふうに笑うと、三人の視線が一斉に私に集まった。
「えっ……? でも、ゆかりさんは『雅弘さんの子だ』と……」
「嘘を吐くのは人間の専売特許です。ましてや、巨大財閥の御曹司の妻の座と、莫大な財産が転がり込んでくるとなれば、詐欺師が湧いて出ない方が不自然でしょう」
私はデスクの引き出しから、分厚い六法全書を取り出してトントンと叩いた。
「神宮寺雅弘。財閥の跡継ぎという重圧からか、随分と頭の中にお花畑が広がっているようですね。自分の都合の良い『奇跡』を、何の疑いもなく信じ込んでいる」
「所長……まさか、その愛人の妊娠自体が『嘘』だとでも言うんですか?」
木戸くんが驚きに目を丸くする。
「嘘、あるいは『他人の子』を神宮寺の子だと偽っている可能性が極めて高いですね。彼女の言動には、詐欺師特有の焦りと傲慢さが透けて見えます」
私は立ち上がり、壁のホワイトボードに赤ペンで『DNA鑑定』と『出入国記録』という文字をデカデカと書き殴った。
「血の純潔に執着する愚かな一族には、現行法という名の『科学のメス』を入れて差し上げましょう」
「か、科学のメス……?」
撫子様が、濡れた瞳でホワイトボードの文字を見つめる。
「ええ。木戸くん、直ちに神宮寺雅弘の過去半年間の出張記録、およびSNSの投稿、各社プレスリリースをすべて洗い出しなさい」
「ええっ!? 財閥の御曹司の行動記録をハッキングしろって言うんですか!?」
「ハッキングなどという違法行為は推奨しません。上場企業の役員のスケジュールなど、OSINT(公開情報調査)でいくらでも丸裸にできますよ」
私が無慈悲な命令を下すと、木戸くんは絶望的な顔でノートパソコンを開いた。
「そして麗華様。貴女の『裏の社交界ネットワーク』の出番です。一条ゆかりという女の素性、交友関係、そしてパトロンの存在を洗い出しなさい」
「お任せくださいませ! 夜の銀座のママから、上流階級の裏ルートまで、わたくしの情報網から逃れられる泥棒猫など存在しませんわ!」
麗華様が、獲物を狙う雌豹のような凶悪な笑みを浮かべて扇子を広げた。
私は、震える撫子様の前へと歩み寄り、その冷え切った両手をしっかりと握りしめた。
「撫子様。貴女は、誰かのための道具ではありません。一つの尊い人格を持った、花山院家の誇り高き令嬢です」
「九条院、先生……」
「貴女の尊厳を踏みにじり、紙屑のように捨てようとした愚か者たちに。現行法という鈍器で、絶対的な後悔を味あわせてやりましょう」
私の魔王としての静かな宣戦布告に。
撫子様の瞳の奥底で、絶望の涙が乾き、代わりに一条の『反逆の光』が灯ったのを、私は確かに見逃さなかった。
「痛快なリーガル・タコ殴り劇、第五幕の開廷です」
女を道具と見なす古き悪しき一族の幻想を、科学と法律の力で木端微塵に解体する。
その最高に知的で残酷な手術の準備に向けて、私たちは嬉々としてメスを握りしめたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
エコー写真一枚で正妻を追い出す財閥一家。あまりに前時代的なオーク共ですが、彼らはまだ気づいていません。自分たちが招き入れたのが「跡継ぎ」ではなく「破滅の爆弾」であることに。
次回、木戸くんが徹夜で暴き出した『一万キロの矛盾』が炸裂します。
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