第20話 過払い金ギロチンと極上マリアージュ
「に、二千五百万の過払い金だとぉ!? ふざけるな、俺はコンサル料としてもらってたんだ! れっきとした正当な報酬だぞ!」
郷田金蔵が、豚のように顔を真っ赤にして高級料亭の畳の上で喚き散らした。
「俺は投資のプロとして、毎月こいつらにアドバイスをしてやってたんだ! 利息じゃねえ!」
「……素晴らしい。この静岡県産・最高級クラウンメロン。網目の美しさもさることながら、溢れ出す果汁の糖度が尋常ではありませんね」
私は、料亭の女将が震えながら置いていったデザートのメロンを、専用の銀のスプーンで優雅に掬い上げた。
完熟したエメラルドグリーンの果肉が口の中でトロリと溶け、芳醇な香りが鼻腔を抜けていく。
「所長! 敵が脱税まがいの言い訳をしてる時に、なんで一人で一玉数万円のメロンを半分に割って直食いしてるんですか!」
パラリーガルの木戸くんが、分厚いエクセルの計算書を抱えながら涙目でツッコミを入れる。
「失礼ですね。この瑞々しい果汁は、干からびた悪党から絞り取る『過払い金』の甘美な味を体現しているのですよ」
私は指先を純白のおしぼりで拭い、冷や汗をダラダラと流す郷田に冷徹な視線を向けた。
「さて、郷田社長。貴方が正当なコンサル料だと言い張るなら、過去五年間、白銀家に提供した『業務報告書』や『指導記録』の控えを出していただけますか?」
「そ、そんなもん……口頭でのアドバイスに決まってんだろ! 書類なんか残してねえよ!」
郷田が目を泳がせながら怒鳴るが、そんな三流の言い訳が通用するほど、日本の法制度は、そして裁判所は甘くない。
「実態のないコンサル契約は、すべて『金銭消費貸借契約に付随する利息』とみなされます。最高裁の判例でも完全に確定している法理です」
私はメレンゲのように甘く、そしてギロチンのように冷たい声で宣告した。
「実質的な年利三十九パーセント。これを無登録の貸金業として行っていた場合、出資法違反および貸金業法違反となります」
「なっ……!?」
「五年以下の懲役、もしくは一千万円以下の罰金、またはその両方。貴方は今、民事上の返還義務だけでなく、実刑判決の崖っぷちに立っているのですよ」
私の言葉に、郷田は肺の空気をすべて吐き出したような情けない音を立て、畳の上にドサリとへたり込んだ。
「ち、違う……俺はそんなつもりじゃ……! そうだ、白銀! お前が無理やり俺から金を借りたんだろうが!」
郷田は責任を擦り付けようと、土下座している白銀の父親の胸ぐらを掴んだ。
「ひぃっ! や、やめてください! 紫苑! お前、二千五百万円も郷田社長から取り返せるのか!?」
父親は郷田の手を振り払い、今度は手のひらをドリル回転させて娘の紫苑様にすがりついてきた。
「で、でかしたぞ紫苑! そのお金があれば、ウチの他の借金も返せるし、また昔のような贅沢な暮らしが……!」
実の娘を売ろうとした数分後に、今度は娘の金に群がろうとする毒親。
一瞬、麗華様がかばって前に出ようとしたが、その必要はなかった。
あまりの醜悪さに、紫苑様はスッと冷めた目を向け、静かに、しかしハッキリと言い放ったのだ。
「……お断りします。私は明日、役所で『分籍』の手続きを行い、白銀の戸籍から抜けます」
「なっ……!? し、紫苑!? 親に向かってなんてことを!」
「貴方たちは、自分の見栄と無知で私をオークに差し出しました。私は二度と、貴方たちの道具にはなりません!」
紫苑様が力強く宣言すると、隣に立っていた東陰院麗華様が、バサァッ!と扇子を広げて高らかに笑った。
「オホホホッ! よく言いましたわ、紫苑さん! そんな腐った家名、こちらから捨てておやりなさい!」
麗華様は扇子の先端で、呆然とする白銀夫妻と、絶望に打ちひしがれる郷田を見下ろした。
「貴方たちのような下劣な人間は、一生その泥水の中で互いの足を引っ張り合って生きていくのがお似合いですわ!」
圧倒的な名家のオーラと、完全なる法的なチェックメイト。
郷田はもはや一言も発することができず、ただガタガタと震えながら、畳の上でうずくまることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
……という、最高に痛快な料亭でのタコ殴り劇から数日後。
「――というわけで、郷田の会社は警察の介入を恐れ、二千五百万円の過払い金を耳を揃えて振り込んできました」
帝都の一等地、『九条院法律事務所』の所長室。
私は、カカオの苦味とオレンジピールの爽やかな酸味が絶妙に絡み合う『オランジェット』を優雅に齧りながら、報告書に目を通した。
「しかも、麗華お嬢様のお茶会ネットワークで悪評が広まり、郷田の投資ファンドは現在、出資者からの資金引き揚げ祭りで倒産寸前だそうです」
木戸くんが、ノートパソコンの画面を見ながら疲れた声で補足する。
「自業自得ですわ! あの成金虫には、自己破産して地べたを這いずり回る末路こそがふさわしいですのよ!」
所長室のソファでは、麗華様が紅茶を優雅に傾けながらフンスッと胸を張っている。
その向かいには、純白のウェディングドレスではなく、春らしいパステルカラーのワンピースに身を包んだ紫苑様が、明るい笑顔で座っていた。
「九条院先生、麗華様、そして木戸様。本当に、何から何までありがとうございました!」
紫苑様は立ち上がり、私たちに向かって深く、そして美しくお辞儀をした。
「取り戻していただいたお金で、私は新しいマンションを借り、自立するための資格の勉強を始めることができました。今は毎日が本当に楽しいです!」
「それは素晴らしいですね。親の呪縛を断ち切り、自らの足で歩み始めた貴女は、何よりも美しいですよ」
私がオランジェットの最後の一口を飲み込み、優しく微笑みかけると、紫苑様は嬉し泣きするように瞳を潤ませた。
「オホホッ! 当然ですわ! 結お姉様の完璧な法的戦略、わたくしの圧倒的な情報網と気品、そして……ええと、木戸先輩の区役所ダッシュと徹夜のエクセル!」
麗華様が扇子を広げ、私たち三人を指差してドヤ顔を決める。
「この三人こそ、いかなる理不尽なテンプレも打ち砕く、帝都最強のリーガル・チームですわ!」
「麗華様、僕の扱いだけ明らかにブラック企業の下働きなんですけど! また胃が痛くなってきた……!」
木戸くんが胃薬の瓶をカラカラと鳴らしながら机に突っ伏すが、その顔はどこか達成感に満ちていた。
借金のカタという呪縛は、過払い金請求という現行法のギロチンによって見事に粉砕された。
毒親と成金という醜悪な連鎖を断ち切り、一人の女性が自由の空へと羽ばたいていったのだ。
「さて、最強のチームの皆様。余韻に浸っている暇はありませんよ」
私はタブレット端末を起動し、新たに届いた依頼のメールボックスを開いて、極上の魔王の笑みを浮かべた。
「次の『異世界テンプレ』の被害者が、私たちのタコ殴りを心待ちにしていますからね。さあ、次なる法廷の準備を始めましょう」
魔王と、武闘派令嬢と、胃痛パラリーガル。
このアンバランスで最強なトリオの六法全書が休む暇は、まだまだなさそうである。
第4章『醜悪な成金おじさんとの強制政略結婚テンプレ編』、最後までお読みいただきありがとうございました!
無事に戸籍を守り抜き、違法金利の過払い金で成金オークを撃退いたしました。結・麗華・木戸の「リーガル・トリオ」の初陣、いかがだったでしょうか?
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最強トリオの次の活躍も、ぜひ楽しみにお待ちください!




